2026年度 大学入学共通テスト 追試験 公共・倫理 解答・解説

2026年度 大学入学共通テスト 追試験「公共・倫理」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。

目次

解答

解説

2026年度 大学入学共通テスト 追試験「公共,倫理」は、大問6つ・設問32問の構成で、満点100点・試験時間60分の全問必答です。配点は第1問が12、第2問が13、第3問が28、第4問が15、第5問が16、第6問が16となっています。

第1問は「自由」をまとめた生徒のノートを手がかりに、自由権から社会権への展開、自由と責任・理性の関係、表現の自由の限界、裁判に関する法制度を扱います。第2問は公正な社会の実現をテーマにした探究学習で、共通善と青年期の発達課題、雇用形態別・男女別の所得分布表、相対的貧困と非正規雇用、給付とワークシェアリングの構想が並びます。第3問から第6問は倫理の内容で、第3問が「他者」をめぐる三場面の会話を軸に東西の思想を広く問い、第4問が日本思想における議論と対話、第5問が先端医療研究と生命倫理、第6問がSDGsと公正・ケアを扱います。

この回の特徴は、思想家や制度の名称を似たものと入れ替える作りが徹底している点です。朱子の「性即理」と王陽明の「心即理」、ホッブズの闘争状態とルソーのあわれみ、マルクスの疎外とハイデガーの故郷喪失、他者危害原則やアファーマティブ・アクションといった用語の意味のすり替えが、大問をまたいで繰り返し仕掛けられています。統計の設問では百分率と「割」の換算を誤ると読み取りを取り違えるため、数値を必ず同じ単位に直してから合算することが必要です。また、二つの下線のうち一方を直せば全体が正しくなるという訂正型の設問や、資料の読み取りと人物の事績を同時に問う二段構えの設問があり、選択肢の前半だけで判断すると落としやすくなっています。

第1問 「自由」をめぐる憲法と思想(配点12)

生徒AとBが授業で学んだ「自由」をノートにまとめる設定。近代憲法における自由権と法の下の平等の保障から、20世紀の社会権の登場、さらに権利の保障のあり方の展開までがノートに整理され、そこから自由権と社会権の区別、自由と責任・理性の関係、表現の自由の限界、裁判に関する法制度が問われる。

問1:正解 ③(解答番号1/配点3)

<問題要旨>

ノートは、近代憲法が自由権と法の下の平等の保障に主眼を置いたのに対し、20世紀に入って社会的・経済的弱者を保護し実質的平等を達成するため、国家の積極的な施策を求める社会権が主張されるようになった流れをまとめている。空欄アには社会権の特徴を表す言い方、空欄イには日本国憲法が保障する社会権の具体例が入り、その組合せを選ぶ。

<考え方>

「国家からの自由」は国家の介入を排除する自由権、「国家による自由」は国家の積極的な関与を求める社会権を指す言い方であり、この対比に戻れば空欄アは決まる。空欄イは「などの社会権も保障されている」と続くので、社会権に分類される権利を選ばなければならない。生存権・教育を受ける権利・勤労の権利・労働基本権が社会権であるのに対し、国家賠償請求権は救済を求める請求権(受益権)に属し、分類が異なる。

<選択肢>

ア=国家による自由【正】

社会権は、社会的・経済的弱者を保護して実質的平等を達成するために国家の積極的な施策を求める権利なので、その特徴から「国家による自由」と呼ばれる。「国家からの自由」は信教の自由などの自由権を指す言い方で、国家の関与を排除する方向を意味するため、ノートが社会権の特徴として述べている内容とは向きが逆になる。

イ=労働基本権【正】

労働基本権(団結権・団体交渉権・団体行動権)は憲法28条が保障する社会権である。国家賠償請求権は、公務員の不法行為によって受けた損害の賠償を国や公共団体に求める権利で、裁判を受ける権利などと同じ請求権(受益権)に分類され、社会権の例として挙げることはできない。分類の近い権利名を差し替える型の誤りである。

正解【③】

社会権は国家の積極的な関与を求める「国家による自由」であり、その具体例として挙げられるのは請求権ではなく労働基本権である。

問2:正解 ⑤(解答番号2/配点3)

<問題要旨>

自由と責任の関係をまとめたメモ1と、自由と理性の関係をまとめたメモ2が示され、三つの事例a〜cをどちらに振り分けるかの組合せを選ぶ。メモ1は「特定の社会的状況の下に置かれながらもその状況を超えて生き方を自由に選べるが、選択の結果には全面的に責任を引き受けなければならない」、メモ2は「欲求や感情にしたがうのではなく、理性でそれらを抑制し、自律的な意志に基づいて行動することが根本的な自由である」という内容である。

<考え方>

メモ1は実存主義の自由と責任の考え方、メモ2はカントの自律としての自由の考え方に対応する。したがって、周囲の状況や期待を超えて自分で選び、その結果を自分で引き受けている事例はメモ1に入り、目の前の欲求を理性で抑えて義務に従った事例はメモ2に入る。三つの事例をこの二つの基準で振り分ければ組合せは一つに定まる。

<選択肢>

a=メモ1【正】

学期末試験の準備をやめてゲームで遊ぶという選択を自分で行い、試験に通らず卒業できなくなった結果として退学するところまで引き受けている。状況を超えて自由に選び、その結果に全面的に責任を負うというメモ1の構図に合う。

b=メモ2【正】

カラオケに行きたいという欲求が生じたうえで、先に交わした約束を守ることは義務だと考えて誘いを断っている。欲求や感情を理性で抑制し、自律的な意志に基づいて行動した例なのでメモ2に当たる。

c=メモ1【正】

就職すべきだという周囲の声という社会的状況に置かれながら、それを超えて海外放浪を選び、帰国後に就職するまで苦労するという結果を引き受けている。メモ1の内容に合致する。

正解【⑤】

欲求を理性で抑えて義務に従ったbだけがメモ2に当たり、状況を超えて選び結果を引き受けたaとcがメモ1に入る。

問3:正解 ①(解答番号3/配点3)

<問題要旨>

表現の自由をめぐる先生と生徒の会話。政権与党の政策への批判を政府が不適当な表現として事前に発表禁止することは日本国憲法が明文で禁止する行為に当たるという指摘(空欄ア)と、外国人や特定の民族などの排斥をあおる差別的言動について2016年に解消法が制定されたという指摘(空欄イ)の、語句の組合せを選ぶ。

<考え方>

空欄アは「日本国憲法が明文で禁止する」「発表を事前に禁止」という手がかりで決まる。表現物の発表前に公権力が内容を審査して発表を禁じることは検閲であり、憲法21条2項が明文で禁止している。空欄イは「外国人や特定の民族などの排斥をあおる差別的言動」という定義が会話文にそのまま書き込まれているので、その定義に当たる語を当てればよい。

<選択肢>

ア=検閲【正】

公権力が表現物の発表前に内容を審査し、不適当と判断したものの発表を禁止することが検閲で、憲法21条2項が明文でこれを禁じている。「秘密選挙」は誰に投票したかを秘密にする選挙原則であり、発表の事前禁止とは全く別の事柄なので、会話の内容と対応しない。

イ=ヘイトスピーチ【正】

外国人や特定の民族などの排斥をあおる差別的言動はヘイトスピーチであり、2016年にヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が制定された。「ポピュリズム」は大衆の情動に訴える政治手法を指す語で、差別的言動そのものを意味する語ではない。

正解【①】

発表の事前禁止は憲法が明文で禁じる検閲であり、排斥をあおる差別的言動はヘイトスピーチで、2016年の解消法がこれに対応する。

問4:正解 ④(解答番号4/配点3)

<問題要旨>

違憲審査権が裁判所に付与されていることを受け、日本における裁判に関する法制度の記述として最も適当なものを選ぶ。違憲審査の方式、裁判員の権限、弾劾裁判所の設置場所、下級裁判所の種類が問われている。

<考え方>

裁判所の組織と権限の基本に戻れば一つずつ判定できる。違憲審査は具体的な事件の解決に必要な範囲で行う付随的審査制であり、裁判員は事実認定と量刑の両方に関わり、弾劾裁判所は国会に設置され、下級裁判所は高等・地方・家庭・簡易の4種である。とくに機関の入れ替えと権限の切り縮めが仕掛けられているので、主体と権限の範囲を確認する。

<選択肢>

①【誤】

日本の違憲審査は、具体的な事件の裁判に付随してその解決に必要な限りで行われる付随的審査制である。事件とかかわりなく法律の合憲性を審査する抽象的審査制(憲法裁判所型)ではないので、審査の方式が置き換えられている。

②【誤】

裁判員の参加する裁判では、裁判員は裁判官とともに有罪・無罪の判断(事実認定)だけでなく、有罪の場合の量刑の判断にも加わる。「量刑の判断は行わず」として権限を狭めている点が誤りである。

③【誤】

弾劾裁判所は国会に設置される機関で、衆参両議院の議員によって組織される。訴追を行う裁判官訴追委員会も国会に置かれる。最高裁判所に設けられているとするのは機関の入れ替えである。

④【正】

裁判所法により、下級裁判所として高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所が置かれている。最高裁判所とこれらの下級裁判所によって司法権が構成される。

正解【④】

下級裁判所が高等・地方・家庭・簡易の4種であることは裁判所法の定めどおりで、他の三つは審査方式・裁判員の権限・弾劾裁判所の設置機関をそれぞれ入れ替えている。

第2問 公正な社会の実現と所得格差(配点13)

生徒AとBが「公正な社会をどのように実現するか」をテーマに探究学習を進める設定。先生の問題提起に始まり、雇用形態別・男女別の所得分布表の読み取り、貧困と非正規雇用をめぐる会話、そして現金給付とワークシェアリングという二つの構想の検討へと進み、用語の理解と統計の読み取りの両方が問われる。

問1:正解 ①(解答番号5/配点3)

<問題要旨>

先生の問題提起を読み、空欄に入る語句の組合せを選ぶ。人は生まれ育った共同体の一員としてその価値観を身につける点を重視する政治哲学者サンデルが、共同体で共有されている何を実現することが公正な社会の基盤になると述べたか(空欄ア)と、『人間の発達課題と教育』で青年期の発達課題を論じ、行動の指針としての価値観や倫理体系を身につけることを課題の一つに挙げた教育学者は誰か(空欄イ)が問われる。

<考え方>

サンデルはコミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的な論者で、共同体が共有する「共通善」の実現を重視する立場に立つ。もう一方の「原初状態」は、正義の原理を導くためにロールズが想定した仮想的な出発点であり、共同体で共有されている価値ではないので空欄アには入らない。空欄イは著書名で決まり、『人間の発達課題と教育』はハヴィガーストの著作である。

<選択肢>

ア=共通善【正】

サンデルは、人が共同体の一員としてその価値観を身につける点を重視し、共同体で共有される共通善の実現を公正な社会の基盤と考える。「原初状態」は自分の境遇を知らない無知のヴェールの下に置かれた仮想の状態を指すロールズの概念であり、共同体で共有されている価値という説明と合わない。

イ=ハヴィガースト【正】

『人間の発達課題と教育』を著し、乳幼児期から老年期までの発達課題を段階ごとに整理して、青年期の課題として行動の指針となる価値観や倫理体系の獲得を挙げたのはハヴィガーストである。リースマンは『孤独な群衆』で他人指向型の社会的性格を論じた社会学者であり、発達課題論の人物ではない。

正解【①】

共同体が共有する価値としての共通善を重んじるのがサンデルであり、発達課題として価値観や倫理体系の獲得を挙げたのはハヴィガーストである。

問2:正解 ③(解答番号6/配点4)

<問題要旨>

2022年の雇用形態別・男女別の所得分布を百分比で示した表が与えられ、表から読み取ったこととして正しいものをX〜Zのうちから選び、あわせてメモの空欄アに入る語句をa「同一労働同一賃金」・b「終身雇用制」から選ぶ。表は正規雇用者・非正規雇用者それぞれの男女について、99万円以下から1,000万円以上までの各所得階層の割合を示している。

<考え方>

まず百分率と「割」の単位をそろえることが出発点で、1割は10パーセントである。X〜Zはいずれも複数の階層を足し合わせるか、全階層に反例がないかを確かめる形になっているので、「いずれの層も超えていない」といった言い切りには反例を一つ探す。メモの空欄は「ヨーロッパ諸国のように」「雇用形態や性別による所得の差の是正に向けて」という文脈から、雇用形態間の待遇差を埋める施策を選ぶ。

<選択肢>

X【誤】

非正規雇用者の男性の200〜299万円の層が44.0パーセントで4割以上であるという前半は表と一致する。しかし後半が成り立たない。正規雇用者の男性には200〜299万円が14.9パーセント、300〜399万円が19.5パーセント、400〜499万円が18.4パーセント、500〜599万円が13.8パーセントと、1割(10パーセント)を超える層がいくつも存在するので、「いずれの所得の層も1割を超えているところはない」には反例が複数ある。

Y【正】

299万円以下の非正規雇用者の女性は3.1+33.9+49.5で86.5パーセントとなり8割以上、299万円以下の非正規雇用者の男性は1.8+19.2+44.0で65.0パーセントとなり6割台である。前半・後半ともに表の数値と一致する。

Z【誤】

900万円以上の正規雇用者の男性は2.9+5.6で8.5パーセントであり、1割(10パーセント)に届かない。「1割を超えている」とする前半が成り立たないので誤りである。8.5という数字をそのまま8.5割のように受け取ると正しく見えてしまうため、割合の桁を取り違えやすい作りになっている。

ア=同一労働同一賃金【正】

メモは、ほぼ同じ時間働いていても雇用形態によって所得の分布が異なること、非正規雇用者が正規雇用者と同じ仕事をしていることもあること、時給換算すると非正規雇用の方が賃金が低く設定されていることが多いことを並べている。この差の是正に向けてヨーロッパ諸国で進められてきたのは、同じ仕事には同じ賃金を支払う同一労働同一賃金である。終身雇用制は一つの企業で定年まで雇用を続ける日本型雇用慣行であり、雇用形態や性別による所得差の是正策ではなく、むしろ正規と非正規の格差を生む前提の側にある。

正解【③】

複数階層を合算して検算できるYだけが表と一致し、雇用形態による待遇差の是正策として入るのは同一労働同一賃金である。

問3:正解 ⑤(解答番号7/配点3)

<問題要旨>

貧困と雇用形態をめぐる生徒と先生の会話を読み、空欄に入る語句の組合せを選ぶ。年間所得が全国民の所得の中央値の半分に満たない人の割合を表す指標(空欄ア)、1999年の改正で対象とする業務の範囲が拡大された法律(空欄イ)、1990年代半ばから2000年代前半の不況のときに新卒で正規雇用に就きにくかった世代の呼び名(空欄ウ)が問われる。

<考え方>

空欄アは会話文に定義が書き込まれているので、その定義に当たる指標名を選ぶ。等価可処分所得の中央値の半分という貧困線を下回る人の割合は相対的貧困率であり、絶対的貧困率は生存に必要な最低限の水準を絶対的な基準として測るもので定義が違う。空欄イは年号で決まり、1999年の改正で派遣対象業務が原則自由化されたのは労働者派遣法である。空欄ウは時期で決まり、1990年代半ばから2000年代前半に就職活動を迎えた世代が就職氷河期世代である。

<選択肢>

ア=相対的貧困率【正】

所得の中央値の半分という、その社会の所得分布に相対的な基準で測るので相対的貧困率である。絶対的貧困率は一定額に満たない所得かどうかなど、社会の分布とは無関係な絶対的水準で測る指標であり、会話文が示す定義と合わない。

イ=労働者派遣法【正】

1999年の労働者派遣法改正で、派遣が認められる業務が限定列挙から原則自由(一部の禁止業務を除く)へ改められ、対象業務の範囲が大きく広がった。最低賃金法は賃金の下限を定める法律であり、派遣などの業務範囲を定めるものではない。

ウ=就職氷河期【正】

バブル崩壊後、1990年代半ばから2000年代前半にかけて新卒採用が絞られた時期に就職活動を迎えた世代が就職氷河期世代である。第一次ベビーブームは1947年から1949年ごろに生まれた世代(団塊の世代)を指し、時期が数十年ずれる。

正解【⑤】

中央値の半分という基準は相対的貧困率、1999年に対象業務が拡大されたのは労働者派遣法、当該時期に新卒だった世代は就職氷河期世代である。

問4:正解 ④(解答番号8/配点3)

<問題要旨>

公正な社会の実現に向けた二つの構想が示される。構想1は貧困状態に陥ることを防ぐため国民に一定の現金を給付するもので、所得制限のある施策が支援の対象とならない人に不公平感を生むことを踏まえて空欄アの方策をとるとし、申請をしなくても給付があるようにすれば社会保障の仕組みを簡素化できるとする。構想2はワークシェアリングを本格的に導入するもので、仕事を分け合うために空欄イの方法をとるとする。空欄に入る記述X〜Zの組合せを選ぶ。

<考え方>

それぞれの構想が空欄の前後で何を条件としているかを押さえる。構想1は「所得制限のある施策」を避け「申請をしなくても給付がある」という条件なので、対象を限定せず全員に給付する仕組みが入る。構想2は「仕事を分け合う」「雇用される人の数を維持または増やす」「長時間労働の対策にもなる」という条件なので、一人あたりの労働時間を短くする方法が入る。残るXは対象を限定した現物の支援なので、どちらの空欄にも入らない。

<選択肢>

X(所得の低い家庭の子どもに無償または安価で食事を提供する)【誤】

対象を所得の低い家庭に限定した現物の支援であり、「所得制限のある施策は不公平感を生む」ことを避けるという構想1の条件に反する。仕事を分け合う方法でもないので、構想2にも入らない。

Y(すべての人に最低限度の所得を保障する)【正】

所得制限を設けず全員を対象に一定の現金を給付する考え方で、申請なしの給付による仕組みの簡素化、支給される金額によって財政支出の規模と人々の労働意欲が左右されるという構想1の記述ともつながる。空欄アに入る。

Z(労働者一人あたりの労働時間を短縮する)【正】

一人あたりの労働時間を短くして仕事を分け合うのがワークシェアリングの方法であり、雇用される人の数の維持・増加、長時間労働の抑制、個人の所得が低くなる場合があるという構想2の記述と対応する。空欄イに入る。

正解【④】

所得制限を設けない全員への現金給付がY、仕事を分け合うために労働時間を短縮するのがZで、対象を限定した現物給付のXはどちらにも入らない。

第3問 「他者とわかり合えるか」をめぐる会話(配点28)

親友とのけんかをきっかけに、生徒GとHが「他者」をめぐって三つの場面で語り合う。思いやりや慈愛の思想、道徳と科学的知識の普遍性、西洋近代の人間観、アリストテレスのポリスと友愛、仏教の如来蔵、言語哲学と他者論まで、会話の流れにそって東西の思想が幅広く問われ、最後に会話全体を読み直す設問が置かれる。

問1:正解 ③(解答番号9/配点3)

<問題要旨>

「他の人への思いやりがない」と言われたという発言を受け、他者への思いやりや慈愛などに関する思想の説明として適当なものをア〜エからすべて選び、その組合せを答える。孔子の仁、初期仏教と大乗仏教の慈悲、ファリサイ派、イスラームの喜捨が並ぶ。

<考え方>

思想家・学派ごとに「誰が何に対して何を説いたか」を確かめていく。とくに仏教の慈悲を大乗仏教だけのものとする記述と、律法主義を批判した主体をファリサイ派とする記述は、成立時期を後ろにずらす型と主体を入れ替える型なので落としやすい。四つの記述を一つずつ判定すれば組合せが決まる。

<選択肢>

ア【正】

孔子は、家族における孝(父母への敬愛)と悌(兄への従順)を出発点として、他者に対する恕(自分が望まないことを人にしない思いやり)を推し広めていく仁の実践を、望ましい人間の生き方として説いた。

イ【誤】

慈悲(慈は他者の幸福を願う心、悲は他者の苦を除こうとする心)は初期仏教にもあり、慈・悲・喜・捨の四無量心として修められていた。大乗仏教で利他が強く打ち出されたのは事実だが、「初期仏教の思想には見られず」とする点が誤りで、成立の時期を後ろにずらしている。

ウ【誤】

ファリサイ派(パリサイ派)はむしろ律法の厳格な遵守を重んじた人々であり、律法主義を批判して敵対する者をも含む隣人愛を説いたのはイエスである。批判する側と批判される側を入れ替えているうえ、「預言者たちの律法主義」という組合せ自体が成り立たない。

エ【正】

イスラームでは『クルアーン』とハディースに基づき、信仰告白・礼拝・断食・巡礼とならぶ五行の一つとして喜捨(ザカート)が定められ、貧者の救済を可能にするムスリムの義務とされている。

正解【③】

孔子の仁とイスラームの喜捨が思いやり・慈愛に関する説明として正しく、慈悲の成立時期を誤ったイと主体を入れ替えたウは除かれる。

問2:正解 ①(解答番号10/配点3)

<問題要旨>

道徳の普遍性という話題を受け、普遍的なものについての思想家の考えの説明として最も適当なものを選ぶ。ゴータマ・ブッダの四法印、ムハンマドのウンマ、朱子、ウィリアム・オッカムについての記述が並ぶ。

<考え方>

各思想家の中心概念を正確に押さえれば一つずつ切れる。四法印はブッダが説いた基本的な真理、ウンマは信仰を共有するムスリムの共同体、朱子の標語は「性即理」で「心即理」は王陽明、オッカムは唯名論の立場で普遍は名辞にすぎないと考えた。朱子学と陽明学の標語の入れ替え、唯名論の主張の向きの逆転が仕掛けられている。

<選択肢>

①【正】

ゴータマ・ブッダが説いた普遍的な真理の中心は、諸行無常・諸法無我・一切皆苦・涅槃寂静の四法印である。「諸行無常」を四法印の一つとして挙げる説明は正しい。

②【誤】

ウンマはアッラーへの信仰を共有するムスリムの共同体であり、民族や出身を超える広がりをもつ点は重視されるが、信仰の有無によらない人類全体の共同体ではない。信仰という条件を外してしまっている点が誤りである。

③【誤】

朱子は理と気によって世界を説明し、人間の本性がそのまま理であるとして「性即理」を説いた。「心即理」を唱えたのは明の王陽明である。標語を取り違えているうえ、易姓革命によって成立した周王朝のあり方に普遍的原理を見いだしたという説明も朱子の思想ではない。

④【誤】

ウィリアム・オッカムは唯名論(名目論)の立場で、普遍は事物のうちに実在するのではなく名辞や概念にすぎず、実在するのは個々の事物であると主張した。「外界に存在する事物こそが普遍的である」とするのは主張の向きが逆になっている。

正解【①】

四法印をブッダの説いた普遍的真理の中心とする①だけが正しく、他は共同体の条件、朱子学と陽明学の標語、唯名論の主張をそれぞれ取り違えている。

問3:正解 ①(解答番号11/配点3)

<問題要旨>

科学的知識が普遍的とは言い切れないという議論を受け、科学史家クーンが科学研究におけるパラダイムの転換について述べた資料を踏まえて、クーンの立場の説明として最も適当なものを選ぶ。資料は問題冊子では省略されています。

<考え方>

クーンは、科学が事実の単純な積み上げによって進むのではなく、ある時代の科学者集団が共有する枠組み(パラダイム)のもとで通常科学が営まれ、そのパラダイムでは説明できない変則事例の蓄積が危機を招いて、別のパラダイムへ非連続に転換すると論じた。転換の前後ではものの見方も、何を問題とし何をよい研究とみなすかという評価の基準も変わるため、二つのパラダイムを共通の尺度で比べることはできない(通約不可能性)。この立場に照らせば、累積的な発展として説明する記述、危機の意味をすり替えた記述、反証可能性を科学の特徴とする別の論者の主張を混ぜた記述はいずれも落ちる。

<選択肢>

①【正】

パラダイムが転換した後では物事の捉え方そのものが変化し、研究の方法だけでなく研究を評価する基準も変わるという説明は、通約不可能性を軸とするクーンの立場そのものである。

②【誤】

実験や観察の積み重ねによって理論が拡張されていくという累積的な発展の見方は、クーンがまさに退けた科学像である。パラダイムの転換をその拡張の一種とするのは、非連続な転換という彼の主張と矛盾する。

③【誤】

クーンの言う危機とは、既存のパラダイムでは説明できない変則事例が蓄積して枠組みへの信頼が揺らいだ状態を指す。新たなパラダイムの正しさが実験や観察によって確証された状況ではなく、危機と転換の順序・因果を逆にしている。

④【誤】

パラダイム転換が不連続なプロセスであるという前半はクーンに沿うが、後半の「古いパラダイムが新しいパラダイムによって反証され得ることが科学理論の特徴である」は、反証可能性を科学の条件としたポパーの主張であり、別の論者の説を接ぎ木している。

正解【①】

パラダイムの転換によって研究の方法だけでなく研究を評価する基準そのものが変わるという点が、クーンの立場を言い当てている。

問4:正解 ⑤(解答番号12/配点3)

<問題要旨>

自立的な個人を強調する西洋近代の人間観という話題を受け、西洋思想における人間観の説明として適当なものをア〜エからすべて選び、その組合せを答える。ピコ・デラ・ミランドラ、ロック、コント、マルクスについての文章が並ぶ。

<考え方>

人物と概念の対応を一つずつ確かめる。ピコの自由意志による尊厳、ロックの比較的平和な自然状態と労働による所有権は教科書どおりである。一方、コントの三段階の法則には「形而上学的段階は人間の探求、実証的段階は自然の探求」という対象の割り振りはなく、マルクスが資本主義社会での人間のあり方の喪失を呼んだ語は疎外で、故郷喪失は別の思想家の語である。文章の末尾の一語だけが差し替えられている型に注意する。

<選択肢>

ア【正】

ピコ・デラ・ミランドラは、人間が定まった本性をもたず自分のあり方を選ぶ自由意志をもつからこそ、神的なものにも獣のようにもなりうる存在であるとし、そこに人間の尊厳を見いだした。

イ【正】

ロックは自然状態を、理性による自然法が働いて平和と自由がおおむね保たれた状態と考えた。自分の労働を加えて得たものには所有権が成り立つが、その権利をより確実なものとするために社会契約によって政治社会がつくられると説いた。

ウ【誤】

コントは人間の知識が神学的段階・形而上学的段階・実証的段階の順に発展すると論じたが、それは説明の仕方が超自然的なものから抽象的な原理へ、さらに観察された事実の法則へと移る段階である。「形而上学的段階は人間についての探求、実証的段階は自然についての探求に対応する」という対象の割り振りはコントの説にはなく、後半で説明がすり替えられている。

エ【誤】

労働において自然に働きかけつつ他者と関わる点に人間の本来の姿を見いだし、それを類的存在と名付けた点はマルクスの説明として正しい。しかし資本主義社会でそのあり方が失われることを彼が呼んだ語は疎外(労働の疎外)であり、故郷喪失はハイデガーが用いた語である。最後の用語だけが差し替えられている。

正解【⑤】

ピコの自由意志とロックの自然状態・所有権の説明が正しく、コントの段階の対応づけとマルクスの用語を取り違えたウ・エは除かれる。

問5:正解 ②(解答番号13/配点3)

<問題要旨>

古代ギリシアのポリスを構成する市民という話題を受け、ポリスと市民についてのアリストテレスの考えを述べた二つの文ア・イが示される。どちらも誤りだが、それぞれの文中の下線を引いた二つの語句の一方を訂正すれば、どちらかの文は全体として正しくなる。その文はア・イのどちらであり、どのように訂正すればよいかを選ぶ。

<考え方>

アリストテレスの友愛論と幸福論に戻る。友愛には有用性に基づくもの、快楽に基づくもの、互いの善を願う徳に基づくものがあり、有用性に基づく友愛は目的が失われれば解消しやすく不安定である。これに対して徳に基づく完全な友愛では互いの信頼が揺るがず、友人同士であれば正義は必要ないとされる。また幸福は徳に即した活動によってもたらされ、さまざまな生き方の中では観想的生活が最も優れているとされた。文イは前半を直しても後半の「政治的生活が最も優れている」が残り、後半を直しても前半の「名誉の追求」が残るため、一方の訂正では全体が正しくならない。

<選択肢>

①【誤】

アの「友愛と正義」を「有用性と正義」に置き換えると、ポリスの成立に不可欠なものが有用性になってしまい、友愛と正義の双方が不可欠だというアリストテレスの考えから外れる。しかも後半の「有用性に基づく友人同士ではお互いの信頼が揺るぎない」という誤りがそのまま残る。

②【正】

アの「有用性に基づく」を「互いの善を願う」に訂正すると、徳に基づく完全な友愛では互いの信頼が揺るがないため正義は不要になる、という内容になる。ポリスの成立には友愛と正義が不可欠だという前半とあわせて、全体として正しい文になる。

③【誤】

イの「名誉を追求して生きる」を「人間の徳に即して活動する」に訂正すれば前半は正しくなるが、後半の「さまざまな生き方の中でも政治的生活は最も優れている」が残る。アリストテレスが最も優れた生き方としたのは観想的生活なので、全体としては正しくならない。

④【誤】

イの「政治的生活」を「観想的生活」に訂正すれば後半は正しくなるが、前半の「幸福は名誉を追求して生きることでもたらされる」が残る。幸福をもたらすのは徳に即した活動であって名誉の追求ではないので、全体としては正しくならない。

正解【②】

有用性に基づく友愛を、互いの善を願う徳に基づく友愛に直せば、友人同士に正義は要らないというアリストテレスの主張と整合する文になる。

問6:正解 ③(解答番号14/配点3)

<問題要旨>

人間以外の動物も他者に含まれるかという話題を受け、諸仏が肉を食べない理由を説く『央掘魔羅経』の資料を見ながら生徒と先生が会話する。如来蔵が説かれ、聖徳太子が注釈書を書いたとされる経典(空欄ア)と、他者の肉を食べるべきではないと言われるもう一つの理由(空欄イ)の組合せを選ぶ。

<考え方>

空欄アは「聖徳太子が注釈書を書いたとされる」という手がかりで決まる。聖徳太子が撰したとされる三経義疏は『法華経』『維摩経』『勝鬘経』の注釈であり、このうち如来蔵思想を説くのは『勝鬘経』である。空欄イは、一切衆生が永遠の昔から生死を繰り返し父母・兄弟姉妹でないものはないという資料前半の内容に対応する。会話ではすでに生徒Gが「一切衆生は本質的に同じ」という理由を確認しているので、空欄イにはそれとは別の理由が入ることになる。

<選択肢>

ア=『勝鬘経』【正】

聖徳太子の著とされる三経義疏(法華義疏・維摩経義疏・勝鬘経義疏)のうち、如来蔵(如来を胎内に宿す)の思想を説くのは『勝鬘経』である。『般若経』は空を説く経典群で、如来蔵思想を中心に説くものではなく、三経義疏にも含まれない。

イ=輪廻の繰り返しのなかでは他者が自分でもあり得る【正】

資料の前半は、一切衆生が永遠の昔から生死を繰り返してきたため父母や兄弟姉妹でないものはなく、自分の肉も他者の肉も同一だと述べている。輪廻のなかで他者が自分の身内や自分自身でもあり得るという理由づけがこれに当たる。「自己の内なる我執を克服して如来蔵を獲得する」は、もともと具えているものとされる如来蔵を獲得目標として扱う点で如来蔵思想と合わず、肉を食べるべきでない理由にもならない。

正解【③】

如来蔵を説き聖徳太子が注釈したとされるのは『勝鬘経』で、肉食を避けるもう一つの理由は輪廻のなかで他者が自分でもあり得るという点である。

問7:正解 ②(解答番号15/配点3)

<問題要旨>

20世紀の言語哲学という話題を受け、ウィトゲンシュタインの言語哲学についてのメモが示される。初期の『論理哲学論考』での主張(空欄ア)と、後にその見方を自己批判して発話の分析に注力した結果としての主張(空欄イ)の組合せを選ぶ。

<考え方>

前期と後期の対比を押さえる。前期の『論理哲学論考』は、言語の命題が世界の事実と対応する構造をもつという写像理論に立ち、語りうるものと語りえないものを区別した。後期は言葉の意味が実際の使用・やり取りのなかで規則に従って成り立つと考える言語ゲーム論に移る。まぎれこんでいる「私的言語」は後期が成り立たないとして退けた考えであり、「差異の体系」はソシュールの言語論である。

<選択肢>

ア=言語は客観的な世界に対応する像である【正】

前期の写像理論そのもので、命題は事実の像として世界と対応するとされた。もう一方の「価値や倫理について語ることが言語の本質である」は、前期が価値や倫理を語りえないものとして言語の外に置いたことと正反対である。

イ=言語の意味は実際に発話を交わすなかで決まる【正】

後期の言語ゲーム論に対応し、「発話の分析に注力するようになる」という前置きともつながる。「内なる発話としての私的言語こそが言語の原型である」は、後期が私的言語の成立を否定したことと逆であり、「具体的な発話の意味は差異の体系を前提として決まる」は言語を差異の体系と捉えたソシュールの考えで、別の論者の説である。

正解【②】

前期は言語を世界の像と見る写像理論、後期は意味が実際の発話のやり取りのなかで決まるとする言語ゲーム論である。

問8:正解 ⑥(解答番号16/配点3)

<問題要旨>

他者との関係を保つことの重要性という話題を受け、他者との関係について述べた思想の説明ア〜ウの正誤の組合せを選ぶ。ホッブズ、ヘーゲル、レヴィナスについての記述が並ぶ。

<考え方>

社会契約説、承認論、他者論の基本に戻る。ホッブズは自然状態を万人の万人に対する闘争と捉えた人物であり、あわれみによって自己愛が抑えられると論じたのはルソーである。ヘーゲルは他者からの承認を経てこそ自由が実現すると考えた。レヴィナスは他者を私の理解を超えた絶対的な他者として捉えた。人物の入れ替えと、主張を打ち消す形への置き換えが仕掛けられている。

<選択肢>

ア【誤】

自然状態において他者へのあわれみ(憐憫)の感情が自己愛を抑えると論じたのはルソーである。ホッブズは自然状態では各人が自己保存のために力を行使し、万人の万人に対する闘争になると考えた。人物と主張が入れ替わっており、結論も逆になっている。

イ【誤】

ヘーゲルは、人が他者との関わりのなかで互いに認め合う相互承認を通じてはじめて具体的な自由を実現できると考えた。「他者からの承認がなくても自由を実現することができる」は、承認を自由の条件とする主張を打ち消している。

ウ【正】

レヴィナスは、他者は私の把握や所有を超え出た絶対的に異質なものであり、他者を自分の理解の枠に回収し尽くそうとすることは暴力的な支配にほかならないと論じた。記述はこの他者論に合致する。

正解【⑥】

あわれみをホッブズに帰したアと、ヘーゲルの相互承認論を打ち消したイが誤りで、レヴィナスの他者論を述べたウだけが正しい。

問9:正解 ②(解答番号17/配点4)

<問題要旨>

三つの場面の会話文について述べた文章として適当なものをア〜エからすべて選び、その組合せを答える。GとHの考えがどこから始まってどう動いたか、二人が何に合意し何には合意していないかを、会話全体の流れに照らして判定させる設問である。

<考え方>

会話の始まりと終わりの発言を突き合わせる。Gは当初「ちゃんと話し合えばわかり合える」「コミュニケーションの最終的な目的は意見を一致させること」と述べていたが、最後にHの指摘を受けて「同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切」と述べている。Hは友人とのけんかから他者理解の困難を感じていたが、「考え方は人それぞれだから」と言ってコミュニケーションを放棄しかねないというGの指摘に対し「そういう危険までは考えていなかった」と応じている。一方で二人は意見の一致を目指すべきかどうかについて最後まで合意しておらず、人間以外の動物も他者に含まれるという点は場面2で肯定されている。

<選択肢>

ア【正】

Gはもともと話し合いによる共通理解を重視していたが、相手を説得しようとして自分の意見を押し付けることにつながる場合があるというHの指摘を受け、最後に同じ意見になることに先立って相手の意見の優れた点を確かめる大切さを認めている。会話の流れと一致する。

イ【誤】

GとHは、他者とわかり合うことが可能かどうかや普遍性が存在するか否かについて、最後まで異なる考えをもったままである。文化の異なる他者とも同じ見解に至ることを目指すべきだという点で合意したとは書かれておらず、会話文にない結論を付け加えている。

ウ【正】

Hは友人とのけんかをきっかけに他者とわかり合うことの困難を考え始め、Gから「考え方は人それぞれだから」と言ってコミュニケーションを放棄することになりかねないと指摘されて、その危険に気づいている。相対主義を徹底したときの帰結に気づいたという説明に合う。

エ【誤】

場面2で、人間を「私たち」とすると人間以外の動物も他者になるかというHの発言にGが「そうなるね」と応じており、動物は社会や共同体にとっての他者に含まれると確認されている。「含まれないと気付いた」は会話文と逆である。

正解【②】

Gの考えの変化を述べたアと、Hが相対主義の帰結に気づいた点を述べたウが、会話の流れに合致する。

第4問 日本思想における議論と対話(配点15)

生徒JとKが、日本思想において議論や対話がどのように説かれてきたかをたどる会話。十七条憲法の議論観から、衆生が仏になれるかをめぐる最澄と徳一の論争、江戸時代の儒者と国学者の論争、中江兆民の議論論、そして小林秀雄と三木清の批評論までが問われる。

問1:正解 ④(解答番号18/配点3)

<問題要旨>

議論の重要性が憲法十七条(十七条憲法)で説かれていたという発言を受け、十七条憲法で説かれている議論のあり方の説明として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>

十七条憲法の第十条と第十七条に戻る。第十条は「我必ず聖に非ず、彼必ず愚に非ず」と述べ、自分を是とし相手を非と決めつけることを戒める。第十七条は「夫れ事は独り断むべからず、必ず衆と論ふべし」と述べ、大事な事柄を一人で決めず皆で論じるべきだとする。人が聖であるかどうかの捉え方と、大事と小事のどちらを一人で決めるかという二点で選択肢を切ればよい。

<選択肢>

①【誤】

十七条憲法は「我必ず聖に非ず」と述べており、人がそれぞれ聖であって真理を手にしているとは考えない。前提が逆になっているうえ、議論を対立の回避のための手段として位置づける点も第十条・第十七条の趣旨と合わない。

②【誤】

人が必ずしも聖ではないという前半は第十条に沿う。しかし第十七条は大事な事柄こそ一人で決めず皆で論じるべきだとするので、「大事な事柄については上の者が決め、小事については皆で議論をして協調するべき」は大事と小事の扱いを入れ替えている。

③【誤】

「人はそれぞれ自分が聖であると確信し」という前提が第十条と逆である。さらに「大事な事柄については一人で決め、小事については皆で議論をするべき」という結論も第十七条と正反対になっている。

④【正】

人は必ずしも聖ではなく必ずしも愚でもないから自分を是・相手を非と決めることはできないという点は第十条、大事な事柄については一人で決めずに議論をするべきだという点は第十七条に対応しており、いずれも十七条憲法の記述どおりである。

正解【④】

自分を是とし相手を非と決めつけられないという第十条と、大事な事柄を一人で決めないという第十七条の両方に合うのが④である。

問2:正解 ③(解答番号19/配点3)

<問題要旨>

最澄が法相宗の徳一と、衆生が仏になれるかどうかをめぐって論争したという会話。徳一の「仏になれるかどうかは、その人の素質や受けた教えによって差があり、特定の人しか仏になれない」という主張に対して、最澄が法華一乗思想に基づいて述べた反論(空欄ア)を選ぶ。

<考え方>

最澄は『法華経』に基づく法華一乗(一乗思想)に立ち、一切衆生悉有仏性、すなわちすべての衆生が仏となる可能性(仏性)を具えており、修行によって誰でも成仏できると説いて、素質によって差があるとする法相宗の五性各別説に反論した。したがって空欄アには、仏性を生まれながらに具えていることと、それを自覚して修行することを述べた記述が入る。天台宗の教えではない修行法を挙げたものや、本来すでに仏なのだから気づくだけでよいという後代の本覚思想に近い言い方は、最澄の反論としては当たらない。

<選択肢>

①【誤】

山川や草木の成仏を説くのは後の天台の教学で展開した見方であり、最澄が徳一に対して立てた論点ではない。また、その可能性を「信じるだけで」誰でも仏になれるとする点も、修行を重んじた最澄の立場と合わない。

②【誤】

三密(身・口・意の三つの働きによる行)の実践は真言密教の修行法であり、空海の教えに属する。『法華経』の教えを掲げながら三密の行を持ち出す点で、宗派の教えを取り違えている。

③【正】

すべての衆生が生まれながらに仏となる可能性を具えているので、その本性を自覚して修行すれば誰でも仏になれるという内容であり、一切衆生悉有仏性に基づく法華一乗思想の主張にあたる。素質によって差があるとする徳一の説への反論として成り立つ。

④【誤】

「本来的に仏である」から「その事実に気付きさえすれば」よいとするのは、修行を経ずに成仏を認める言い方で、のちに展開した本覚思想に近い。最澄が説いたのは仏となる可能性を具えていることと、それを自覚して修行することであり、主張の内容がずれている。

正解【③】

すべての衆生が仏性を具え、それを自覚して修行すれば誰でも成仏できるとするのが、法華一乗思想に基づく最澄の反論である。

問3:正解 ③(解答番号20/配点3)

<問題要旨>

江戸時代に儒者と国学者が学問分野の垣根を越えて論争したという会話を受けた授業資料。聖人の道を学び行うことで人は鳥獣と区別されると考えた儒者の太宰春台に対し、『国意考』で人も鳥獣も天地の間に生きるものとして区別はなく天地の心に従えば世は治まるとして、知的分別を重んじる儒教を批判した国学者(空欄ア)と、その人に学んだ本居宣長が『古事記』に示されたものとして従って生きるべきだとしたもの(空欄イ)の組合せを選ぶ。

<考え方>

空欄アは著書名と師弟関係の二つで決まる。『国意考』の著者で、本居宣長が入門して学んだ国学者は賀茂真淵である。空欄イは宣長が『古事記』に見いだしたものなので、神々の事跡が入る。「良知」は人が生まれながらに具える是非の判断力を指す陽明学の語であり、『古事記』に示されたものではない。

<選択肢>

ア=賀茂真淵【正】

『国意考』を著し、人も鳥獣も天地の間に生きるものとして区別はなく天地の心に従えば世は治まるとして、知的分別を重んじる儒教を批判したのは賀茂真淵である。本居宣長が入門して学んだ師でもあり、資料の「彼に学んだ本居宣長」という記述と合う。平田篤胤は宣長の没後にその学統を継いで復古神道を説いた人物で、宣長の師ではなく師弟の順が逆になる。石田梅岩は町人の道徳を説いた石門心学の人物であり、国学者ではない。

イ=神々の事跡【正】

宣長は『古事記』を読み解いて、そこに記された神々の事跡にあらわれた古道こそ、道という言葉をもたなくても日本に道がそなわっていたことの証であるとし、それに従って生きることを説いた。「良知」は陽明学の語で、日本では中江藤樹らが重んじたものであり、『古事記』に示されたものとして挙げることはできない。

正解【③】

『国意考』で儒教を批判し宣長が学んだのは賀茂真淵であり、宣長が『古事記』に見いだしたのは神々の事跡である。

問4:正解 ②(解答番号21/配点3)

<問題要旨>

明治以降の思想家も議論の重要性を説いていたという会話を受け、中江兆民『平民のめさまし』の現代語訳が資料として示される。資料は、甲派・乙派・丙派・丁派と種々の党派が競って張り合い議論して互いに批判する場合はその中から道理が徐々に現れるが、一人の知恵者の一言に大勢が皆同意して少しも議論しない場合はまことの道理が出てくるきっかけがなくなると述べている。兆民の思想と、この資料から読み取れる内容の説明として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>

前半の人物像と後半の資料の読み取りの両方が合っているものを選ぶ二段構えの設問である。兆民の代表的な事績は、ルソー『社会契約論』を漢訳した『民約訳解』と、『三酔人経綸問答』で示した「恩賜的民権」を「恢(回)復的民権」へ育てるという主張である。資料は議論と相互批判こそが道理を現すという主張なので、議論を否定的に読む選択肢や、批判を避けて共感的に受け入れるべきだと読む選択肢は資料と逆になる。

<選択肢>

①【誤】

兆民が『民約訳解』でルソーを紹介しフランス流の自由民権思想を広めたという前半は正しい。しかし資料は、議論して互いに批判するなかから道理が徐々に現れると述べているので、「人々が議論するとしばしば言い争いに陥るため、道理に至ることは難しい」という後半は資料と正反対である。

②【正】

『三酔人経綸問答』を著し、上から与えられた「恩賜的民権」を自ら獲得した「恢(回)復的民権」へ育てることが重要だと論じたのは兆民である。資料が、諸党派が競って議論し互いに批判する場合に道理が徐々に現れると述べていることと、「人々が意見を戦わせることで、道理が浮かび上がる」という読み取りが一致する。

③【誤】

「門閥制度は親の敵で御座る」と述べて封建的な制度や意識を批判したのは福沢諭吉であり、人物が入れ替わっている。資料の読み取りの部分は成り立つが、前半の人物像が誤っているので選べない。前半だけ差し替える型の典型である。

④【誤】

『一年有半』は兆民の著作である。しかし資料は互いに批判しあう議論こそが道理を現すと述べているので、「相手の意見を批判するのではなく共感的に受け入れるべきだ」という後半の読み取りは資料の主旨と逆である。

正解【②】

「恩賜的民権」を「恢復的民権」へという主張と、意見を戦わせることで道理が浮かび上がるという読み取りの両方がそろうのは②である。

問5:正解 ⑤(解答番号22/配点3)

<問題要旨>

議論のあり方や目的をめぐる会話に続いて、三木清「批評と論戦」の資料が示される。資料は、批評が何らかの意味・程度で相手を認めようとするのに対して論戦はどこまでも相手を排撃しようとすると述べ、相互批評が成り立つ二つの前提として、批評者が相手の足りない点・間違っている点の指摘にとどまらず進んで自己の積極的なものを示すこと、批評を受けた者が傲慢と片意地を棄てて批評者と一緒に共通の真理に達しようとする愛と寛大をもつことを挙げる。小林秀雄の思想と三木清の思想の説明の組合せを選ぶ。

<考え方>

小林秀雄は、批評とは結局のところ自分自身を語ることではないかと述べ、対象について考えぬくことがそのまま自己と向き合うことになる営みとして批評を捉えた。三木清については資料が挙げる二つの前提をそのまま押さえる。すなわち、相手の問題点の指摘にとどまらず自分の積極的な考えも示し、双方で共通の真理に達しようとするのが相互批評である。相手の良い点を認めることに「専念」する、相手が「独力で」真理にたどり着くよう導くといった言い方は、資料が挙げた二つの前提のいずれとも合わない。

<選択肢>

①【誤】

小林秀雄について「自己の心情や思想を排して対象を客観化する」とするのは、批評を己を語る営みと捉えた小林の考えと逆である。三木清についても、相手の良い点を認めるのに「専念」するとしており、自己の積極的なものを示すという第一の前提が落ちている。

②【誤】

三木清の説明は資料の二つの前提に合っている。しかし小林秀雄を「自己の心情や思想を排して対象を客観化する」とする点が、批評において自己と向き合うとした小林の考えと逆になっている。

③【誤】

小林秀雄を「社会において対象を位置付ける営み」とするのは彼の批評観ではない。三木清についても、相手が「独力で」真理にたどり着くように導くとしており、批評者と批評を受けた者が一緒に共通の真理に達しようとするという第二の前提と食い違う。

④【誤】

小林秀雄の説明が誤っているうえ、三木清についても相手の良い点を認めるのに「専念」するとして、自己の積極的なものを示すという前提が抜けている。二人ともずれている。

⑤【正】

小林秀雄が、対象についての思索を通して自身と向き合う営みを批評と考えたという説明は、批評とは結局己を語ることではないかとした彼の立場に合う。三木清については、相手の問題点を指摘し、自身の考えも示して、共に真理に達しようとする営みという説明が、資料の挙げる二つの前提と一致する。

⑥【誤】

小林秀雄の説明は正しい。しかし三木清について、相手が「独力で」真理にたどり着くように導く啓発的営みとするのは、批評者と一緒に共通の真理に達しようとするという第二の前提と合わない。

正解【⑤】

小林秀雄は批評を自己と向き合う営みと捉え、三木清は問題点の指摘に自分の考えを加えて共に真理へ向かう営みを批評と考えた。

第5問 先端医療研究と生命倫理(配点16)

幹細胞研究と再生医療をめぐる出張講義のあと、生徒LとMが講師Tと会話する設定。国際幹細胞学会が掲げる倫理原則を手がかりに、胎児が顔らしい図形に注目するかを調べた実験の結果予測、人間の特質についての心理学者の説、患者・研究参加者の保護、インフォームド・コンセント、幹細胞医療の利益とリスクの分配が問われる。

問1:正解 ①(解答番号23/配点4)

<問題要旨>

妊娠約240日齢の胎児の視野中央から周辺に対して、母親の腹部越しに、顔のように認識される三つの光点、または顔と認識されない逆向きの光点を投射する実験が示される。投射中に胎児がその図形に顔を向けた回数とそらした回数の平均が超音波スキャナで計測されており、顔を一度も見たことがない胎児であっても顔のように見える図形に注目していると言えるのはどのような結果が得られた場合かを、四つの棒グラフから選ぶ。

<考え方>

「顔のように見える図形に注目している」と言えるためには、正立の三光点と逆向きの光点で反応に差が出て、しかもその差が正立の図形への選択的な関心を示す向きでなければならない。したがって、「向ける」では正立の方が明らかに多く、「そらす」では正立の方が多くならないこと、という二つの条件を同時に満たすグラフを選ぶ。四つはいずれも似た形なので、二つの群それぞれについて棒の高さを目盛りで比べて絞り込む。

<選択肢>

①【正】

「向ける」では正立の三光点の棒だけが際立って高く、逆向きの光点は低い。「そらす」はどちらも低く差が小さい。顔のように見える図形に対して顔を向ける動作が選択的に多く、避ける動作は増えていないという結果であり、二つの条件をともに満たす。

②【誤】

「向ける」で正立と逆向きの棒がほぼ同じ高さで差が出ておらず、「そらす」でもどちらも高い。図形の向きによる反応の違いが示されないので、顔のように見える図形に注目しているとは言えない。

③【誤】

「向ける」で逆向きの光点の方が高く、正立の三光点は低い。顔と認識されない図形の方に顔を向けているという逆向きの結果になっており、結論を支持しない。

④【誤】

「向ける」で正立の方が高いという点は条件に合うが、「そらす」でも正立の棒が最も高く、逆向きと並んで大きい。顔のように見える図形に対して向ける動作も避ける動作も多いことになり、その図形への選択的な注目を示したとは言えない。

正解【①】

顔のように見える図形に対してだけ顔を向ける回数が多く、そらす回数には差が出ていない①が、選択的な注目を示す結果である。

問2:正解 ②(解答番号24/配点2)

<問題要旨>

他者に関心を示すという人間の特質という話題を受け、人間が備えている特質についての心理学者の説として最も適当なものを選ぶ。オルポート、コールバーグ、エクマン、マズローの名が挙げられている。

<考え方>

人物と学説の対応で一つずつ切る。「ホモ・ルーデンス(遊戯人)」はホイジンガ、欲求の階層説はマズロー、表情と基本感情の研究はエクマン、道徳性の発達段階説はコールバーグである。人名と学説を入れ替える型なので、学説の側から誰の説かをたどると早い。

<選択肢>

①【誤】

人間を「ホモ・ルーデンス(遊戯人)」と表現し、遊びのなかに人間の特質を見いだしたのは歴史家ホイジンガである。オルポートは個人のパーソナリティ特性の研究で知られる心理学者であり、人名と学説が入れ替わっている。

②【正】

コールバーグは道徳についての判断が段階的に発達すると論じ、前慣習的水準の最初の段階では罰を避けることが判断の基準になるとした。記述はこの発達段階説に合致する。

③【誤】

人間の欲求を生理的欲求から自己実現の欲求まで階層的に捉えたのはマズローである。エクマンは表情と基本感情の研究で知られる心理学者で、人名が入れ替わっている。

④【誤】

興味・関心に基づいて行動することを内発的動機づけと呼ぶ点は正しいが、外的な報酬を与え続けると内発的動機づけはかえって低下することがある。「報酬を与え続けることで強化される」は内発的動機づけの説明として成り立たず、人名もマズローの説として挙げるものではない。

正解【②】

罰の回避が最初の段階の判断基準になるという道徳性の発達段階説は、コールバーグの説である。

問3:正解 ③(解答番号25/配点3)

<問題要旨>

患者や研究参加者をリスクにさらすような研究に対する歴史的反省という話題を受け、患者・研究参加者の保護についての記述として適当なものをア〜オからすべて選び、その組合せを答える。人を対象とする実験の位置づけ、他者危害原則、自己決定と健康上の利益、パターナリズム、人間の尊厳が並ぶ。

<考え方>

研究倫理の基本原則に戻る。ニュルンベルク綱領やヘルシンキ宣言は人を対象とする研究を禁じるものではなく、説明と同意、倫理審査などの条件のもとで行うよう求めたものである。また、人を単に手段としてのみ用いず尊厳ある人格として扱うことは研究者に求められる。一方で、他者危害原則の内容の言い換え、自己決定と健康上の利益が「直結する」という言い切り、パターナリズムへの服従を保護に不可欠とする記述はいずれも成り立たない。五つの記述を一つずつ判定する。

<選択肢>

ア【正】

非道で科学的妥当性を欠く実験が過去に問題となり、その反省からニュルンベルク綱領やヘルシンキ宣言などの規範が整えられた。しかしそれらは人を対象とする実験そのものを禁じるのではなく、説明と自発的な同意、倫理審査などの条件のもとで行うことを求めている。

イ【誤】

他者危害原則とは、他者に危害を及ぼさない限り個人の自由は制限されないという原則であり、ミルに代表される考え方である。「多数の患者の救命のためだとしても少数者への危害は許されない」という主張はこの原則の内容ではなく、用語をすり替えている。

ウ【誤】

自己決定・自律の尊重は研究倫理の重要な柱だが、それを最優先することが健康上の利益の最大化に「直結する」とは言えない。本人の選択が結果として健康上の不利益を伴う場合もあり、自律の尊重と最善の利益は区別して考えられている。言い切りの形になっている点が誤りである。

エ【誤】

パターナリズムは、本人のためだという理由で本人の判断に代わって医療者側が決めることを指す。信頼している相手であっても、それに従うことが患者・研究参加者の保護に「不可欠」だとは言えず、インフォームド・コンセントによる自己決定の尊重という方向とも逆である。

オ【正】

患者・研究参加者を単に手段として用いず、尊厳をもつ人間として接することは、研究倫理の根幹に置かれる要請であり、医療者・研究者に求められる。

正解【③】

人を対象とする研究が条件つきで認められることと、人を尊厳ある人間として扱う要請の二つが、患者・研究参加者の保護の説明として正しい。

問4:正解 ③(解答番号26/配点3)

<問題要旨>

インフォームド・コンセントについての会話を読み、研究に使用する試料提供の同意に関する記述として適当でないものを選ぶ。会話では、研究目的や内容の説明と自発的意思に基づく同意が必須であること、同意の撤回が随時できることが保証されていること、自律的な意思決定ができない場合の代諾、新しい研究をする際の倫理審査と承認の重要性が確認されている。

<考え方>

適当でないものを一つ選ぶ問い方なので、会話文で確認された原則に反しているものを探す。会話で講師Tは、新しい研究をする際には倫理委員会できちんと倫理審査を受け承認を得ることが重要であり、倫理審査とは研究活動に倫理的な問題がないかなどを事前に専門家が検討することだと明言している。したがって、以前の内容を踏襲しているからといって自分の判断で審査を省いて実施することは、この原則に反する。

<選択肢>

①【適当】

同意の撤回は随時できることが保証されており、撤回の申し入れがあれば以降の研究利用を停止するのは、会話文で確認された原則どおりの対応である。適当な記述なので、選ぶべきものではない。

②【適当】

自律的な意思決定ができない場合は保護者が代わりに参加を承諾するのが一般的で、本人にもなるべく理解できるようわかりやすく説明することが増えているとされている。未成年協力者にわかりやすい説明を行ったうえで保護者から代理で同意を得る対応は適当なので、選ぶべきものではない。

③【適当でない】

会話文では、新しい研究をする際には倫理委員会で倫理審査を受け承認を得ることが重要だと述べられている。以前の内容を踏襲したものであったからという理由で審査は不要と自ら判断して実験を実施することは、事前に専門家が検討するという倫理審査の趣旨に反しており適当でない。これが求められている選択肢である。

④【適当】

同じ試料を別の手法で用いる新たな研究について、あらためて倫理委員会の承認を受けてから使用するのは、新しい研究には倫理審査が必要だという原則にかなう。適当な記述なので、選ぶべきものではない。

正解【③】

以前の研究を踏襲しているという理由で倫理委員会の審査を不要と判断して実験を行うことが、研究倫理の手続きに反している。

問5:正解 ⑤(解答番号27/配点4)

<問題要旨>

社会的・分配的正義という話題を受け、幹細胞の医療応用について二つの立場が示される。立場aは、研究開発のプロセスにおいて新しい治療法の開発に伴う利益とリスクは可能な限り広く分配されるべきだとするもの、立場bは、より多くの患者を救うという利益のためには研究開発を早く進展させるべきだとするもの。四つの意見ア〜エから、それぞれの立場に基づく意見の組合せを選ぶ。

<考え方>

二つの立場が何を最も重んじているかを押さえてから意見を割り振る。立場aは分配の広さなので、恩恵が及びにくい人々にも機会を確保しようとする意見が対応し、共通のルールを不要とする意見は分配の公正に逆行する。立場bは開発の速さなので、早期の提供を優先して制度上の手当てを最小限にとどめる意見が対応し、リスクがゼロになるまで利用を認めないという意見は開発と普及を止める方向で逆になる。

<選択肢>

ア(研究参加者の健康被害に対応する以外の制度設計は不要)=立場b【正】

患者に治療を早く届けることを優先し、そのために制度上の手当てを最小限にとどめようとする意見であり、より多くの患者を救うため研究開発を早く進展させるべきだという立場bに基づく。

イ(リスクがゼロにならないうちは社会での利用を許容すべきではない)【誤】

重大な危害を避けるために利用そのものを止める予防的な意見であり、研究開発を早く進めるべきだという立場bとは正反対である。利益とリスクを広く分配するという立場aの主張でもないので、どちらの立場にも当てはまらない。

ウ(治療を受ける可能性が低いグループでも利用の機会が担保されるようにすべき)=立場a【正】

途上国の少数民族など恩恵が届きにくい人々にも利用の機会を確保しようとする意見であり、利益とリスクを可能な限り広く分配すべきだという立場aに基づく。

エ(利益とリスクの分配をめぐるルールは各国で共通のものを策定する必要はない)【誤】

分配のルールを各国に委ねることになり、立場の弱い人にリスクが偏る余地を残す。利益とリスクを可能な限り広く分配すべきだという立場aと逆向きであり、開発の速さを説く立場bの内容でもない。

正解【⑤】

恩恵が届きにくい人々にも機会を確保するウが立場a、制度設計を最小限にして早期提供を優先するアが立場bに対応する。

第6問 SDGsと公正・ケア(配点16)

授業で聞いたSDGsについて調べたことを、生徒NとOが話し合う会話。SDGsが環境問題だけでなく人権や福祉、教育、ジェンダー平等にも関わることを確認する流れのなかで、SDGsの理念、センのケイパビリティと福祉、日本の教育の課題、ジェンダー平等の社会的実現、正義の倫理とケアの倫理が問われる。

問1:正解 ②(解答番号28/配点3)

<問題要旨>

SDGsが何のための17の目標かという説明(空欄ア)を選ぶ。会話では、SDGsが環境問題だけでなく、尊厳が守られた平等な世界、恐怖や暴力から自由な状態での健康な生活、安全な飲料水や栄養のある食糧、衛生状態の良い世界、ジェンダー平等、最も脆弱な人々のニーズが満たされる公正な世界などを目指すものとして紹介されている。

<考え方>

SDGs(持続可能な開発目標)は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられた17の目標で、「誰一人取り残さない」という理念を掲げ、開発途上国だけでなく先進国も含むすべての国が取り組む課題を広く扱う。この理念と対象の広さを手がかりに、人間の安全保障の説明、以前の開発目標の説明、環境分野の国際会議のスローガンを述べた選択肢を落としていけばよい。

<選択肢>

①【誤】

「生存・生活・尊厳に対する脅威の除去」を目指し、国家間の安全保障に加えて一人ひとりの人間にとってのかけがえのない生を守るという考え方は、人間の安全保障の説明である。SDGsの理念と重なる部分はあるが、17の目標を掲げた枠組みそのものの説明ではない。

②【正】

「誰一人取り残さない」という社会の実現を目指し、人類が直面している多くの課題を解決するという説明がSDGsに当たる。環境問題に限らず人権や福祉、教育、ジェンダーなど生活全般に及ぶという会話の内容とも合う。

③【誤】

「極度の貧困と飢餓の撲滅」などを掲げ、開発途上国に固有の問題の解決に取り組む目標はMDGs(ミレニアム開発目標)である。SDGsは先進国も含むすべての国が取り組む点で対象が異なり、掲げられた目標の数も17ではない。

④【誤】

「かけがえのない地球」をスローガンとし、人間環境の保護と改善を目指して各国政府に環境問題の解決を促したのは、1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)である。分野が環境に限られており、SDGsの枠組みとは別のものである。

正解【②】

「誰一人取り残さない」を掲げ、環境に限らず人類の直面する多くの課題の解決を目指す17の目標がSDGsである。

問2:正解 ③(解答番号29/配点3)

<問題要旨>

福祉の問題という話題を受け、センが福祉のあり方を各人がもっている「ケイパビリティ」から考えようとしたことを前提に、センが論じたケイパビリティと福祉の主たる目的に関する説明として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>

センのケイパビリティ(潜在能力)は、財や所得そのものではなく、その人が実際に選び取ることのできる生き方の幅を指す。したがって福祉の目的は、財を等しく配ることでも社会全体の幸福の総量を大きくすることでもなく、選択できる生き方の幅を確保し、その人の事情に応じて環境を整えることに置かれる。この点を基準に、他の思想家の概念が混ざった選択肢や、センが批判した立場に寄せた選択肢を落とす。

<選択肢>

①【誤】

「対話的理性によって公共性の場を築く能力」はハーバーマスの議論に連なる説明であり、センのケイパビリティの定義ではない。別の思想家の概念に置き換えられている。

②【誤】

「何かを行ったり、何かになったりする可能性」という前半はケイパビリティの説明として近い。しかし後半で福祉の目的を「所得と基本財を平等に分配する」ことに置いている点が誤りである。基本財の分配はロールズの議論であり、センは財の分配だけでは各人が実際に何をなしうるかの違いを捉えられないと論じた。

③【正】

ケイパビリティを「よりよい生き方を自ら選んでいく自由度」と捉え、福祉の主たる目的を「選択できる生き方の幅を確保し、その人に応じた環境整備をする」ことに置く説明であり、センの議論に合致する。

④【誤】

「実現可能な選択肢の集合」という前半はケイパビリティに近い。しかし後半で、選択肢がどれほどあるかよりも社会の幸福の総和を重んじるとしている点が誤りである。幸福の総量を基準とするのは功利主義の立場で、センがケイパビリティを持ち出して批判した方向であり、主張が逆になっている。

正解【③】

ケイパビリティは選べる生き方の自由度であり、福祉の目的はその幅を確保して各人に応じた環境を整えることにある。

問3:正解 ①(解答番号30/配点3)

<問題要旨>

教育の分野におけるSDGsの目標「質の高い教育をみんなに」に照らして見えてくる日本の教育の課題と、考え得る解決策を述べたア〜ウの文章のうち、適当なものをすべて選び、その組合せを答える。多様な児童生徒への教育支援、日本語指導を必要とする児童生徒への支援、教員の長時間勤務が取り上げられている。

<考え方>

課題の指摘と解決策が、掲げられた観点の語とかみ合っているかを一つずつ確かめる。とくに「共生」「アファーマティブ・アクション」という語が本来の意味とずれた使い方をされていないかを見る。共生は多様な人々が違いを認め合うことなので、一方の文化への同化を目的とする支援とは合わない。アファーマティブ・アクションは不利な立場に置かれた集団に対する積極的な差別是正措置であり、業務効率化のために多様な人材と協働することを指す語ではない。

<選択肢>

ア【正】

多様な児童生徒に対応する教育支援の必要性が増しているという課題に対し、誰も排除すべきでないとする「インクルージョン」の観点から、それぞれの児童生徒のニーズに応える教育が提供できるよう教育環境を充実・整備するという解決策が示されている。課題・観点・解決策が一貫しており「質の高い教育をみんなに」にかなう。

イ【誤】

日本語指導を必要とする児童生徒が増えているという課題の指摘は妥当で、日本語支援員の拡充も解決策として成り立つ。しかし「専ら日本の文化の定着が図られるように」支援するという部分は、一方の文化への同化を目指すことになり、多様な人々が違いを認め合うという「共生」の観点と矛盾する。

ウ【誤】

長時間勤務の深刻化という課題と、専門的な外部スタッフを配置して働き方改革を推進する解決策は対応している。しかしそれを「アファーマティブ・アクション」の観点と呼ぶのは誤りで、この語は不利な立場に置かれた集団に対する積極的な差別是正措置を指す。観点を示す語が本来の意味とすり替えられている。

正解【①】

インクルージョンの観点から個々のニーズに応える教育環境を整えるアだけが、課題と観点と解決策が一貫している。

問4:正解 ④(解答番号31/配点3)

<問題要旨>

ジェンダー平等の実現という話題を受けた昼休みの会話。仕事が忙しいうえに家事も育児もほとんど一人で担う姉の負担、仕事量の増加で家事・育児の時間が取れなくなった姉の夫、そして仕事と家事・育児の両立をしたい人が両立できるようになるにはどうすればよいかという三つの下線部が示される。これらの問題に関して、ジェンダー平等の社会的実現を目指した改善案として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>

会話の結論に戻る。生徒Oは「個人だけで解決できる問題ではないよね」「ジェンダー平等の実現も考えないと、根本的な問題解決にはならない」と述べている。したがって求められているのは、個人や家族の工夫で負担をやりくりする案ではなく、働き方の制度や職場環境に働きかける社会的な改善案である。この基準で四つを切り分ける。

<選択肢>

①【誤】

副業を推奨している会社を探して複数の会社で働くという案は、個人がさらに労働時間を増やして資金を確保するもので、体を壊さないか心配だという会話の内容にも逆行する。個人の対処にとどまり、ジェンダー平等の社会的実現にはつながらない。

②【誤】

仕事や家事・育児の効率化を各自が工夫するという案は、「個人だけで解決できる問題ではない」という会話の指摘と正面から食い違う。ワーク・ライフ・バランスという語は会話の趣旨に近く見えるが、実現の手立てを個人の努力に委ねている点が誤りである。

③【誤】

親族に同居してもらったり近くに住む友人の手助けに頼ったりする案は、私的な人間関係のなかで負担を移すだけで、仕事量そのものや制度は変わらない。頼れる人がいない場合には成り立たず、社会的な改善策にはならない。

④【正】

育児休業制度や短時間勤務制度の利用者が不利にならない労働環境を作り、制度を誰もが気軽に利用できるようにするという案は、制度と職場環境に働きかける社会的な改善策である。性別にかかわらず制度を利用しやすくなる点で、ジェンダー平等の実現にもつながる。

正解【④】

個人の工夫や私的な助け合いではなく、制度を誰もが利用できる労働環境をつくることが、ジェンダー平等の社会的実現に向けた改善案になる。

問5:正解 ⑥(解答番号32/配点4)

<問題要旨>

ケアを担う時間という話題を受け、正義の倫理とケアの倫理に関する資料と説明が示される。資料は問題冊子では省略されています。同じ枠内の説明では、正義の倫理が平等であることや公平であること、必要以上に他人の自由を邪魔しないことを優先し、その考え方に従うと個人の権利が守られたり平等に扱われたりすることが大事だと言える(下線a)とされ、ケアの倫理が支え合うことや相手の気持ちに気付くことを大切にし、その考え方に従うと人が必要としていることに応えるなど具体的な状況に配慮することが大事だと言える(下線b)とされている。下線a・bの考え方が反映された日常的な場面をア〜エから選び、その組合せを答える。

<考え方>

説明に示された二つの考え方の内容が、そのまま判定の基準になる。下線aは全員を同じ基準で扱い、個人の権利と平等を守ること、下線bは一人一人が必要としていることに応じて対応を変えることである。四つの場面を「同じ基準で扱うか」「必要に応じて変えるか」という軸で振り分ける。ただし一律・機械的でありさえすれば下線aになるわけではなく、何のためにそうするのかという理由まで確かめる必要がある。

<選択肢>

ア【誤】

部員の全員が平等に担当するのではなく、下級生が常に準備や掃除、用具の手入れを担当するという場面で、負担が学年によって固定的に偏っている。個人の権利が守られたり平等に扱われたりするという下線aの考え方に反しており、相手の必要に応じるという下線bでもない。

イ=下線b【正】

全員に同じ量を配るのではなく、少食の人に無理やり食べさせないようにしたり、アレルギーがある人に対応したりして配膳する場面である。一人一人が必要としていることに応え、具体的な状況に配慮するというケアの倫理の考え方が表れている。

ウ=下線a【正】

極端に緊張している人や人前で話すことが苦手な人がいる場合でも、発表の順番を変えたり別の課題を与えたりせず、原則として一人ずつ順番に発表するという場面である。成績評価が関わる場で全員を同じ条件で扱うという、平等に扱われることを重んじる正義の倫理の考え方が表れている。

エ【誤】

各自の得意不得意とは無関係に司会や記録係などの役割を機械的に割り振る場面だが、その理由は「効率的に無駄なく作業を進めて、時間内で必ず準備を終わらせるため」とされている。重んじられているのは作業の効率であって個人の権利や平等ではないので、下線aの考え方が反映された場面とは言えない。相手の必要に配慮してもいないので下線bでもない。

正解【⑥】

全員を同じ条件で扱うウが正義の倫理、一人一人の必要に応じて対応を変えるイがケアの倫理に対応する。

※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

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