2025年度 大学入学共通テスト 本試験「公共・倫理」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2025年度(令和7年度)大学入学共通テスト本試験の「公共,倫理」は、第1問から第6問までの6つの大問、解答番号1から33までで構成され、満点100点・試験時間60分です。配点は第1問12点、第2問13点、第3問28点、第4問15点、第5問16点、第6問16点で、第3問が最も大きな比重を占めます。なお、この回は問題冊子とともに問題訂正が示されており、142ページの第6問会話文(下から11行目)の「人々の平和を脅すものは」が「人々の平和を脅かすものは」と訂正されています。この訂正について、正解を導く上で支障はないことも併せて示されています。
第1問は男女共同参画社会をめぐる新聞記事の要約から、憲法・法律の知識と二つの統計資料の読取りへ進みます。第2問は「人と人とが対話や議論をする公共空間を持続的に形成するには何を考えるべきか」という班の探究活動で、ハーバーマスやアーレントの思想、世論調査の読取り、推論の型、ICTと対面の関わり方を扱います。第3問は「推し」の話から美と宗教・芸術へ広がる生徒三人の会話で、古代ギリシアの美の思想から諸宗教と芸術、中国思想の礼楽、大乗仏教、ベンヤミンまでを横断します。第4問は日本思想が外来思想をどう受け止めてきたかを神仏習合から近代までたどり、第5問は記憶の変容と認知バイアス、第6問は戦争と平和および非暴力の思想を扱います。
つまずきやすいのは、第1問の問2・問3と第2問の問2に並ぶ資料読取りです。「最も大きい」「〜ポイント以上」「どの年齢層でも」といった言い切りは、該当する数値をすべて計算して確かめないと判定できません。また第3問以降は「人物と主張」「経典と内容」「著作と著者」の組合せを入れ替えた選択肢が多く、細部が一つずれているだけで落ちる作りになっています。第5問の問5は、解答番号27で自分が重視する立場を先に選び、その選択に応じて解答番号28の正解が変わる形式で、どちらの立場を選んでも得点できます。採点項目は、この問5の二つの解答番号がひとまとまりで扱われるため32項目です。
第1問 男女共同参画社会と男女平等(配点12)
生徒Aと生徒Bが「公共」の授業で、世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数を報じた新聞記事の要約を作り、探究活動を進めます。日本の男女平等をめぐる憲法・法律の知識と、性別役割意識や女性議員比率の統計資料を数値で確かめる力が問われます。
問1:正解 ②(解答番号1/配点3)
<問題要旨>
日本の男女平等に関する法的状況を調べる二人の会話で、日本国憲法第14条が明記している内容(ア)と、日本が女性差別撤廃条約を批准したのと同じ年に制定された法律(イ)を補う設問です。
<考え方>
憲法の条文と、法律の制定年を条約批准と結びつけて覚えているかで決まります。第14条1項は「法の下の平等」を定め、続けて人種・信条・性別・社会的身分又は門地による差別を禁じています。一方、日本が女性差別撤廃条約を批准したのは1985年で、批准の要件を満たすために同じ1985年に制定されたのが男女雇用機会均等法です。
<選択肢>
ア=法の下の平等【正】
日本国憲法第14条1項は「すべて国民は、法の下に平等であつて」と定める。会話文のAの発言が、続けて人種・信条・性別・社会的身分又は門地を挙げている点も第14条1項の文言と一致する。
ア=両性の本質的平等【誤】
「両性の本質的平等」は、婚姻や家族に関する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないと定めた第24条の語句である。条文の取り違えにあたる。
イ=男女雇用機会均等法【正】
日本は1985年に女性差別撤廃条約を批准し、その要件を満たすため同じ1985年に男女雇用機会均等法を制定した。会話文の「批准したことに伴い、同じ年に」という条件に合う。
イ=男女共同参画社会基本法【誤】
男女共同参画社会基本法の制定は1999年で、条約批准の1985年とは14年ずれる。男女平等に関わる法律ではあるが、制定の時期が条件に合わない。
正解【②】
憲法第14条の「法の下の平等」と、条約批准と同じ1985年に制定された男女雇用機会均等法の組合せが正解です。
問2:正解 ④(解答番号2/配点3)
<問題要旨>
内閣府の調査から作られた表1は、「共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先するべきだ」と「同程度の実力なら、まず男性から昇進させたり管理職に登用するものだ」という二つの項目について、20代から60代までの男女別の肯定的な回答割合を示しています。この表から読み取れることとして適当でないものを選ぶ設問です。
<考え方>
「最も大きい」「〜ポイント以上」「〜ほど高い」といった言い切りは、必ず数値を当てて確かめます。とくに「最も大きい」は、すべての年代で差を計算して比べないと判定できません。表の右半分について男女差を全年代で出すと、20代9.4、30代10.3、40代7.2、50代7.3、60代6.4ポイントとなり、60代が最も小さいことが分かります。
<選択肢>
①【正】
女性の肯定的な回答割合は、20代14.5、30代17.7、40代23.3、50代24.7、60代28.0と単調に増えており、「年代が上がるほど高くなっている」は表と一致する。
②【正】
男性20代26.2から女性20代14.5を引くと11.7ポイントで、「10.0ポイント以上高い」を満たす。
③【正】
20.0%を超えているのは男性20代の20.4と男性30代の20.7だけで、男性40代17.6、50代15.7、60代15.8、女性は全年代が20.0を下回る。「男性20代と男性30代のみ」は表と一致する。
④【誤】
男女差は30代の10.3ポイントが最大で、60代は6.4ポイントと全年代で最も小さい。「最も大きい」という言い切りが数値と逆になっており、これが適当でないものとして選ぶ選択肢である。
正解【④】
男女差が最大なのは30代で60代はむしろ最小なので、④が表から読み取れることとして適当でありません。
問3:正解 ②(解答番号3/配点3)
<問題要旨>
表2は、X国・Y国・Z国・日本の4か国について、1960年から2020年まで10年ごとの女性議員比率を示しています。クオータ制をめぐる先生Tと生徒二人の会話とあわせて、表と会話文から読み取れることを選ぶ設問です。
<考え方>
会話文は各国の制度(X国は1990年頃からの各政党の自主的な努力、Y国は2000年の義務付けと政党助成金減額という罰則、Z国はクオータ制なし、日本は2018年の政治分野における男女共同参画推進法で罰則なし)を与え、表は数値を与えます。制度の年と表の年を突き合わせ、引き算で確かめます。Y国は法制定の2000年が10.9、その10年後の2010年が18.9で、差はちょうど8.0ポイントです。
<選択肢>
①【誤】
X国は1960年13.8から1970年14.0へすでに上昇しており、各政党が候補者名簿の男女比率を均等にする努力を始めた1990年頃が「初めて上昇し始めた」時期ではない。制度の開始時期と数値の動き出す時期を取り違えている。
②【正】
Y国が候補者の男女均等を義務付ける法を制定したのは2000年で、そのときの女性議員比率は10.9。10年後の2010年は18.9で、差は18.9−10.9=8.0ポイントとなり記述と一致する。
③【誤】
Z国が日本より常に高いことは表のとおりだが、1960年はZ国3.9に対しY国1.5、1970年もZ国2.3に対しY国2.1で、Z国がY国を上回っている。「Y国より低い」という言い切りが成り立たない。
④【誤】
日本で政治分野における男女共同参画推進法が制定されたのは2018年で、その後の2020年は日本9.9に対しZ国27.3。「Z国を上回った」は数値と逆である。
正解【②】
法制定年とその10年後の差が8.0ポイントちょうどになるY国の記述が、表と会話文の両方に合致します。
問4:正解 ③(解答番号4/配点3)
<問題要旨>
探究活動を振り返る二人の会話で、二種類の平等の呼び名(ア・イ)と、アイヌ民族を法律上初めて「先住民族」と明記した2019年の法律名(ウ)を補う設問です。
<考え方>
平等は、個性や属性にかかわらず全員を同じ扱いにする形式的平等と、現実に残る格差をならすために積極的差別是正措置などをとる実質的平等に分けます。会話文ではアが「すべての人を同じように扱うこと」、イが「クオータ制のような制度を新たに導入する」と説明されているので、この定義をそのまま当てれば決まります。ウは、アイヌ文化振興法(1997年)とアイヌ施策推進法(2019年)のどちらが「先住民族」と明記したかで切り分けます。
<選択肢>
ア=形式的【正】
「個性や属性にかかわらず、すべての人を同じように扱うこと」という説明は形式的平等の定義そのもの。Bが「法律や制度という点では日本ではかなり実現している」と言うのも、法の下の平等が条文として整っていることを指す。
イ=実質的【正】
クオータ制のように、結果として残る格差を是正するために新たな制度を設けるのは実質的平等の追求にあたる。アとイを入れ替えた選択肢は、二つの平等の定義の当てはめが逆になっている。
ウ=アイヌ施策推進法(アイヌ民族支援法)【正】
アイヌ民族を法律上初めて「先住民族」と明記したのは2019年制定のアイヌ施策推進法で、会話文の「2019年に」という年と一致する。
ウ=アイヌ文化振興法【誤】
1997年のアイヌ文化振興法はアイヌ文化の振興と伝統の普及啓発を目的とする法律で、「先住民族」という規定は置かれていない。制定年も1997年で会話文の2019年と合わない。
正解【③】
形式的平等・実質的平等の定義と、2019年のアイヌ施策推進法という年の一致から、③に決まります。
第2問 公共空間をどう形成するか(配点13)
生徒Aの班が「人と人とが対話や議論をする公共空間を持続的に形成するには、どのようなことを考えるべきか」という課題を立てて探究活動を行います。ハーバーマスとアーレントの思想、内閣府の世論調査の読取り、帰納と演繹の区別、ICTと対面の関わり方が順に問われます。
問1:正解 ⑤(解答番号5/配点3)
<問題要旨>
公共空間の形成についての先生の説明文で、『コミュニケーション的行為の理論』の著者(ア)、合意形成に必要とされるもの(イ)、『人間の条件』が「活動」をどのような営みとしたか(ウ)を補う設問です。
<考え方>
著書名から思想家を特定するのが最短です。『コミュニケーション的行為の理論』はハーバーマス、『人間の条件』はアーレント。ハーバーマスが対等な討議による合意形成の条件としたのは対話的理性であり、アーレントは人間の営みを労働・仕事・活動に分け、言葉を交わして人と人とが関わり合う「活動」こそが公共空間を形成するとしました。
<選択肢>
ア=ハーバーマス【正】
『コミュニケーション的行為の理論』の著者はハーバーマス。説明文が「対等な立場で自由に意見を交わすという共通理解のもとで、合意を形成していくことが大切」と述べる点も、彼の討議の理論と一致する。
ア=アーレント【誤】
アーレントの主著は『人間の条件』や『全体主義の起源』で、『コミュニケーション的行為の理論』の著者ではない。説明文が後段で「また別の哲学者は著書『人間の条件』で」と続けていることからも、アとは別人だと分かる。
イ=対話的理性【正】
ハーバーマスは、力や利害ではなく対話を通じて合意に至る理性のはたらきを重視し、これを対話的理性(コミュニケーション的合理性)と呼んだ。
イ=他者危害原理【誤】
他者危害原理は、他人に危害を加えない限り個人の自由に干渉してはならないとするJ.S.ミルの原理で、自由の限界を画する考え方である。合意形成に必要なものを述べた語ではなく、思想家が入れ替わっている。
ウ=言葉を通して関わり合う【正】
アーレントは、生命維持のための「労働」、道具や作品を作る「仕事」に対して、言葉と行為によって人と人とが直接関わり合う「活動」を区別し、活動こそが公共空間を形成するとした。
ウ=契約を結んでこれを守る【誤】
契約によって秩序を作るという発想は社会契約説のものである。アーレントが「活動」に見たのは言論を交わして関わり合う営みそのものであり、契約の締結と遵守ではない。
正解【⑤】
ハーバーマスと対話的理性、そしてアーレントの「活動」という三つがそろう⑤が正解です。
問2:正解 ⑥(解答番号6/配点4)
<問題要旨>
表1は「時間のゆとりの有無」、表2は「自由時間の過ごし方」を年齢層別に示し、各年齢層とも上段が2018年調査、下段が2022年調査の結果です。二つの調査を比べた生徒の意見ア〜ウのうち、表を正しく読み取ったものの組合せを選びます。
<考え方>
下線が引かれている読取り部分だけを、一つずつ表に戻して検算します。「半数を超える」「1ポイント未満」「9ポイント以上」「どの年齢層でも」といった条件は、該当するすべての行を確かめないと判定できません。アは前半が正しいため見落としやすいのですが、後半のインターネット利用が二つの年齢層とも半数を超えたかどうかで崩れます。
<選択肢>
ア【誤】
「ゆとりがある」が半数を下回るようになったのが30〜39歳(54.5→48.6)と40〜49歳(52.8→48.1)だという前半は表1と一致する。しかし後半が誤りで、表2のインターネットやソーシャルメディアの利用は30〜39歳が33.6→51.9と半数を超えた一方、40〜49歳は29.9→45.6で半数に達していない。「この二つの年齢層は…半数を超えるようになった」が成り立たない。
イ【正】
「ゆとりがない」は18〜29歳34.1→34.8、30〜39歳45.4→50.0、40〜49歳47.1→49.1、50〜59歳38.3→43.2、60〜69歳26.3→31.5、70歳以上14.3→20.5と6層すべてで上昇し、上昇幅が1ポイント未満なのは18〜29歳の+0.7だけである。友人や恋人との交際は18〜29歳が37.1→46.2の+9.1で9ポイント以上増えた唯一の層であり、50〜59歳−0.5、60〜69歳−5.2、70歳以上−6.1と50歳以上は3層とも減っている。下線部がすべて数値と合う。
ウ【正】
社会参加は18〜29歳2.4→1.1、30〜39歳3.6→0.9、40〜49歳4.4→2.5、50〜59歳5.9→3.9、60〜69歳9.4→5.1、70歳以上10.7→8.6と6層すべてで減少している。70歳以上は社会参加が両年とも最高値(10.7、8.6)で、「ゆとりがある」も両年とも最高値(85.2、75.4)であり、他のどの年齢層より高いままである。
正解【⑥】
数値の裏づけがあるのはイとウの二つなので、⑥が正解です。
問3:正解 ⑤(解答番号7/配点3)
<問題要旨>
哲学対話を実践している哲学カフェの参加者の発言I〜IIIのうち、帰納的に推論されているものの組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
帰納と演繹の区別は、結論が個別の観察の積み重ねから導かれているか、一般的な前提から必然的に導かれているかで決まります。「これらの事実が何度もあったことから」「これらの経験を基にして」のように、複数の具体的な事例を根拠に一般的な規則や方針へ進む形が帰納です。反対に「〜である。そうであるならば〜」と一般原則から個別の結論を導く形は演繹です。
<選択肢>
I【正・帰納】
穏やかな態度で相手の発言を最後まで聞くと取り決めたところ対話が活発になった、という事実が何度もあったことを根拠に、「安心して話せる取り決めがあれば活発な哲学対話が可能になる」という経験則へ進んでいる。個別の事例から一般的な規則を導く帰納である。
II【誤・演繹】
「人間には自由に述べる権利があり、互いに尊重し合う義務がある」という一般的な前提を置き、「そうであるならば」と続けて、職場でも学校でも相手の話を最後まで聞くことをルールにしなければならないという結論を導いている。前提から必然的に結論へ進む演繹であり、帰納ではない。
III【正・帰納】
初めて参加した人の素朴な質問で問いが深まりおもしろさを感じた、同じ実感を他の参加者ももっていた、という複数の経験を基にして、率直に質問や疑問を出して問いを深めるという方針を立てている。経験の積み重ねから一般的な方針へ進む帰納である。
正解【⑤】
経験の積み重ねから一般的な規則や方針を導いているのはIとIIIなので、⑤が正解です。
問4:正解 ②(解答番号8/配点3)
<問題要旨>
構想メモは、ICTの活用によって生まれた人の関わり方を「非対面的関わりのみのタイプ」(下線部ⓐ)、「対面的関わりに非対面的関わりが加わっているタイプ」(下線部ⓑ)、「対面的関わりのみのタイプ」(下線部ⓒ)の三つに整理しています。それぞれに該当する事例ア〜ウを組み合わせる設問です。
<考え方>
判定の軸は「対面の場があるかどうか」と「その場に非対面で加わる人がいるかどうか」の二つだけです。対面の場そのものが消えていればⓐ、対面の場があってそこへ非対面で加わる人がいればⓑ、全員がその場に居合わせていればⓒと機械的に振り分けられます。
<選択肢>
ⓐ=ア【正】
対面で実施されていた会議がオンライン会議に変更され、すべての参加者がインターネットで出席した事例。対面の場そのものが無くなっており、「対面の場に集まることなく、対話や議論に参加できるようになった」という非対面的関わりのみのタイプに当たる。
ⓑ=ウ【正】
身体的な事情で外出できなかった人が、公民館に集まった人々の対話集会にインターネットで参加した事例。対面の場が存在し、そこへ非対面で加わっているので「対面の場に非対面で参加できるようにもなった」というタイプに当たる。
ⓒ=イ【正】
料理教室で講師と生徒が同じ場に集まり、指導に基づいて料理を作り、その場で味見をしてもらって講評を受けた事例。全員が居合わせて反応を確認しながらやりとりしており、対面的関わりのみのタイプに当たる。
ⓐ=ウ・ⓑ=ア とする組合せ【誤】
ウには公民館という対面の場があるためⓐの「対面の場に集まることなく」に当たらず、アは全員がオンラインで対面の場が無いためⓑの「対面の場に非対面で参加」に当たらない。二つの事例を入れ替えた誤りである。
ⓐ=イ・ⓒ=ア とする組合せ【誤】
イは講師と生徒が同じ場にいるのでICTによる非対面の事例ではなく、アは誰も同じ場にいないのでⓒの「その場にいる人たち」に当たらない。対面か非対面かの判定が逆になっている。
正解【②】
対面の場の有無で振り分ければ、ⓐがア、ⓑがウ、ⓒがイとなり、②が正解です。
第3問 美をめぐる思想と宗教・芸術(配点28)
「推し」の話から始まる生徒A〜Cの三つの場面の会話を題材に、古代ギリシアの美の思想、諸宗教と芸術の関係、アウグスティヌス、中国思想の礼楽、大乗仏教、近代の芸術観とベンヤミンまでが幅広く問われます。配点28と最も比重が大きく、問9は配点4です。
問1:正解 ④(解答番号9/配点3)
<問題要旨>
生徒Aが「推し」の美しさを「ギリシア彫刻のよう」とたとえた下線部ⓐに関連して、古代ギリシアの思想における美についての説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
選択肢はいずれも「人物名+その人の主張」の形をとっているので、人物と主張の組合せが入れ替わっていないかを一つずつ確かめます。美を論じた思想として押さえるべきはプラトンのエロース論で、個々の美しいものへの欲求から出発して、最終的に美そのもの(美のイデア)へ向かうとされました。
<選択肢>
①【誤】
ヘシオドスの『神統記』が神々の誕生と系譜を整理した作品であることは正しいが、神々の思惑に翻弄されながら懸命に生きる人間の姿を描くのはホメロスの叙事詩の主題である。作品の内容がすり替えられている。
②【誤】
デモクリトスは万物を無数の原子(アトム)と空虚で説明した思想家で、原子を超えた根源を認めない。数的比例に万物の秩序と美を見たのはピタゴラス(派)であり、二人の主張が混ぜ合わされている。
③【誤】
ソクラテスが善や美に関する無知の自覚を重視したことは正しいが、相対主義的な考え方を人々に浸透させようと弁論術を駆使したのはソフィストである。ソクラテスはむしろ相対主義を批判し、普遍的な善や美を問い続けた。
④【正】
プラトンは、美しいものを求める欲求をエロースと呼び、それが個々の美しいものから美そのもの、すなわち絶対的な美のイデアへ向かうとした。「究極的には絶対的な美そのものに向かう」という記述がこれと一致する。
正解【④】
エロースが絶対的な美そのものへ向かうとしたプラトンの説明だけが、人物と主張が正しく結びついています。
問2:正解 ②(解答番号10/配点3)
<問題要旨>
芸術の受け止め方は時代や民族、宗教によって異なるという下線部ⓑに関連して、宗教と芸術の関係についての説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
各宗教が偶像をどう扱うか、そして教義の中心が何かに戻れば切り分けられます。ユダヤ教とイスラームはともに偶像崇拝を厳しく禁じ、仏教の涅槃は輪廻からの解脱を意味し、キリスト教ではイエスは預言者ではなく神の子・救世主として十字架で人類の罪を贖ったとされます。
<選択肢>
①【誤】
バビロン捕囚後に神殿が再建され、律法の遵守を説く共同体が形づくられたことは正しい。しかしユダヤ教は偶像崇拝を厳禁しており、「救世主(メシア)の像に対する礼拝を中心とした」という記述は教義と真っ向から矛盾する。
②【正】
イスラームは偶像崇拝を禁じるためモスクに神の像を置かず、礼拝の方向を示すミフラーブと呼ばれる壁のくぼみを設ける。偶像を避けた結果、アラベスクなど幾何学模様による装飾が発達した。記述はこの特徴をそのまま述べている。
③【誤】
釈迦涅槃図が描く涅槃は、煩悩の火が消えて輪廻から解き放たれた境地である。「よりよい世界に輪廻する」では解脱が輪廻の継続にすり替わっており、仏教の根本と反する。
④【誤】
イエスを「預言者」と位置づけるのはイスラームの見方である。キリスト教では、イエスは神の子・救世主であり、その十字架上の死によって人類の原罪が贖われたとされる。宗教の立場が入れ替わっている。
正解【②】
偶像を置かずミフラーブと幾何学模様で飾るというイスラームのモスクの説明が、宗教と芸術の関係を正しく述べています。
問3:正解 ③(解答番号11/配点3)
<問題要旨>
授業資料は、アウグスティヌスが『告白』で神を「すべての美しきものの根源なる、美そのもの」とみなし、芸術家は神の美を判断基準として美しいものを作るとした一方、作られた美に対する愛を「罠」とも表現したと紹介しています。アウグスティヌスの思想と資料の内容の説明として最も適当なものを選びます。
<考え方>
選択肢は前半(アウグスティヌス自身の思想)と後半(資料の内容)に分かれており、両方が正しいものを選びます。前半の決め手は四元徳の扱いで、アウグスティヌスはギリシアの四元徳を否定したのではなく、信仰・希望・愛の三元徳を最高位に置いたうえで位置づけ直しました。またパウロだけでなく新プラトン主義のプロティノスからも強い影響を受けています。後半は、資料が「私たちの本来の目的は美の源泉である神そのものを愛することにあり、作られた美のみを追い求めるのは本来の目的から私たちを遠ざける」と述べている点を押さえます。
<選択肢>
①【誤】
後半の「作られた美への愛にとどまり続けてはならない」は資料と一致するが、前半の「ギリシアの四元徳を否定して」が誤り。アウグスティヌスは四元徳を捨てたのではなく、信仰・希望・愛の三元徳の下に位置づけ直した。
②【誤】
前半が①と同じく四元徳の否定として誤っているうえ、後半も「芸術家は美しいものを作ることを通じて、神に対する愛を自然に獲得する」としている点が資料に反する。資料は、作られた美のみを追うことは本来の目的から人を遠ざける罠だと述べている。
③【正】
前半の「パウロからだけではなく、プロティノスからも影響を受けた」はアウグスティヌスの思想形成として正しい。後半の「芸術作品の美しさが神に由来すると考えているが、作られた美への愛にとどまり続けてはならない」も、神を美の根源としつつ作られた美への愛を「罠」と呼ぶ資料の内容と一致する。
④【誤】
前半は正しいが、後半が誤り。資料は芸術家が神の美を判断基準にするとは述べていても、美しいものを作ることで神への愛が自然に獲得されるとは述べておらず、むしろ作られた美のみを追い求めることの危うさを指摘している。
正解【③】
四元徳を否定していないこと、プロティノスの影響を受けたこと、作られた美にとどまってはならないことの三点がそろう③が正解です。
問4:正解 ①(解答番号12/配点3)
<問題要旨>
中国思想は礼楽を重んじるという下線部ⓓに関連して、礼楽の考え方についての四つの記述ア〜エが、それぞれ誰のものかを組み合わせる設問です。
<考え方>
各記述に埋め込まれたキーワードから人物を特定します。「人の本性は善である」は性善説、「何ものにもとらわれない自由の境地」は逍遥遊、「仁を表現するものこそが礼」は仁と礼の関係、「家族主義的な考え方を批判し、人の分け隔てをしない」は兼愛です。それぞれ孟子・荘子・孔子・墨子に対応します。
<選択肢>
ア=孟子【正】
「人の本性は善である」は性善説であり孟子の立場。道徳的実践を重んじ、内面に根ざす充実した善に美を見るという記述も、四端の心を拡充することを説いた孟子と合う。性悪説をとる荀子ではない。
イ=荘子【正】
美などの価値は相対的にすぎないとし、何ものにもとらわれない自由の境地(逍遥遊)を強調して後世の文学や芸術に影響を与えたのは荘子。万物斉同の考え方に基づく。
ウ=孔子【正】
礼楽が形だけのものになることを憂えるにとどまらず、仁という内面を表現してこそ礼であると強調し、礼に立ち返ることの意義を説いたのは孔子。克己復礼の考え方に当たる。
エ=墨子【正】
儒家が重んじる家族主義的な愛(別愛)を批判し、人を分け隔てしない兼愛を説いたのは墨子。墨子は華美な礼楽を浪費として退ける非楽も唱えており、「従来の礼楽とは距離をおき」という記述とも合う。
正解【①】
性善説の孟子、逍遥遊の荘子、仁と礼の孔子、兼愛の墨子という順に決まり、①が正解です。
問5:正解 ②(解答番号13/配点3)
<問題要旨>
仏教は歴史も長くいろいろな側面があるという下線部ⓔに関連して、大乗仏教の思想の説明として適当なものをア〜エからすべて選び、その組合せを答える設問です。
<考え方>
「すべて選ぶ」型は、一つずつ独立に正誤を判定します。判定の鍵になるのは、経典とその内容の対応(『維摩経』は何を描くか、『般若経』は何を説くか)と、人物と業績の対応(竜樹・無著・世親・玄奘・鑑真)です。経典名や人物名が一つでもずれていれば、その記述は落ちます。
<選択肢>
ア【正】
あらゆる物事は縁起によって生じ、それ自体の固有の本性をもたない(無自性)がゆえに空である、という空の思想は大乗仏教に特徴的である。その原型がゴータマの説いた諸法無我にあるという指摘も正しい。
イ【誤】
悟りを求める衆生を菩薩と呼び、大乗経典に様々な菩薩が登場することは正しい。しかし『維摩経』は在家の資産家である維摩居士を主人公とし、在家のままでも深い悟りに至りうることを描く経典であって、「出家した菩薩が送る生活を理想化して描いた」ではない。出家と在家が入れ替わっている。
ウ【正】
無著(アサンガ)と世親(ヴァスバンドゥ)は、あらゆる物事は心が生み出したものであり「識のみがある」と説く唯識思想を大成した。この教説はインドに渡った玄奘が学んで中国へ伝え直しており、記述と一致する。
エ【誤】
仏性の考え方を主として説くのは『涅槃経』などであり、『般若経』が説くのは空の思想である。また竜樹(ナーガールジュナ)は空の思想を体系化した人物で仏性の考え方を整理したのではなく、鑑真は日本に戒律を伝えた僧である。経典・人物の対応が重ねてずれている。
正解【②】
空の思想のアと唯識思想のウが適当で、その組合せである②が正解です。
問6:正解 ④(解答番号14/配点3)
<問題要旨>
近代になると芸術は宗教から独立していくという下線部ⓕに関して、生徒Bが作成したレポートの空欄a〜cに入る語句の組合せを選ぶ設問です。『天文対話』の著者、自然科学が数式を用いて解明しようとしたもの、ルネサンス期の芸術を支えた精神が問われます。
<考え方>
aは著作名から人物を特定します。『天文対話』はガリレイで、コペルニクスの主著は『天球の回転について』です。bは、実験と観察を重視する近代自然科学が何を明らかにしようとしたかで、目的論的な四原因説ではなく因果法則です。cは、遠近法を取り入れ人間の目に映る世界に美を見出す態度を指す語で、ヒューマニズム(人文主義)に当たります。
<選択肢>
a=ガリレイ【正】
『天文対話』を著したのはガリレイ。ニュートンの『プリンキピア』と並べて17世紀の科学革命の担い手として挙げられている点も自然である。
a=コペルニクス【誤】
コペルニクスは地動説を唱えた人物だが、主著は『天球の回転について』であって『天文対話』ではない。16世紀の人でもあり、レポートの「17世紀の科学革命の担い手たち」という枠組みからも外れる。
b=因果法則【正】
実験と観察を重視し数式を用いて解明されるのは、現象と現象の間に成り立つ因果法則である。ニュートン力学がその典型で、これによって自然科学は宗教から自立していった。
b=四原因【誤】
四原因(質料因・形相因・作用因・目的因)はアリストテレスの自然観の枠組みで、とくに目的因は近代自然科学が退けた考え方である。「実験と観察を重視し、数式を用いて」という説明と結びつかない。
c=ヒューマニズム【正】
ルネサンス期に、神の栄光を伝える宗教的伝統を引き継ぎながらも遠近法を用いて人間の目に映る世界を描こうとした精神は、人間そのものに価値を見いだすヒューマニズム(人文主義)である。
c=プロテスタンティズム【誤】
プロテスタンティズムは16世紀の宗教改革に始まる信仰のあり方で、むしろ聖像や装飾を退ける傾向をもった。「人間の目に映る世界の中に美を見出し、それを表現しようとした」ルネサンス芸術の精神を指す語としては当たらない。
正解【④】
ガリレイ・因果法則・ヒューマニズムの三つがそろう④が正解です。
問7:正解 ③(解答番号15/配点3)
<問題要旨>
20世紀に複製技術が発展したという下線部ⓖに関して、ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』からの資料を踏まえ、芸術作品と複製技術の関係についての記述として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
資料が述べている二つの過程を取り出します。一つは「複製されたものを伝統の領域から引き離してしまう」こと、もう一つは「一回限りの作品に代わり同一の作品を大量に出現させ、受け手に作品を近づける」ことです。アウラは「いま」「ここ」にしかない一回性に宿るものなので、前者によってアウラは失われ、後者によって作品は大衆のもとへ開かれます。この二点をどう組み合わせているかで選択肢を判別します。
<選択肢>
①【誤】
前半の「歴史的、社会的文脈から切り離す」は資料の「伝統の領域から引き離す」に合うが、後半が誤り。資料は複製する時代に「失われていくものは、作品のもつアウラである」と明言しており、複製が一回限りの作品と同等のアウラを与えるとは述べていない。
②【誤】
「歴史的、社会的文脈から切り離すことなく」が資料と正反対である。資料は複製技術が複製されたものを伝統の領域から引き離すと述べており、記述の向きが逆転している。
③【正】
作品の唯一無二性、すなわち「いま」「ここ」にしかないという一回性に宿るアウラは複製によって無力化される一方、同一の作品が大量に出現して受け手に近づくことで作品へのアクセスは容易になり、広く大衆に開かれる。資料の二つの過程をどちらも正しく言い直している。
④【誤】
「唯一無二性という価値を無力化せず」が誤り。資料の冒頭が、複製する時代に失われるのはアウラであると述べている以上、唯一無二性の価値が保たれるという読み方は成り立たない。
正解【③】
アウラを支える唯一無二性が無力化される一方で作品が大衆に開かれるという両面を押さえた③が正解です。
問8:正解 ②(解答番号16/配点3)
<問題要旨>
芸術を享受する体験はとても重要だという下線部ⓗに関して、ミシェル・アンリの二つの資料が示されます。資料1は芸術の真理を個人の生き方の変容と捉えて美的体験それ自身を一つの倫理と呼び、資料2は鑑賞者が制作者と同じ感情を感受し「生きることの強化」が生じると述べます。ここから導かれる鑑賞者の美的体験の説明を選ぶ設問です。
<考え方>
資料に書かれていることだけから導けるかどうかで切ります。二つの資料に共通するのは、美的体験が倫理と結びつくことと、鑑賞者の生き方が変わり生が強められることの二点です。逆に、資料が触れていない条件を付け加えた選択肢や、美的か倫理的かの優劣を比べる選択肢は、資料から導かれたものとは言えません。
<選択肢>
①【誤】
資料2は「想像の上での感情的共生」によって制作者と同じ感情を感受すると述べているだけで、政治的態度や価値観を作者と共有して生きることを条件とはしていない。資料にない条件を加えている。
②【正】
資料1の「美的体験は倫理と断ちがたい絆を結び、美的体験はそれ自身が一つの倫理、一つの『実践』」という記述と、「芸術の真理とは個人の生き方の変容にほかならない」という記述の両方に対応する。芸術作品に触れる経験が生きる上での倫理的な一要素であり、鑑賞者の変容をもたらすという内容が、二つの資料から素直に導かれる。
③【誤】
「あらゆる社会的影響から離れた美的体験」も「本来的実存に目覚めさせる」も、資料のどこにも書かれていない。実存主義の用語を持ち込んで資料の内容をすり替えている。
④【誤】
資料1は美的体験それ自体が一つの倫理だと述べているのであって、美的な感動と倫理的な感動を比べてどちらが勝るかを論じてはいない。「美的というより倫理的」という比較は資料の主張ではない。
正解【②】
美的体験が倫理と結びつき鑑賞者の生き方を変えるという、二つの資料に共通する内容をまとめた②が正解です。
問9:正解 ⑥(解答番号17/配点4)
<問題要旨>
場面1〜3を振り返った生徒Aの日記の空欄a・bに入る語句と、下線部ⓙ「近代の思想家の芸術についての考え」に関連した正しい記述オ〜キとの組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
aとbは前の場面に戻って確かめます。aは場面2でCが紹介した老子の言葉、bは場面3で現代アートについて交わされたやりとりが手がかりです。ⓙは、ウェーバー・ニーチェ・マルクスそれぞれの主張が正しく述べられているかを一つずつ見ます。
<選択肢>
a=逆説【正】
場面2でCは、老子の「天下の人々が皆、これこそ美だと心得ているものは、実は醜悪なのだ」を引き、「美醜を反転させている」と説明した。美と醜が入れ替わるこの捉え方を指す語は逆説である。
a=調和【誤】
場面2でCが語ったのは、孔子の道徳的な価値観を交えた音楽批評と、それに対する老子の美醜の反転である。美と醜が調和するという話は出ておらず、会話の内容と合わない。
b=美しさがなくとも【正】
場面3でAは現代アートについて「必ずしも普通の意味で『美しい』とは言えない気がした」と述べ、Cは既製品の便器を展示した作品に直接接して「心が動かされた」と語った。美しさを感じなくても心を動かす可能性を知った、という日記の流れに合う。
b=美しさによって【誤】
日記の直前で話題になっているのは、普通の意味で美しいとは言えない現代アートである。「美しさによって心を動かす」では、Aが常設展で得た気づきの中身が失われてしまう。
オ【誤】
ウェーバーは近代化を合理化と脱呪術化の過程として捉えた思想家であり、合理化が芸術に及ばなかったとも、芸術が呪術性を脱することができないとも論じていない。主張が反対向きに述べられている。
カ【誤】
ニーチェが芸術に見たディオニュソス的な衝動は、既成の価値を覆す力である。一方で「弱者の連帯」から生まれるルサンチマンと奴隷道徳は、ニーチェが批判した対象であって、彼の言う価値の転換が生み出したものではない。
キ【正】
マルクスは、人間の物質的生産活動とそこで結ばれる生産関係を社会の下部構造とし、法律・政治・宗教・芸術などの精神活動である上部構造はそれによって規定されるとした。唯物史観の基本の説明であり正しい。
正解【⑥】
老子の逆説、美しさがなくとも動く心、そしてマルクスの唯物史観という三つがそろう⑥が正解です。
第4問 日本思想と外来思想の受容(配点15)
オープンキャンパスで高校生Dと日本思想を専攻する大学院生Eが交わす会話を題材に、神仏習合から親鸞、江戸時代の思想家、西村茂樹、近代日本の思想家まで、日本が外来思想をどう受け止めてきたかが通史的に問われます。
問1:正解 ①(解答番号18/配点3)
<問題要旨>
神々への信仰が古くからあったところに外来の思想や文化が入ってきたという下線部ⓐに関して、日本における神々への信仰と外来思想との関係の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
神仏習合の展開を時間の流れで押さえます。仏教公伝の当初は仏も神の一種として受け止められ、やがて本地垂迹説が成立し、さらに中世末から近世にかけては神を本とする神本仏迹説も現れました。江戸時代の神道説については、誰が何と結びついたか(垂加神道は朱子学、復古神道は古典研究)を確かめます。
<選択肢>
①【正】
仏教が日本に伝えられた当初、仏は「蕃神」「他国神」などと呼ばれ、在来の神々と同じ列に置かれる神の一種として受け止められた。これが後の神仏習合の出発点になる。
②【誤】
仏を本地、神をその現れ(垂迹)とする本地垂迹説が登場したことは正しい。しかしその後、神を本とし仏をその現れとする神本仏迹説(反本地垂迹説)が唱えられており、「それ以後、仏と神の関係は固定された」とは言えない。
③【誤】
山崎闇斎の垂加神道は、朱子学の理と神道を結びつけたものである。陽明学ではないため、結びつけられる学問がすり替えられている。
④【誤】
平田篤胤は儒教や仏教の要素を排した復古神道を唱えたが、死後の霊魂については幽冥界にとどまって現世を見守ると説いており、その存在を否定していない。主張が反対に述べられている。
正解【①】
仏がはじめ「蕃神」として神の一種と受け止められたという、神仏習合の出発点を述べた①が正解です。
問2:正解 ②(解答番号19/配点3)
<問題要旨>
仏教も日本で独自の展開を見せたという下線部ⓑに関連する発表で、親鸞が弟子に答えた言葉の空欄を補う設問です。念仏しても喜びが生じず浄土へ急ぐ心も起きないのはなぜか、という問いに対する答えが問われます。
<考え方>
『歎異抄』第九条の論理に戻ります。喜べないのは煩悩のしわざだが、仏はもともと人間が煩悩具足の凡夫であることを見通したうえで、そういう者こそ救おうと本願を立てられた。だから喜べないこと自体がかえって本願にかなっている証拠であり、往生は確かだ、という筋道です。空欄の直後が「だからこそ往生は確実だと思えるのだ」となっている点が決め手で、空欄には往生が確実だと言える理由が入らなければなりません。
<選択肢>
①【誤】
「自力の行として念仏がある」が親鸞の立場と正反対である。親鸞にとって念仏は阿弥陀仏の本願のはたらきによる他力の行であり、自分で仏性を開花させるための行ではない。
②【正】
仏はあらかじめ人間が煩悩具足の凡夫であることを見通し、そのような人間を救おうとして本願を立てられた。だからこそ、喜べない自分のような者にも救いが及び往生は確実だと言える。空欄の直後の「だからこそ往生は確実だと思えるのだ」にそのままつながる。
③【誤】
他者に救いの手を差し伸べることを往生の条件とする考え方は、絶対他力を説く親鸞の立場ではない。救いに人間の側の条件を付け加えている点が誤りである。
④【誤】
親鸞の悪人正機は、自らを煩悩具足の凡夫と自覚して自力を頼めない者こそが阿弥陀仏の救いの本来の目当てだとする考え方である。自覚がない人を「悪人」と呼びそれ以外を救うとする記述は、悪人正機の意味を逆にしている。
正解【②】
仏が煩悩具足の凡夫を見通したうえで本願を立てたからこそ往生は確実だ、という『歎異抄』の論理に合う②が正解です。
問3:正解 ③(解答番号20/配点3)
<問題要旨>
江戸時代には外来思想を独自に展開させた思想家が多く出たという下線部ⓒに関連して、江戸時代の思想家についての説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
人物と学派・主張・キーワードの対応を一つずつ確かめます。伊藤仁斎は古義学、荻生徂徠は古文辞学、本居宣長は真心と漢意、安藤昌益は万人直耕と自然世、富永仲基は加上説、佐久間象山は「東洋道徳、西洋芸術」と開国論、と押さえておけば切り分けられます。
<選択肢>
①【誤】
後世の注釈を排して直接『論語』『孟子』に学ぶ伊藤仁斎の学問は古義学である。古文辞学を提唱し、中国古代の先王の道を日本に実現しようとしたのは荻生徂徠であり、二人の学派と主張が混ぜられている。
②【誤】
儒教や仏教を「漢意」として批判し、生まれながらの「真心」に従うべきだとしたのは本居宣長で正しい。しかし「万人直耕」の「自然世」に立ち返ることを求めたのは安藤昌益であり、別人の主張が接ぎ木されている。
③【正】
富永仲基は加上説を唱え、仏教経典は後の時代の人々が前の説の上に自説を重ねていく形で成立したものであり、その全てが釈迦自身の言葉とは限らないと論じた。記述はこの加上説の内容と一致する。
④【誤】
佐久間象山が「東洋道徳、西洋芸術」と述べて西洋の科学技術の優位を認めたことは正しいが、彼は開国論者であり「鎖国攘夷の立場をとった」は事実と反対である。
正解【③】
加上説によって仏教経典の成立を論じた富永仲基の説明が正しく、③が正解です。
問4:正解 ④(解答番号21/配点3)
<問題要旨>
明治時代に西洋文明の受け止め方が試行錯誤されたという下線部ⓓに関連して、西村茂樹『日本道徳論』の一部を現代語で要約した資料が示されます。西村が考える日本の道徳の立て方として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
資料の論の順序をそのままたどります。西村は、一定の主義がないまま諸々の教えをむやみに採ると雑然としてしまうので、まず一定の主義を確立し、そのうえで諸教を採用すべきだと言います。その「一定の主義」とは、儒教と西洋哲学の精髄を採り、二教が一致するところを採って一致しないところを捨てることで得られる「天地の真理」です。つまり天地の真理を先に基礎として据え、その後に諸教を取捨選択する、という順序になります。
<選択肢>
①【誤】
「まず、天地の真理を明らかにし、後に、儒教と西洋哲学の精髄が一致するところを基礎とし」としている点で順序が逆である。資料では、二教の一致するところを採ることによって得られるものが天地の真理なのだから、一致点を採ることが先でその結果が天地の真理となる。
②【誤】
西洋哲学を主とし儒教を補足とする、という重みづけは資料にない。資料は「二教が一致するところを採って、一致しないところを捨てる」と述べており、どちらかを主とする書き方をしていない。
③【誤】
②とは逆に儒教を主とし西洋哲学を補足とする点が資料にない。一致するところを採るという方法は、二つを対等に突き合わせる手続きである。
④【正】
儒教と西洋哲学の精髄が一致するところ、すなわち天地の真理を基礎として据え、そのうえで諸々の教えを取捨選択する、という資料の順序と方法にそのまま対応している。
正解【④】
二教の一致点である天地の真理を先に基礎として据え、その後に諸教を取捨選択するという資料の順序に合う④が正解です。
問5:正解 ⑤(解答番号22/配点3)
<問題要旨>
会話を受けて高校生Dがまとめたレポートの空欄a〜cに入る人名の組合せを選ぶ設問です。日本の思想が「雑居」しているという見方をした人物、「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」と述べた人物、「武士道の台木に基督教を接いだもの」と語った人物が問われます。
<考え方>
いずれも代表的な言葉と人物を結びつける知識で決まります。丸山真男は日本の思想が相互に対決することなく無秩序に並存する状態を「雑居」と呼び、加藤周一は「雑種文化」という語を用いました。「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」は夏目漱石の講演の一節、「武士道の台木に基督教を接いだもの」は内村鑑三の言葉です。
<選択肢>
a=丸山真男【正】
日本の思想が対決や交わりを経ないまま無秩序に並存していることを「雑居」と呼んだのは丸山真男。レポートの「日本ではいろいろな思想が『雑居』している」という表現がそのまま対応する。
a=加藤周一【誤】
加藤周一も日本文化の性格を論じたが、その用語は「雑種文化」であって「雑居」ではない。似た語だが用語の取り違えになる。
b=夏目漱石【正】
「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」は、夏目漱石が講演『現代日本の開化』で、外からの圧力で急速に進んだ日本の近代化を評した言葉である。
b=三宅雪嶺【誤】
三宅雪嶺は雑誌『日本人』を拠点に国粋保存主義を唱えた思想家で、この言葉の主ではない。
c=内村鑑三【正】
「武士道そのものに日本国を救うの能力はない。武士道の台木に基督教を接いだもの…」は内村鑑三の言葉。日本に特殊な思想と外来の思想の優劣を問うのではなく両者を総合するという、レポートの説明とも一致する。
c=新渡戸稲造【誤】
新渡戸稲造は『武士道』を英文で著して日本の道徳を海外に紹介した人物だが、この「台木に接ぐ」という比喩による言葉は内村鑑三のものである。武士道とキリスト教という共通の主題から紛らわしいが、発言者が異なる。
正解【⑤】
「雑居」の丸山真男、「皮相上滑りの開化」の夏目漱石、「武士道の台木に基督教を接いだもの」の内村鑑三という組合せで、⑤が正解です。
第5問 記憶の変容と認知バイアス(配点16)
生徒F・Gと先生Rの三つの場面の会話を題材に、記憶の三段階と記憶の変容を示す実験、認知バイアスの種類、批判的思考、二重盲検法、そして防災における環境整備が問われます。問5は解答番号27で自分の立場を選び、その選択に応じて解答番号28の正解が変わる形式です。
問1:正解 ③(解答番号23/配点3)
<問題要旨>
記憶には符号化(記銘)・貯蔵(保持)・検索(想起)の三段階があるという会話を受けて、資料の実験が何を示そうとしたものかを説明する空欄ア・イを補う設問です。資料の実験では、曖昧な図形を1枚ずつ提示する前に「次の図形は〇〇に似ています」と口頭で伝え、A群とB群で異なる語を入れたうえで、すべての図形を提示した後に参加者が図形を思い出して描いています。
<考え方>
アは、言葉の意味についての情報がどこに蓄えられているかを問うています。語の意味に関する知識は長く保たれる意味記憶なので長期記憶です。イは、その情報が三段階のどこで図形の記憶に影響したかを問うています。実験では語を伝えるのが図形提示の前であり、参加者は語に引きずられた形で図形を覚え込んでいます。つまり影響が生じたのは覚える段階、すなわち符号化(記銘)です。
<選択肢>
ア=長期記憶【正】
「砂時計」「テーブル」といった語の意味についての知識は、日常的に長く保たれている意味記憶であり、長期記憶に保持されている。
ア=短期記憶【誤】
短期記憶は、いま見聞きした情報をごく短い時間だけ保つはたらきである。実験以前から参加者がもっていた語の意味の知識を指す語としては当たらない。
イ=符号化(記銘)【正】
実験では図形を提示する前に語が伝えられており、参加者はその語に引きずられた形で図形を覚え込んでいる。言葉が働いたのは覚える段階であり、符号化(記銘)に当たる。
イ=検索(想起)【誤】
検索(想起)は、覚えた内容を後から思い出す段階である。語が伝えられたのは図形の提示前で、思い出す場面ではない。手続きの順序に照らすと、この実験で言葉が影響した段階としては当たらない。
正解【③】
語の意味の知識は長期記憶にあり、それが図形を覚え込む符号化(記銘)の段階で働いたことを示す実験なので、③が正解です。
問2:正解 ②(解答番号24/配点3)
<問題要旨>
場面2の下線部ⓐ(テレビで少年犯罪の報道をよく見たので少年犯罪が増えていると思い込んだ)と下線部ⓑ(文化祭の準備に遅れてきた人について、本人が乗り気でないから遅刻したと思ったが、実際はバスが事故による渋滞に巻き込まれていた)を説明する認知バイアスを、ア〜オから選んで組み合わせる設問です。
<考え方>
二つの下線部が何を取り違えているかを言葉にします。ⓐは、思い出しやすさを件数の多さと取り違えている例です。ⓑは、遅刻という結果の原因を、渋滞という状況の側ではなく本人の性格や態度の側に求めている例です。この二つの型が選択肢のどれに当たるかを探します。
<選択肢>
ⓐ=ア【正】
「頭に思い浮かびやすいものや思い出しやすいものは、より多くあると考えるバイアス」は利用可能性ヒューリスティックの説明である。報道で繰り返し目にした少年犯罪を実際より多いと判断した下線部ⓐに当たる。
ⓑ=エ【正】
「ある人が失敗したとき、周りの人や環境に原因があるとは考えず、その人自身に原因があると考えるバイアス」は基本的帰属の誤り(対応バイアス)の説明である。渋滞という状況要因を見ずに本人の態度のせいにした下線部ⓑに当たる。
イ【どちらにも当たらない】
その事物や事象を最もよく表す特徴に基づいて判断するのは代表性ヒューリスティックである。ⓐは典型例らしさではなく思い出しやすさによる判断であり、ⓑも特徴に基づく分類ではないため、どちらにも当たらない。
ウ【どちらにも当たらない】
一面から受けた印象の良し悪しが他の面の印象にも及ぶのはハロー効果である。ⓑは遅刻の原因をどこに帰するかという帰属の問題であって、印象が広がる話ではない。
オ【どちらにも当たらない】
所属する集団の特性を個人に当てはめるのはステレオタイプである。ⓑで遅刻の原因とされたのは本人の態度であって、集団の特性を当てはめた判断ではない。
正解【②】
思い出しやすさを多さと取り違えたⓐがア、状況ではなく本人に原因を求めたⓑがエで、②が正解です。
問3:正解 ④(解答番号25/配点3)
<問題要旨>
批判的思考を意味するクリティカル・シンキングという下線部ⓒに関して、哲学者の思想をクリティカル・シンキングに対応させた場合に何が重要と考えられるかを述べた四つの記述のうち、適当でないものを選ぶ設問です。
<考え方>
各選択肢は「哲学者の思想」と「クリティカル・シンキングに対応させた内容」の二つでできています。前半が正しくても、後半がその思想と結びつかなければ適当ではありません。場面3で先生Rは、批判的思考とは自他の主張の内容を論理的・客観的に検討することだと説明しており、この定義と各思想がかみ合うかを見ます。
<選択肢>
①【適当】
ソクラテスが「汝自身を知れ」を無知の自覚として捉え直したことと、自分の認知そのものを反省的に対象化するメタ認知はよく対応する。自分の考えも検討の対象になるという先生Rの説明とも合う。
②【適当】
J.S.ミルは、誰もが干渉を受けずに個性を発展させ自由に討論することを重視した。他者の視点に立って多角的に考えることと自然に結びつく。
③【適当】
デカルトが確実な真理からほかの知識を演繹によって導こうとしたことと、いくつかの前提から論理的に結論を導く推論を活用することは対応する。論理的な検討という批判的思考の要素そのものである。
④【誤】
デューイの道具主義は、知性を問題解決のための道具として積極的に用いる立場である。「ヒューリスティックに頼らない態度が重要である」という消極的な内容は道具主義から導かれるものではなく、前半の思想と後半の内容が結びついていない。これが適当でないものとして選ぶ選択肢である。
正解【④】
知性を問題解決の道具として用いるという道具主義から、ヒューリスティックに頼らない態度が導かれるわけではないので、④が適当でないものになります。
問4:正解 ③(解答番号26/配点3)
<問題要旨>
認知バイアスがあってもできるだけ問題が生じない環境を整えるという下線部ⓓに関連して、二重盲検法の説明文が示されます。説明文の下線部は「患者にどちらの薬剤が投与されたか、投与した担当医師も知らない」という部分で、これがどのような認知バイアスに対処する目的で行われているかを選ぶ設問です。
<考え方>
下線部が誰を対象にした手続きかをまず確かめます。説明文ではその直前に「患者は新薬とプラセボのどちらの薬剤を投与されたかを知らない」という患者側の盲検化が述べられており、下線部はそれに加えて担当医師にも知らせないという部分です。したがって対処されているのは医師の側に生じる偏りで、患者自身が感じる偏りを述べた選択肢は下線部の理由になりません。さらに説明文は「この条件で二つの群を比較することにより、新薬の効果と安全性を評価する」と結ばれており、有効性の評価をゆがめる観察者の期待が中心的な問題になります。
<選択肢>
①【誤】
患者自身が効果を感じてしまう、いわゆるプラセボ効果の説明である。これに対処するのは患者に知らせないという直前の手続きであって、医師にも知らせないという下線部の理由にはならない。
②【誤】
①と同じく患者自身が感じる偏りの説明で、対処するのは患者側の盲検化である。下線部が担当医師を対象にしている点と合わない。
③【正】
担当医師が新薬の効果を期待するあまり、実際には効果が出ていない患者にも効果が生じているように見てしまう、という観察者側の偏りの説明である。医師にも割り付けを知らせないことで、この期待が評価に入り込むのを防げる。説明文が「新薬の効果と安全性を評価する」と有効性の評価を主眼に置いていることとも合う。
④【誤】
担当医師を対象にしている点は下線部と合うが、述べているのは副反応を心配するあまり生じる偏りである。二重盲検法がまず取り除こうとするのは有効性の評価をゆがめる期待の効果であり、下線部の目的の説明としては③のほうが適当である。
正解【③】
下線部は担当医師の盲検化なので、新薬の効果を期待する医師が効いているように見てしまう偏りに対処する③が正解です。
問5:正解 27が①のとき28は②、27が②のとき28は⑤(解答番号27・28/配点4)
<問題要旨>
避難が必要とされる異常事態が発生しても、まだ正常の範囲内だと考えてしまう認知バイアスを取り上げ、社会の環境整備をどう進めるかを問う設問です。この設問は、まず(1)の解答番号27で自分が重視する環境整備の方向性(①か②)を選び、次に(2)の解答番号28でその選択に応じた具体的な対処法を選ぶという、先に立場を選びその選択によって次の空欄の正解が変わる形式になっており、どちらの立場を選んでも得点できます。
<考え方>
場面3で先生Rが示した二つの方向性に戻ります。一つは、認知バイアスが起こりやすい場面を知ったうえで批判的思考を働かせ、自他の主張を論理的・客観的に検討することでバイアスの影響を抑えるという方向で、これが27の①です。もう一つは、認知バイアスを全てなくすことはできないという前提に立ち、バイアスが判断に影響しても問題が生じないように環境の側を整えるという方向で、これが27の②です。27で①を選んだ人は、個々人が自分の判断を検討できるように支える対処法を探します。避難の場面で、自分の判断が正常の範囲内という思い込みによるものでないかを確かめる手がかりになるのは国や地方自治体が発信する公的な情報なので、28は②になります。27で②を選んだ人は、判断を個人に委ねず、環境の側の仕掛けで適切な行動を引き出す対処法を探します。危険だと直感させる警戒色や警告音は、思い込みが働いていてもその場で避難行動を促すので、28は⑤になります。
<選択肢>
①【誤】
異常事態の発生メカニズムに関する知識の普及そのものは有意義だが、その目的が「直感に基づいてそれぞれが行動できるように」とされている。直感に頼ることは、自分の判断を検討するという27の①の方向と相容れない。また知識の普及は個々人の判断を経るものなので、判断そのものを迂回させる27の②の方向にも当たらない。どちらの立場からも選べない。
②【正】
27で①(認知バイアスの影響をできるだけ抑えた判断を個々人に促す環境を整える)を選んだ場合の正解。「自分の判断が間違っていないかを検討できるように」という目的が、自他の主張を論理的・客観的に検討するという批判的思考そのものであり、公的な情報の利用を容易にすることは、その検討を個々人が行えるように支える環境整備になっている。
③【誤】
非常時にリーダーに従って行動できるようにする対処法だが、輪番制で決められたリーダー自身も同じ認知バイアスを免れない。個々人にバイアスを抑えた判断を促すことにも、バイアスの影響を受けない仕組みを作ることにもなっていないため、どちらの立場からも選べない。
④【誤】
避難所の設置や非常食の備蓄は、避難した後の生活を支えるための備えである。避難が必要な事態をまだ正常の範囲内だと考えてしまうという認知バイアスへの対処になっていないため、どちらの立場からも選べない。
⑤【正】
27で②(認知バイアスが判断に影響してもできるだけ問題が生じない環境を整える)を選んだ場合の正解。警戒色や警告音は、人に危険を直感させてその場で避難行動を引き出す仕掛けであり、まだ正常の範囲内だという思い込みが働いていても問題が生じないように環境の側を整えたものになっている。
⑥【誤】
お年寄りや身体が不自由な人が取り残されないようにする地域の支援体制の整備であり、避難の実効性を高める取組みではあるが、まだ正常の範囲内だと考えてしまう認知バイアスそのものへの対処ではない。どちらの立場からも選べない。
27で①を選んだ人は28が②、27で②を選んだ人は28が⑤となり、どちらの立場を選んでも得点できます。
第6問 戦争と平和、非暴力の思想(配点16)
生徒HとJが戦争と平和について対話します。非暴力を掲げた思想家、フーコーの近代批判、国際連合の「人間の安全保障」、フランクル『夜と霧』、ジーン・シャープの非暴力的闘争と、平和を実現する道筋が多角的に問われます。問5は配点4です。
問1:正解 ①(解答番号29/配点3)
<問題要旨>
戦後に人々が暴力による問題の解決を放棄したという下線部ⓐに関連して、非暴力的な手段で問題の解決を訴えた人物とその思想を説明したものとして最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
人物と、著作・理念・国・時期の対応を一つずつ照合します。非暴力を掲げた人物としてはトルストイ、ガンディー、キング牧師が定番で、理念の名前や代表的な著作が別人のものにすり替えられていないかが決め手になります。
<選択肢>
①【正】
トルストイは『戦争と平和』などを執筆したロシアの作家で、貧しい農民に共感して地主としての特権を放棄し、人道主義の立場から不正な社会格差の是正を訴え続けた。非暴力(無抵抗主義)を説いた人物としても知られ、記述のすべてが一致する。
②【誤】
ロマン・ロランが反戦・平和を訴えたフランスの作家であることは正しいが、『永遠平和のために』はカントの著作である。国際連盟や国際連合の理念の源となったのもカントの構想であり、著作と人物が取り違えられている。
③【誤】
ガンディーがイギリスの植民地支配からのインドの独立を目指し、投獄されるたびに断食で抵抗したことは正しい。しかし彼が掲げた理念はアヒンサー(不殺生)とサティヤーグラハであり、「アタラクシア」は心の平静を意味するエピクロス派の概念である。
④【誤】
キング牧師が公民権運動を主導しワシントン大行進を行ったことは正しいが、「生命への畏敬」はシュヴァイツァーの理念である。またワシントン大行進は1963年で、黒人の参政権を実質的に保障した投票権法の成立(1965年)より前であり、「参政権成立後」という時期も合わない。
正解【①】
著作・立場・国のすべてが一致するトルストイの説明が正しく、①が正解です。
問2:正解 ③(解答番号30/配点3)
<問題要旨>
おじさんの主張(戦争の記憶が薄れ、社会の趨勢が戦争に傾き始めても人々が疑問を抱かずに戦争に加担してしまうかもしれない)を、生徒Jがフーコーによる近代への批判と同じだと解釈します。その解釈の内容として、会話文中の空欄アに入る記述を選ぶ設問です。
<考え方>
フーコーが近代について何を批判したかに戻ります。フーコーは、学校・工場・軍隊・監獄といった日常の場に張りめぐらされた規律・訓練の権力が、人々を監視のまなざしに慣らし、従順で規格化された身体を作り上げると論じました。おじさんの主張のうち、人々が疑問を抱かないまま社会の趨勢に従ってしまうという部分がこれに重なります。
<選択肢>
①【誤】
フーコーが問題にしたのは、物理的な暴力によって服従を強制する権力ではなく、目に見えない形で日常に浸透し人々が自ら従うようになる権力のはたらきである。権力の作用の仕方がすり替えられている。
②【誤】
近代西洋の言説を歴史的に分析することはフーコーの方法だが、この選択肢が述べているのは研究上の課題である。おじさんの主張(人々が疑問を抱かず戦争に加担してしまう)を解釈し直したものになっていない。
③【正】
ありふれた日常生活の中にも権力構造が潜み、人々がそれに順応して規格化されるという内容は、規律・訓練による従順な身体の形成というフーコーの近代批判そのものである。人々が疑問を抱かないまま社会の趨勢に従ってしまうというおじさんの主張の解釈として成り立つ。
④【誤】
フーコーにおいて権力の視線を内在化することは、監視されていなくても自ら規律に従うようになるという服従の仕組みを指す。それによって権力に抵抗できるとするのは、フーコーの議論を逆向きに読んだものである。
正解【③】
日常に潜む権力構造に人々が順応し規格化されるという、フーコーの規律権力論に当たる③が正解です。
問3:正解 ⑦(解答番号31/配点3)
<問題要旨>
他国で起きている戦争や紛争についても真剣に考えるべきだという下線部ⓑに関連して、国際連合が1994年に刊行した資料と、先生Rのアドバイスが示されます。アドバイスの空欄a〜cに入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
資料は、従来の安全保障が外部侵略から領土を守ることや国家利益の保持など国家を単位に狭く捉えられてきたと批判し、「安心して日常生活を送りたいという普通の人びとに対する正当な配慮はなおざりにされてきた」と述べます。国家ではなく一人ひとりの人間を単位に据えるこの考え方が「人間の安全保障」です。bは他国の人々も同じ人間だとして国境を越えて気遣うJの態度を指す語、cはその考え方の源泉とされる古代の思想です。
<選択肢>
a=人間【正】
資料は国家中心の狭い安全保障を批判し、普通の人びとが安心して日常生活を送れることへの配慮を求めている。これは国際連合が1994年に提起した「人間の安全保障」の考え方である。
a=国家【誤】
資料が「狭義に捉えられてきた」ものとして退けているのが、まさに領土防衛や国家利益の保持といった国家の安全保障である。資料に共感したJの関心の対象としては当たらない。
b=コスモポリタニズム【正】
Jは「そうした人たちだって同じ人間だ」と述べ、他国の人々が人間らしい生活を送れているかを気遣うべきだと言う。国境や民族を超えて人類を一つの共同体と見るこの立場はコスモポリタニズム(世界市民主義)である。
b=リベラリズム【誤】
リベラリズムは個人の自由と権利の保障を中心に据える立場であり、他国の人々への配慮を必ずしも中心に置く語ではない。国境を越えて同じ人間として気遣うというJの態度を言い表す語としては当たらない。
c=ストア派【正】
ストア派は、人間は誰もが理性(ロゴス)を分かちもつ存在であり、その意味で全ての人が同じ世界国家の市民だとする世界市民主義を説いた。コスモポリタニズムの源泉とされる古代の思想に当たる。
c=エピクロス派【誤】
エピクロス派が説いたのは、公共の場から退いて心の平静(アタラクシア)を得る「隠れて生きよ」という生き方である。世界市民主義の源泉とされる思想ではない。
正解【⑦】
人間の安全保障、コスモポリタニズム、その源泉としてのストア派という組合せで、⑦が正解です。
問4:正解 ③(解答番号32/配点3)
<問題要旨>
一国の中でも虐殺が行われ民間人が犠牲になることがあるという下線部ⓒに関連して、フランクル『夜と霧』をめぐる会話が示されます。先生Rは強制収容所での被収容者の扱われ方に三つの特徴(人間が単なる数量として捉えられる、数量化された人間が組織的な目標のもとでリスト通りに管理される、個人の存在が蔑ろにされ本人への配慮が欠如する)があると述べ、生徒Hは身近な事例の中でもその三つの特徴が全て当てはまるものを考えると言います。該当する事例を選ぶ設問です。
<考え方>
三つの特徴を判定の条件として並べ、一つでも欠ければ落とします。条件は、人を数として扱っているか、組織的な目標のもとで管理しているか、本人への配慮が欠けているかの三つです。とくに三つ目は「本人の希望や健康」に類する言葉が無視されているかどうかで見分けられます。
<選択肢>
①【誤】
合格件数の向上という組織的な目標はあるが、点数の低い生徒と面談し「生徒の希望に応じて」補習の機会を設けており、本人への配慮が欠如していない。三つ目の特徴を満たさない。
②【誤】
全国大会での実績という組織的な目標はあり、見せしめとして怒鳴る点で本人への配慮も欠いているが、部員を数量として捉える要素がない。一つ目の特徴を満たさない。
③【正】
「必要な人員数を算出し」は人間を数量として捉えること、「営業体制を維持するために」は組織的な目標のもとでの管理、「本人の希望や健康を無視して」は個人の存在が蔑ろにされ本人への配慮が欠如していることに当たる。三つの特徴が全て当てはまる。
④【誤】
配偶者の食の喜びを奪っている点では問題があるが、動機は「配偶者の健康と長生きのために」であり本人への配慮がある。人を数量として捉える要素も、組織的な目標も欠けている。
正解【③】
人員数の算出・営業体制の維持・本人の希望や健康の無視という三点がそろう③が、三つの特徴が全て当てはまる事例です。
問5:正解 ①(解答番号33/配点4)
<問題要旨>
もっと違う形で暴力に抵抗することもできるという下線部ⓓに関連して、ガンディーの「非暴力」の思想を独自に発展させた政治学者ジーン・シャープの資料が示されます。資料の考え方を具体化した場合に、シャープの提唱する「非暴力的闘争」として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
資料が示す診断と処方を分けて読みます。診断は、独裁体制の下では国民が原子化されて互いを信頼することも自分たちの主導で何かをなすこともできなくなり、国家の管理以外の機関が骨抜きにされるというものです。処方は、国民や機関が協力しなくなれば統治者が依存している力の源が枯れるというもので、抗議行動・ストライキ・不服従・ボイコット・離反などが挙げられます。さらに資料は、暴力に頼ることも交渉に期待することも退け、全体計画・戦略・戦術が注意深く構成されてこそ効果的だと述べます。この四点に照らして選択肢を落とします。
<選択肢>
①【正】
国民による非政府系の団体を多数組織し、普段から人々が自由に交流して互いの境遇に関心をもちあえるようにする取組みである。原子化されて孤立した状態を解き、国家の管理以外の機関を立て直すことにあたり、統治者が依存している協力の源を国民の側に取り戻す非暴力的闘争の基盤づくりになる。
②【誤】
資料は交渉について「到達する最終合意の中身を決定するのは、相互の意見や目的を照らし合わせた上での公正さではない。合意は両サイドの力関係に大きな影響を受ける」と述べている。公正さを期待して抵抗運動を停止し和解交渉を開始するのは、この指摘と正反対である。
③【誤】
資料が挙げる非暴力的闘争の中身は抗議行動・ストライキ・不服従・ボイコット・離反などで、いずれも協力を引き上げる行為である。政府の通達や通告に従う形で対応することは、統治者が依存している力の源を与え続けることであり、非暴力的闘争にならない。
④【誤】
資料は「全体計画、戦略、戦術、そして方法が注意深く構成され、選択されてこそ、非暴力的闘争のための戦略計画の立案が信頼に足り、効果的なものとなる」と述べている。個人や集団がそれぞれ独自の判断でなるべく早く個別的に始める抵抗は、この計画性の要請に反する。
正解【①】
原子化を解いて国民の側に自立した組織と結びつきを作る①が、シャープの非暴力的闘争の具体化として最も適当です。
※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

