2025年度 大学入学共通テスト 追試験「公共・倫理」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2025年度(令和7年度)大学入学共通テスト追試験の「公共,倫理」は、第1問から第6問までの6つの大問、解答番号1〜33の全32項目で構成されています。満点は100点、試験時間は60分です。大問ごとの配点は、第1問12点・第2問13点・第3問28点・第4問15点・第5問16点・第6問16点で、「公共」にあたる第1問と第2問で25点、「倫理」にあたる第3問以降で75点という配分になっています。
第1問は新型コロナウイルス感染症をめぐる生徒の会話から、功利主義と義務論、人権保障の歴史を示す資料、条例と自由権の衝突、契約の拘束力とクーリング・オフを扱います。第2問は若者議会への提言づくりを題材に、青年期の自己、3か国の国民負担率と老後の備えを示す統計表、年金制度の仕組み、セーフティネットを問います。第3問は「幸せになるにはどうすればよいのか」という問いを3つの場面で追いかける最大の大問で、古代ギリシア思想、世界宗教の戒律、ルター、中国思想、カント、理想社会論、スピノザ、現代思想までが並びます。第4問は「清き明き心」と「一生懸命」という言葉を入口に、古代日本の倫理観、江戸期の儒学と国学、士道と武士道、鎌倉新仏教、近代日本の文学と和辻哲郎を扱います。第5問は「情報技術と人間の関わり」の班別発表で、遺伝情報を用いた医療、ビッグデータ、サリーとアンの課題、AIとの共生が題材です。第6問は新しい学生食堂での留学生との会話から、文化相対主義、サンデルの共同体論、発言の論理の検討、宗教的理由による教育の選択、給食の決め方を問います。
この回の特徴は、思想家の名前を覚えているだけでは決まらない設問が多いことです。ルター、カント、スピノザの原典に空欄を作る設問(解答番号11・13・15)は、人名の知識ではなく資料の論の運びそのものを追わないと語句が定まりません。第3問問6(解答番号14)のように、語群に適当な人名が入らないことを見抜かせる設問もあります。さらに第5問問5(解答番号27・28)は、自分の立場を選んだうえでその立場への懸念・反論を選ぶ形式で、27と28の両方が正解のときだけ得点になります。統計表を扱う第2問問2(解答番号6)は、会話文の3つの言及を表の数値と1つずつ突き合わせれば確実に決まるので、落としたくない4点です。
第1問 感染症対策から考える人権・条例・契約(配点12)
新型コロナウイルス感染症がもたらした課題について生徒Aと生徒Bが交わす会話文が素材です。トリアージをめぐる功利主義と義務論、人権保障の歴史を表す3枚のカード、屋外広告物条例と自由権の衝突、契約の原則とクーリング・オフが問われます。
問1:正解 ②(解答番号1/配点3)
<問題要旨>
人工呼吸器を誰から装着するかというトリアージをめぐる会話で、功利主義の立場から目指されるもの(ア)と、義務論の立場が人権と並べて何よりも尊重するもの(イ)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
功利主義と義務論という2つの倫理学説の原理に戻れば決まります。功利主義は「最大多数の最大幸福」を原理とするので、アには助かる人数を最大化する方向の語が入ります。義務論はカントに代表され、人格を手段としてのみ扱わず目的として扱うことを求めるので、イには人権と並ぶ無条件の価値が入ります。
<選択肢>
ア=最大多数【正】
空欄アの直前に「功利主義の立場では」とある。功利主義の原理は最大多数の最大幸福であり、医療措置で助かる見込みのある人を優先して救命される人数を最大化する発想なので、「最大多数の救命」となる。
ア=無差別【誤】
「無差別」は優先順位をつけずに扱うという意味で、助かる見込みの有無で順位をつける功利主義の発想とは正反対。会話文が示す「医療措置を加えれば助かる見込みが出てくる人を優先する」というやり方とも食い違う。
イ=尊厳【正】
空欄イは「各人が平等にもつ人権や…を何よりも尊重しようという義務論の立場」の中にある。義務論は人格の尊厳を無条件の価値とし、だからこそ救命に優先順位をつけることをためらう、という会話の流れとも合う。
イ=欲求【誤】
欲求は人によって内容も強さも異なり、平等にもつものでも無条件に尊重されるものでもない。むしろ欲求の充足の総量を問題にするのは功利主義の側であり、義務論の説明に置くのは言葉のすり替えにあたる。
正解【②】
功利主義の原理が「最大多数」、義務論が人権と並べて掲げる価値が「尊厳」なので、②の組合せになります。
問2:正解 ④(解答番号2/配点3)
<問題要旨>
自由獲得の歴史のなかで展開された考え方ア〜ウと、人権保障に関する思想や歴史を表すカードX〜Zとの対応を選ぶ設問です。カードXは「すべて人は生来ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有する」、カードYは国王が議会の同意なく法の執行を停止することを違法とする文、カードZは立法権力と執行権力が結合すれば自由は存在しないとする文です。
<考え方>
カードの文言が何を禁じ何を認めているかで機械的に切れます。「王といえども議会の定めた法に反して動けない」と読める文は法の支配、「立法権と執行権の結合を否定する」文は権力分立、「権利が生まれながらのものだ」と書いてある文は自然権の宣言です。人名を当てにいかず、文の主語と述語で対応させます。
<選択肢>
ア=カードY【正】
アは「権力者といえども法に従わなければならない」。カードYは、国王が議会の同意なく王の権威で法や法の執行を停止するようにふるまうことを違法とする文で、国王という権力者を法の下に置いている。カードXは権利の由来を述べるだけ、カードZは権力の配置の話で、どちらも権力者の法への服従を述べていない。
イ=カードZ【正】
イは「市民の自由を守るために政治権力を分立する」。カードZは、同一の人間または同一の役職者団体に立法権力と執行権力が結合すると自由が存在しなくなると述べ、権力を分けることが自由の条件だとしている。権力の分立に触れているのはこのカードだけ。
ウ=カードX【正】
ウは「人は生まれながらに人権を有している」。カードXは「すべて人は生来ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有する」と、権利が生来のものであることを正面から述べている。カードYもカードZも権利の由来には触れていない。
正解【④】
ア-Y、イ-Z、ウ-Xとなるので、④の組合せになります。
問3:正解 ③(解答番号3/配点3)
<問題要旨>
P市の屋外広告物条例をめぐる生徒の会話で、条例案について広く住民の意見や情報を求める手続(ア)、看板や広告を出す飲食店の側が侵害されると主張しうる自由(イ)、環境権の根拠として生存権と並ぶ権利(ウ)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
3つの空欄は、その語が置かれた文脈で誰が何をしているかで決まります。アは行政が条例案の段階で住民の意見を募る制度、イは「うちのレストラン」という経営者の立場から出てくる自由、ウは環境権の憲法上の根拠として生存権と並べて挙げられる権利です。
<選択肢>
ア=パブリックコメント【正】
パブリックコメント(意見公募手続)は、行政が政令や条例などの案を公表して広く意見を求める制度で、条例制定の場面でも実施される。会話文の「条例案について広く住民の意見や情報を求める」という説明そのものである。
ア=マニフェスト【誤】
マニフェストは政党や候補者が選挙で示す、数値目標や期限を伴う政権公約のこと。行政が住民から意見を募る手続ではなく、制度の名称をすり替えた誤り。
イ=営業の自由【正】
発言しているのはレストランを営む側で、看板や広告の撤去で客が減ることを心配している。広告は営業活動の一部なので、表現の自由とともに営業の自由(憲法22条の職業選択の自由に含まれる)が問題になる。
イ=労働基本権【誤】
労働基本権は団結権・団体交渉権・団体行動権で、労働者が使用者に対して行使する権利。広告規制で不利益を受けるのは店の経営者であり、権利の主体が入れ替わっている。
ウ=幸福追求権【正】
環境権は憲法に明文の無い新しい人権で、憲法13条の幸福追求権と25条の生存権を根拠に主張されてきた。会話文でも「生存権を根拠に」と並べられているので、もう一方は幸福追求権になる。
ウ=請願権【誤】
請願権は国や地方公共団体に希望を述べる権利(憲法16条)で、手続に関する権利である。良好な環境という実体的な利益を保障する根拠にはならない。
正解【③】
ア=パブリックコメント、イ=営業の自由、ウ=幸福追求権なので、③の組合せになります。
問4:正解 ②(解答番号4/配点3)
<問題要旨>
契約の原則とクーリング・オフについて先生と生徒が交わす会話で、下線部ⓓ「契約が成立すると、原則として、契約を一方的にやめることはできない」と、下線部ⓔ「クーリング・オフは、一定の期間内であれば、事業者の同意を条件に契約を解除することができる」の正誤の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
契約の拘束力と、その例外としてのクーリング・オフという2段構えで整理します。契約は当事者の合意で成立し、成立後は一方的に破棄できないのが原則です。クーリング・オフはその原則の例外として消費者を保護する制度なので、消費者の側が一方的に行使できることに意味があります。
<選択肢>
ⓓ【正】
契約は申込みと承諾の合意によって成立し、成立後は当事者を拘束する。一方的にやめるには、法律が定める取消しや解除の要件を満たす必要がある。会話文で先生が「法律に規定されている取消しや解除の要件を満たす必要がありますね」と述べている内容とも一致する。
ⓔ【誤】
クーリング・オフは、法定の期間内であれば消費者が理由を示さずに一方的に契約を解除できる制度で、事業者の同意は要件ではない。「事業者の同意を条件に」としている点が要件の改変にあたる。同意が要るとすれば、事業者が断れば解除できないことになり、消費者保護の制度として意味をなさない。
正解【②】
ⓓは契約の拘束力の原則どおりで正しく、ⓔは事業者の同意を要件としている点で誤りなので、②になります。
第2問 若者議会に向けた社会保障の検討(配点13)
地元の自治体の若者議会で社会保障の課題を提言するために、生徒A・B・Cが準備を進める場面です。青年期の自己のとらえ方、3か国の国民負担率と老後の備えを示す2つの表、2つの年金制度を比較したメモ、提言をまとめる会話が素材になります。
問1:正解 ⑥(解答番号5/配点3)
<問題要旨>
社会的に「大人」となるには心理的・社会的な成熟も求められるというテーマに関する記述ア〜ウが、記述X(七五三や成人式のように人生の節目に行われる行事がある)と記述Y(自分自身をよく知り、独自の価値観や人生観を体得し、精神的な自立を実現する時期がある)のどちらに該当するかを選ぶ設問です。
<考え方>
XとYが何を指しているかを先に決めます。Xは通過儀礼(イニシエーション)、Yは青年期の課題であるアイデンティティの確立です。そのうえでア〜ウを、儀礼によって外から地位が与えられる話か、内面の自立が進む話かで振り分けます。
<選択肢>
ア=Y【正】
「大人としての責任や社会的義務が、部分的に猶予される」はエリクソンのいう心理社会的モラトリアム。義務が猶予されている間に自分を知り価値観を固めていく時期の説明なので、精神的な自立を実現する時期を述べたYに当たる。
イ=Y【正】
「親や年長者の考え方や、社会的権威に反抗する」は第二反抗期であり、ホリングワースのいう心理的離乳の過程。親から心理的に独立して精神的な自立へ向かう動きなので、これもYに当たる。
ウ=X【正】
「一定の儀式を経ることで、社会的な地位や社会的役割が与えられる」は通過儀礼の定義そのもの。七五三や成人式を例に挙げたXに当たる。
正解【⑥】
Xに当たるのはウだけ、Yに当たるのはアとイなので、⑥になります。
問2:正解 ⑨(解答番号6/配点4)
<問題要旨>
表1はスウェーデン・日本・アメリカ3か国の国民負担率(対NI比)をX32.3%、Y54.5%、Z47.9%と示し、表2は「50歳代までに行った老後の生活に向けてしていたこと」の回答比率を国ア・イ・ウ別に示しています。会話文を手がかりに、Xがどの国かと、Xに対応する表2の記号との組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
会話文の3つの言及を表の数値と1つずつ突き合わせます。まず国民負担率が最も高いのがY、最も低いのがX、中間がZだと確定させ、そのうえでBの「最も高い国では職業能力を高めるが顕著に低い」、Aの「最も低い国では3つの項目が最も高い」、Bの「中間の国では個人年金と債券・株式が最も低い」を表2の数値で検証します。国名は、高福祉高負担のスウェーデンが最も高く、アメリカが最も低いという知識で割り当てます。
<選択肢>
X=アメリカ【正】
表1でXは32.3%と3か国で最も低い。税と社会保険料の負担が重い高福祉のスウェーデンが54.5%で最も高く、その中間の47.9%が日本、最も低いXがアメリカとなる。
X=スウェーデン【誤】
スウェーデンは高福祉高負担の代表で、国民負担率は3か国のうち最も高くなるはず。最も低い32.3%のXに当てると、制度の性格と数値が食い違う。
X=日本【誤】
日本は3か国のうち中間に位置するので47.9%のZに当たる。Xを日本とすると、Bが述べる「ちょうど国民負担率が中間だった国」に対応する国がなくなる。
Xに対応するのは表2のウ【正】
Aは「国民負担率が3か国のなかで最も低かった国では、『預貯金』『債券・株式の保有、投資信託』と『老後も働いて収入が得られるように職業能力を高める』という回答の比率が、最も高くなっている」と述べる。表2でウは62.7%・52.2%・27.1%と、この3項目すべてが3か国中で最大になっている。
Xに対応するのは表2のア【誤】
アは個人年金への加入24.0%、債券・株式の保有13.5%がいずれも3か国中で最低。これはBが述べる「国民負担率が中間だった国」の特徴であり、中間はZ(日本)なのでXには対応しない。
Xに対応するのは表2のイ【誤】
イは「老後も働いて収入が得られるように職業能力を高める」が1.3%と際立って低い。これはBが述べる「国民負担率が最も高い国」の特徴であり、最も高いのはY(スウェーデン)なのでXには対応しない。
正解【⑨】
国民負担率が最も低いXはアメリカで、表2では3つの項目が最大となるウに対応するので、⑨になります。
問3:正解 ②(解答番号7/配点3)
<問題要旨>
2つの年金制度を比較したメモで、その時々の現役世代が負担する保険料を財源とする方式の名称(イ)、積立方式が持続的な物価上昇によって受ける影響(ウ)、賦課方式で少子高齢化が進んだときに現役世代の保険料負担をどうする必要があるか(エ)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
積立方式と賦課方式の財源の違いに戻れば全部決まります。積立方式は現役時に積み立てた保険料を老後に受け取る仕組みなので、物価が上がり続けると受け取る額の実質的な価値が目減りします。賦課方式はその時々の現役世代が高齢者を支える仕組みなので、支える側が減って支えられる側が増えれば、給付水準を保つには一人当たりの負担を重くするしかありません。
<選択肢>
イ=賦課【正】
メモの右列は「その時々の現役世代が負担する年金保険料を財源として、年金受給者への支給を行う」と書かれている。世代間の仕送りにあたるこの仕組みが賦課方式で、日本の公的年金が基本としている方式でもある。
イ=積立【誤】
積立方式はメモの左列、すなわち「現役時に年金受給者が支払った年金保険料を財源として」支給する方式を指す。右列に当てると左右2つの方式の区別がつかなくなる。
ウ=減少【正】
積立方式では受け取る額が過去に積み立てた額をもとに決まる。持続的な物価上昇が起これば同じ金額で買えるものが減るので、年金給付額の実質的価値は減少する。左列の対応策が「掛け金を用いて投資などの資産運用をしていく」ことになっているのも、この目減りを補うためと読める。
ウ=増加【誤】
名目の給付額が変わらないまま物価が上がれば、買えるものは減る。実質的価値が増加することはなく、因果が逆転している。
エ=増やす【正】
賦課方式で少子高齢化が進むと、支える現役世代が減り支えられる受給者が増える。給付水準を維持するなら、一人当たりの保険料負担を増やすほかない。右列の対応策が「年金支給開始年齢を引き上げる」ことになっているのも、負担増を抑えるための別の手立てとして整合する。
エ=減らす【誤】
現役世代の負担を減らせば財源が細るので、給付水準は維持できない。「給付水準を維持するためには」という文中の条件と正面から矛盾する。
正解【②】
イ=賦課、ウ=減少、エ=増やす、となるので②になります。
問4:正解 ⑧(解答番号8/配点3)
<問題要旨>
若者議会での提案をまとめる会話で、貧困などに陥った際に生じる問題を防ぐ仕組みや制度(ア)、社会保険のうち事業主のみが負担するもの(イ)、1995年が日本における「元年」と言われたもの(ウ)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
3つとも語の定義と事実で決まります。アは生活の落下を受け止める網という比喩、イは保険料を誰が負担するかという制度の知識、ウは阪神・淡路大震災の年という年号の知識です。
<選択肢>
ア=セーフティネット【正】
セーフティネットは、失業や貧困などで生活が立ちゆかなくなったときに人々を支える安全網を指す語。会話文の「貧困などに陥った際に生じる問題を防ぐ仕組みや制度」という説明と一致する。
ア=ディーセント・ワーク【誤】
ディーセント・ワークはILOが掲げる「働きがいのある人間らしい仕事」で、働き方の質についての理念。貧困に陥った人を支える仕組みや制度を指す語ではない。
イ=労災保険【正】
労働者災害補償保険(労災保険)の保険料は全額を事業主が負担する。業務上の災害に対する使用者の補償責任に基づく制度だからで、「事業主のみが負担する」という条件に当てはまる。
イ=雇用保険【誤】
雇用保険の保険料は事業主と労働者の双方が負担する。「事業主のみが負担する」という条件を満たさず、負担の主体が入れ替わっている。
ウ=ボランティア【正】
1995年の阪神・淡路大震災では全国から多数の人々が被災地で活動し、この年は日本のボランティア元年と呼ばれる。会話文の「阪神・淡路大震災後に大きく進展した」「1995年が日本における『元年』」という説明と一致する。
ウ=公共サービス【誤】
公共サービスは行政などが提供する役務で、1995年を元年とする言い方はしない。またCが直前で「一人ひとりが取り組む意識を高め、社会に参画する準備を促す」と述べているのに対し、公共サービスは受け手の側から語られる語であり、若い世代が主体的に社会に参画する方法にはならない。
正解【⑧】
ア=セーフティネット、イ=労災保険、ウ=ボランティアなので、⑧になります。
第3問 幸福とは何かをめぐる三つの場面(配点28)
文化祭の後片付け、帰り道、翌日の学校という3つの場面で、生徒Aと生徒Bが「幸せになるにはどうすればよいのか」を語り合う会話文が軸です。古代ギリシア思想、世界宗教の戒律、ルター、中国思想、カント、理想社会論、スピノザ、現代思想までが問われ、原典資料の空欄補充が多いのが特徴です。
問1:正解 ②(解答番号9/配点3)
<問題要旨>
幸福の実現についての古代ギリシア思想の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。4つの選択肢は、2種類の主張(「判断を停止せよ」「自然の摂理である神を信頼し、思い煩うべきではない」)を異なる人物・学派に割り当て、そこに理由を付け加えた形になっています。
<考え方>
主張と人物の組合せを先に確かめ、そのうえで理由の部分が学派の目的と合うかを見ます。判断停止(エポケー)を説いたのは懐疑派で、その目的は心の平静(アタラクシア)です。自然の摂理としての神への信頼を説いたのはストア派で、その目的は情念に動かされないアパテイアであり、そのために理性に従います。
<選択肢>
①【誤】
「起きたことは善いか悪いかわからないのだから、判断を停止せよ」は懐疑派の主張で、アリストテレスのものではない。アリストテレスは観想的生活を最高の幸福としたが、そのために判断を停止せよとは説いていない。主張の帰属先が入れ替わっている。
②【正】
懐疑派は、物事の善悪は確実には認識できないのだから判断を保留せよ(エポケー)と説いた。その目的は、判断をめぐる争いから離れて心の平静(アタラクシア)を得ることにある。主張も理由も学派の内容と一致する。
③【誤】
主張と学派の対応は正しいが、理由が逆になっている。ストア派は「自然に従って生きよ」と説き、その自然とは宇宙を貫くロゴス、すなわち理性のこと。アパテイアは理性に従うことで得られるのであって、そのために理性に背く場合があるという説明は成り立たない。
④【誤】
エピクロスは、神々は人間界に関与しないとして神への恐れを退けた人物であり、「自然の摂理である神を信頼し、思い煩うべきではない」はストア派の主張。またエピクロスの説く快楽は魂の平静であって、「快楽は至る所に見つかる」という享楽的なものではない。
正解【②】
判断停止を説いたのが懐疑派であり、その目的が心の平静であるところまで正しいのは②です。
問2:正解 ③(解答番号10/配点3)
<問題要旨>
戒律や宗教的実践についての説明として最も適当なものを選ぶ設問です。ユダヤ教の選民思想、ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)の教え、ウパニシャッド哲学、イスラームのシャリーアが取り上げられています。
<考え方>
それぞれの宗教で救いの条件や用語の意味がどう定められているかに戻ります。ユダヤ教の選民思想は律法の遵守と一体であること、ヴァルダマーナが開いたのはジャイナ教であること、イスラームで許されたものがハラールで禁じられたものがハラームであることを押さえれば、消去で決まります。
<選択肢>
①【誤】
ユダヤ教の選民思想は、神に選ばれた民が神との契約として律法を守ることと一体になっており、「律法に従わずとも救われる」という内容ではない。預言者が律法への立ち返りを説いたという後半は事実だが、その前提がすり替えられている。
②【誤】
不殺生(アヒンサー)や禁欲などの厳格な戒律を説いたヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)の教えはジャイナ教として広まった。バラモン教はヴェーダと祭祀を中心とするそれ以前からの宗教で、彼はむしろその権威を認めない立場にあった。宗教名が入れ替わっている。
③【正】
ウパニシャッド哲学では、業(カルマ)に応じて生まれ変わる輪廻からの解脱が目標とされ、ブラフマンとアートマンの一致を悟るために、世俗を離れて瞑想や断食などの修行に励むべきだという考えが現れた。記述の内容と一致する。
④【誤】
イスラームで禁じられたものはハラーム、許されたものがハラール。禁止されているものをハラールと呼ぶとしている点が用語の取り違えである。規定が食品や日用品だけでなく行為にも及ぶという後半は正しいので、前半の取り違えを見落としやすい。
正解【③】
輪廻からの解脱と、そのための世俗を離れた修行を説いたウパニシャッド哲学の説明が正しいので、③です。
問3:正解 ④(解答番号11/配点3)
<問題要旨>
ルター「聖パウロのローマの信徒への手紙序文」の資料を読み、ルターが律法自体をどう考えているか(a)と、信仰によって何が起こると考えているか(b)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。資料は「律法の行い」と「律法を成就する」ことを区別し、後者は聖霊が信仰を通じて与える自由な愛の思いによるとしています。
<考え方>
資料が何を否定し何を肯定しているかを線引きします。「なんの役にも立たない」と退けられているのは、人間が自由意志と自分の能力で律法に対して行う「律法の行い」であって、律法そのものではありません。資料は「律法を成就する」こと、すなわち喜んで愛をもって律法にかなう生き方をすることを肯定し、それは聖霊が信仰を通してのみ与えると述べています。
<選択肢>
a=肯定的【正】
資料でルターが退けるのは、心の中に欲と律法への強制を残したままの「律法の行い」である。他方で「律法を成就する」ことは、神のみこころにかなう善い生き方として肯定的に語られており、律法そのものが否定されているわけではない。
a=否定的【誤】
ルターが律法自体を否定していると読むと、会話文の結びである「信仰さえあれば、聖霊が与えられて律法にかなった善い行いが自然に生じる」という文が成り立たなくなる。否定されているのは人間の自力による行いであって、律法という基準ではない。
b=律法が成就される【正】
資料は、律法を成就するとは律法の強制なしに自由に神のみこころにかなう善い生き方をすることであり、その自由な愛の思いは聖霊が与え、聖霊は信仰においてのみ与えられると述べる。したがって信仰があって初めて律法が成就される、という筋になる。
b=律法の行いがなされる【誤】
「律法の行い」は、資料が「なんの役にも立たない」と退けた当のものである。信仰によってもたらされるものとしてここに置くと、資料の論の運びと正面から食い違う。
正解【④】
ルターは律法自体については肯定的に考えており、信仰によって律法が成就されるとしているので、④になります。
問4:正解 ⑥(解答番号12/配点3)
<問題要旨>
人間や社会のあるべき姿についての中国思想の説明ア〜エが、それぞれ誰のものかを選ぶ設問です。礼の習得を説く文、仁義を偽りとして自然に身を委ねる文、事物の理を尋ね求める文、厳格な賞罰と法による政治を説く文の4つが示されます。
<考え方>
人名から当てにいかず、各文が人間の本性をどう見て、何によって秩序をつくろうとしているかで判定します。礼と聖人の定めた制度に頼るなら性悪説の立場、仁義そのものを人為の偽りとするなら道家、心の外にある事物の理を窮めるなら朱子学、道徳の相対性を前提に賞罰と法に委ねるなら法家です。
<選択肢>
ア=荀子【正】
「欲望に流される人間の傾向を正し、聖人が定めた制度に依拠しなければならない」は、人の本性は悪でありそれを矯めるのが礼だとする性悪説・礼治主義であり、荀子の立場そのもの。
イ=老子【正】
「仁義に基づいた善悪の考え方は、偽りのもの」「仁義などではなく自然に身を委ねる」は、儒家の道徳を人為として退け無為自然を説く道家の主張で、老子に当たる。
ウ=朱熹【正】
「聖人の教えを中心に、あらゆる事物の理を尋ね求める」は朱子学の格物窮理。王陽明は心即理を説いて心の外に理を求めることを否定したので、外の事物の理を尋ね求めるこの文は朱熹のものになる。
エ=韓非子【正】
「聖人は各々の時代の必要に応えて制度を定めたに過ぎず、道徳もまた時代に制約されたもの」「厳格な賞罰と、法に基づいた政治こそが、結果的には人々の幸福につながる」は、道徳ではなく法と刑罰で国を治めるべきだとする法家の主張で、韓非子に当たる。
正解【⑥】
ア=荀子、イ=老子、ウ=朱熹、エ=韓非子となるので、⑥になります。
問5:正解 ⑤(解答番号13/配点3)
<問題要旨>
道徳と幸福の関係についてのカント『実践理性批判』の資料を読み、幸福を追い求めるという原理が与えられるもの(a)、決して与えられないもの(b)、その言いかえとして与えられるもの(c)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
カントが道徳法則と格率をどう区別しているかに戻ります。格率は個々人が実際に従っている行動方針で、道徳法則は誰にでもいつでも必然的に妥当する規則です。資料は、幸福についての認識が経験的データに基づき各人の見方に依存して変化するから、概括的な規則は与えられても必然的に妥当する規則は与えられないと述べており、この対比に語をはめていきます。
<選択肢>
a=格率(行動方針)【正】
資料はaを「与えることはできる」としたうえで、「しかし…意志の法則に役立つようなものを与えることはできない」と続ける。与えられるのは各人が実際に従う行動方針、すなわち格率であって、意志の法則である道徳法則ではない。
a=道徳法則【誤】
幸福の原理から道徳法則が導けるとすれば、直後の「意志の法則に役立つようなものを与えることはできない」という否定と矛盾する。幸福を求める原理から道徳法則は出てこないというのがカントの立場なので、ここには入らない。
b=普遍的規則【正】
直前が「概括的な規則を与えることはできるが、決して…を与えることはできない」という対比になっている。概括的な規則と対になるのは、例外なくどこでも当てはまる普遍的規則である。
b=経験的規則【誤】
幸福についての認識は経験的データに基づくと資料自身が述べているので、経験的規則ならむしろ与えられる側になる。「決して与えることはできない」の対象に置くと、資料の対比が壊れる。
c=しばしば的中する規則【正】
直後が「いつも変わらずに必然的に妥当しなければならないような規則は与えることができない」となっている。その対になるのは、当たることもあるが必ず当たるとは限らない規則、すなわちしばしば的中する規則である。
c=科学的規則【誤】
科学的規則という語は、資料の対比軸である「必然的に妥当するか否か」と噛み合わない。科学の法則はむしろ必然的な妥当性をもつものとして語られるので、必然的に妥当するわけではない規則の例にならない。
正解【⑤】
a=格率(行動方針)、b=普遍的規則、c=しばしば的中する規則なので、⑤になります。
問6:正解 ④(解答番号14/配点3)
<問題要旨>
理想的な社会を考えた人々についての4つの文が示され、語群から人名と語句を選んで空欄を埋めたとき、正しい文として完成するものが一つだけあるので、それを選ぶ設問です。語群の人名はピュタゴラス・エラスムス・オーウェン・サン=シモン・トマス・モア・プロタゴラス・ホッブズ・マルクス、語句は協同組合運動・貨幣・計画経済・私有財産・商業・正義・工業・余暇です。
<考え方>
各文が誰の思想を述べているかをまず確定し、その人名が語群にあるかを確かめます。語群に無ければ、その文は適当な人名が入らないので完成しません。人名が語群にある文については、語句の側がその人物の主張と合うかを見ます。
<選択肢>
①【誤】
統治者・防衛者・生産者の三階層からなる理想国家と、善のイデアを学んだ哲学者による統治を構想したのはプラトン。語群の人名にプラトンは無く、名前の似たピュタゴラスやプロタゴラスを入れても説明が成り立たないので、正しい文にならない。
②【誤】
『ユートピア』を著したトマス・モアは語群にあるが、モアが最善としたのは私有財産制の廃止された共有の社会である。語群の語句のうち「…制が採用された国こそ最善の政体」に入れて正しい文になるものが無く、私有財産を入れればモアの主張と逆になってしまう。
③【誤】
ファランジュと名付けた協同体を構想したのはフーリエで、語群の人名に無い。同じ空想的社会主義でもサン=シモンは産業者による社会の運営を説いた人物であり、ファランジュの提唱者ではない。
④【正】
工場経営の経験から人間は環境の産物だと考え、労働環境の改善と子どもの教育に力を注ぎ、アメリカにニューハーモニー村を建設して失敗したのはオーウェンで、語群にある。彼の思想の影響で協同組合運動が盛んになったことも事実で、この語句も語群にある。人名・語句とも語群から選べ、説明も正しい。
正解【④】
オーウェンと協同組合運動はいずれも語群にあり、思想や行動の説明も正しいので、正しい文として完成するのは④です。
問7:正解 ①(解答番号15/配点3)
<問題要旨>
自己の幸福と他人との関係についてのスピノザ『エチカ』の資料を読み、人間にとって最も有益なもの(a)、皆がともどもに望むこと(b)、理性に導かれる人間が他人のためにも求めないこと(c)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
資料の論の運びをそのまま追います。同じ本性の個体が結合すれば二倍強力な一つの個体になる、という前提から、人間にとって最も有益なものが何かが導かれます。そのうえで、自己の存在の維持という徳の基礎が、他人を排除する方向ではなく皆に共通の利益を求める方向に向かうこと、そして理性に従う人間の求めが自分と他人とで一致することを読み取ります。
<選択肢>
a=人間【正】
直前に「まったく同じ本性の二つの個体が互いに結合するなら、単独の個体よりも二倍強力な一つの個体が構成される」とある。人間にとって本性がまったく一致する相手は人間なので、人間にとって人間ほど有益なものはない、と続く。
a=神【誤】
神は人間と「まったく同じ本性」の個体ではないので、直前の理由づけから導けない。同じ本性の個体が結合して強くなるという論なので、神を入れると前提と結論がつながらなくなる。
b=皆に共通の利益を求める【正】
「皆がともどもに、できる限り自らの存在を維持しようと努め、皆がともどもに…」という並びなので、全員に等しく当てはまる望みが入る。各人が自己の存在の維持を図ることと両立するのは、共通の利益を求めることである。
b=各自の利益を全て放棄する【誤】
資料は冒頭で「徳の基礎は自身の存在を維持しようとする努力そのもの」と述べている。利益を全て放棄すれば自己の存在の維持そのものが成り立たず、資料の前提と正面から矛盾する。
c=欲しない【正】
「他の人々のためにも…ようないかなることも、自分のためには求めない」という文の形になる。他人に望まないことは自分にも望まない、という黄金律の形であり、理性に従う人間の求めが自他で一致するという結論とも合う。
c=欲する【誤】
「他の人々のためにも欲するようないかなることも、自分のためには求めない」となり、他人のために望むことを自分では求めないという奇妙な意味になる。理性に導かれる人間が自他に同じことを望むという資料の趣旨と食い違う。
正解【①】
a=人間、b=皆に共通の利益を求める、c=欲しない、となるので①になります。
問8:正解 ④(解答番号16/配点3)
<問題要旨>
現代の人間の生き方やあり方について論じた哲学者の考えの説明として最も適当なものを選ぶ設問です。ハイデガー、アドルノ、クワイン、ドゥルーズの4人について、前半と後半で別々の主張が述べられています。
<考え方>
選択肢が前半と後半の二段構えになっているので、両方が同じ人物の主張かを確かめます。前半だけ正しく、後半が別の哲学者の主張に差し替えられている、という作りに注意します。
<選択肢>
①【誤】
前半の、人間を含めた全てを役立つものに仕立てあげる西洋文明の仕組みを明らかにしたという説明はハイデガーに当たる。しかし後半の、自然と人工、理性と狂気といった二項対立の解体という主張は、脱構築を説いたデリダや狂気の歴史を論じたフーコーのものである。
②【誤】
前半の、人々の感情や衝動を支配して内面を空洞化し、人間を画一的に管理する社会の告発はアドルノに当たる。しかし後半の、生の根源に立ち戻って社会を全人類に開かれたものへ転換するという主張は、閉じた社会と開いた社会を論じたベルクソンのものである。
③【誤】
前半の、個々の言説は単独では検証できず全体としてネットワークをなすという知のホーリズムはクワインに当たる。しかし後半の、全体性を引き裂く他者の呼びかけに応えることを新たな倫理の基礎とする主張はレヴィナスのものである。
④【正】
ドゥルーズは、多様で流動的な生成変化を規制して秩序に組み込もうとする現代の仕組みを問い直し、同一性を軸としてきた西洋の伝統的な哲学が差異を解消してしまう構造を究明したうえで、同一性に還元されない差異や生成変化を肯定する哲学を提唱した。前半と後半がともにドゥルーズの主張になっている。
正解【④】
前半と後半がともに同じ哲学者の主張で貫かれているのは④だけです。
問9:正解 ⑤(解答番号17/配点4)
<問題要旨>
生徒Aが3つの場面での会話を振り返ってまとめたメモで、Aが初めに考えていたこと(a)、カントが無条件によいとしたもの(b)、自己を積極的に社会へと関与させていくことを指す語(c)に入る語句の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
aは場面1でのA自身の発言に戻れば決まります。bとcは用語の知識で、カントが無条件に善いとしたものと、サルトルが説いた社会参加を表す語をそれぞれ選びます。
<選択肢>
a=善行が幸福をもたらす【正】
場面1でAは「私は、自分が道徳的によい人間であれば、幸せになれると思っている」と述べている。よい行いをすれば幸福になれるという考えであり、メモの「私は初め…と考えていた」に当たる。
a=善行は見返りを求めるべきではない【誤】
これはメモの続きで示される「それとは異なる考え方」に近く、Aが初めに抱いていた考えではない。場面2でもAは「よいことをしたらいつかきっと報われるべきだ」と述べており、見返りを求めない立場には立っていない。
b=善意志【正】
カントは、この世界において無制限に善いと言えるのは善意志だけであるとした。義務に基づいて正しい行いをしようとする意志そのものが無条件に善いという考えで、結果としての幸福とは切り離されている。
b=高邁の精神【誤】
高邁の精神は、デカルトが『情念論』で説いた、自由意志を正しく用いようとする固い決意に基づく気高さを指す語。カントの語ではない。
c=アンガジュマン【正】
アンガジュマンはサルトルの語で、自己を社会の状況のなかに投げ入れ、責任をもって社会に関与していくことを指す。メモの「自己を積極的に社会へと関与させていくこと」という説明と一致し、直後の「社会や他の人々に対する責任を自覚して行動していく」とも続く。
c=被投性【誤】
被投性はハイデガーの語で、人間が自分の意志と関わりなくこの世界に投げ出されて存在していることを指す。自ら進んで社会へ関与するという能動的な意味ではなく、向きが逆になる。
正解【⑤】
a=善行が幸福をもたらす、b=善意志、c=アンガジュマンなので、⑤になります。
第4問 「清き明き心」と「一生懸命」から考える日本思想(配点15)
禊・祓いの話題から「きれい」「きたない」という評価、「一生懸命」の語源、「自分の気持ちに素直に生きる」ことの是非へと展開する生徒Cと生徒Dの会話文が素材です。古代日本の倫理観、江戸期の儒学と国学、士道と武士道、鎌倉新仏教、近代日本の文学と和辻哲郎が問われます。
問1:正解 ①(解答番号18/配点3)
<問題要旨>
清き明き心や禊・祓いに関する記述として適当でないものを選ぶ設問です。清き明き心の「明」の意味、『万葉集』の自然観、記紀神話のイザナキ、祓いの対象となる罪の4つが取り上げられています。
<考え方>
適当でないものを選ぶ設問なので、記紀神話における神々の位置づけに戻ります。清き明き心を体現するのはアマテラスであり、スサノヲは高天原で乱暴を働いて天つ罪を犯し追放された神です。清明心の説明に置く人物としてふさわしいかどうかで切れます。
<選択肢>
①【誤】
清き明き心を備えた存在として記紀神話で描かれるのはアマテラスである。スサノヲは田の畦を壊すなどの天つ罪を犯して高天原を追われた荒ぶる神で、むしろ穢れや罪の側に位置づけられる。神の入れ替えにあたり、これが適当でない記述。
②【正】
『万葉集』には清らかな自然を詠んだ歌が数多くあり、澄んだ水や清浄な山野のありさまは、そのまま人の心の清らかさの手本としても受け止められてきた。清き明き心の説明として妥当。
③【正】
記紀神話で、イザナキは亡きイザナミを追って黄泉国へ行き、逃げ帰った後に身を清めている。この禊によって黄泉国でついた穢れを取り去ったと語られており、記述のとおり。
④【正】
古代日本では、農耕を妨げる行為や祭祀を妨げる行為も罪とされ、自然災害や病気などの災いと同じく祓いによって取り除くべきものと考えられた。罪と穢れを区別せずに祓いの対象とする古代的な発想を述べており、妥当。
正解【①】
清き明き心を体現するのはアマテラスであり、スサノヲを挙げた①が適当でない記述です。
問2:正解 ④(解答番号19/配点3)
<問題要旨>
望ましい心のあり方を考察した江戸時代の人物の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。中江藤樹、熊沢蕃山、契沖、賀茂真淵の4人が取り上げられています。
<考え方>
それぞれの人物の中心概念に戻ります。中江藤樹は孝、伊藤仁斎は誠と忠信・恕、契沖は『万葉集』の文献学的研究、本居宣長はもののあはれ、賀茂真淵はますらをぶりです。人物と概念が入れ替わっていないかを一つずつ確かめます。
<選択肢>
①【誤】
「上下定分の理」は、天地に上下の別があるように人間社会にも身分の別があるとした林羅山の考え。中江藤樹が説いたのは、親子の間に生じる愛敬の心を出発点とする「孝」であり、それを時・処・位に応じて実践することを求めた。概念の帰属先が入れ替わっている。
②【誤】
日常生活において忠信と恕を実践し、誠に近づくことを求めたのは伊藤仁斎。熊沢蕃山は中江藤樹の門人で、時・処・位に応じた実践や、治山治水を含む具体的な経世済民を説いた人物であり、説明の中身が別人のものになっている。
③【誤】
「もののあはれ」を日本人の心の理想としたのは本居宣長。契沖は『万葉集』を対象に『万葉代匠記』を著した実証的な文献研究の人であり、『古事記』研究で知られるのは宣長の方である。研究対象と概念の両方が入れ替わっている。
④【正】
賀茂真淵は『万葉集』を中心とする古典研究から、古代日本人の心を、おおらかで力強い「ますらをぶり」に見いだした。人物・研究対象・概念のいずれも一致する。
正解【④】
『万葉集』研究から「ますらをぶり」を見いだした賀茂真淵の説明が正しいので、④です。
問3:正解 ④(解答番号20/配点3)
<問題要旨>
武士の道徳の変化について書かれた資料を読み、江戸時代に武士へ庶民の道徳的模範であることを促す「士道」を提唱した人物(a)、死を覚悟して奉公すべきと説く『葉隠』の人物(b)、吉田松陰の一君万民論がもつ意味(c)に入る人名と記述の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
aとbは人名の知識で決まります。cは、資料が一君万民論を「直接の主人にではなく、天皇に奉公する」ものとして説明している点に注目します。忠誠の向き先が個々の主君から天皇へ移れば、藩ごとに分かれていた枠が意味を失うという筋で読みます。
<選択肢>
a=山鹿素行【正】
山鹿素行は、戦いの無くなった時代の武士の存在意義を問い、武士は農工商の三民の道徳的な模範となるべきだとする「士道」を説いた。資料の「庶民の道徳的模範であることを促す」という説明と一致する。
a=藤原惺窩【誤】
藤原惺窩は禅僧から儒学に転じ、林羅山の師として近世儒学の祖とされる人物である。士道の提唱者ではない。
b=山本常朝【正】
『葉隠』は佐賀藩士の山本常朝の談話をまとめたもので、死を覚悟して主君に奉公すべきと説く点が資料の説明と一致する。
b=西川如見【誤】
西川如見は長崎の町人学者で、『町人嚢』などを著して町人の立場や役割を説いた人物。『葉隠』とは関わりがない。
c=藩の分立する割拠体制を乗り越える方向を示す点で【正】
一君万民論は、武士に限らずあらゆる人々が、直接の主人ではなく天皇に奉公するという考え。忠誠の向き先が個々の藩主から天皇一人へ移るので、藩ごとに分かれた体制を超えて人々を一つの国民としてまとめる方向を示すことになる。
c=日本があらゆる他国に優越する国家であると主張する点で【誤】
資料は一君万民論を、奉公の相手が直接の主人から天皇へ移る話として説明しているだけで、他国との比較や優越については一言も述べていない。資料に書かれていない内容を持ち込んだ誤り。
正解【④】
a=山鹿素行、b=山本常朝、cは藩の分立する割拠体制を乗り越える方向を示す点で、となるので④になります。
問4:正解 ②(解答番号21/配点3)
<問題要旨>
鎌倉新仏教の特徴である特定の行の専修に関して、ある仏教者が著した資料を読み、その人物の教えとして正しいものを選ぶ設問です。資料は「修行と悟りは等しい」「初心者の修行も本来的な悟りそのものである」「修行のほかに悟りを期待してはいけない」と述べています。
<考え方>
資料の主張がどの人物の教えかを先に決めます。修行と悟りを別物とせず、修行そのものがすでに悟りであるとする考えは修証一等(本証妙修)で、道元のものです。そのうえで、道元が専ら実践すべきとした行と、その行によって得られる境地を答えます。
<選択肢>
①【誤】
他力を頼めば悪人こそが救われるとするのは親鸞の悪人正機。自力の修行そのものを悟りとする資料の立場とは正反対であり、他力に依る点でも合わない。
②【正】
資料の修証一等は道元の考えであり、道元は余念を交えずひたすら坐禅する只管打坐を説いた。その坐禅によって身心へのとらわれが脱け落ちる身心脱落に至るとしており、行と境地の両方が道元の教えと一致する。
③【誤】
ひたすら念仏を称えれば誰でも浄土に往生できるとするのは法然の専修念仏。称名念仏は阿弥陀仏の力に頼る行であり、修行それ自体が悟りであるという資料の主張とは別の立場になる。
④【誤】
題目を唱えることを説いたのは日蓮。『法華経』への帰依を核とする教えであり、坐禅を専らにする資料の立場とは異なる。
正解【②】
資料の修証一等から人物は道元と決まり、その教えは只管打坐と身心脱落なので、②になります。
問5:正解 ②(解答番号22/配点3)
<問題要旨>
生徒Cがまとめたレポートで、島崎藤村がもともと何をしようとした人物か(a)と、和辻哲郎が人間をどう捉えたか(b)に入る記述の組合せを選ぶ設問です。レポートは、藤村や田山花袋の「自然」に即したという主張を和辻が浅薄だと批判したことを紹介しています。
<考え方>
aは島崎藤村の出発点に戻ります。藤村は『若菜集』で新体詩を世に問うた詩人として出発し、のちに小説へ転じました。bは、レポートの結びが「人間のあり方をはじめから決めつけるような考えは、納得できないものだったのだろう」となっている点を手がかりに、和辻が人間を固定した姿ではなく運動として捉えたかどうかで選びます。
<選択肢>
a=自分の気持ちを新体詩という文語定型詩の形式で生き生きと表現【正】
島崎藤村は詩集『若菜集』などで、文語定型の新体詩によって若い感情をうたった詩人として出発し、のちに『破戒』『新生』などの小説に転じた。レポートが『新生』に触れている流れとも合う。
a=文学によって、自己の内なる精神的欲求を「想世界」において実現【誤】
「想世界」と「実世界」を対比して内面の世界を論じたのは北村透谷。藤村は透谷と同じ『文学界』に集った人物だが、この語は透谷のものであり、人物の入れ替えにあたる。
b=社会の中に生きながらもそこに埋没しきらない個人が、再び自己を否定して社会の中に生きるという運動を繰り返すと考えた【正】
和辻は人間を、個人としてのあり方と社会(間柄)としてのあり方が互いに否定し合いながら成り立つ動的な存在として捉えた。あらかじめ決まった人間像を置かない立場なので、「人間のあり方をはじめから決めつけるような考えは納得できない」というレポートの結びとも噛み合う。
b=人間という言葉に示されているように、社会こそが個人に先立ってそれ自体として存在するものであると考え、人間を間柄的存在と捉えた【誤】
「間柄的存在」は確かに和辻の語だが、和辻は個人と社会のどちらか一方が先立つとは考えず、両者の相互の否定によって人間が成り立つとした。社会が個人に先立って実在するという見方は社会実在論の立場で、これも人間のあり方をはじめから決めつける考えになってしまい、レポートの結びと合わない。
正解【②】
aは新体詩による表現、bは個人と社会が互いを否定し合う運動として人間を捉える記述なので、②になります。
第5問 情報技術と人間の関わりをめぐる班別発表(配点16)
倫理の授業で「情報技術と人間の関わり」を班ごとに発表する場面です。第一班の「情報技術と医療」の話し合い、第二班がサリーとアンの課題の図をもとに進める「人工知能(AI)と人間の知能」の検討、そして各自のレポートづくりの相談という3つの場面から出題されます。問5は自分の立場を選ぶ形式です。
問1:正解 ①(解答番号23/配点3)
<問題要旨>
遺伝情報を用いた医療技術の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。ゲノム編集、テーラーメイド医療、クローン、ヒトゲノムという4つの用語が取り上げられています。
<考え方>
用語の定義に戻れば決まります。ヒトゲノムはヒト一人分の全遺伝情報、テーラーメイド医療は個人の遺伝情報に応じて治療法や薬を選ぶ医療、クローンは同一の遺伝情報をもつ個体や細胞を指します。定義がずらされていないかを一つずつ確かめます。
<選択肢>
①【正】
ゲノム編集は狙った遺伝子を改変する技術で、収量や病気への強さを高めた農作物や家畜の開発に使われ始めている。人間の受精卵に用いれば親の望む形質をもつ子(デザイナー・ベビー)を生み出しうるため、その是非が倫理的な問題として議論されている。技術の現状と懸念の内容がいずれも正しい。
②【誤】
テーラーメイド医療は、個人の遺伝情報の違いに応じて効果の高い薬や治療法を選ぶ医療のこと。「患者の自己決定に基づいて行われる医療」はインフォームド・コンセントに関わる別の話であり、用語の定義がすり替えられている。
③【誤】
体細胞を用いたクローンは、その体細胞の提供者と同じ遺伝情報をもつ個体や細胞になる。羊の体細胞に遺伝子を導入することでヒトのクローン細胞ができるという説明は、クローンという語の意味に合わない。
④【誤】
ヒトゲノムはヒトのもつ遺伝情報の全体を指す語であり、「患者とその家族に共通する病気に関連する遺伝情報」という限定された意味ではない。遺伝情報が血縁者の情報でもあるため取り扱いに注意が要るという後半の指摘自体は正しいので、そこに引かれて選ばないよう注意が必要。
正解【①】
ゲノム編集の利用の現状と、人間への応用に伴うデザイナー・ベビーの懸念を正しく述べた①が適当です。
問2:正解 ③(解答番号24/配点3)
<問題要旨>
ビッグデータの活用について述べた文として最も適当なものを選ぶ設問です。企業による個人情報の利活用、資源配分、オンラインサービスのリコメンド、地球温暖化対策の4つが取り上げられています。
<考え方>
それぞれについて、制度の内容と、引かれている概念や書物が本当にその話題のものかを確かめます。個人情報保護法が何を定めているか、「地球の有限性」がどういう考え方か、『沈黙の春』が何を告発した本かが判断の分かれ目になります。
<選択肢>
①【誤】
個人情報保護法は、個人情報を扱う事業者に利用目的の特定や第三者提供の制限などの義務を課している。「特に制限されておらず」という前提が事実に反しており、制度の内容を改変した誤り。
②【誤】
「地球の有限性」は、資源や環境の受け入れる力に限りがあるという認識であり、技術革新によって長期的に利用できるという話ではない。むしろ有限性を前提に消費のあり方を問い直す考え方なので、意味が反転している。
③【正】
オンラインサービスでは、ある利用者の閲覧や購買の履歴を、ビッグデータの中の似た傾向をもつ利用者と照合して商品や情報を推薦する仕組みが広く使われている。推薦される範囲だけを見ることで、利用者が自覚しないまま選択が方向づけられることが懸念されており、指摘の内容も正しい。
④【誤】
カーソンの『沈黙の春』は、DDTなどの合成農薬が生態系と人間に及ぼす害を告発した書であり、地球温暖化対策を提案した本ではない。書物の内容を別の環境問題にすり替えている。
正解【③】
履歴の照合によるリコメンドが利用者の選択を気付かぬうちに誘導しうるという指摘が正しいので、③です。
問3:正解 ④(解答番号25/配点3)
<問題要旨>
サリーとアンが登場する4つの場面の図をもとに、サリーがいない間にアンがボールを別の箱へ移したあと、サリーがボールを探す場所を尋ねる実験が示されます。この実験が何の能力を調べるものか(空欄a)を選ぶ設問です。会話文では、正解できるのはおおよそ4、5歳からだとも述べられています。
<考え方>
この課題で問われているのは、実際にボールがある場所ではなく、サリーが信じているであろう場所を答えられるかどうかです。自分が知っている事実と、他者がもっている誤った信念とを区別できるかが試されているので、それを言い表した選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
参加者に与えられるのは出来事の経過であって、サリーの口調や表情ではない。表情や声から相手の気持ちを読み取る能力を調べる実験ではない。
②【誤】
物語を正しい順序で思い出して語れるかは記憶や語りの能力の問題。サリーがどこを探すかという問いは、出来事の順序を覚えているだけでは答えられない。
③【誤】
個別の事例から一般的な規則を導く能力は、この課題では問われていない。一つの場面について特定の人物の行動を予測する課題である。
④【正】
正解するには、ボールが箱にあるという自分の知識をいったん脇に置き、移動を見ていないサリーが「かごの中にある」と信じていることを推し量る必要がある。他者の考えや意図など心の状態を推論する能力、いわゆる心の理論を調べる実験であり、4、5歳から正解できるようになるという点も、この能力の発達として知られている。
⑤【誤】
物語の中の矛盾を見つけ出す課題ではない。図に示された出来事に矛盾はなく、問われているのは登場人物がもつ信念である。
⑥【誤】
自分自身の記憶や思考を客観的に捉えるのはメタ認知。この課題で推論の対象になっているのは自分ではなくサリーの心なので、向きが逆になる。
正解【④】
自分の知識と他者の信念を区別して他者の心の状態を推し量る力を調べる課題なので、④です。
問4:正解 ⑥(解答番号26/配点3)
<問題要旨>
会話文の空欄bと空欄cに入る語句の組合せを選ぶ設問です。bは「この能力が発達すると、自分の視点を離れて物事を考えられるようになり、やがて、抽象的な思考ができる」段階、cは「人間が他者と共に生きていくために必要な」もので道徳性の基盤にもなるものです。
<考え方>
bは発達段階の名称が入る文脈なので、ピアジェの認知発達の段階に戻ります。抽象的・論理的な思考ができるようになる最終段階が形式的操作期です。cは、他者の心の状態を推論できることから直接つながるものを選びます。
<選択肢>
b=形式的操作期【正】
ピアジェは認知の発達を感覚運動期・前操作期・具体的操作期・形式的操作期の4段階に整理し、形式的操作期では具体物を離れて仮説を立てたり抽象的に考えたりできるようになるとした。「抽象的な思考ができる」という説明に当てはまる段階はこれだけである。
b=第二の誕生【誤】
第二の誕生はルソーが『エミール』で青年期を指して用いた言葉であり、認知の発達段階の名称ではない。
b=心理的離乳【誤】
心理的離乳はホリングワースの語で、青年が親の保護から心理的に独立していくことを指す。抽象的な思考ができる段階を表す語ではない。
c=共感【正】
他者の心の状態を推論できるようになることは、相手の立場に立って気持ちを分かち合う共感につながる。共感は他者と共に生きるために必要であり、他者への配慮という形で道徳性の基盤にもなる。
c=愛着【誤】
愛着(アタッチメント)は乳幼児が養育者との間に結ぶ情緒的な結びつきで、ボウルビィが論じた概念。他者の心を推論する能力の発達から直接導かれるものではない。
c=動機づけ【誤】
動機づけは行動を起こし持続させる心理的な働きを指す語であり、他者と共に生きていくために必要なものという文脈には合わない。
正解【⑥】
b=形式的操作期、c=共感なので、⑥になります。
問5:正解 27が①のとき28は⑤、27が②のとき28は③、27が③のとき28は④(解答番号27・28/配点4)
<問題要旨>
AIとどのように共生していくべきかについて、まず解答番号27で、自分が空欄dに当てはめたいと思う発言を①〜③から一つ選び、次に解答番号28で、その選んだ立場に対する懸念・反論として空欄eに当てはまるものを①〜⑤から一つ選ぶ形式です。27でどれを選んでも、それに対応する適当な選択肢が28に用意されています。
<考え方>
自分が選んだ立場が何を前提にしているかを確かめ、その前提を突く発言を探すのが筋道です。27の①はAIを人間の役に立つ道具として積極的に使うべきだという立場なので、積極的な利用そのものが生む害を指摘する発言が反論になります。27の②はAIが危険だから頼るべきでないという立場なので、AIの利用が社会的な課題の解決に向けて現に進められている事実を示す発言が反論になります。27の③はAIが人間と同等の知性や自律性をもち得るという前提に立つので、AIには人間のような心が無いと指摘する発言が反論になります。なお、この設問は解答番号27と28の両方が正解の場合にのみ得点が与えられます。
<選択肢>
①【どの立場への懸念・反論にもならない】
「AIの学習方法はディープラーニングのように人間を忠実に模倣しているので、AIと人間は似ている面も多い」という発言は、AIを人間と対等に尊重すべきだという27の③をむしろ支える内容。懸念・反論として空欄eに置くことができない。
②【どの立場への懸念・反論にもならない】
感情の中枢起源説は、感情が末梢の身体反応からではなく脳の中枢の働きから生じるとする説。この説からは「AIが人間の身体を制御すると感情までAIに支配される」という結論は導けず、むしろ身体を介した制御では感情は決まらないことになる。前提から結論が出てこないので、反論として成り立たない。
③【27で②を選んだ場合の懸念・反論】
Society 5.0は、AIなどの先端技術を活用して経済発展と社会的課題の解決を同時に目指す構想。AIに頼らない社会にすべきだという②の立場に対し、現にAIを前提とした方向が推進されている事実を示すことで、その立場の現実性を問う反論になる。
④【27で③を選んだ場合の懸念・反論】
AIはあらかじめプログラムされたアルゴリズムに従って動いているだけで、その背後に人間がもっているような心は無いという指摘。AIが人間と同等の知性や自律性をもち得るという③の前提そのものを否定するので、③に対する反論になる。
⑤【27で①を選んだ場合の懸念・反論】
AIによって罪を犯す可能性が高い人を予測できるようになれば、まだ何もしていない人を不利に扱うことになりかねず、人権侵害の危険がある。AIを人間のために積極的に利用する社会にすべきだという①の立場に対し、積極的な利用そのものが生む害を突く反論になる。
27で①を選べば28は⑤、②を選べば28は③、③を選べば28は④が、それぞれ自分の選んだ立場の前提を突く懸念・反論になります。
第6問 学生食堂での対話から考える多文化共生(配点16)
新しくできた学生食堂で、大学生Jと留学生K・Lが食習慣や文化の継承について話し合う会話文が素材です。文化相対主義、サンデルの共同体論、「外国人には日本の文化はわかるはずがない」という発言の論理の検討、宗教的・文化的理由による教育の選択、そして給食のメニューの決め方が問われます。
問1:正解 ①(解答番号29/配点3)
<問題要旨>
レヴィ=ストロースらの唱えた文化相対主義についての説明として最も適当なものを選ぶ設問です。4つの選択肢は、文化が環境に応じて形成されるか、固有の価値をもつか、優劣があるかという3点の組合せになっています。
<考え方>
文化相対主義の主張を3点に分けて確認します。どの文化もその土地の環境と歴史のなかで形づくられたものであること、それぞれに固有の価値があること、そして文化の間に優劣はつけられないこと。この3つをすべて満たす選択肢を探します。
<選択肢>
①【正】
文化が環境に応じて歴史的に形成されること、各文化が固有の価値をもつこと、文化の間に優劣がないことの3点をすべて満たしている。レヴィ=ストロースが未開と文明という序列づけを退け、いわゆる未開社会にも独自の論理があることを示した立場と一致する。
②【誤】
「人々が生活する環境とはかかわりなく形成されている」が誤り。文化相対主義は、それぞれの文化がその環境と歴史のなかで形づくられたからこそ違いが生じるのだと考える。
③【誤】
「優劣がある」が誤り。文化に優劣をつけるのは、自分たちの文化を基準にして他を測る自民族中心主義であり、文化相対主義が批判した当の立場である。
④【誤】
「固有の価値をもたず」が誤り。各文化がそれぞれ固有の価値をもつという点は文化相対主義の中核であり、これを外すと優劣がないという結論の根拠も失われる。
正解【①】
環境に応じた歴史的な形成・固有の価値・優劣の否定という3点をすべて満たす①が、文化相対主義の説明です。
問2:正解 ③(解答番号30/配点3)
<問題要旨>
親の生まれ育った国の伝統を受け継ぎたい理由を「自分が自分であるためにです」と述べたKの発言が、サンデルの思想に基づくものだとした場合の、Kの考え方の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。4つの選択肢は、自己のとらえ方と、価値観の相違が生じたときの共同体のあり方の組合せになっています。
<考え方>
サンデルが何を批判し何を主張したかに戻ります。サンデルは、共同体の伝統やつながりから切り離された「負荷なき自己」を想定するリベラリズムを批判し、個人は共同体の歴史や伝統に位置づけられた存在だと考えました。そのうえで、善に対して中立であろうとするのではなく、共同体が共有する共通善を重んじる立場をとります。
<選択肢>
①【誤】
「負荷なき自己」はサンデルが批判の対象とした自己像であって、彼自身の立場ではない。また、共通善の価値に拘束しないようにすべきだという後半も、共通善を重んじるサンデルの主張と逆になっている。前半・後半のどちらも合わない。
②【誤】
後半の共通善の尊重はサンデルに合うが、前半が「負荷なき自己」になっている。サンデルはこの自己像を批判しているので、前半でつまずく。
③【正】
前半の「共同体のもつ伝統に『位置(状況)づけられた自己』」はサンデルの主張する自己像で、親の国の伝統を受け継ぐことが自分が自分であることだというKの発言とも合う。後半の、価値観の相違があるときに共同体が共通善の価値を尊重するようにすべきだという点も、共通善を重んじるサンデルの立場と一致する。
④【誤】
前半の自己像はサンデルのもので正しいが、後半が共通善の価値に拘束しないようにすべきだとなっており、共通善を重んじるサンデルの立場と逆になっている。
正解【③】
位置づけられた自己という自己像と、共通善の尊重という2点がともにサンデルに合うのは③です。
問3:正解 ④(解答番号31/配点3)
<問題要旨>
「外国人には日本の文化はわかるはずないよ」と言われたLの経験について、後日JとKが話し合う会話文が示され、論理的なつながりという点から適当でない発言を下線部①〜④のうちから選ぶ設問です。
<考え方>
適当でないものを選ぶ設問なので、各下線部が直前までの発言とつながっているかを順に確かめます。とくに、直前で二人が何を否定したかを押さえ、そのあとで否定したはずのものを持ち出している箇所がないかを探します。
<選択肢>
①【適当】
「外国人には、わかるはずがない」という言い方は、Lという個人の経験の不足を指すのではなく、外国人という属性一般について述べている。個人の経験が問題ならそうした一般化はしないはずだ、という指摘は筋が通っている。
②【適当】
外国人だからその国の文化がわからないとすれば、外国の文化を取り入れることもできなくなるというJの論に対する具体例。仏教はもともと外国から入ってきた文化なのに日本の文化として根づいているので、直前の主張を裏づける例になっている。
③【適当】
どういう状態になれば「わかった」と言えるのかを尋ねてみたい、という発言。基準を問うことで、相手が本当に文化の理解や習得を問題にしているのかを明らかにしようとしており、議論を先へ進めている。
④【適当でない】
直前でJが「その人は、そもそも文化に関する知識の量や習得の度合いを問題にしているのではなさそうですね」と述べ、Kも「はい、多分、そうだと思います」と同意している。ところが④は「あなたはまだまだ勉強が足りてない」というメッセージが込められているとしており、いま否定したばかりの知識の量や習得の度合いの話に戻ってしまっている。直前の合意と矛盾するので、論理的なつながりという点で適当でない。
正解【④】
知識の量や習得の度合いの問題ではないと確認した直後に、その話に戻ってしまっている④が、論理的につながらない発言です。
問4:正解 ⑥(解答番号32/配点3)
<問題要旨>
宗教的・文化的理由から自分の子どもを一般の小中学校に通わせず独自の教育を受けさせたいという親の要求について、それを認める立場Aと認めない立場Bを示した資料が与えられ、文章ア〜ウがそれぞれどちらの立場への反論かの組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
立場Aと立場Bがそれぞれ何を守ろうとしているかを押さえます。立場Aは家族の価値観とマイノリティ集団の文化的アイデンティティ、立場Bは多様な文化に触れて自分で宗教や文化を選べる自律的な個人です。そのうえでア〜ウが、どちらの守ろうとするものを突いているかを見ます。
<選択肢>
ア=立場Bへの反論【正】
「個人を重んじること自体が西洋的な近代文化の産物であり、それを一様に押し付けることは、むしろ宗教的・文化的に不寛容な態度に陥ってしまう」。自律的な個人に育てるべきだとする立場Bが掲げる中立性を、それ自体が特定の文化の押し付けだと突いている。
イ=立場Bへの反論【正】
「マジョリティの価値観が押し付けられ、マイノリティ集団を離脱する人々が増えてしまう」「伝統的な共同体を崩壊させ、最終的に社会全体における多様性が減じてしまう」。共通の学校教育を強いる立場Bが、多様性を養うつもりでかえって多様性を損なうという指摘になっている。
ウ=立場Aへの反論【正】
「マイノリティ集団がマジョリティから離れていくだけでなく、マイノリティ集団が相互に無関心ないし排他的になり、全体として公的社会のまとまりを形成できなくなる」。集団ごとの独自の教育を認める立場Aの政策が、社会の分断を招くという指摘である。
正解【⑥】
立場Aへの反論はウだけ、立場Bへの反論はアとイなので、⑥になります。
問5:正解 ③(解答番号33/配点4)
<問題要旨>
「あらゆる文化の生徒が食べられる給食を決めるには、どうすればいい?」という中学校のディスカッションでまとめられた解決策が示されます。食べられるものが限られている生徒に聞き取りをし、全ての生徒が食べられるものを洗い出して複数のメニューの選択肢を作り、全員の投票で最多得票のものを採用、同数なら抽選という手順です。この方法ではメニューを決めること自体ができなくなる場合(ア)と、無視されることになるもの(イ)の組合せを選びます。
<考え方>
手順のどこで決定できなくなりうるかを順にたどります。投票の段階は、最多得票のものを採り、同数なら抽選するという規則があるので必ず一つに決まります。決められなくなるとすれば、その手前の「全ての生徒が食べられるものを洗い出す」段階で候補が一つも残らない場合です。イは、この手順がすでに拾っているものと、拾っていないものを区別して考えます。
<選択肢>
ア=生徒の食べられるものが重なり合わなかった【正】
全ての生徒が食べられるものを洗い出して選択肢を作るという手順なので、生徒それぞれの食べられるものに共通部分が無ければ選択肢が一つも作れない。投票に入る以前にメニューを決めること自体ができなくなる。
ア=生徒の票がばらばらに分かれてしまった【誤】
票が分かれても、解決策には「一番多くの票を取ったメニューを採用する」「同じ票数で一位のメニューが複数ある場合は、抽選で採用されるメニューを一つに決定する」と書かれている。どのように割れても必ず一つに決まるので、決められなくなる場合には当たらない。
イ=食べたいもの【正】
この手順は食べられるかどうかだけを条件に選択肢を作り、そこから多数決で一つに絞る。少数派が食べたいと思うメニューは票数で負ければ選ばれないので、一部の生徒の食べたいものが反映されないまま決まり、不満を持つ生徒が現れうる。
イ=食べられないもの【誤】
食べられないものは、最初の聞き取りと「全ての生徒が食べられるものを洗い出す」段階ですでに除かれている。この手順が無視しているものではないので、不満の原因として挙げることができない。
正解【③】
ア=生徒の食べられるものが重なり合わなかった、イ=食べたいもの、となるので③になります。
※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

