2024年度 大学入学共通テスト 本試験「国語」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2024年度(令和6年度)大学入学共通テスト本試験の国語です。大問は4つ、解答番号は1〜38で、満点200点・試験時間80分。配点は第1問50点、第2問50点、第3問50点、第4問50点と均等で、近代以降の文章2題と古文・漢文が同じ重みで並びます。
第1問は音楽学者の評論。追悼ミサの中で演奏されたモーツァルトの《レクイエム》を手がかりに、「音楽」「芸術」という概念がどう形作られ、いまどこまで広がっているかを問い直す文章で、問6では本文を読んだ生徒が書いた【文章】の推敲が問われます。第2問は牧田真有子「桟橋」の一節で、家に居候し始めた「おば」を捉えようとする高校生イチナの心の動きが描かれ、問7で演出家の演技論の【資料】との読み比べが置かれます。第3問は江戸時代に創作された「車中雪」(『草縁集』所収)で、雪に誘われて桂の別邸へ向かう道中と、都に残された源少将との贈答歌が素材です。第4問は唐の杜牧の【詩】「華清宮」と、その詩が踏まえた逸話や史実の当否をめぐる【資料】Ⅰ〜Ⅳを組み合わせた出題です。
この回は、どの大問でも本文だけで完結せず、生徒の文章・教師と生徒の対話・解説文・複数の資料といった「もう一つのテキスト」と往復させる形が徹底されています。つまずきやすいのは、本文の語句をよく写しながら中身をずらした選択肢の処理です。たとえば第1問問4は、傍線部の直後に理由らしい一文が置かれていますが、選択肢の後半が求めているのは「概念を自明のものとしたときに何が起こるか」という弊害のほうで、そこを取り違えると語句の重なりに引き込まれます。第3問問4と第4問問5・問6は、解説文や資料が本文のどの行・どの句を指しているかを確かめてから選ぶのが確実です。
第1問
音楽学者の評論。追悼ミサの中で演奏されたモーツァルトの《レクイエム》という事例から出発し、「音楽」「芸術」という概念が歴史的に形作られてきたこと、そしていまその概念が館の外へあふれ出していることを論じます。問6は本文を読んだ生徒Sの【文章】の推敲を扱います。
問1:正解ア② イ③ ウ② エ② オ③
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(オ)のカタカナで記された語に相当する漢字を含むものを、各群の①〜④から一つずつ選ぶ設問です。同音異字の書き分けが問われます。
<考え方>
先に傍線部の語を漢字で確定させてから選択肢に当てるのが確実です。(ア)は「掲載」で、①啓発・②掲出・③契機・④系図のうち「掲」を含む②。(イ)は「活躍」で、①利益・②倹約・③躍如・④役職のうち「躍」を含む③。(ウ)は「催し物」で、①採択・②催眠・③喝采・④負債のうち「催」を含む②。(エ)は「悪弊」で、①公平・②疲弊・③幽閉・④横柄のうち「弊」を含む②。(オ)は「紛れ」で、①噴出・②分別・③紛糾・④粉飾のうち「紛」を含む③となります。
問2:正解⑤
<問題要旨>
傍線部A「これが典礼なのか、音楽なのかという問題は、実はかなり微妙である。」について、筆者がそのように述べる理由として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Aを含む段落と、それに続く段落が根拠です。追悼ミサは宗教行事でありながら、大規模な管弦楽と合唱が聖堂に持ち込まれ、参列者が背後の演奏を「鑑賞」する事態が生じている。さらにその映像がパッケージ化されて売られ、典礼を含む全体が「作品化」されて鑑賞の対象になっている、と述べられます。典礼か音楽かの一方には収まらない重なりこそが「微妙」の中身ですから、この二重性を押さえた選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
典礼の全体を体験してこそ正しく認識できる、というのは本文が紹介する二つの立場の一方であって、筆者が「微妙」と述べる理由ではありません。傍線部Aの説明になっていない型です。
②【誤】
儀式的な部分を取り去れば独立した音楽として鑑賞できる、という一方向の説明にとどまり、典礼全体が鑑賞の対象になっているという本文の要点を落としています。
③【誤】
儀式と演奏の空間を分けたという記述はありません。本文はむしろ、同じ聖堂の中で参列者が前方の司式と背後の演奏の双方に向き合う様子を述べています。
④【誤】
演奏目当ての参列者やCD購入者が増えたために典礼が音楽の一部と見なされるようになった、という因果は本文にありません。本文にない因果を足した型です。
⑤【正】
典礼を構成する一要素でありながら、そこから切り離して音楽として鑑賞することもでき、さらに典礼全体が一つのイヴェントとして鑑賞される事態まで起きている、という重なりを押さえており、傍線部Aの言い換えとして過不足がありません。
問3:正解①
<問題要旨>
傍線部B「今『芸術』全般にわたって進行しつつある状況」がどのような状況かを説明させる設問です。①〜⑤から一つ選びます。
<考え方>
傍線部Bの直後から続く二つの段落が根拠です。美術館や博物館が展示物をコンテクストごと見せるようになった結果、単に元の文脈へ戻すにとどまらず、かつて「作品そのもの」の外にあったはずの現実の時空までが取り込まれ、館内で育まれた「鑑賞」のまなざしが垣根を越えて町全体へ流れ出している、と述べられます。向きは館内から館外へです。この向きを取り違えた選択肢を落とします。
<選択肢>
①【正】
展示物を背景とともに捉える動きがあり、作品に向けられていたまなざしが周囲の事物にも向けられ、現実の空間まで鑑賞の対象に組み込まれる、という本文の順序と向きにそのまま対応します。
②【誤】
館内の空間よりその周辺に関心が移った、とは述べていません。本文が言うのはまなざしが外へ広がることであって、関心の移動ではありません。
③【誤】
「地域全体を展示空間と見なす」「施設の内部と外部の境界が曖昧になる」は、いずれも本文にない言い方です。本文にない情報を足した型です。
④【誤】
生活の中の事物が館内へ展示物として取り込まれる、という向きで、本文と逆です。
⑤【誤】
テーマパーク化した町は例として挙がりますが、都市がそうして人々の関心を呼び込もうとしている、という主体のすり替えがあります。
問4:正解⑤
<問題要旨>
傍線部C「なおさら警戒心をもって周到に臨まなければならないのではないだろうか」について、筆者がそのように述べる理由として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Cが警戒の対象としているのは、「音楽」「芸術」という概念を自明の前提であるかのように考えて始めてしまう議論です。その概念は、コンサートホールや美術館で育まれた「鑑賞」のまなざしと相関的に形成されてきたものだと、傍線部B以降の段落から傍線部Cを含む段落にかけて説明されています。そして最終段落は、概念を繰り返し使ううちにそれが本質化され、最初から「ある」かのような話にすりかわってしまう、と述べます。「最初から『ある』かのよう」とは、まさに傍線部Cが警戒する「自明の前提」のことです。選択肢はどれも「その過程を無視して概念を自明のものとしてしまうと、〜から」という共通の枠を持っており、後半に入るのは自明視がもたらす弊害ですから、そこで切ります。
<選択肢>
①【誤】
「博物館学的欲望」は現代の状況を呼ぶ語であって、概念がそれに基づいて更新され続けてきたわけではありません。後半の「人々の心性を捉え損ねる」も、自明視がもたらす弊害の中身とずれています。
②【誤】
前半の「演奏や展示を通して多様に評価され変容してきた」は本文にない説明です。グローバリズムの論理は最終段落の帰結として挙がりますが、そこへ至る前提の押さえ方が本文と合いません。
③【誤】
「聖域」が外部へ領域を広げたのはいま進行している状況のほうであって、概念がそれによって発展してきたわけではありません。前後関係が入れ替わっています。
④【誤】
本文で価値観やイデオロギーに媒介されていると述べられているのは、「音楽化」「芸術化」が広がっていく状況のほうであり、概念そのものではありません。媒介の場も「歴史的・文化的コンテクスト」であって、コンサートホールや美術館の中と限定されてはいません。さらに後半では、本文が「力学」と「概念が形作られたり変容したりする過程」の二つを並べているところを「力学の変容過程」と一つに畳み、変容する主体を概念から力学へ移しています。本文の語句を借りながら、媒介される対象と変容する主体をすり替えた選択肢です。
⑤【正】
前半は、コンサートホールや美術館で育まれた「鑑賞」のまなざしと関わり合いながら概念が成り立ってきた、という本文の説明に対応します。後半の「それ自体が本質化され、普遍的な価値を持つものとして機能してしまいかねない」は、最終段落が述べる、概念が本質化されて最初から「ある」かのような話にすりかわるという弊害の言い換えになっており、傍線部Cの警戒対象をそのまま言い当てています。
問5:正解③
<問題要旨>
本文の構成・展開についての説明として適当でないものを①〜④から選ぶ設問です。各選択肢が段落番号を挙げて、その段落の役割を述べる形になっています。
<考え方>
適当でないものを選ぶ設問ですから、段落の実際の働きと照らして一つずつ確かめます。焦点になるのは、話を「芸術」全般へ広げる段落、つまり傍線部Bを含む段落が何をしているかです。この段落は、直前までに論じてきたことが芸術全般の状況とも「対応している」と述べており、同じ問題を美術館・博物館というより一般的な事例で捉え直しているのであって、別の問題へ乗り換えているわけではありません。
<選択肢>
①【適当】
導入の段落が事例を背景や補足情報とともに示し、続く二つの段落がその事例をめぐる二つの立場を紹介する、という流れは本文どおりです。
②【適当】
二つの立場を受けて問題を提起する段落と、その問題に具体的な情報を加えて議論の方向を定める二つの段落、という対応も本文と合います。
③【適当でない】
「新たに別の問題への転換を図って」が誤りです。当該段落は同じ問題を「芸術」全般へ広げて検討し直しているのであって、転換ではなく拡張です。
④【適当】
前の二段落で得た観点に基づいて問題点を指摘する段落と、それを簡潔に言い換えつつ筆者の危惧を示す最終段落、という対応は本文と合います。
問6:(ⅰ)正解①
<問題要旨>
生徒Sが書いた【文章】の傍線部「今までと別の見方ができて」を、前後の文脈に合うより具体的な表現に修正します。①〜④から選びます。
<考え方>
傍線部の直後の一文が、作品世界というフィルターを通じて現実世界をも鑑賞の対象にできる、とまとめています。したがって入るのは、作品から現実へという向きで見え方が変わったことの具体化です。
<選択肢>
①【正】
ありふれた町の風景が作品の描写を通して魅力的に見えてきた、という作品から現実への向きで、直後のまとめと一致します。
②【誤】
現実から作品へという逆向きの内容で、これは【文章】の後半で述べられることです。位置が合いません。
③【誤】
作者の創作意図は【文章】のどこにも出てきません。
④【誤】
作品の情景と実際の風景のずれ、時間の経過は、いずれも【文章】にない要素です。
問6:(ⅱ)正解③
<問題要旨>
【文章】に一文を加筆します。自分が感じ取った印象に理由を加えて自らの主張につなげるため、(a)〜(d)のどこに入れるのが適当かを①〜④から選びます。
<考え方>
加筆する一文は「それは……からだろう」と理由を述べる形です。したがって、直前に印象を述べた文が、直後にその印象から導かれる主張の文が来る位置を探します。小説のイメージが変わった気もした、という印象の直後で、実際の町の印象を織り込むと作品が新しい姿を見せる、という主張の直前にあたる位置が該当します。
<選択肢>
①【誤】
(a)の直前は現実の見え方が変わったという話で、加筆文が述べる作品の捉え直しとはつながりません。
②【誤】
(b)の直前はすでに段落のまとめにあたる一文なので、その後ろに理由を足すと流れが切れます。
③【正】
印象、理由、主張の順が成立する唯一の位置です。
④【誤】
(d)は主張を述べ終えた後で、理由を加える位置としては遅すぎます。
問6:(ⅲ)正解②
<問題要旨>
【文章】の主張をより明確にするために、全体の結論を最終段落として書き加えます。そのための方針として最も適当なものを①〜④から選びます。
<考え方>
【文章】には、作品を読んでから訪れると現実の町の見え方が変わったという経験と、町を歩いたことで作品の印象が変わったという経験の両方が書かれています。結論はこの二つの向きをともに受けるものでなければなりません。
<選択肢>
①【誤】
現実世界を知るために作品理解が欠かせない、作品世界と現実世界は不可分、はいずれも【文章】の内容を超えた言い切りです。
②【正】
作品から現実へ、現実から作品へという二つの向きを挙げ、鑑賞のあり方が相互に作用し得るとまとめており、【文章】の二つの経験を過不足なく受けています。
③【誤】
現実世界を意識せずに作品世界だけを味わうことも有効だ、という内容は【文章】にありません。
④【誤】
現実から作品へという一方向だけを受けており、しかも「欠かせない」という結論が【文章】の範囲より強くなっています。
第2問
牧田真有子「桟橋」の一節。八歳年上の「おば」が家に来て同居を始めた高校生イチナが、幼い頃のままごとの記憶と、友人との電話でのやり取りを通して、つかみどころのないおばの人となりを捉えようとします。問7では演出家・太田省吾の演技論の【資料】を読んだ教師と生徒の対話が加わります。
問1:正解ア④ イ④ ウ②
<問題要旨>
傍線部(ア)「うらぶれた」・(イ)「もっともらしい」・(ウ)「やにわに」の語句の意味として最も適当なものを、各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ設問です。
<考え方>
いずれも語そのものの意味で決まります。(ア)は落ちぶれてみすぼらしくなる意、(イ)はいかにも道理にかなっているように見える意、(ウ)はたちまち・即座にの意です。文脈に当てても、(ア)はままごとの役柄の設定、(イ)はおばの正論めいた返答への反発、(ウ)は祖父が急に弁解へ転じる場面に、それぞれ合います。
<選択肢>
ア①【誤】
「度量が小さく偏屈な」は性格の狭さを言う語で、落ちぶれるという意味を含みません。
ア②【誤】
「だらしなく大雑把な」は生活態度の乱雑さで、零落の意味がありません。
ア③【誤】
「不満げで投げやりな」は態度の評で、境遇の零落を表しません。
ア④【正】
「うらぶれる」は落ちぶれてみすぼらしくなる意です。
ア⑤【誤】
「優柔不断で不誠実な」は性格の評価で、語義と重なりません。
イ①【誤】
「悪びれず開き直る」は非を認めない態度で、道理らしさを言う語ではありません。
イ②【誤】
「まるで他人事だと突き放す」は関心の薄さで、語義と合いません。
イ③【誤】
「へりくだり理解を求める」は低姿勢で、語義とは逆方向です。
イ④【正】
「もっともらしい」はいかにも正しいことを言っているように見える意です。
イ⑤【誤】
「問い詰めてやりこめる」は攻撃的な態度で、語義に含まれません。
ウ①【誤】
「多弁に」は口数の多さで、素早さを表しません。
ウ②【正】
「やにわに」はたちまち、即座にの意です。
ウ③【誤】
「強硬に」は態度の強さで、語義と異なります。
ウ④【誤】
「半端に」は中途半端さで、語義と無関係です。
ウ⑤【誤】
「柔軟に」は融通の利くさまで、語義と無関係です。
問2:正解①
<問題要旨>
傍線部A「おばがいる限り世界は崩れなかった」がどういうことかを、①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Aの直前が根拠です。ままごとの設定は凝っていて子どもには耳慣れないせりふが多く、おばからの説明も簡単なので、子どもたちは的外れなせりふを連発したと書かれています。それでも場が保たれたのは、一人で何役もこなすおばの演技が作り出す雰囲気によります。子どもの側の言動と、それを支えるおばの演技という二つを押さえた選択肢を選びます。
<選択肢>
①【正】
内容がありきたりでないこと、子どもたちの言動が役柄に合わないこと、それでもおばの自在な演技が生む雰囲気で場が保たれたこと、の三点が傍線部Aの説明になっています。
②【誤】
おばが演技に魅了されて内容が本格的になった、参加者全員を夢中にさせる完成度に達した、はいずれも本文にありません。
③【誤】
子どもたちの言動におばが相応の意味づけをした、という記述はありません。「退屈させない劇」も傍線部の説明になっていません。
④【誤】
奇抜なふるまいを子どもたちに求めた、子どもたちが安心して設定を受け入れた、はどちらも本文にありません。
⑤【誤】
おばが状況に合わせて話の筋をつくりかえた、という記述はありません。
問3:正解④
<問題要旨>
傍線部B「もう気安い声を出した」について、友人がこのような対応をしたのはなぜかを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Bの前後が根拠です。友人の返事には拭いきれない沈黙が交じっており、イチナから話すのが億劫かと尋ねられると、それを否定したうえで同居していた事実を打ち明け、負担ではなかったと言い添えています。伏せていたことを言い終えたところで声の調子が変わる、という流れですから、打ち明けた動機と、打ち明けた後の解放という二つが揃った選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
おばに口止めされていたという事実は本文にありません。おばの生活を語り合えてうれしくなった、も傍線部の説明になりません。
②【誤】
「罪悪感に耐えきれず」に本文の根拠がありません。また、くつろいだ雰囲気を意図的につくろうとしたと読むのは、直後の何気ない冗談の調子と合いません。
③【誤】
イチナが二人の仲を気にし始めた、現在は付き合いがないことを示した、はいずれも本文にありません。
④【正】
おばを煩わしく感じていると受け取られないように事実を告げたこと、話さずにいた後ろめたさから解放されて気楽に話せるようになったこと、の両方が本文の流れに合います。
⑤【誤】
おばがうっかり話すことを懸念した、友人関係の破綻を避けようとした、はいずれも本文になく、程度も強すぎます。
問4:正解②
<問題要旨>
本文33行目から47行目にかけて、糸屑を拾うイチナの様子が何度か描かれます。その描写についての説明として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
手の動きは三度描かれ、動きがとまる、再び動かし始める、今度はとめられない、と変化します。それぞれの直前には、おばが友人の家にも住んでいたという事実と、イチナの知らないおばの一面という、二つの情報が置かれています。手の動きが心の揺れに対応していることを押さえ、揺れの中身を取り違えていない選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
衝撃を「なんとか押さえようとする」という説明は、最後に手をとめられなかったという描写と合いません。
②【正】
居候の事実への驚きと、続いて聞かされたおばの知らない一面への動揺という二段階が、手の動きの変化にそのまま対応しています。
③【誤】
おばの居候を厚かましく迷惑なものと捉えていた見方が覆された、という読みは、この範囲の描写からは導けません。
④【誤】
おばに懐いていた頃を思い返す物寂しさは、この場面では描かれていません。
⑤【誤】
思い出せないという同じ思いを自分も抱いていたという気づきは、傍線部Cの手前でのイチナの思考であって、この範囲の手の動きの説明ではありません。
問5:正解②
<問題要旨>
傍線部C「私はごまかされたくない、とイチナは思う。」について、このときのイチナの思いとして最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Cの直前が根拠です。おばを住まわせた人たちは皆その果てのなさに途中で追いつけなくなり、去った後は暮らしをはっきり思い出せない、と述べられます。しかもその直前で、それはおば自身の工夫による成果ではない、と意図性がはっきり否定されています。したがって、おばの側の意図を前提にする選択肢は落ちます。
<選択肢>
①【誤】
迷惑なものとして追及し続けたい、という思いは本文にありません。
②【正】
おばのふるまいが内面のありようを感じさせないこと、ともに生活した者たちがおばのあり方を捉えられなかったこと、自分だけは見誤らずに捉えたいと思っていること、の三点が傍線部Cの中身に合います。
③【誤】
「明確な記憶を残させないようおばがふるまっている」は、おば自身の工夫によるものではないという本文の記述と矛盾します。
④【誤】
どこまでが演技かを見抜く、本心を解き明かす、という捉え方は本文にありません。問題になっているのは本心ではなく、人としての輪郭です。
⑤【誤】
おばがはぐらかす、居候の理由を隠し通してきた、はいずれも本文にありません。おばは理由を言葉にしています。
問6:正解②
<問題要旨>
本文の表現に関する説明として適当でないものを①〜⑤から選ぶ設問です。擬音語・擬態語、比喩、場面の構成、会話文の扱いなどが対象になります。
<考え方>
適当でないものを選ぶ設問ですから、指定された行の描写が実際に何を表しているかを一つずつ確かめます。遊具の影が伸びていく描写は、日が傾いていく時間の経過と、周囲の視線を気にせず演じ続けるおばの姿を背景として描くものです。
<選択肢>
①【適当】
三つの擬音語・擬態語はいずれもおばの動作に付いており、中学校時代のおばの様子や行動を具体的に思い描かせる働きをしています。
②【適当でない】
影の描写が表しているのは夕暮れへ向かう時間の経過であって、「子どもたちの意識が徐々に変化していく様子」ではありません。
③【適当】
電話の場面では、友人が語るイチナの知らないおばと、階下から聞こえてくる身近なおばとが交互に示され、二つの姿が並び立つように描かれています。
④【適当】
イチナとおばのやり取りは情景描写を挟まず発言だけで進み、イチナが理由を次々に並べ立てていく調子がそのまま伝わります。
⑤【適当】
比喩を後から言い添える倒置の形になっており、イチナから見たおばのうかがいしれなさが印象づけられます。
問7:(ⅰ)正解④
<問題要旨>
教師と生徒の対話の空欄X・Yに入るものの組合せを①〜④から選ぶ設問です。Xには本文中のイチナの捉え方が、Yには【資料】の語句が入ります。
<考え方>
生徒Mの発言は、イチナがおばをXと思っていた、それは【資料】のYようという様子がおばに見られないことを示す、という形です。教師が直前に、人には普通あるはずの「内面の輪郭」がおばには見られないと整理していますから、Xには輪郭、すなわち「枠」のなさを言う本文表現が入ります。Yは「ようという様子」に続くので、【資料】が基礎的な生の欲求として挙げる内容が入ります。
<選択肢>
①【誤】
Xがままごとに本気で付き合ってくれる人、では「枠」のなさの話になりません。
②【誤】
Xのずぼら・そそっかしいは性格の評で「枠」と無関係です。Yの「枠をもたずに生活し」は【資料】では誰にも当てはまる状態とされており、おばにだけ見られないこととして挙げるのは筋が通りません。
③【誤】
Xの「内面の輪郭が露わになる瞬間がある」は、おばには見られないとされるものであって、イチナのおばへの見方そのものではありません。Yも②と同じ理由で成り立ちません。
④【正】
Xはおばの輪郭のつかめなさを言う本文表現、Yは【資料】が基礎的な生の欲求として挙げる〈私〉の枠づけにあたり、それが見られないという形で噛み合います。
問7:(ⅱ)正解③
<問題要旨>
空欄Zに入るものを①〜④から選ぶ設問です。生徒Nが、イチナは日常生活のおばをどう考えているかを述べる箇所にあたります。
<考え方>
生徒Nは、日常生活についてZと考え、役者としても様々な役になりきることで自分であることから離れている、とイチナは捉えていると述べます。また教師は最後に、【資料】の「自分でないなに者かになりたい」欲求と、イチナの考えるおばのあり方には隔たりがありそうだ、と整理しています。したがってZには、枠を欲したり実現したりする方向ではなく、枠にとらわれないあり方が入ります。
<選択肢>
①【誤】
「意識している」という意図的なふるまいとして読む点が、おばの工夫によるものではないというイチナの捉え方と合いません。
②【誤】
欲求の内容を更新しながら実現している、では【資料】の欲求をおばが満たしていることになり、教師の言う「隔たり」と矛盾します。
③【正】
一つの「枠」にとらわれないふるまいをしている、という捉え方は、直後の「自分であることから離れている」という説明と一続きになり、【資料】の欲求とも隔たります。
④【誤】
多様な「己れの枠」を所有できている、はやはり枠を得ている側の説明で、枠がないという捉え方と逆になります。
第3問
江戸時代に「車中雪」と題して創作された文章(『草縁集』所収)。雪に誘われて急に桂の別邸へ向かうことにした主人公の道中と、都に残された源少将との贈答歌が描かれます。問4は「桂」という語に注目した解説文の空欄を埋める形で、本文の情景と『源氏物語』・中国の故事との関わりが問われます。
問1:正解ア③ イ② ウ⑤
<問題要旨>
傍線部(ア)「あからさまにも」・(イ)「とみのこと」・(ウ)「かたちをかしげなる」の解釈として最も適当なものを、各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ設問です。
<考え方>
古語の語義で決まります。(ア)「あからさまなり」はほんの少しの間の意で、別邸を造り足しながら一度も足を運ばなかった、という前後の関係に合います。(イ)「とみ」は急の意で、直前の「ゆくりなく思し立たす」(不意に思い立つ)と呼応し、だから供の者にも知らせなかった、とつながります。(ウ)「かたち」は容貌、「をかしげなり」は見た目が好ましい意で、使いに来た童の容姿を言っています。
<選択肢>
ア①【誤】
「昼のうちも」は時間帯の指定で、語義にありません。
ア②【誤】
「一人でも」は人数の話で、語義と無関係です。
ア③【正】
「あからさまなり」はほんのちょっとの間の意です。
ア④【誤】
「完成してからも」は直前の造営の話に引かれた読みで、語義ではありません。
ア⑤【誤】
「紅葉の季節にも」は季節の指定で語義になく、本文の季節も雪です。
イ①【誤】
「今までになかったこと」は珍しさの意で、急の意ではありません。
イ②【正】
「とみ」は急、にわかの意で、不意に思い立ったという直前の記述と呼応します。
イ③【誤】
「ひそかに楽しみたいこと」は語義になく、供を絞った理由としても本文に根拠がありません。
イ④【誤】
「天候に左右されること」は語義と無関係です。
イ⑤【誤】
「とてもぜいたくなこと」も語義と無関係です。
ウ①【誤】
「格好が場違いな」は否定的な評価で、「をかしげなり」の語義と逆です。
ウ②【誤】
「機転がよく利く」は才気の評で、「かたち」が容貌を指すことと合いません。
ウ③【誤】
「和歌が上手な」も能力の評で、容貌を言う語と合いません。
ウ④【誤】
「体を斜めに傾けた」は姿勢の描写で、語義にありません。
ウ⑤【正】
「かたち」は容貌、「をかしげなり」は好ましく見える意です。
問2:正解②
<問題要旨>
波線部a〜eについて、語句と表現に関する説明として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。助動詞の意味と敬語の方向が中心になります。
<考え方>
文法で一つずつ切ります。aの「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。cの「せり」は「す」の連用形に完了・存続の「り」が付いた形で、様変わりしたのは道中の山や河原です。dの「させ給ふ」は尊敬の「給ふ」と重なる二重尊敬です。eの「見給ふ」の主語は主人公ですから、「給ふ」の敬意は主人公に向かいます。残るbの「む」は連体形で、仮定・婉曲にあたります。
<選択肢>
①【誤】
aの「し」は強意の副助詞ではなく、過去の助動詞「き」の連体形です。
②【正】
bの「む」は連体形で仮定・婉曲。引き返すとしたらどうなるか、と主人公が考えている場面に合います。
③【誤】
cの「り」を完了・存続とみるのは妥当ですが、変化したのは人々の顔色ではなく道中の景色です。主体のすり替えがあります。
④【誤】
dの「させ」は使役ではなく、「給ふ」と重なる二重尊敬です。和歌を詠んで人々を楽しませた、という説明も本文と合いません。
⑤【誤】
eの「給ふ」が尊敬の補助動詞である点はよいのですが、「見給ふ」の主語は主人公ですから、敬意の向かう先は大夫ではなく主人公です。
問3:正解④
<問題要旨>
和歌X・Yに関する説明として最も適当なものを①〜④から選ぶ設問です。Xは源少将から届いた歌、Yは主人公の返歌です。
<考え方>
掛詞と贈答の状況で切ります。Xは「ふり」に「降り」と「振り」を掛け、置いて行かれた側の恨みを詠みます。Yは「ゆき」に「雪」と「行き」を掛け、車の跡をつけて進みながら相手を待っていた、と詠んでいます。返歌は松の枝に結んで託されており、源少将は都の側にいて使いの童を寄こしていることも押さえます。
<選択肢>
①【誤】
主人公は誘いをかけておらず、そもそも出立を知らせていません。誘いを断ったという前提が成り立ちません。
②【誤】
Xは同行させてもらえなかったことへの恨み言であって、恋情の告白ではありません。
③【誤】
「待つ」と「松」の掛詞への言及は妥当ですが、源少将は桂の院で待っているのではありません。返事は使いの童に託して届けられています。
④【正】
「ゆき」に「雪」と「行き」を掛けた読み方と、車の跡をつけて進みながら待っていたという内容が、Yの解釈として正しいものです。
問4:(ⅰ)正解②
<問題要旨>
「桂」という語に注目した解説文の空欄Ⅰを埋める設問です。12行目の和歌を、まだ桂の里に着いていないはずだがこの場所もまた「月の中なる里」だと思われる、と解したうえで、その理由にあたる部分を①〜④から選びます。
<考え方>
空欄Ⅰは和歌の下の句が根拠になります。下の句は雪の光が世に類がないと詠んでおり、これがこの場所を月の中の里に見立てる理由です。なお、月が姿を見せるのは20行目以降で、この時点の空はまだ曇っていますから、月の光を理由にする選択肢は成り立ちません。
<選択肢>
①【誤】
小倉や梅津は、直前で人々が山や河原の名を言い合う場面に出てくるだけで、美しさを比較してはいません。月に触れている点でも不可です。
②【正】
雪がこの世のものとは思えないほど光り輝いている、という下の句の内容が、そのまま理由になります。
③【誤】
見分けがつかないことは雪の降りしきる場面で述べられますが、和歌が詠まれるのは車を止めて景色を賞美する場面で、理由としてずれます。
④【誤】
この時点ではまだ月は出ていません。
問4:(ⅱ)正解②
<問題要旨>
空欄Ⅱを埋める設問です。20行目から22行目が描く情景として最も適当なものを①〜④から選びます。
<考え方>
当該箇所は、曇っていた空がすっかり晴れ、桂の里に月が明るく差し出て、雪の光がいっそう映え、天地一面が白銀を延べたようにきらめく、という順で進みます。晴れ方の程度、月と雪のどちらが際立つか、輝いているのは何か、の三点で選択肢を切ります。
<選択肢>
①【誤】
雲にわずかな隙間が生じ一筋の光が差す、では晴れ方が弱すぎ、輝くものも雪の山に限られてしまいます。
②【正】
雲がなくなったこと、桂の里という名にふさわしく月が差すこと、雪明かりがますます引き立つこと、あたり一面が銀色に輝くこと、がすべて本文の順に対応します。
③【誤】
雪が月の光を打ち消す、という関係は本文と逆で、本文では月によって雪の光がいっそう映えています。
④【誤】
輝いているのは天地一面であって、空にちりばめられた銀河の星ではありません。
問4:(ⅲ)正解③
<問題要旨>
空欄Ⅲを埋める設問です。23行目から26行目で主人公がどのように描かれているかを①〜④から選びます。
<考え方>
当該箇所は、追従のあまり烏帽子を落とし、惜しむべき雪を踏み荒らして道を空ける院の預かりと、早く邸に入りたがってそわそわする人々を描き、最後に主人公だけがその場の景色を見過ごしがたく思う、と結びます。三者の対比から主人公に何が読み取れるかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
院の預かりが仕事の手につかない様子は描かれておらず、対比の結論として主人公を「律儀」とするのも合いません。
②【誤】
院の預かりの体調を気遣う描写はありません。
③【正】
雪を踏み荒らす院の預かり、先を急ぎたがる人々と対比することで、景色に心を残す主人公の風雅な心が浮かび上がります。
④【誤】
人々は都へ帰りたがっているのではなく、早く邸に入りたがっています。主人公についても、周囲の人を気にかけないとまでは述べられていません。
第4問
唐の杜牧の【詩】「華清宮」と、その詩が踏まえた茘枝輸送の逸話や、描写が史実に合うかどうかをめぐる【資料】Ⅰ〜Ⅳ。詩の形式と押韻、語の意味、返り点、そして資料を踏まえた解釈と鑑賞が問われます。
問1:正解⑤
<問題要旨>
【詩】の形式と押韻の説明として最も適当なものを①〜⑥から選ぶ設問です。
<考え方>
形式は字数と句数で決まります。一句七字が四句なので七言絶句です。律詩は八句なので、この時点で形式を七言律詩とする選択肢は落ちます。押韻は、七言の詩では第一句末・偶数句末に置かれるのが原則で、この詩では第一句末の「堆」、第二句末の「開」、第四句末の「来」が同じ韻に属し、第三句末の「笑」はそこに加わりません。
<選択肢>
①【誤】
四句の詩なので七言律詩ではありません。押韻の字数も足りません。
②【誤】
押韻の指摘は正しいものの、形式を七言律詩としている点が誤りです。
③【誤】
形式が誤りであるうえ、押韻しない第三句末の「笑」を含めています。
④【誤】
形式は正しいのですが、第一句末の「堆」を押韻から落としています。
⑤【正】
七言絶句であり、押韻するのは第一句末の「堆」・第二句末の「開」・第四句末の「来」の三字です。
⑥【誤】
形式は正しいのですが、押韻しない第三句末の「笑」を含めています。
問2:正解ア① イ④ ウ①
<問題要旨>
波線部(ア)「百姓」・(イ)「膾炙人口」・(ウ)「因」のここでの意味として最も適当なものを、各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ設問です。
<考え方>
文脈で決まります。(ア)は【資料】Ⅰで、人馬が次々に路上で倒れることに苦しめられる側として出てきますから、一般の人々を指します。(イ)は【資料】Ⅲで杜牧の詩への評価として使われており、「人口に膾炙す」は広く知れわたるの意です。(ウ)は【資料】Ⅳで、南海から茘枝が献上されたことを受けて新しい楽曲に名が付いた、という前後をつなぐ語です。
<選択肢>
ア①【正】
「百姓」は一般の人々、民衆の意で、輸送の負担に苦しむ側として書かれています。
ア②【誤】
旅人に限定する根拠がありません。
ア③【誤】
皇帝は苦しめる側にあたるので、意味が逆になります。
ア④【誤】
商人に限定する根拠がありません。
ア⑤【誤】
罪人は資料に出てきません。
イ①【誤】
批判の意味はありません。【資料】Ⅲは詩を高く評価したうえで史実との食い違いを指摘しています。
イ②【誤】
言い表しにくさという意味はありません。
イ③【誤】
分析されているという意味はありません。
イ④【正】
「人口に膾炙す」は多くの人の口にのぼる、広く知れわたるの意です。
イ⑤【誤】
苦痛の意味はありません。苦しむのは【資料】Ⅰの民衆であって、ここでの語義とは別です。
ウ①【正】
献上を受けて、そこで名を付けた、という前後関係をつなぐ語です。
ウ②【誤】
やむをえずという不本意の意味はありません。
ウ③【誤】
ことさらに、という強調の意味はありません。
ウ④【誤】
とりあえずという暫定の意味はありません。
ウ⑤【誤】
またもやという反復の意味はありません。
問3:正解④
<問題要旨>
【資料】Ⅱの傍線部について、返り点の付け方と書き下し文との組合せとして最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
まず文意を押さえます。遠方の物を取り寄せて婦人を喜ばせるために、人の力を使い尽くし人の命を絶っても顧みないところがあった、という流れです。前半は「人力」「人命」という二字の目的語から動詞へ返るので一・二点、後半は「顧」から「不」、「所」、「有」へと一字ずつ返るのでレ点が続きます。この形になっているかどうかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
書き下しが「人力の人命を絶たんとするを窮めて」となり、「人力」が主語のように読まれてしまいます。文意に合いません。
②【誤】
「絶人の命」という語の切り方が成り立たず、書き下し文も意味をなしません。
③【誤】
「窮人」「絶人」という語を立てる読み方で、返り点もほとんど付いておらず、文意から外れます。
④【正】
前半は一・二点で目的語から動詞へ返り、後半はレ点が続いて顧・不・所・有の順に返ります。書き下し文も文意に合います。
⑤【誤】
すべてレ点で返す読み方では「人を窮めて」「人を絶ちて」となり、目的語が「人力」「人命」であることを取り落とします。
問4:正解④
<問題要旨>
【詩】の第三句について、【資料】Ⅰ・Ⅱを踏まえた解釈として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。
<考え方>
【資料】Ⅰは、茘枝を好む貴妃のために南方から早馬の中継で都まで運ばせ、人馬が道中で次々に倒れたことを記します。【資料】Ⅱは、遠方の物を取り寄せて婦人を喜ばせた側が皇帝であることを示します。したがって、手配したのは皇帝、運ばれる向きは産地から宮殿へ、笑うのは届いたのを見た楊貴妃、と決まります。手配の主体と移動の向きの二点で選択肢を切ります。
<選択肢>
①【誤】
茘枝を手配したのは楊貴妃ではありません。主体が入れ替わっています。
②【誤】
早馬が産地へ向かうことになり、運ばれる向きが逆です。
③【誤】
門の直前で早馬が倒れるという記述はありません。倒れたのは道中です。
④【正】
皇帝の命令で好物の茘枝を運ぶ早馬が砂煙を上げて到着し、それを見て楊貴妃が笑う、という関係が両資料と合います。
⑤【誤】
役人が取り入ろうとして走らせた、という動機は資料に書かれていません。
問5:正解⑤
<問題要旨>
【資料】Ⅲ・Ⅳに関する説明として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。二つの資料が、詩の描写の事実性についてどういう関係に立つかが問われます。
<考え方>
【資料】Ⅲは、歴史記録によれば皇帝は十月に驪山へ行き春には宮へ戻るので六月に驪山にいたことはない、と述べたうえで、茘枝が熟すのは盛暑だと付け加えます。つまり時期が合わず、詩の描写は事実に反するという指摘です。一方【資料】Ⅳは、六月一日に驪山へ行幸し、そこへ南海から茘枝が献上されたと記します。六月の驪山での出来事ですから、Ⅲの前提を突き崩すことになります。Ⅲが一致を言っているのか不一致を言っているのか、Ⅳが補足なのか反論なのかの二点で切ります。
<選択肢>
①【誤】
Ⅲを「一致」としている点が誤りです。Ⅲは時期の不一致を指摘しています。
②【誤】
同じくⅢを「一致」としており、前提から誤っています。
③【誤】
Ⅲの理解は正しいのですが、Ⅳは六月の驪山での出来事を伝えてⅢに反する資料であり、補足にはなりません。また、献上されたのは茘枝であって「茘枝香」ではありません。
④【誤】
茘枝を賞味した場所を南海郡とするのは【資料】Ⅳの内容と異なります。行幸先は驪山です。
⑤【正】
Ⅲが時期の不一致から詩の描写は事実に反すると指摘するのに対し、Ⅳは六月の驪山で献上された茘枝が楽曲名の由来になったと記しており、Ⅲへの反証となります。
問6:正解②
<問題要旨>
【資料】を踏まえた【詩】の鑑賞として最も適当なものを①〜⑤から選ぶ設問です。構成の捉え方と、詩が何を述べているかの両方が問われます。
<考え方>
構成は、遠望から宮殿の門、駆ける一騎、そして笑みへと焦点が絞られ、最後の句でその笑みの理由が明かされる、という順です。資料が示しているのは、本来は公文書のためのはずの早馬を私的な輸送に使い人馬を損なったこと、そして時期の当否には争いがあることの二つです。詩の姿勢を賛美でも単なる事実の報告でもなく、批判として捉えた選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
「事実無根の逸話をあえて描き」とまでは言えません。【資料】Ⅳは六月の驪山での出来事を伝えており、事実性には争いがあります。「憤慨をぶちまけている」も詩の調子と合いません。
②【正】
焦点が絞られていく構成、最終句で笑みの理由が明かされる仕掛け、事実かどうか不明な部分が残ること、そして為政者の道を踏み外したことへの慨嘆、がいずれも詩と資料に即しています。
③【誤】
歴史的知識を提供する詩だとする点が誤りです。【資料】Ⅲが示すとおり、事実との食い違いが指摘されています。
④【誤】
天下を手に入れて君臨したことへの感嘆としており、詩の批判的な姿勢と逆になります。
⑤【誤】
二人の仲睦まじさや永遠の愛を賛美するとしており、やはり詩の姿勢と逆です。楊貴妃の眼中に早馬しかない、宮殿の門が後景に退く、という構成の捉え方も詩と合いません。
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