2017年度 大学入試センター試験 本試験 日本史A 解答・解説

2017年度 大学入試センター試験 本試験「日本史A」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。

目次
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解答

解説

2017年度 大学入試センター試験 本試験「日本史A」の解答・解説です。第1問(20点)〜第5問(25点)がすべて必答で、100点満点。解答番号は 1 〜 32 の通し番号です。

設問ごとにアコーディオンを開くと、<問題要旨><考え方>と、正解の根拠および他の選択肢が誤りである理由が読めます。

第1問 A 「妖怪」と近代日本(明治の思想家・戦後の内閣・史料読解)

高校生と姉の会話文を導入に、明治の啓蒙思想家、戦後の内閣の年代順、そして戦前の史料に現れる「妖怪」の指すものを読み取ります。

問1:正解 ④(配点3)

<問題要旨>
空欄[ア][イ]に入る語句の組合せとして正しいものを選ぶ。[ア]は慶応義塾を創設した人物、[イ]は欧化主義を批判して国粋保存を唱えた団体で、井上円了もその一員であった。

<考え方>
慶応義塾の創設者と、国粋保存主義の団体名です。

[ア]慶応義塾を創設したのは福沢諭吉。『学問のすゝめ』『文明論之概略』の著者で、自伝『福翁自伝』に、少年時代に御札を踏んだり神社のご神体を石と取りかえたりした逸話を記している。中村正直は『西国立志編』『自由之理』の訳者。

[イ]欧化主義を批判し、日本の伝統文化の価値を見直そうとした国粋(国粋保存)主義の団体が政教社。三宅雪嶺・志賀重昂らが雑誌『日本人』を発行した。明六社は森有礼・福沢諭吉らの啓蒙思想団体で、むしろ欧化を推し進めた側。
問2:正解 ⑤(配点4)

<問題要旨>
岸信介およびその前後の首相の内閣に関して述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを選ぶ。
Ⅰ 反対の世論を押し切り、日米安全保障条約を改定した。
Ⅱ 「国民所得倍増」をスローガンにかかげて、経済成長をめざした。
Ⅲ 戦前に「小日本主義」を唱えた人物が首相となったが、病気のために短期間で退陣した。

<考え方>
「小日本主義」を唱えた人物が誰かに気づけば、順序は自然に決まります。

Ⅲ 石橋湛山内閣(1956年12月〜57年2月)。石橋湛山は戦前、『東洋経済新報』で植民地放棄を説く「小日本主義」を唱えた。病気のため2か月ほどで退陣し、岸信介に引き継いだ。
Ⅰ 岸信介内閣(1957〜60年)。1960年に日米安全保障条約を改定(新安保条約)し、安保闘争のなかで批准後に退陣した。
Ⅱ 池田勇人内閣(1960〜64年)。「国民所得倍増計画」を掲げ、高度経済成長を後押しした。

よって Ⅲ → Ⅰ → Ⅱ。
問3:正解 ④(配点4)

<問題要旨>
史料1(1935年、美濃部を「妖怪」と呼び、ロンドン条約の際に統帥権の独立がないと述べたことを非難する文章)と史料2(1937年、日独防共協定の一周年に際し、イタリアを加えた「赤き妖怪」駆逐の牆壁について述べた新聞記事)に関して述べた文a〜dについて、正しいものの組合せを選ぶ。
a 史料1の筆者は、天皇機関説に賛成の立場であったと考えられる。
b 史料1の筆者は、ロンドン海軍軍縮条約締結に反対の立場であったと考えられる。
c 史料2において「妖怪」とされているのはアメリカ合衆国である。
d 史料2において「妖怪」とされているのは共産主義勢力である。

<考え方>
史料1は誰を非難しているのか、史料2の「赤き」が何を指すのかを読み取ります。

【史料1】
「美濃部と云ふ妖怪」とあり、美濃部達吉を非難する立場で書かれている。美濃部が唱えたのが天皇機関説なので、筆者はこれに反対の立場。a は誤り。
また、美濃部が「統帥権の独立はない」と述べて浜口首相を励ましたことを「統帥権の干犯と云ふ大罪を作らした」と非難している。つまり筆者は統帥権干犯を主張する側であり、ロンドン海軍軍縮条約の締結に反対の立場。b は正しい。

【史料2】
日独防共協定(1936年)にイタリアを加えた日独伊防共協定(1937年)を扱っている。防共協定はコミンテルン(国際共産主義運動)に対抗するものなので、「赤き妖怪」は共産主義勢力を指す。c は誤り、d は正しい。

よって b・d。

第1問 B 妖怪像の変化と科学(家電の普及と経済・公害問題・お雇い外国人と学者)

妖怪のイメージの変化を切り口に、家電の普及と経済の変化、公害問題の年代、そして帝国大学で教えた人物を問います。

問4:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
漫画・アニメに描かれた妖怪Ⅰ〜Ⅳ(Ⅰ 冷蔵庫が妖怪化したもの/Ⅱ 冷房のスイッチを入れると現れて電気を吸い取るもの/Ⅲ バブル時代に無駄遣いした人々の欲望が妖怪になったもの/Ⅳ ロボットになった妖怪)が登場する背景とされている事象に関して述べた文a〜dについて、正しいものの組合せを選ぶ。
a Ⅰのもととされている家庭電化製品が普及していく時期には、スーパーマーケットが各地に広がり、消費や生活の変化が進んだ。
b Ⅱの登場条件とされている電化製品が普及しはじめた頃、日本の国内産業は空洞化に悩まされていた。
c Ⅲの背景とされているバブル経済の時期には、株価が高騰した。
d Ⅳはロボットとされているが、企業が減量経営につとめた高度成長期には、ロボットの技術の導入が進められた。

<考え方>
それぞれの家電が普及した時期を、経済史の出来事と重ね合わせます。

a 冷蔵庫は白黒テレビ・洗濯機とともに「三種の神器」と呼ばれ、1950年代後半から1960年代にかけて普及した。この時期にはダイエーなどのスーパーマーケットが各地に広がり、大量消費社会が形成された。正しい。

b 冷房(クーラー)はカー・カラーテレビとともに「新三種の神器(3C)」と呼ばれ、1960年代後半から普及した。産業の空洞化が問題となるのは、円高が進んだ1980年代後半以降。時期が合わない。誤り。

c バブル経済(1986〜91年)の時期には、地価とともに株価が急騰し、日経平均株価は1989年末に約3万9千円の史上最高値をつけた。正しい。

d 企業が減量経営(人員削減・省エネルギー・合理化)につとめたのは、第1次石油危機後の1970年代半ば以降。高度成長期ではない。誤り。

よって a・c。
問5:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
公害問題に関して述べた次の文X・Yについて、その正誤の組合せとして正しいものを選ぶ。
X 各地で公害問題が深刻化したことをうけて、政府は環境庁を設置したのち、公害対策基本法を制定した。
Y 四大公害訴訟(裁判)が行われ、いずれも被害者側が勝訴した。

<考え方>
X は「どちらが先か」という順序が問われています。

X 公害対策基本法の制定は1967年、環境庁の設置は1970年の公害国会を経た1971年。順序が逆で誤り。

Y 四大公害訴訟は、新潟水俣病(1971年判決)・四日市ぜんそく(1972年)・イタイイタイ病(1972年)・熊本水俣病(1973年)で、いずれも被害者側(原告)が勝訴した。正しい。
問6:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
東京帝国大学やその前身の学校の教員をつとめた人物に関して述べた次の文X・Yと、それに該当する人名a〜dとの組合せとして正しいものを選ぶ。
X ドイツ人医師で、医学を教えた。
Y 物理学者で、原子模型理論を発表した。
a ベルツ b モース c 長岡半太郎 d 本多光太郎

<考え方>
お雇い外国人の専門分野と、明治期の科学者の業績を確認します。

X ドイツ人医師で東京医学校(のちの東京帝国大学医学部)で医学を教えたのはベルツ。日本の温泉や風土病の研究でも知られ、『ベルツの日記』を残した。モースはアメリカ人の動物学者で、大森貝塚を発掘した人物。

Y 原子模型理論(土星型原子模型、1903年)を発表したのは長岡半太郎。本多光太郎はKS磁石鋼を発明した金属物理学者。

第2問 幕末から明治期の大坂(大阪)(将軍と天皇・世直し・大久保利通・政商)

幕末から明治期の大阪を軸に、将軍と天皇、幕末の民衆運動、大久保利通の事績、そして明治の政商を問います。

問1:正解 ④(配点3)

<問題要旨>
空欄[ア][イ]に入る語句の組合せとして正しいものを選ぶ。[ア]は1863年以降に西上して大坂城や二条城に滞在し、1866年に大坂城で病死した将軍。[イ]は新政府成立直後に即位したばかりの天皇である。

<考え方>
1866年に大坂城で亡くなった将軍と、明治初年の天皇です。

[ア]1866年に大坂城で病死したのは第14代将軍徳川家茂。第2次長州征討の最中のことで、これを機に幕府は撤兵し、徳川慶喜が将軍職を継いだ。徳川家定は第13代将軍で、1858年に死去している。

[イ]新政府成立直後(1868年)に「即位したばかり」なのは明治天皇。孝明天皇はその前年の1866年末に亡くなっている。大久保利通の大阪遷都論は、若い天皇を守旧的な公家から引き離す意図があった。
問2:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
幕末期の民衆の動きに関して述べた次の文X・Yについて、その正誤の組合せとして正しいものを選ぶ。
X 各地で、世直しを求める大規模な一揆が発生した。
Y 「ええじゃないか」とよばれる民衆の乱舞が流行した。

<考え方>
幕末の社会不安のなかで起きた民衆運動を確認します。

X 幕末には物価の高騰や凶作を背景に、年貢の減免や豪商・豪農への打ちこわしを求める世直し一揆が各地で発生した。1866年には武州世直し一揆や信達一揆が起きている。正しい。

Y 1867年、東海・畿内を中心に、伊勢神宮の御札が降ったという噂から民衆が「ええじゃないか」と唱えて乱舞する現象が広がった。これが討幕派に有利な社会状況をつくったとされる。正しい。
問3:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
大久保利通について述べた文として正しいものを選ぶ。

<考え方>
出身藩、岩倉使節団での立場、設置した官庁を確かめます。

① 大久保利通は薩摩藩出身。木戸孝允とともに藩の実権を握ったというのは長州藩の話で、誤り。
② 大久保は岩倉使節団の副使として自ら欧米へ渡っている。「送り出したあとの国内政治を担当した」のは西郷隆盛・板垣退助らの留守政府。誤り。
③ 1873年、征韓論政変後に大久保は内務省を設置し、初代内務卿として警察・地方行政・殖産興業を統括した。正しい。 ←
④ 大阪会議(1875年)は大久保が木戸孝允・板垣退助と開いたもの。西郷隆盛は前年に下野しており、参加していない。誤り。
問4:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
明治期の政商や実業家に関して述べた文として誤っているものを選ぶ。

<考え方>
どの財閥がどの鉱山・炭鉱を得たかを確認します。

① 三池炭鉱の払い下げを受けたのは三井(1888年)。住友が経営したのは別子銅山である。誤り。 ←
② 五代友厚は開拓使官有物払下げ事件(1881年)の当事者で、同郷の黒田清隆から不当に安く払い下げを受けようとして世論の批判を浴びた。正しい。
③ 岩崎弥太郎は海運業(郵便汽船三菱会社)で成長し、三菱財閥の基礎を築いた。正しい。
④ 古河市兵衛は足尾銅山を取得して鉱山業を営み、のちに足尾鉱毒事件を引き起こした。正しい。

第3問 A 三島通庸と文明開化(寺田屋事件・殖産興業・高橋由一)

「土木県令」と呼ばれた三島通庸を軸に、幕末の事件、明治政府の殖産興業政策、そして明治初期の洋画を問います。

問1:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
空欄[ア][イ]に入る語句の組合せとして正しいものを選ぶ。[ア]は幕政改革に乗り出して上洛し、それにともなって寺田屋事件が起きた人物。[イ]は東京で煉瓦街が建設された地区である。

<考え方>
寺田屋事件を引き起こした薩摩の実力者と、明治初期に煉瓦街が造られた場所です。

[ア]1862年、薩摩藩の実権を握っていた島津久光が藩兵を率いて上洛し、幕政改革を幕府に迫った(文久の改革)。この上洛にともない、京都の寺田屋で急進的な尊王攘夷派の藩士が同藩の者に討たれた(寺田屋事件)。島津斉彬は久光の異母兄で、1858年に死去している。

[イ]1872年の大火の後、東京の銀座に煉瓦街が建設され、文明開化の象徴となった。設計はイギリス人ウォートルス。
問2:正解 ①(配点4)

<問題要旨>
明治期の殖産興業政策に関して述べた文として正しいものを選ぶ。

<考え方>
官営事業を担った官庁と、各法令の目的を確かめます。

① 1870年に工部省が設置され、鉄道・鉱山・造船などの官営事業を推進した。1873年には内務省が設置され、軽工業や農業の振興を担った。正しい。 ←
② 日本銀行(1882年設立)が発行したのは銀兌換の銀行券(1885年〜)。不換紙幣の整理こそが松方財政の目的であった。誤り。
③ 産業組合(1900年、産業組合法)は中小生産者や農民の協同組合で、重工業促進のためのものではない。誤り。
④ 工場法(1911年公布、1916年施行)は年少者・女性の労働時間を制限する労働者保護立法。工場設立の奨励ではない。誤り。
問3:正解 ④(配点3)

<問題要旨>
高橋由一の描いた絵画として正しいものを選ぶ(①群像を描いた油彩/②うちわを持つ女性を描いた油彩/③観音を描いた日本画/④縄で吊るされた鮭を描いた油彩)。

<考え方>
高橋由一の代表作を思い出します。

高橋由一は日本最初期の洋画家で、代表作は縄で吊るした鮭を写実的に描いた「鮭」(1877年頃)。ワーグマンに学び、のちに山形県令三島通庸の依頼で東北の開発の様子を描いた。よって ④。

① は青木繁「海の幸」(1904年)。
② は黒田清輝「湖畔」(1897年)。
③ は狩野芳崖「悲母観音」(1888年)で、フェノロサ・岡倉天心と日本画の革新に取り組んだ画家の作品。

第3問 B 自由民権運動の弾圧(保安条例と鹿鳴館・民権運動の激化・条約改正)

「鬼県令」三島通庸による弾圧を軸に、民権派を東京から追放した法令、民権運動激化の背景、そして明治期の条約改正交渉の順序を問います。

問4:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
空欄[ウ][エ]に入る語句の組合せとして正しいものを選ぶ。[ウ]は警視総監となった三島が公布をうけて警察を指揮し、民権派を東京の中心部から追放した法令。[エ]は井上馨らが条約改正交渉を有利に運ぶため、「文明化」した日本の姿を示そうとして建設したものである。

<考え方>
民権派を東京から追放した法令と、欧化政策の象徴となった建物です。

[ウ]1887年に公布された保安条例により、内乱陰謀のおそれがあるとして中江兆民・尾崎行雄ら約570名が皇居から3里の外へ退去させられた。治安警察法は1900年に制定された、労働運動などを取り締まる法律。

[エ]1883年に落成した鹿鳴館は、井上馨の欧化政策の象徴。連夜の舞踏会は「文明化」を示す意図だったが、内外の批判を招いた。東京駅の開業は1914年で、時期が合わない。
問5:正解 ②(配点3)

<問題要旨>
自由民権運動の激化に関して述べた次の文X・Yについて、その正誤の組合せとして正しいものを選ぶ。
X 福島事件後、自由党員は加波山を拠点に事件を起こした。
Y 民権運動激化の背景には、インフレーションによる農村の疲弊があった。

<考え方>
Y は「インフレ」か「デフレ」かが決め手です。

X 三島通庸が福島県令として自由党員を弾圧した福島事件(1882年)ののち、1884年に自由党の急進派が茨城県の加波山で蜂起した(加波山事件)。正しい。

Y 激化事件が相次いだ1880年代前半は、松方正義の緊縮財政(松方財政)によるデフレーションで米・繭の価格が下落し、農民が土地を失って窮乏していた時期。インフレーションではなく、デフレーションが背景である。誤り。
問6:正解 ②(配点3)

<問題要旨>
明治期の条約改正に関して述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを選ぶ。
Ⅰ 寺島宗則は、関税自主権の回復をめざして交渉したが、イギリスなどの反対で失敗した。
Ⅱ 青木周蔵は、治外法権の撤廃と関税自主権の一部回復をめざして交渉したが、大津事件で辞職した。
Ⅲ 大隈重信は、外国人判事を大審院に任用することを認める改正案を進めたが、爆弾テロで負傷し辞職した。

<考え方>
外務卿・外務大臣の交代順を「寺島 → 井上 → 大隈 → 青木 → 陸奥 → 小村」と覚えておきます。

Ⅰ 寺島宗則の交渉… 1876〜78年。アメリカとは合意したがイギリス・ドイツの反対で実現しなかった。
Ⅲ 大隈重信の交渉… 1888〜89年。大審院に限り外国人判事を任用する案が漏れて反発を招き、1889年に玄洋社員の爆弾により負傷して辞職した。
Ⅱ 青木周蔵の交渉… 1889〜91年。イギリスが好意的になったところで、1891年の大津事件(ロシア皇太子襲撃事件)の責任をとって辞職した。

よって Ⅰ → Ⅲ → Ⅱ。

第4問 A 日比谷公園と政治(血のメーデー事件・日比谷公会堂・要人殺害事件)

日比谷公園を舞台とした政治的事件を軸に、戦後の事件、公会堂で開かれた催事の年代、そして近代日本の要人殺害事件を問います。

問1:正解 ②(配点3)

<問題要旨>
空欄[ア][イ]に入る語句の組合せとして正しいものを選ぶ。[ア]は1952年に日比谷公園から皇居前広場に向かったデモ隊が警官隊と衝突した事件、[イ]はその発布二十周年記念祝賀会が1909年に開かれたものである。

<考え方>
1952年の事件名と、1889年に発布されたものです。

[ア]1952年5月1日、独立回復直後のメーデーで、デモ隊が使用を禁じられていた皇居前広場に入ろうとして警官隊と衝突し、死傷者が出た(血のメーデー事件)。三・一五事件は1928年の共産党員の一斉検挙。

[イ]1909年の二十年前は1889年。この年に大日本帝国憲法が発布された。普通選挙法の成立は1925年で、1909年の二十周年にはあたらない。
問2:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
日比谷公会堂で開催された催事に関する新聞記事と広告Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを選ぶ。
Ⅰ 満州事変二周年記念大会
Ⅱ サイパン奪還国民有志大会
Ⅲ 四党代表立会大演説会(左派社会党・自由党・右派社会党・改進党)

<考え方>
それぞれの出来事の起点となる年を押さえます。

Ⅰ 満州事変の勃発は1931年9月なので、その二周年記念大会は1933年。
Ⅱ サイパン島が陥落したのは1944年7月。「奪還」を叫ぶ大会はその直後の1944年。
Ⅲ 左派社会党・右派社会党が並立していたのは、社会党が分裂した1951年から再統一する1955年まで。また改進党が存在したのも1952〜54年。したがって1952〜54年頃。

よって Ⅰ → Ⅱ → Ⅲ。
問3:正解 ④(配点3)

<問題要旨>
近代日本の要人殺害事件について述べた次の文X・Yと、それに該当する語句a〜dとの組合せとして正しいものを選ぶ。
X 初代韓国統監をつとめたこの人物は、ハルビン駅で安重根に殺害された。
Y この事件では、三井合名会社理事長の団琢磨らが殺害された。
a 原敬 b 伊藤博文 c 虎ノ門事件 d 血盟団事件

<考え方>
初代韓国統監が誰か、団琢磨が殺された事件は何かを確認します。

X 初代韓国統監をつとめ、1909年にハルビン駅で安重根に射殺されたのは伊藤博文(b)。翌1910年の韓国併合の一因ともなった。原敬は1921年に東京駅で暗殺された首相。

Y 1932年、井上日召を中心とする血盟団のメンバーが「一人一殺」を掲げ、前蔵相の井上準之助と三井合名会社理事長の団琢磨を殺害した(血盟団事件、d)。虎ノ門事件(1923年)は難波大助が摂政宮(のちの昭和天皇)を狙撃した事件。

第4問 B 内国勧業博覧会と産業(造船と製鉄・明治の出版と文化・米の生産統計)

上野公園と天王寺公園で開かれた内国勧業博覧会を導入に、工業国家への歩み、明治の出版文化、そして米の生産統計の読み取りを問います。

問4:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
工業国家日本の出発に関して述べた次の文X・Yと、それに該当する場所a〜dとの組合せとして正しいものを選ぶ。
X 三菱に払い下げられたこの地の造船所は、大規模造船に取り組み、日清戦争後の日本の造船業を牽引した。
Y 八幡製鉄所は、この地から産出する鉄鉱石を原材料として利用した。
a 兵庫 b 長崎 c 大冶 d 筑豊

<考え方>
造船所の払い下げ先と、八幡製鉄所の原料の産地です。

X 官営長崎造船所は1887年に三菱へ払い下げられ、長崎造船所として大型船の建造を担った。日清戦争後、造船奨励法(1896年)もあって日本の造船業を牽引した。よって b。

Y 八幡製鉄所(1901年操業開始)は、鉄鉱石を中国の大冶鉄山から輸入し、石炭は近くの筑豊炭田から得た。設問は「鉄鉱石」なので大冶(c)。筑豊は石炭の産地なので、混同しないこと。
問5:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
明治期の出版や文化について述べた文として正しいものを選ぶ。

<考え方>
掲載紙・法令の年代・雑誌の創刊時期を確かめます。

① 民撰議院設立建白書(1874年)が掲載されたのは『日新真事誌』。『中央公論』は1899年に改題創刊された総合雑誌で、時期が合わない。誤り。
② 横浜毎日新聞は1870年創刊の日本初の日刊紙。新聞紙条例は1875年の言論弾圧法令なので、それに基づいて創刊されたとはいえない。誤り。
③ 北村透谷は1893年創刊の『文学界』を舞台に、人間の内面と感情を重んじるロマン主義(浪漫主義)を唱えた。正しい。 ←
④ 大衆娯楽雑誌『キング』の創刊は1925年(大正14年)で、大正期。明治期ではない。誤り。
問6:正解 ②(配点3)

<問題要旨>
米の生産に関する統計(10年ごとの平均値。1881〜1890年の米生産量4,990千t・田耕地面積2,660千ha・1haあたり1,876kg、1911〜1920年はそれぞれ8,104・2,950・2,747)に関して述べた次の文X・Yについて、その正誤の組合せとして正しいものを選ぶ。
X 1haあたり米生産量の増加率は、田耕地面積の増加率よりも高い。
Y 1901年以降の米生産量の上昇は、農業協同組合(農協)のもとで推進された機械化の結果である。

<考え方>
X は増加率を概算し、Y は農協がいつできたかを考えます。

X 最初と最後の期間で比べると
 1haあたり米生産量:1,876 → 2,747 kg(約1.46倍、+46 %)
 田耕地面積:2,660 → 2,950 千ha(約1.11倍、+11 %)
1haあたり収量の伸びのほうがはるかに大きい。正しい。
(この時期の増産は、耕地の拡大よりも品種改良や肥料の投入による単位面積あたり収量の向上によるところが大きかった。)

Y 農業協同組合(農協)が発足したのは、農業協同組合法が制定された1947年。1901年以降の生産上昇の原因にはなりえない。誤り。

第4問 C 記念の公園(国体の精華・長州藩出身者の内閣)

国家の節目を記念して設けられた公園を導入に、「国体」をめぐる政策と、長州藩出身者が組織した内閣の順序を問います。

問7:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
「国体の精華」に関して述べた文として正しいものを選ぶ。

<考え方>
刊行元、法律の目的、改正の内容、宣言の条件を確かめます。

① 『国体の本義』(1937年)を刊行したのは文部省。陸軍省が発行したのは『国防の本義と其強化の提唱』(1934年)。誤り。
② 治安維持法(1925年)が禁止したのは、国体の変革と私有財産制度の否認を目的とする結社。「共産主義否認を目的とする結社」ではまったく逆になる。誤り。
③ 1928年、田中義一内閣は緊急勅令により治安維持法を改正し、国体変革を目的とする結社の指導者に対する最高刑を死刑に引き上げた。正しい。 ←
④ ポツダム宣言には国体護持(天皇制の存続)を保証する条項はなく、日本政府はその点を照会したうえで受諾した。誤り。
問8:正解 ⑥(配点3)

<問題要旨>
長州藩出身者が組織した内閣に関して述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを選ぶ。
Ⅰ 寺内正毅内閣が、軍隊を出動させて米騒動を鎮圧した。
Ⅱ 桂太郎内閣が、大逆事件を契機に社会主義者を弾圧した。
Ⅲ 山県有朋内閣が、軍部大臣現役武官制を定めた。

<考え方>
三つの出来事の年をそれぞれ思い出します。

Ⅲ 軍部大臣現役武官制の制定… 1900年、第2次山県有朋内閣。同年には治安警察法も制定されている。
Ⅱ 大逆事件… 1910年、第2次桂太郎内閣。翌1911年に幸徳秋水ら12名が処刑され、社会主義運動は「冬の時代」に入った。
Ⅰ 米騒動… 1918年、寺内正毅内閣。シベリア出兵を見込んだ米の買い占めで米価が高騰し、全国に広がった騒動を軍隊で鎮圧したが、内閣は総辞職して原敬の政党内閣が成立した。

よって Ⅲ → Ⅱ → Ⅰ。

第5問 A 経済への関心と政府の介入(プロレタリア文学・金解禁・戦時から占領期)

昭和期の経済政策を軸に、経済・社会への関心を示す文化、金解禁を説く史料の読解、そして戦時期から占領期の経済統制を問います。

問1:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
経済・社会の仕組みに対する人々の関心の高まりに関して述べた文として正しいものを選ぶ。

<考え方>
雑誌と作品、著者と著作の対応を確かめます。

① 1928年創刊の『戦旗』は全日本無産者芸術連盟(ナップ)の機関誌で、小林多喜二「蟹工船」、徳永直「太陽のない街」などのプロレタリア文学が発表された。正しい。 ←
② 『太陽のない街』の著者は徳永直。河上肇の著書は『貧乏物語』である。誤り。
③ 経済学者の大内兵衛は、1937・38年の人民戦線事件で反ファシズム人民戦線の結成をはかったとして検挙された。戦争遂行に協力するためではない。誤り。
④ 戦後はマルクス主義にもとづく研究が復活し、大内兵衛らも復職して学界で大きな影響力をもった。誤り。
問2:正解 ④(配点3)

<問題要旨>
浜口雄幸内閣の大蔵大臣が経済政策を説明した史料(「真の景気といふものはどうしても金解禁を断行した後でなければやつて来ない」「政府は中央及び地方財政の徹底的緊縮を断行し併せて公債の大整理を行ふべく…」)に関して述べた文a〜dについて、正しいものの組合せを選ぶ。
a 金解禁とは、金の輸出を解禁し、金本位制から離脱することである。
b 金解禁とは、金の輸出を解禁し、金本位制に復帰することである。
c 筆者は、金解禁を行うために公債の増発が必要だと述べている。
d 筆者は、金解禁を行うために財政支出の抑制が必要だと述べている。

<考え方>
金解禁の意味を正確に押さえ、史料の「緊縮」「公債の大整理」を読み取ります。

【金解禁とは】
第一次世界大戦中に各国は金輸出を禁止して金本位制を離脱していた。金輸出を解禁するということは、金本位制に復帰するということ。1930年、浜口雄幸内閣の蔵相井上準之助が旧平価で金解禁を断行した。したがって a は誤り、b が正しい。

【史料の主張】
「中央及び地方財政の徹底的緊縮を断行し併せて公債の大整理を行ふべく」とある。緊縮財政と公債の整理(減らすこと)を掲げているので、公債の増発ではなく財政支出の抑制が必要だと述べている。c は誤り、d が正しい。

よって b・d。
問3:正解 ②(配点3)

<問題要旨>
戦時期から占領期の経済政策と国民生活に関して述べた次の文X・Yについて、その正誤の組合せとして正しいものを選ぶ。
X 戦時期に、生活必需品などの物資不足を補うため、代用品利用が広まった。
Y 占領期に、耐久消費財の重点的生産をめざす傾斜生産方式が採用された。

<考え方>
傾斜生産方式が何に資源を集中したかがポイントです。

X 戦時下では金属類回収令などで物資が不足し、木製・陶製の代用品やスフ(人造繊維)の衣料が広く用いられた。正しい。

Y 傾斜生産方式(1946年決定、第1次吉田内閣)は、限られた資材と資金を石炭と鉄鋼という基幹産業に集中的に投入する方式。耐久消費財ではない。誤り。

第5問 B 人々の声と労働運動(原水爆禁止世界大会と内灘事件・労働組合の歩み)

敗戦後の大衆運動と春闘を軸に、平和運動の舞台となった土地の位置と、日本の労働組合の歴史を問います。

問4:正解 ③(配点3)

<問題要旨>
平和や核に対する意見表明に関して述べた次の文X・Yと、それに該当する地図上の位置a〜dとの組合せとして正しいものを選ぶ。
X この地で第1回原水爆禁止世界大会が開催された。
Y この地のアメリカ軍基地に反対する内灘事件(内灘闘争)が起きた。

<考え方>
第1回原水爆禁止世界大会の開催地と、内灘の所在県を思い出します。

X 1954年のビキニ環礁での第五福竜丸事件を機に原水爆禁止署名運動が全国に広がり、翌1955年8月、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれた。地図では中国地方西部の b。

Y 内灘事件(1952〜53年)は、石川県内灘村のアメリカ軍試射場の接収に反対した住民運動。地図では北陸にあたる c。

(地図の a は九州北部、d は沖縄。)
問5:正解 ②(配点3)

<問題要旨>
日本の労働組合に関して述べた文として誤っているものを選ぶ。

<考え方>
各組織の結成年を確かめます。

① 日清戦争後の1897年、アメリカ帰りの高野房太郎・片山潜らが労働組合期成会を結成し、労働組合の結成を促した。正しい。
② 日本労働総同盟は、1912年に鈴木文治が結成した友愛会が改称を重ね、1921年に成立したもの。アジア太平洋戦争期(1941〜45年)にはすでに解散し、大日本産業報国会に吸収されている。誤り。 ←
③ 占領期の1945年に労働組合法が制定され、労働者の団結権・団体交渉権・争議権が認められた。正しい。
④ 1989年、総評が解散して日本労働組合総連合会(連合)が発足した。1980年代後半で正しい。

第5問 C 日本列島改造と高度成長の終わり(田中角栄内閣・大都市の生活・財政構造の変化)

『日本列島改造論』を導入に、1970年代の経済の転換、大都市の生活の変化、そして財政支出の構成比のグラフを問います。

問6:正解 ①(配点3)

<問題要旨>
空欄[ア][イ]に入る語句の組合せとして正しいものを選ぶ。[ア]は『日本列島改造論』の著者で1972年7月に首相となり1974年に退陣した人物、[イ]は1974年に戦後はじめてマイナスとなったものである。

<考え方>
『日本列島改造論』の著者と、1974年に起きた戦後初の出来事です。

[ア]『日本列島改造論』(1972年6月)の著者は田中角栄。翌7月に首相となったが、第1次石油危機による「狂乱物価」と金脈問題への批判を受け、1974年12月に退陣した。福田赳夫の首相就任は1976年。

[イ]1974年、日本の実質経済成長率は −1.2 % 程度となり、戦後はじめてマイナスを記録した。これにより高度経済成長は終わった。物価上昇率はこの年むしろ20 % を超える高水準で、マイナスではない。
問7:正解 ⑥(配点3)

<問題要旨>
大都市部での生活に関して述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを選ぶ。
Ⅰ 大都市の近郊に、ニュータウンとよばれる大規模な団地が造られた。
Ⅱ 深刻な食糧難を背景に、混雑する列車で人々が農村へ買い出しに向かった。
Ⅲ 東京では、新しい交通機関として地下鉄が登場した。

<考え方>
三つの出来事が、それぞれ戦前・敗戦直後・高度成長期のどれかを見分けます。

Ⅲ 東京の地下鉄の開通… 1927年、上野〜浅草間(現在の銀座線)。日本初の地下鉄で、大正末から昭和初期の都市文化を象徴する。
Ⅱ 農村への買い出し… 敗戦直後の1945〜46年。食糧管理制度のもとで配給が滞り、人々は闇市や農村への買い出しで食いつないだ。
Ⅰ ニュータウンの建設… 1960年代以降。千里ニュータウン(1962年入居開始)、多摩ニュータウン(1971年)など、高度経済成長期の人口集中に対応するものだった。

よって Ⅲ → Ⅱ → Ⅰ。
問8:正解 ①(配点4)

<問題要旨>
社会保障関係費、国土保全および開発費、国債費の各項目が財政支出に占める割合の動きを示したグラフ(甲・乙・国債費の3本)に関して述べた次の文X・Yについて、その正誤の組合せとして正しいものを選ぶ。
X 社会保障関係費の構成比の動向を示しているのは甲である。
Y 消費税導入の時点で、国債費(3年度間の平均)は財政支出の15 % を上回っていた。

<考え方>
X はそれぞれの費目がいつ伸びたかを、Y は消費税導入の年を思い出します。

X 甲(破線)は1970年代前半に大きく伸びて20 % を超え、その後も高い水準を保っている。1973年の「福祉元年」に年金などの社会保障制度が拡充されたことと合う。したがって甲が社会保障関係費。
一方、乙(実線)は1960年代前半に19 % 近くまで高まったあと低下しており、高度経済成長期に道路・港湾などの整備が進んだ国土保全および開発費にあたる。正しい。

Y 消費税の導入は1989年(竹下登内閣、税率3 %)。グラフの1988〜90年度の国債費(点線)は20 % 前後で、15 % を上回っている。正しい。

(国債費が急増したのは、1975年度以降の赤字国債の大量発行によるもの。)

※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

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