2020年度 大学入試センター試験 本試験「世界史A」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2020年度(令和2年度)センター試験本試験「世界史A」の全問題について、当サイトが独自に作成した解答・解説です。第1問から第4問まで、大問ごとに設問を折りたたんで掲載しています。知りたい設問をクリックしてご覧ください。
世界史Aは全4問・32問・100点満点です。第1問が王朝や君主、第2問が産業や労働、第3問が植民地とそれをめぐる対立や抗争、第4問が法と規範というテーマで、写真・絵画・地図・グラフ・年表を用いた設問が7問含まれます。世界史Aは近現代が中心ですが、この年度は前近代のアジアやヨーロッパからの出題も少なくありません。
第1問 王朝や君主(配点28)
Aがリチャード3世の遺骨発見を題材にしたイギリス史とルネサンス、Bが清と朝鮮王朝の冊封関係、Cが間宮林蔵が見た明代の石碑を題材にした東アジア史です。写真・絵画・地図を使った設問が3問含まれます。
問1:正解 ①(配点3)
<問題要旨>
イギリスの歴史について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
グラッドストンは19世紀後半のイギリスで自由党を率い、ディズレーリの保守党と交互に政権を担いました。①が正解です。②の無制限潜水艦作戦はドイツ、③のロベスピエールとジャコバン派はフランス革命、④のポーツマス条約を日本と結んだのはロシアなので、いずれも誤りです。
問2:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
君主について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
サラディン(サラーフ=アッディーン)はファーティマ朝を倒してアイユーブ朝を建て、イェルサレムを奪回しました。④が正解。①のブルボン朝を開いたのはアンリ4世、②の趙匡胤が建てたのは宋、③のアウラングゼーブはムガル帝国の皇帝で、サウジアラビア王国とは無関係です。
問3:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
ルネサンス期に描かれた「最後の審判」の作者を選ぶ問題。
<考え方>
システィナ礼拝堂の祭壇画「最後の審判」を描いたのはミケランジェロで④。①のピカソは20世紀、②のレンブラントは17世紀オランダ、③のドラクロワは19世紀フランスのロマン派で、いずれもルネサンス期ではありません。
問4:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
アジアの王朝や王国について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
チャンパー(林邑・環王・占城)はベトナム中部にチャム人が建てた国で③が正解。①のスコータイ朝はタイ、②のヴァルダナ朝は北インド、④のパガン朝はビルマ人が建てた王朝なので、いずれも誤りです。
問5:正解 ②(配点3)
<問題要旨>
朝鮮半島の歴史について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
金玉均ら開化派は1884年に甲申政変を起こしましたが、清軍の介入で3日で失敗しました。②が正解。①の李自成は明を滅ぼした人物で、朝鮮王朝を建てたのは李成桂。③の康有為は清の変法運動の人物。④の南北首脳会談(2000年)で金大中と会ったのは金正日です。
問6:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
遊牧民の侵入を防ぐために築かれた城壁の所在国を、地図から選ぶ問題。
<考え方>
山の稜線に沿って長距離に築かれた城壁は万里の長城で、所在国は中国。地図でアジア東部にあたるcが正解で③です。aはアフリカ南部(ジンバブエ)、bは西アジア(トルコ)、dは南アメリカ西部(ペルー)を指しています。
問7:正解 ②(配点4)
<問題要旨>
明朝の15世紀前半の領域を示す地図を選ぶ問題。
<考え方>
永楽帝の時代に最大となった明の領域は、中国本土に加えて北はモンゴル南部や東北地方(アムール川下流域まで)に及びますが、西域(タリム盆地・チベット高原)は含みません。この範囲を示す②が正解です。①は西方まで広がりすぎでモンゴル帝国に近く、③は東北地方だけ、④はチベット・新疆まで含む清の領域に近い形です。
問8:正解 ②(配点3)
<問題要旨>
宗教に関わる出来事や建造物について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
ムガル帝国のアクバルは、ヒンドゥー教徒との融和を図って非ムスリムへの人頭税(ジズヤ)を廃止しました。②が正解。①の白蓮教徒の乱は元末と清代、③のササン朝の国教はゾロアスター教、④のボロブドゥールは仏教の遺跡なので、いずれも誤りです。
問9:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
民族運動や独立運動について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
アラファトは1969年からパレスチナ解放機構(PLO)の議長を務めました。③が正解。①の五・四運動は中国、②のベトナム独立同盟(ベトミン)が抵抗したのはフランスと日本、④のアウン=サンが指導したのはビルマ(ミャンマー)の独立運動です。
第2問 産業や労働(配点28)
Aが中世ヨーロッパの労働と活版印刷、Bが19世紀ロンドンの製造業と労働者、Cが上海に流入した労働者と同郷会です。労働・産業を軸に、中世から現代までを横断します。
問1:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
15世紀半ばに活版印刷を始めたとされる人物を選ぶ問題。
<考え方>
ドイツのマインツで活版印刷術を実用化したのはグーテンベルクで④。①のフルトンは蒸気船、②のダーウィンは進化論、③のガリレイは地動説と、いずれも印刷とは無関係です。
問2:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
労働や労働者・農民について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
フォード社はベルトコンベアによる流れ作業(組み立てライン)を導入し、T型フォードの大量生産を実現しました。④が正解。①の農奴解放令はロシアのアレクサンドル2世、②の租庸調制は唐代(宋代は両税法)、③のルイ=ブランが国立作業場の設立に尽力したのはフランス二月革命後です。
問3:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
十字軍やその影響について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
十字軍によって地中海を舞台とする東方貿易(レヴァント貿易)が活発になり、イタリア諸都市が繁栄しました。③が正解。①の契機はセルジューク朝の進出、②の提唱者は教皇ウルバヌス2世、④の目標はイェルサレムの奪回なので、いずれも誤りです。
問4:正解 ①(配点3)
<問題要旨>
都市について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
スターリングラードの戦い(1942〜43年)は独ソ戦の転換点となった戦いで①が正解。②の中国同盟会が結成されたのは東京、③のトンブクトゥが栄えたのはマリ王国・ソンガイ王国の下、④のバグダードはアッバース朝の都(ウマイヤ朝の都はダマスクス)です。
問5:正解 ⑤(配点3)
<問題要旨>
労働者や社会主義の運動に関する3つの出来事を年代順に並べる問題。
<考え方>
cのチャーティスト運動の開始は1838年、aの第2インターナショナル結成は1889年、bのポーランドの自主管理労働組合「連帯」結成は1980年です。したがってc→a→bの⑤。19世紀前半・19世紀末・20世紀後半と世紀が分かれているので、細かい年号を覚えていなくても決められます。
問6:正解 ①(配点3)
<問題要旨>
19世紀に起こった経済・産業の出来事を選ぶ問題。
<考え方>
カリフォルニアで金鉱が発見されゴールドラッシュが起こったのは1848〜49年で、19世紀に当たります。①が正解。②の航海法制定は1651年、③のブレトンウッズ体制の成立は1944年、④のケイによる飛び梭の発明は1733年で、いずれも19世紀ではありません。
問7:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
商工業について最も適当な文を選ぶ問題。
<考え方>
フェニキア人はシドン・ティルスなどを拠点に地中海交易で活躍し、カルタゴなどの植民市を築きました。③が正解。①の日本町は東南アジアに作られ、②の「世界の工場」はイギリス、④の景徳鎮は陶磁器(漆器ではない)の代表的生産地です。
問8:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
教育や学問について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
ファン=ボイ=チャウらはベトナムの青年を日本へ留学させるドンズー(東遊)運動を進めました。③が正解。①の朱子学は南宋の朱熹が大成、②の魯迅が留学したのは日本(仙台医学専門学校)、④のスコラ学は中世ヨーロッパで発展した学問です。
問9:正解 ②(配点4)
<問題要旨>
中国の政策と死亡率のグラフから、空欄ア・イに入る語の組合せを選ぶ問題。
<考え方>
ア=中華人民共和国成立後、ソ連の支援を受けて進められたのは第1次五か年計画(1953〜57年)で、グラフでもこの間に死亡率が下がり続けています。イ=1958年から始まる大躍進政策の失敗により、1960年に死亡率が25‰を超える急上昇を示しています。したがって②。文化大革命は1966年からで、グラフの急上昇の時期と合いません。
第3問 植民地とそれをめぐる対立や抗争(配点22)
Aがアメリカ先住民と入植者の関係、Bが第二次世界大戦期のフランスと植民地です。植民地支配と独立をめぐる南北アメリカ・アフリカ・アジアの動きが問われます。
問1:正解 ①(配点3)
<問題要旨>
1783年にイギリスがアメリカの独立を承認した条約を選ぶ問題。
<考え方>
アメリカ独立戦争を終結させ、イギリスが合衆国の独立を承認したのは1783年のパリ条約で①。②のカルロヴィッツ条約(1699年)はオスマン帝国とオーストリアなど、③のキャフタ条約(1727年)は清とロシア、④のロカルノ条約(1925年)はヨーロッパの安全保障に関する条約です。
問2:正解 ③(配点4)
<問題要旨>
先住民について述べた2つの文a・bの正誤の組合せを選ぶ問題。
<考え方>
a=オーストラリアの先住民アボリジニーを圧迫したのはイギリスの植民地化であり、ポルトガルではないので誤り。b=スペイン人が持ち込んだ天然痘などの疫病により、中南米の先住民人口が激減したのは事実で正しい記述です。したがってa誤・b正の③。
問3:正解 ②(配点3)
<問題要旨>
宗教や宗派の対立・分離について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
スペイン王フェリペ2世はカトリックを強制し、ネーデルラントのカルヴァン派(プロテスタント)を弾圧したため、オランダ独立戦争を招きました。②が正解。①の東西教会の分裂は1054年(11世紀)、③のイギリスがインドで図ったのはヒンドゥー教徒とムスリムの分断、④のスンナ派とシーア派の分離はイスラーム成立後のことで、アケメネス朝時代ではありません。
問4:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
アメリカ合衆国の独立に至る歴史について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
1765年の印紙法に対し、植民地側は「代表なくして課税なし」と反発し、翌年撤回させました。③が正解。①の独立宣言を起草したのはジェファソン(マカートニーは清に派遣されたイギリス使節)、②の植民地軍総司令官はワシントン、④はフランスが植民地側を支援したので「イギリスを支援」が誤りです。
問5:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
フランスの文化政策や文化事業について、誤っている文を選ぶ問題。
<考え方>
ウッドストック=ロックフェスティバルは1969年にアメリカ合衆国ニューヨーク州で開かれた音楽祭で、フランスとは関係がありません。④が誤りで、これが答えです。①のエッフェル塔(1889年パリ万博)、②の「ラ=マルセイエーズ」の国歌採用、③のフランス革命中のメートル法採用は、いずれも正しい記述です。
問6:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
アフリカにおける植民地政策や植民地の動向について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
1960年には17の国が独立を達成し、この年は「アフリカの年」と呼ばれます。④が正解。①のアフリカ横断政策はフランス、②のモロッコ事件を起こしたのはドイツ、③は第一次世界大戦勃発時に独立を保っていたのがエチオピアとリベリアであり、ナイジェリアはイギリスの植民地でした。
問7:正解 ①(配点3)
<問題要旨>
指導者や君主について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
オクタウィアヌスは前27年に元老院からアウグストゥス(尊厳者)の称号を与えられ、事実上の帝政を開きました。①が正解。②のカストロが指導したのはキューバ革命、③のチャーチルが首相となったのは第二次世界大戦中、④のチュラロンコン(ラーマ5世)はシャム(タイ)の国王です。
第4問 法と規範(配点22)
Aが五代十国時代の厳刑と後周の統治、Bが中世アイスランドのサガと復讐の慣習です。法や宣言、政治理念を軸に、東アジアとヨーロッパを対比させる構成になっています。
問1:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
五代十国時代の中国に関わる出来事について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
五代十国時代(907〜960年)は、節度使ら武人が各地で政権を握った時代です。④が正解。①の琉球王国の成立は15世紀、②の勘合貿易は明と室町幕府、③の煬帝の高句麗遠征は隋代のことで、いずれも時期が合いません。
問2:正解 ④(配点3)
<問題要旨>
世界史上の法や宣言について、誤っている文を選ぶ問題。
<考え方>
パルティアはイスラームが成立する数百年前(前3世紀〜後3世紀)のイラン系王朝なので、イスラーム法に基づく政治は行いえません。④が誤りで、これが答えです。①の権利の章典(1689年)、②のフランス人権宣言(1789年)、③のモンロー宣言(1823年)は、いずれも正しい記述です。
問3:正解 ②(配点3)
<問題要旨>
政治体制や政治理念について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
リンカンがゲティスバーグ演説で述べた「人民の、人民による、人民のための政治」は民主主義を表す言葉として知られます。②が正解。①の日本が取り入れたのは唐の律令制、③のタンジマートはオスマン帝国の改革、④の郡国制は前漢(周は封建制)です。
問4:正解 ②(配点3)
<問題要旨>
物語や文学について正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
『マハーバーラタ』は古代インドで成立した長大な叙事詩で、『ラーマーヤナ』と並ぶ二大叙事詩です。②が正解。①の『千夜一夜物語』はイスラーム世界の説話集、③の『神曲』はダンテ、④の『レ=ミゼラブル』はユゴーの作品です。
問5:正解 ①(配点4)
<問題要旨>
女性について述べた2つの文a・bの正誤の組合せを選ぶ問題。
<考え方>
a=1877年、ヴィクトリア女王を皇帝としてインド帝国が成立したのは正しい記述。b=ナイティンゲールがクリミア戦争(1853〜56年)で傷病兵の看護にあたり、近代看護の基礎を築いたのも正しい記述です。したがってa正・b正の①。
問6:正解 ③(配点3)
<問題要旨>
三十年戦争を見たグロティウスが国際法の確立を提唱した時期を、年表から選ぶ問題。
<考え方>
グロティウスが『戦争と平和の法』を著したのは1625年です。年表の1555年(アウクスブルクの宗教和議)より後、1780年(第1次武装中立同盟)より前なので、cの位置が正しく③。三十年戦争が1618〜48年であることから、16世紀半ばと18世紀後半の間に入ると判断できます。
問7:正解 ①(配点3)
<問題要旨>
反乱やクーデタについて正しい文を選ぶ問題。
<考え方>
洪秀全は上帝会を組織して1851年に挙兵し、太平天国を建てました。①が正解。②のキール軍港の水兵反乱はドイツ革命の発端、③の安史の乱は唐代、④のレザー=ハーンが開いたのはパフレヴィー朝(カージャール朝を倒した側)です。
※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

