解答
解説
第1問
問1:正解3
<問題要旨>
下線部③「先人の考え方を継承しつつ、批判しながら再解釈することで、自分の思想を確立した」という流れをめぐり、ギリシア哲学がキリスト教世界やイスラーム世界など、他の文化圏にどのように受容・継承されたかを問う問題である。設問では、ア・イ・ウの記述を「正しいか/誤りか」判断し、その組合せを選ばせている。
<選択肢>
① ア正・イ正・ウ正
プラトンの哲学がキリスト教の神学に結びついた点(ア)や、イスラーム世界で研究が盛んになり(イ)、トマス・アクィナスがアリストテレス哲学を継承した(ウ)といずれも正しい、という組合せだが、イの記述に問題があるため誤り。
② ア正・イ正・ウ誤
ウ(トマス・アクィナスがイスラーム世界を経てヨーロッパに伝わったアリストテレス哲学を継承した)は歴史的に正しいため、この組合せは不適切。
③ ア正・イ誤・ウ正
ア(プラトン哲学が神秘思想と結びついてキリスト教に継承され、教父たちが神学を整えた)は正しく、ウ(アリストテレス哲学をアクィナスがイスラーム経由で受容し、キリスト教と理性の調和を図った)も正しい。一方、イは「イスラーム世界にギリシア哲学の学問的成果が大量に流入し、その後シーア派とスンナ派の分離を生む論争の舞台となった」とあるが、シーア派とスンナ派の分裂はギリシア哲学とは本質的に異なる政治的・歴史的要因が大きい。よってイが誤りとなり、この組合せが適切。
④ ア正・イ誤・ウ誤
ウは正しい内容なので、この組合せは不適切。
⑤ ア誤・イ正・ウ正
アは初期キリスト教神学へのプラトン哲学の影響を述べた点で概ね正しいので、ここではア誤が誤り。
⑥ ア誤・イ正・ウ誤
イとウの両方が正しいとは言えないため、誤り。
⑦ ア誤・イ誤・ウ正
アは史実的に正しいため誤り。
⑧ ア誤・イ誤・ウ誤
ウも事実として誤りではないので、この組合せは成り立たない。
問2:正解5
<問題要旨>
下線部⑥「儒教の思想や、それに関連する古代中国の法家などの思想」をめぐり、孔子・孟子・荀子らの特徴を整理させる問題。ア・イ・ウの記述が正しいかどうかを組合せで選ばせている。
<選択肢>
(設問から推測される選択肢は①~⑦:ア / イ / ウ / アとイ / アとウ / イとウ / アとイとウ など)
ア:孔子は周公が行ったとされる礼による政治を理想とし、仁との関連を説き「克己復礼」を重視した
…「孔子=礼と仁の結合」は通説どおりで正しい。
イ:孟子は孔子の教えの中でも特に礼を重視し、礼による社会秩序を理想としつつ、その礼を人は生まれつき備えているという性善説を唱えた
…孟子は「仁義礼智」の四端説を説くが、「特に礼を重視」という表現はやや不正確で、孟子は「仁義」を重視する面が大きい。また礼の起源を「生まれつき備わる性善」と断定する言い方にも疑義があるため、やや誤りと判断できる。
ウ:荀子の下で学んだ韓非子は、内面的な道徳性よりも法や刑罰による統治を強調し、法家思想を大成した
…韓非子が荀子に学んだという伝承は広く知られ、法と賞罰をもって人を律する法家を完成させた点も事実であるため正しい。
以上により、「アとウ」が正しい組合せとなり、それが⑤に対応する。
問3:正解4
<問題要旨>
下線部⑦(先行の思想を批判しつつ、新たな思想を打ち立てた古代思想家の具体例)に関し、「適当でないもの」を一つ選ぶ問題。古代中国や古代ギリシアなど、師の思想を継承しながら批判的に発展させた例が挙げられている。
<選択肢>
① 墨子は、儒教の家族愛的な仁を「身内に偏る愛」だと批判し、利害の対立をなくす兼愛を説いた
…墨子が「兼愛」を説いて儒教の親族中心の愛を批判したことは広く知られる事実である。
② アリストテレスは、師プラトンの真理探究の姿勢を受け継ぎながらも、イデア論を経験的・現実的観点から批判した
…プラトンのイデア論を批判しつつ、形而上学・自然学などを展開した史実どおり。
③ バラモン教の身分制度を批判したブッダは、人間だけでなくあらゆる生き物への暴力や無益な殺生を否定し、慈悲を説いた
…ゴータマ・ブッダが当時のバラモン教の祭式・身分制度を批判したことは確かで、殺生に否定的だったことも一致する。
④ プラトン哲学を批判的に継承したアウグスティヌスは、『地上の国』は隣人愛に基づく一方、『神の国』は神への愛に基づいて成立すると説明した
…アウグスティヌスはプラトン哲学に影響を受けているが、『地上の国』はむしろ自己愛に基づく共同体であり、隣人愛に基づくとするのは不正確。また記述中の対比が誤った形で描かれており、史実の説明と合わない面があるため「適当でないもの」と判断できる。
問4:正解1
<問題要旨>
下線部⑨(中国伝統思想と仏教)をめぐる会話で、「輪廻」「アートマン(ブラフマン)」「業」などの概念が中国やインドでどう理解されたかを問う問題。資料には「仏教徒の問答」が引用され、魂の不滅・生まれ変わりについての考え方が示されている。
<選択肢>
(資料から推測される組合せは①〜⑧。aに「輪廻」か「業」、bに「死後も魂は存在し続ける」か「生前の行為が死後に実を結ぶ」など、cに「アートマン」か「ブラフマン」などがあてはまっている)
① a輪廻 b死後も魂は存在し続ける cアートマン
…資料で述べられている「人は死ぬと生まれ変わる」という発想は「輪廻」に該当し、さらに肉体が滅んでも魂が続くと説いている箇所がある。ただし仏教自体は厳密にはアートマン(我)を否定するが、当時の中国で「魂」の観念として受け止められた可能性もあり、会話文の表現からは「魂=何らかの恒常的実体」と解釈されやすい。この選択肢が資料の内容と最も符合すると考えられる。
②〜⑧
…「ブラフマン」は梵、あるいは「業による報い」「死後に実を結ぶ」など他の要素の組合せに言及しているが、資料中の会話との整合性が低いか、ほかの要素がズレているため不適当。
問5:正解4
<問題要旨>
下線部⑩「ユダヤ教をめぐるイエスの言動」について、イエスが律法をどう捉えたか、また「神の国」「隣人愛」などの言葉をどのように説いたかを問う問題。1〜4の選択肢から、イエスの説いた主張として最も適切なものを選ばせている。
<選択肢>
① 「律法や預言者を廃止するために来たのではなく完成するため」と述べ、新しい律法を作るよう命じた
…イエスは旧い律法の「廃止」ではなく、むしろ愛を通じてその本質を完全にする立場をとるが、「新しい律法を作る」とまで明言したわけではないので細部に疑義がある。
② 「心を尽くして神を愛しなさい」という律法を最重要とし、個々人の洗礼等を否定した
…洗礼(バプテスマ)を否定するわけではない。ここでの描き方は不正確。
③ 「神の国は近づいた」と告げたが、それをメシア到来とともに期待した栄光の国ではなく、律法を批判する者が到達できる境地だと考えた
…「神の国」への言及は多様だが、律法批判の有無だけで神の国を説明するのは不十分であり、やや誤った単純化が見られる。
④ 「隣人を自分のように愛しなさい」という律法を重視し、さらに「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と説いた
…「隣人愛」「敵を愛せ」というイエスの教えは『山上の説教』など新約聖書に記述がある。もっともイエスの主張らしく、全体の文脈とも合致する。
問6:正解2
<問題要旨>
下線部⑪「ムハンマドについてのイスラームの考え方」から、イスラームでの預言者観や神観を問う問題。ユダヤ教・キリスト教との関係や、ムハンマドの地位づけをどう認識するかが焦点となっている。
<選択肢>
① ムハンマドは唯一の神(アッラー)をユダヤ・キリスト教の神より上位に置いた
…ユダヤ・キリスト教の神も唯一神と認めつつ、啓示が完全であるのはイスラームであると考えるのが一般的で、「神の上位」扱いは不正確。
② ムハンマドは、ユダヤ教のモーセやキリスト教のイエスに続く預言者であり、最終的な啓示を受けた最後の預言者とされる
…イスラームでは「最後で最大の預言者」としてムハンマドを位置づけるため、これが正しい理解。
③ ムハンマドは、多神教の排他性を批判し、他宗教との融和を図った
…ユダヤ・キリスト教はいずれも多神教ではない。ここで「多神教を批判」とするのは事実を混同している。
④ ムハンマドはイエスと同格の神の子としての活動を行い、シャリーアを制度化した
…イスラームは「神の子」とする考えを否定するため誤り。
問7:正解3
<問題要旨>
下線部⑧「ギリシアの自然哲学者たちが唱えた万物の根源(アルケー)の捉え方」に関する資料をもとに、初期の哲学者たちが何を根源とみなし、その特徴をどう説明したかを問う問題。ア・ノモス/ロゴス/ミュトス、b・神概念に基づいた自然観/観察と経験に基づいた自然観、などを組み合わせている。
<選択肢>
(1) aノモス b神概念に基づいた自然観
(2) aノモス b観察と経験に基づいた自然観
(3) aロゴス b神概念に基づいた自然観
(4) aロゴス b観察と経験に基づいた自然観
(5) aミュトス b神概念に基づいた自然観
(6) aミュトス b観察と経験に基づいた自然観
初期ギリシア自然哲学者たちは、万物の根源を論じる際に何らかの「神性(theion)」を帯びたアルケーを想定したことが多い。また、それを合理的な探究(ロゴス)の名のもとに説明したとも言える。したがって、「アルケーは神的な特性をもつ」と捉えるならばbは「神概念を含む自然観」に近い説明になり、aとしては彼らが神話的説明(ミュトス)ではなく、ある程度ロゴス(理性・言語)による探究へ向かったとされる。一方で初期の自然哲学者は神話的要素も残しつつ、哲学的に説明しようとした面があるため、資料文中の「神秘的なアルケー」の言及が「神のような何か」と読めるかどうかが判断のポイントになる。
最終的に、ここでは aロゴス・b神概念に基づいた自然観(3)が正解とされているが、初期自然哲学者が「観察と理性による説明」を重んじた面も大きいことから、やや捉え方の差異が生じやすい問題である。
問8:正解6
<問題要旨>
下線部⑫「仏教における縁起(えんぎ)説」や、竜樹(ナーガールジュナ)の思想について、資料1・2を参照しながら会話文の内容を組み合わせる問題。苦しみの原因と結果の関係・名称(概念)と実体の関係・縁起の思想が継承され発展していく過程をどう説明したかを整理する狙いがある。
<選択肢>
(選択肢は①〜⑧で、a・b・cにそれぞれア〜イ、ウ〜エ、オ〜カを組み合わせている)
a(苦しみの原因に関する説明)
- ア:苦しみを観察して執着するため
- イ:苦しみには原因があり、その原因を減ずれば苦しみから解放される
b(名称や概念の捉え方)
- ウ:あらゆる事物は相互依存で成立し、具体的な実体を欠いている
- エ:名称・概念は感覚世界を超えた実在があると捉える
c(縁起が継承される過程)
- オ:ブッダの説いた縁起は誤りを含む素朴なものだったが…
- カ:縁起の思想は継承される中で修正や解釈が加えられ、次第に完成度を増した
正解6は「aイ・bウ・cカ」の組み合わせ。
- aイ:苦しみの原因と対処法を論じる「四諦」の基本(苦しみには原因があり、それをなくせば解放される)を指す内容で妥当。
- bウ:竜樹の空の思想などでは、「名称や概念を立てるものの、実体はなく相互依存である」と論じるため適合。
- cカ:ブッダの説を「後代が継承・解釈して発展させていく」という説明も史実として自然な流れ。
以上の理由から、問8は「6」が最も適切と考えられる。
第2問
問9:正解3
<問題要旨>
下線部③に関して、「古代の日本で、神や霊が災害とどのように関わると考えられていたか」を問う問題である。古代には、自然の恵みとともに災いも神仏や霊の働きとして捉える独特の信仰があり、その背景を踏まえて適切な説明を選ばせている。
<選択肢>
① 誤
「祖先の霊が子孫を災厄から守る存在とみなされ、村落を離れない霊を『まつびと』と呼んだ」とするが、「まつびと」は折口信夫などの説に由来し、その意味合いは祖霊信仰と完全に一致するわけではない。また、古代日本の災害観では祖先神よりもむしろ自然神の働きに注目することが多かったため、説明として不十分。
② 誤
「恨みを残した死者の霊の存在が災害を起こすと信じられたため、死者の霊の鎮めを執り行った」は、怨霊思想の側面を示しており、実際に怨霊を鎮める行為は平安時代などに見られる。ただし古代日本で一般化された災害の捉え方としては、必ずしも「恨みを残す死者」を中心に考えたわけではなく、他の要因も含め総合的に祭祀がおこなわれた。ここでは災害全般との結び付きの説明としては単純化しすぎている。
③ 正
「作物の豊穣などの恵みだけでなく、自然の畏敬そのものが神意のあらわれとして捉えられた」という趣旨は、古代日本の神観(自然物や現象に神々の働きを見いだす)を的確に表現している。災害や疫病も神の怒りや厳粛な側面とされる場合があり、自然界全体を神として崇めた姿勢をよく示すため適切。
④ 誤
「儒教や仏教など外来の教えを排除することで神観念が形成され、そうした神によって災害から守られると考えられた」というのは、日本古代では外国からの思想を完全に排除したわけではない。むしろ神仏習合など外来の教えと在来信仰がしばしば融合されており、“排除”を前提とする叙述は不適切である。
問10:正解6
<問題要旨>
下線部⑩に関連し、古代日本における仏教の受容や展開について、ア(聖武天皇の時代の仏教)、イ(空海の鎮護国家思想)、ウ(源信の念仏・浄土信仰)を正しく理解する問題である。選択肢はア・イ・ウの正誤組合せを問う形式となっている。
<選択肢>
(ア) 誤
「聖武天皇の時代の仏教は、阿弥陀仏の他力救済によって民衆を救済しようとした」とされるが、聖武天皇の仏教政策は東大寺大仏造立や国家安泰祈願など、主に華厳思想を背景に「鎮護国家」の要素が強かった。他力救済の浄土信仰が中心であったとは言い難く、聖武朝の国分寺建立の意図も考えればここでいう説明は的確でない。
(イ) 正
「唐で仏教を学んだ空海は、鎮護国家を掲げ、山岳における修行を重視し、修行者がこの身のまま仏になることを目指した」というのは真言密教に当てはまり、空海が高野山を中心に密教を展開したこととも合致する。真言宗の立場から即身成仏を説いた点も有名である。
(ウ) 誤
「源信は念仏を唱えることのみが、織られた現実世界から離れて極楽浄土に往生できる方法だと主張した」という記述には不正確さがある。『往生要集』を著した源信は念仏を重視したが、ただ「念仏だけが唯一の手段」としたわけではなく、地獄・極楽の描写を通じて観想念仏など多面的な修行を説いた。また「織られた現実世界から離れる」ことを単純に強調しているわけでもないため、この説明は端的すぎる。
問11:正解4
<問題要旨>
下線部⑪に関連し、「無常観」の説明、および引用された資料1(鴨長明『方丈記』)と資料2(吉田兼好『徒然草』)の内容を踏まえた選択肢を検討させる問題である。世の中や人間の心が常に変化し、流転していく無常観が古来からどのように説かれてきたかに注目している。
<選択肢>
① 誤
「無常観を若しくは変えることのない人間のあり方を追求する考え方」とするが、無常観はむしろ「世の中も人の心もいつも移ろいゆく」という思想であるので、真逆の説明になっている。
② 誤
「すべてのものは移り変わっていくという考え方」である点は一部正しいが、選択肢の詳細で「鳥や魚の生命を大切にすべきだと書かれ、心の寛大さが天地のあり方になぞらえられている」などとしている部分が資料1・2の主張とは微妙にずれている。特に『方丈記』は世の儚さを嘆くが動物愛護を説くわけではなく、『徒然草』は人間の本性と世間でのあり方を諭すが天や地と人間の本性を直接比較しているわけでもない。
③ 誤
「物事の消滅や流転を必然とする考え方」である点は無常観と近いが、選択肢が続ける具体例には「家や財産があれば心を煩わされずに生きていける」と誤読しうる文言があり、資料の主張と嚙み合わない。
④ 正
「世の中は常に変化していくという考え方」であり、資料1では「住んでみなければ他人には分からない」というように人の心の状態が変わること、資料2では「本性がゆったりとのびやかなものであれば外の出来事に心を煩わされることもない」などの文言があり、両者とも無常を背景とする捉え方を示す。世の中の移ろいを前提としながら、そこに心のあり方を見出そうとする点で一致する。
⑤ 誤
「自然や人生のむなしさと向かいあう考え方」としているが、資料1・2からは「人生を嘆くだけではなく、心のあり方次第で執着を離れ得る」といった前向きな側面も読み取れる。単に「むなしさ」とだけ向きあう説明では十分でない。
問12:正解4
<問題要旨>
下線部⑫に関連し、江戸時代の儒教の解釈や儀礼論などを問う問題。選択肢①〜④から「適当でないもの(誤り)」を一つ選ばせる形式である。
<選択肢>
① 正
「儒教では、君臣関係のみならず親子・夫婦関係にも通じる理があり、礼儀として具体化された」という点は、儒教の「三綱五常」や礼制の考え方からすればおおむね正しい。家内秩序にも礼による上下・秩序観が求められた。
② 正
「儒教の思想に基づき政治を担った武士たちは、現実の社会・政治体制を理として合理化し、自己の私欲を慎み、それぞれの役割を果たすことを求めた」という記述は、朱子学などの大義名分論や武士道にも影響している考え方と整合する。
③ 正
「朱子学者のなかには、日本の伝統的な神観念を朱子学で説かれる理と同一視して、神道と朱子学の一致を説く者が現れ、幕末の志士たちに影響を与えた」というのは、いわゆる儒教神道説などの動きも見られ、天皇への尊崇と朱子学解釈の融合が幕末の思想に影響した例があることから、不自然ではない。
④ 誤(適当でないもの)
「古学派のなかには、朱子学で説かれる理の考え方に依拠し、自己や他者を狭くとらえない心のあり方を重視し、人倫世界の充実を主張した」とあるが、古学派(山鹿素行、伊藤仁斎、荻生徂徠など)は、朱子学を無批判に継承したわけではない。むしろ経典に直接立ち戻ろうとする立場や、朱子学の抽象的な理論を批判する動きもあったため、「朱子学の理に依拠し、人倫世界を充実させた」とするのは誤り。
問13:正解3
<問題要旨>
下線部⑬に関して、「営利活動を肯定した思想家・石田梅岩」の主張を、ア・イ・ウ・エの記述から正しいものをすべて選ぶ問題。石田梅岩は「商人の利は社会全体の利にもつながる」という士農工商問わぬ道徳観を説いたことなどが知られている。
<選択肢>
ア:誤
「民衆を支配する社会を批判し、その支配を儒教や仏教が正当化していると主張した」というのは、石田梅岩の立場と異なる。梅岩は支配体制の根本を否定したというより、商業の社会的正当性を説きつつ、武士だけでなく庶民もそれぞれの道を全うすべしとする教えを展開した。
イ:正
「士農工商の身分の違いはあるが、それぞれ商業に勤め、社会に貢献しているという意味では同様に尊いと述べた」という趣旨は、梅岩の商人道に通じる。梅岩は武士と商人とで役割が異なっても、それぞれの身分なりに道を果たす意義を説いている。
ウ:正
「商業においては、自分の利益だけではなく、相手の利益も考えて、公正な商売をするべきである」とするのは、石田梅岩が『都鄙問答』などで述べた商道の核心的な考え方である。相互利益の実現が社会的正当性を生むと強調した。
エ:誤
「経済政策に通じ、藩の財政再建などに手腕を発揮した一方で、合理主義的な立場から無軌道を唱えた」というのは、梅岩が実際に藩の財政再建に直接かかわったわけではなく、幕府や藩の政策を推し進めた官吏でもない。さらに彼の思想は合理性を説く面はあるが、「無軌道」を唱えるような内容ではない。
問14:正解4
<問題要旨>
下線部⑭に関連し、明治政府で活躍した井上毅が若き日に横井小楠と交わした対話をまとめた資料を読み、「横井小楠の思想と資料内容の説明」として最も適切なものを問う問題。横井小楠は「公武合体」や「公公共の天理」に基づいて平和的に世界と交流すべきだとする立場をとったとされる。
<選択肢>
① 誤
「かつて自らのよりどころにしていた儒教を時代遅れのものとして批判し、西洋の平等思想を受容した横井小楠が、軍事力を増強して国力を高める日本のあり方を『公共の天理』に反する」と論じた、という書き方は一面的である。小楠は儒教を捨てたわけではなく、むしろ西洋・中国双方の長所を学ぼうとした。
② 誤
「古代中国の先王や聖人たちの道を理想としつつ、西洋文化の摂取も説いた横井小楠が、資料において国内での政治的対立を収束させるために『公共の天理』に基づくことを主張している」とあるが、資料では軍事による海外進出を批判しており、「政治的対立の収束」を直接論じているわけではない。
③ 誤
「天皇を崇拝し外国を排斥する思想を唱えた横井小楠が、資料において紛争を解決するために、軍事を国家の最優先事項に置くことが『公共の天理』に基づく」と述べている、とあるがこれは真逆。小楠はむしろ外国排斥を批判しており、軍事拡張も否定的だった。
④ 正
「尭や舜が行ったような理想的政治を追求した横井小楠は、資料において世界の様々な紛争を、日本が覇権的な武力の行使によらない仕方で解決することが『公共の天理』に基づくあり方だと示している」という趣旨は、資料の「軍事力を使って世界に進出していくやり方には反対」「人類はみな兄弟という考え方から胸襟を開いて交易・交流をすべき」という発言と合致する。
問15:正解1
<問題要旨>
下線部⑮に関連し、「平和を説いた近現代の日本の思想家」の具体例を挙げた選択肢から、最も適切なものを選ぶ問題。軍備拡張を批判し、経済発展や民主的な方向から平和を追求した論を踏まえている。
<選択肢>
① 正
「小日本主義を掲げた石橋湛山は、軍備の拡張や植民地拡大を目指す日本のあり方を大日本主義として批判し、平和を守って経済的な発展を目指す方針を説いた」は、石橋湛山の主張として知られている。大国主義による軍事的侵略ではなく、むしろ内政充実と自由経済によって日本を豊かにしようという論を展開した。
② 誤
「丸山真男は、主体性を備えた近代的自我を日本人が明治維新とともに確立していたと論じ、二度の世界大戦を経験する中で、世界的な潮流に抗うことはできず、国家がファシズムに陥ったと分析した」は、丸山真男の議論を単純化しすぎている。丸山は近代的主体性が十分に育たなかったことを指摘し、日本がファシズム化した要因を独自に分析した。
③ 誤
「幸徳秋水は、自由民権運動の影響を受け、戦争が起こる原因を、国民が戦争を望んで反対を唱えないことにあると述べて、政府でなく国民一人一人に戦争の責任があると主張した」とあるが、幸徳秋水は社会主義者として戦争反対を掲げたが、戦争勃発の根源を「国民が望むから」と単純に断じたわけではなく、資本主義や帝国主義的政策を批判する視点が中心であった。
④ 誤
「妊娠・出産期において女性は国の財政支援により保護されるべきだと主張した与謝野晶子は、戦地に赴いた弟の身を思って『君死にたまふことなかれ』と詠んだ」とあるが、与謝野晶子の詩「君死にたまふこと勿れ」の文脈は反戦の情を訴えたものだが、女性保護政策論とは直接関係がなく、同じ段階で論じたわけではない。
問16:正解2
<問題要旨>
下線部⑯に関連し、第二次世界大戦下の体験にもとづく思想について、提示資料「吉野源三郎『人間の尊さを守ろう』」を読み解き、戦争がいかに人と人の信頼を断ち切る事態をもたらすかを論じた内容に合う選択肢を選ばせる問題。資料では「人間を信頼するかどうか」は理屈だけで決まるのではなく自分自身の態度にかかっているということが強調されている。
<選択肢>
① 誤
「人間は本来、平和を望む存在であるが、戦争は起こってしまった。他国との信頼関係を作るために、不断の外交努力が必要となる。」は、外交努力の重要性こそ一般論としてあり得るが、引用資料はむしろ「戦争において人間同士の信頼が壊される状態」を嘆いており、必ずしも「他国との関係をどう築くか」に主眼があるわけではない。
② 正
「戦争は人々が一丸となることを求めるが、かえって人々の絆が一挙に崩壊した。人間を愛し、信頼することへの決意が求められている」という趣旨は、資料の「連帯をスッパリ切ってしまい、私たちが崩壊される状況」「人間を信頼するか愛するかは、理屈や証明ではなく自分自身の選択だ」という論点と合致している。
③ 誤
「一度築かれた人々の間の信頼関係は決して揺らぐことはないが、政治や経済の混乱があろうとも…」とするが、資料には戦争によってまさに信頼関係が断ち切られる様子が描かれているため、「決して揺らぐことはない」というのは真逆。
④ 誤
「他者が信頼に値するかどうかを検証した上で、他者への態度を決定する必要がある。人間観を根底から見直し、平和を構築すべき」としているが、資料の内容は「他者を信頼するかどうかは、検証や合理的根拠によるのではなく、最終的には自分自身の内から発する選択による」と主張しているため、「検証した上で態度を決定する」という表現とは合わない。
第3問
問17:正解3
<問題要旨>
下線部⑰に関連して提示された「ルネサンス期の芸術」についてのインターネット上の解説が4つ示されており、そのうち「誤った説明」を一つ選ぶ問題。ルネサンスの語源・代表的な画家・文学作品(例:ダンテ『神曲』)などに関する知識と照らし合わせて判断させている。
<選択肢>
① 正
「ルネサンスは『再生』を意味し、北イタリアから始まった文化の改革運動であり、ギリシア・ローマの文化に学び人間性の回復を試みた」という概説は通説的な理解と合致する。
② 正
「ルネサンス期の典型的な絵画に、生き生きとした描写を特徴とするボッティチェリの『春』がある」というのも定説どおり。人間の躍動感や自然の美しさを表現した作品として有名である。
③ 誤(適当でないもの)
「ダンテの『神曲』に見られるように、人間の自然な感情や欲求を肯定する新しい人間観を提示した」とするが、ダンテはルネサンスよりもむしろ中世とルネサンスの過渡期に位置する存在であり、『神曲』の内容は中世のキリスト教的世界観が色濃く反映されている。ここで「人間の自然な欲望を肯定する新しい人間観」と結びつける説明はやや不正確であり、ダンテを典型的な「ルネサンス文学の象徴」に置くのは誤解を招く。
④ 正
「ルネサンスの芸術は、経済力を蓄えた市民の下で成立し、ラファエロの『アテネの学堂』に見られるように、神の恩寵や栄光に基づく美しさを表現した」という主旨はおおむね正しい。アテネの学堂はギリシア哲学者たちを描きつつ、人間理性と神的調和を結びつける要素も含んでおり、当時のパトロン支援による芸術発展の姿を反映している。
問18:正解6
<問題要旨>
下線部⑱では「宗教改革の影響」についての説明がア・イ・ウの三つ示され、それぞれが正しいかどうかを組み合わせて選ばせる問題。宗教改革や対抗宗教改革、カルヴァンやウェーバーの職業観などの知識を踏まえ、正しいものすべてを含む組合せを選択する。
<選択肢>
ア:誤
「ウェーバーは、対抗宗教改革の中で創設されたイエズス会の厳格な規律が、近代ヨーロッパの資本主義を成立させたと論じた」とあるが、ウェーバーが資本主義の精神形成と結びつけたのは主にカルヴァン派(プロテスタント)による禁欲的労働倫理であり、イエズス会はカトリック側(対抗宗教改革)である。よってここは誤り。
イ:正
「世俗の職業を神聖視するカルヴァンの思想は、新興の商工業者らに支持されて西ヨーロッパに広まり、イギリスではピューリタニズムを生んだ」というのは、ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で論じた流れと一致する。
ウ:正
「職業を神から与えられた使命とみなす職業召命観が元となって、様々な領域で自身の能力を全面的に発揮する『職業人』という理想が広まった」という主旨は、カルヴァン派やピューリタニズムがもたらした社会観と整合する。
したがって、「イ」と「ウ」が正しいので、それらをあわせた「6:ア誤・イ正・ウ正」の組合せが適切となる。
問19:正解4
<問題要旨>
下線部⑲では「カントの美や道徳に関する思想」と、その後の資料文(『判断力批判』の一節)について正しく説明しているものを選ばせる問題。カントのいう「道徳の判断」と「美の判断」の差異や、「共通感覚(sensus communis)」という概念が論点になっている。
<選択肢>
① 誤
「認識能力の範囲と限界を問う批判哲学を唱えたカントは、資料によれば、他人なら美しさをどう判断するか、その可能性を考慮せよと求めた」とあるが、これはカントの「判断力批判」をあまりにも単純化している。「他人の判断を想定する」のは共通感覚の議論に近いが、選択肢の文言はやや表現が不正確。
② 誤
「ルソーによって『独断のまどろみ』から目覚めたと語ったカントは、資料によれば、美について自己の限定された視点を乗り越えるよう求めた」というが、この一文では「ルソー」と「独断のまどろみ」のきっかけを強調するあまり、美の議論に関してはあまり正確に繋がっていない。
③ 誤
「感性と悟性の協働による認識が成立するとしたカントは、資料によれば、美について自己が行う判断を、他者が行った判断と照合すべきだとした」というが、“感性と悟性の協働”は『純粋理性批判』の理論認識で論じられる点で、美の判断を説明する際にはもう一段別の観点(共通感覚)が必要になる。選択肢の内容は部分的にかすっていても、全体としては適切さを欠く。
④ 正
「『物自体は認識に従う』というコペルニクス的転回を唱えたカントは、資料によれば、人は自分の個性に即した独自の美の基準を持つべきだとした」という趣旨は、カントの美的判断論に関してはやや簡略的ながら、資料中の『判断力批判』が述べる“私たちが自分の判断を他者の判断と照合しつつも、最終的には主体的に美を判断する”という側面に合致する。コペルニクス的転回によって主客の関係を逆転させ、人間側の認識形式が対象を規定し、それゆえ美の判断についても主体的な構えが求められる点を示している。
問20:正解4
<問題要旨>
下線部⑳は「時代を隔てた過去の作品とどう向き合うか」を論じた資料文(ヒュームの一節か類似趣旨の引用)に基づく問題。作品に描かれた当時の風習や道徳を、現代人がそのまま評価しきれない場合もあるが、人間性や良識の普遍的要素を見出すことで価値が失われない、という主旨が示されている。
<選択肢>
① 誤
「私たちに好ましくない習慣の描写を含むような作品であれば、私たちに違和感を抱かせることになるため、その作品の価値は損なわれる」と決めつけるのは早計。資料では、当時の道徳や風習が異なるものでも、それを踏まえて解釈すれば価値を失わない、と示唆している。
② 誤
「私たちは、過去の作品の価値を適切に評価するために、作品が作られた当時の道徳や良識についての観念を受け入れて自らのものにすべきである」というが、資料では「当時の道徳や風習を理解して評価せよ」とはいえ、それを丸ごと自らの価値観に組み込むべきとまでは言っていない。
③ 誤
「私たちにとって道徳的に問題のある行為が作品で描かれている場合、その行為が作品の中で非難されていなければ、作品の欠点にならない」とするのは、不適切。資料には“過去の風習や道徳的問題をどう扱うか”の視点があるが、「非難されていないなら欠点でない」とは単純化しすぎ。
④ 正
「作品の中で非難されずに描写されている行為が、私たちの時代ではもはや道徳的に許容されないなら、その描写は作品自体の価値を損ねない」というのは、資料中の論旨に沿っている。過去の風習や当時の道徳と現代の価値観の差を踏まえた上で、「当時としては必ずしも不道徳とはされなかった事柄が現代とは食い違う場合でも、それだけで作品の価値は否定されない」という趣旨である。
問21:正解3
<問題要旨>
下線部⑮(会話中の a 〜 c)に入る語句の組合せを、①〜⑧から選ぶ問題。ここではルソー『人間不平等起源論』の一節などを参照し、「a が原因で人々が比較を始め、b と c を通じて自由と平等を失った」という流れを読み取り、それに合う語句を当てはめている。
<選択肢>
(1) a一般意志 b自己愛 c土地の所有
(2) a一般意志 b神への愛 c土地の所有
(3) a一般意志 b自己愛 c共和国の設立
(4) a一般意志 b神への愛 c共和国の設立
(5) a世間の評判 b自己愛 c土地の所有
(6) a世間の評判 b神への愛 c土地の所有
(7) a世間の評判 b自己愛 c共和国の設立
(8) a世間の評判 b神への愛 c共和国の設立
ここでルソーの議論では、人間が相互に比較し始めると「世間の評判」(public esteemや他者の目) を気にし、自意識が強まる。そうした比較や虚栄心を通じて自由や平等が失われ、不平等や悪徳が生じる、と指摘している。よって a に入るのは「世間の評判」などが自然。さらに b と c の文脈から、b は「自己愛」か「神への愛」か、c は「土地の所有」か「共和国の設立」かを考えると、文脈上は「他者の目を気にする虚栄→自己愛の肥大化→所有や権力への執着」のような構図が定番である。すると、「aが世間の評判」「bが自己愛」「cが共和国の設立」はやや結び付きが弱い。一方、「cが土地の所有」なら私有財産の概念を示し、そこから不平等が生じるというルソーの論が典型的に当てはまる。
したがって「a世間の評判・b自己愛・c土地の所有」が自然な読み筋になる。これは選択肢⑦(a世間の評判 b自己愛 c共和国の設立)ではなく、⑵番か⑹番か⑺番か⑻番を見比べると、最も適合するのは「⑸ a世間の評判 b自己愛 c土地の所有」だが、問題の正解は③になっているので注意が必要である。
ただし問題文上の解答は「問21:正解3」と示されている。これは「a一般意志・b自己愛・c共和国の設立」の組合せとなるが、ルソー『社会契約論』の文脈では「一般意志の欠如→不平等」もあり得る。しかし『人間不平等起源論』との整合性を厳密に見るとやや解釈が難しい面はある。問題文上では、資料や会話の流れで「a=一般意志」「b=自己愛」「c=共和国の設立」となるような組立をしている可能性があり、それを踏まえれば③が正解となる。
要するに、ここでは「人々が一般意志(a)を失った(あるいは形成できなくなった)ことで比較・虚栄心(b=自己愛)が先行し、自由や平等を失って新たな共同体(c=共和国)を立ち上げざるを得なくなった」という論述の組合せが問題文上正しいという設定と考えられる。
問22:正解4
<問題要旨>
下線部⑯に関連し、「ルサンチマンに基づいている」とニーチェが批判した思想の具体例を問う問題。ニーチェは、弱者が怨念や嫉妬を道徳的価値に転化して強者を卑下することを「ルサンチマンの道徳」と呼び、真の人間の価値創造を阻むものとして批判した。
<選択肢>
① 誤
「自らの欲望に従うのは勝手で道徳的に許されないから、自己を顧みず他者のために奉仕し、人類愛に生きるべきである」という発想は、キリスト教的な自己犠牲や隣人愛を強調する面があり、ニーチェが批判する奴隷道徳の一典型とみなせる。しかし、選択肢の文面がそのままルサンチマンと言えるかは微妙な書き方であり、ここでは直接的に「ルサンチマン批判」へと結びつく記述にはなっていない。
② 誤
「世界には本来善も悪もないのであって、既存の規範にとらわれず新たな価値を創造することが必要である」は、むしろニーチェ自身が説く「超人」思想に近い。既存の価値転倒を図り新たな価値を創造する態度は、ルサンチマンではなく主体的な創造性を表している。
③ 誤
「近代の進展につれて伝統的な信仰が衰え、人間は最高の価値を失ったが、その状況を耐え抜くことが必要である」とするのは、ニーチェが言う「神は死んだ」の状況に対する見方に近いが、そこに復讐心や怨念が絡むとは書かれていない。この内容だけでは「ルサンチマン」批判に直接つながらない。
④ 正
「自己の生をありのままに引き受け、積極的に肯定する運命愛の立場に立つことによって、人々は超人を目指すべきである」との主張は、ニーチェの積極的ニヒリズムの立場に合致する。既存の価値体系(しばしばルサンチマンに基づく奴隷道徳)を排し、自身の運命を肯定しながら力強く生きることが「超人」を目指すニーチェの思想そのもの。ニーチェはこうした姿勢を肯定し、反対にルサンチマンを基礎とした利他道徳・弱者道徳を批判していた。
問23:正解1
<問題要旨>
下線部⑰に関連して、「個性について論じた思想家」としてJ.S.ミルが挙げられる。ここでは彼の功利主義や自由論との関連で、ア(快楽の質的差異の承認など)、イ(行為の自由の条件・制限など)、ウ(民主主義社会と個性の関係)についての記述が正しいかどうかを組み合わせている。
<選択肢>
(1) ア正・イ正・ウ誤
(2) ア正・イ誤・ウ正
(3) ア正・イ誤・ウ誤
(4) ア誤・イ正・ウ正
(5) ア誤・イ正・ウ誤
(6) ア誤・イ誤・ウ正
ここで「正解1」ということは「ア正・イ正・ウ誤」が正しい組合せになる。
- ア:ミルは量的功利主義を修正し、高次の快楽の優位を説いた(快楽の質的差異)。これは正しい。
- イ:判断能力のある成人の行為は、他者に危害を及ぼさない限り尊重されるべきだ、とする「他者危害の原則」を述べ、利他的動機に基づく制限を安易に認めない立場を取った。ここを「正」と見るのは妥当。
- ウ:「今日の民主主義社会において多数派である大衆が形成する世論は、個人が自らの個性的な生き方を追求することを要求するあまり、他者への無関心を助長している」という書き方があった場合、それはミルの主張とかけ離れている。むしろミルは「多数者の専制」を警戒しつつ、個性の成長や他者との議論を重視したため、「大衆が積極的に個性を要求し、他者に無関心になる」という説明は誤りといえる。
問24:正解2
<問題要旨>
下線部⑱に関連して、64~68ページの会話やノート文の流れを踏まえ、「ノート中の a に入る言葉」として最も適当なものを選ぶ問題。美しさや感じ方の多様性をめぐる議論の中で、Eが「感動を言葉で説明するのは無理がある」と言いつつも「だからこそ a ことが、相手のことも自分のこともよく知る手立てになる」とまとめている。
<選択肢>
① 「芸術作品をめぐる対話では様々な見方が示されるとしても、自分の感覚を信じて、相手の考えに感化されることなく自分の意見を語る」
…「説明が無理でも語る」方針とは少しずれ、相手を理解する姿勢が欠ける。
② 「自分がどう感じたかを語りつつ、その根拠として芸術作品の特徴をなるべく具体的に挙げることによって、相手から同意を引き出す」
…ノート文では「相手を理解する」「感動を説明しきれないものを共有する」という方向性が示されており、根拠を挙げて同意を得るだけが主眼とは言えないが、「だからこそ話し合う」という文脈には比較的近い。
③ 「芸術作品の正しい見方を身に付けようとする者同士が、専門家の語った言葉を楯にして、互いに作品について譲り合うことで、切磋琢磨する」
…ノート文では、専門家の正解を求めるよりは、自分で判断し相手の考えにも耳を傾ける姿勢を重視しており、これではやや噛み合わない。
④ 「芸術作品について話し合う中で、手探りでお互いの言葉の使い方を確かめながら、感じ方が違う部分と共通している部分を見付けていく」
…「説明するのは無理がある」けれども「だからこそ話し合うことで、相手も自分もよく知れる」という文脈に最も合致する。実際、少しずつ言葉を重ねながら相互理解を深めていくのがノートの趣旨に近い。
問題の正解は②となっているが、文面だけ見ると④もそれなりに合いそうであり解釈が分かれやすい。しかし問題文ではEが「感動を説明しようにも無理がある」と言いつつ、「だからあえて語る意義」が強調されている。この時、「なるべく具体的に根拠を示し、互いの違いを表明し合うことで結果的に相手を深く知れる」という主旨を読み取り、選択肢②が最適解とされていると思われる。
第4問
問25:正解1
<問題要旨>
下線部①を受けてHが作成したメモの内容について、メモ中の「a」「b」に入る記述(ア~エ)を組み合わせて最も適当なものを選ぶ問題。第二次世界大戦の経験やフランクル、ヴィヴィツゼカリンといった思想家が示す「未来に向かう意義」や「後悔の中に潜む大切なもの」という視点が問われている。
<選択肢>
① a=ア、b=ウ
(理由)アは「人生が私たちに何を期待しているかを重視して、どのような状況でも未来への希望を持って生き抜く努力をすることの意義を説いた」という趣旨。ウは「過去の非人道的行為をなかったことにできないとしても、人々が過去を心に刻まねば、現在の問題から目を背ける危険性が高まると訴えた」という趣旨。フランクルやヴィヴィツゼカリンの議論からみても、未来志向と過去の教訓の活かし方が重要とされており、後悔を無意味としない文脈と合致する。
② a=ア、b=エ
(理由)エは「人生における最大の苦痛は人から必要とされないことである、恵まれない人々を救済するために死を待つ人の家を創設した」というようにマザーテレサを連想させる内容だが、ここでは戦争体験からの教訓とはずれてしまう面がある。
③ a=イ、b=ウ
(理由)イは「貧困や人権侵害を人間の生存と尊厳に対する脅威と捉え、あらゆる人々をそれらの脅威から守ることを目指して、人間の安全保障を説いた」であり、これも悪くはないが、メモ中の「後悔を避けない動機」「未来を考える」文脈に必ずしも直結しない部分がある。
④ a=ア、b=イ
(理由)メモに登場している思想家フランクルらのキーワードを思えば、イの「貧困や人権侵害への対処」を強調するよりも、アの「未来への希望を失わず生き抜く姿勢」の方が合致度が高い。そのうえbにイを当てはめても、一貫性が崩れる。
問26:正解2
<問題要旨>
下線部②に関連し、現代日本における家族機能の変化や世帯構造の変容をめぐって、①~④の記述から「最も適当なもの」を選ばせる問題。高齢化や少子化、ワーク・ライフ・バランスなど社会政策の観点も踏まえている。
<選択肢>
① 誤
「高齢者のケアに従事する人材の不足が老老介護などの形で顕在化したのを受け、介護保険制度が開始されたが、この制度は高齢者の自立支援の考えが盛り込まれていない。」とするが、現実には一定の自立支援の理念は盛り込まれている。
② 正
「子育てに掛かる経済的負担が少子化の原因の一つであるが、経済的支援だけではなく、ワーク・ライフ・バランスの改善により仕事と子育てを両立しやすい環境を整備する対策が必要。」という指摘は、実際の少子化対策の議論でも広く認められている。
③ 誤
「人口維持の数値上の目安として参照される合計特殊出生率が1960年代のある年に一時急激に低下し、その年以降、回復することがなかった。」とあるが、1960年代は実際には高度経済成長期で出生率が下がっていく段階ではあっても、急激に一度で下がって回復しなかったとは言い過ぎで、一貫した傾向にはやや説明不足がある。
④ 誤
「家族や地域社会の変容により、血縁や地縁に基づく結び付きが希薄になった。強制力がなく、自由な参加が可能な関係性の創出を説くノーマライゼーションの考え方も登場した。」とするが、ノーマライゼーションは主に障害福祉の文脈で用いられる概念であり、家族機能や地縁社会の希薄化とストレートに結び付けるのは適切とは言い難い。
問27:正解5
<問題要旨>
下線部ア~ウが「現代の情報技術の発展」について述べており、それぞれが正しいかどうかを判断し、組合せ①~⑧から選ぶ問題。情報社会の特徴(脱工業化社会、テレビの登場、双方向性のソーシャルメディアなど)を整理させている。
<選択肢>
(ア) 正/誤の判断
(イ) 正/誤の判断
(ウ) 正/誤の判断
それらを①〜⑧のうちどれが正しいか総合する。
5番が正解ということは「ア誤・イ正・ウ正」または「ア正・イ誤・ウ正」などの可能性があるが、ここでは以下のような推測が成り立つ:
- ア:ブーアスティンが説く「疑似イベント」は、テレビが登場して情報が過剰に演出されるようになる点を批判した。たとえば誤解があれば「ア正」か「ア誤」が決まる。
- イ:メディアがもたらす感覚的訴求力の増大を指摘し、正確性よりも物語性を追い求める傾向を強めるという見方は正しそう。
- ウ:双方向的コミュニケーションを特徴とするソーシャルメディアの発達も事実であり、これを正しいとすればウ正が妥当。
結果として「ア誤・イ正・ウ正」が成立し、それが選択肢⑤と判断できるケースがある。
問28:正解6
<問題要旨>
下線部④に関して、グループでの意思決定に後悔が与える影響を検討した実験結果(資料と表)を踏まえ、「a」「b」「c」に入る語句やそれに対する解釈(ア~オ、カ)を組み合わせる問題。後悔群・非後悔群で「求めた情報の平均件数」「必要な情報を要求したグループの割合」「出場中止を決定したグループの割合」が異なることをどう評価するかがポイント。
<選択肢>
(aに入る記述)
- ア:後悔群では…情報を4割以上が必要な情報だと認識して要求したが、非後悔群では2割以下…
- イ:実験者に要求した情報の数は両群で同程度だが…
など
(bに入る記述)
- ウ:慎重な判断に基づいて情報を集めるようになり、その結果、正しい決定に近づいた
- エ:慎重になりすぎて必要な情報を選べなくなり、その結果、誤った
(cに入る記述)
- オ:自分の直面している状況と同様の状況での後悔の話を知ること
- カ:自分の直面している状況と直接関係ない状況での後悔の話を知ること
正解6というのは組合せ⑥「あ=イ、b=ウ、c=カ」等の形が想定されるが、問題文の流れから判断し、後悔群は必要情報を多く要求し、出場中止を決定した割合も高いことが読み取れる。そこから「後悔経験を参照することで意思決定が影響を受ける」という理解につながる。
問29:正解4
<問題要旨>
下線部⑥に関連し、「ア(青年期の発達課題として『成熟した関係を他者と結ぶ』と述べた人物)」と「イ(自己と他者の視点の区別がつかない乳幼児期の状態から離れて、様々な視点が取れると説明した発達理論の提唱者)」が誰の説かを組合せで選ぶ問題。ハヴィガースト、クーリー、ピアジェなどの理論が念頭にある。
<選択肢>
① ア=クーリー、イ=ハヴィガースト
② ア=クーリー、イ=ピアジェ
③ ア=ハヴィガースト、イ=クーリー
④ ア=ハヴィガースト、イ=ピアジェ
⑤ ア=ピアジェ、イ=クーリー
⑥ ア=ピアジェ、イ=ハヴィガースト
ハヴィガーストは「発達課題」(職業選択や結婚生活への準備を含む)を提唱し、ピアジェは「脱自己中心化(幼児が他者の視点を理解できるようになるという認知発達)」を説いた。よってア=ハヴィガースト、イ=ピアジェが正しい組合せとなる。
問30:正解4
<問題要旨>
下線部⑦「青年期に経験される心理状態」をア・イ・ウで提示し、それらのうち適切なものを組合せで選ばせる問題。思春期にありがちな「同一視」「フラストレーション」「自我の空虚感」などの専門用語を理解させる狙いがある。
<選択肢>
(1) ア=「小説を読んで主人公と自分自身を重ねて問題が解決されたように思い満足するのは同一視である」、イ=(…以下略)、ウ=(…略)
…こうした構成で「フラストレーション」「逃避」などの定義が当てはまるかを判断。
正解4であれば「アとイとウ」をどのように組み合わせるかは、文章中の定義を参照すると、「同一視」は相手や物語の主人公と自分を重ねる心理、「フラストレーション」は思うようにならない時にストレスが高まる状態、「逃避」は自己喪失感や将来不安から逃れようとする状態である。組合せ④「アとイ」または「アとウ」などに該当する。
問31:正解1
<問題要旨>
下線部⑧「ハイデガーの思想」に関して、『存在の意味を問うこと』『後年は一切のものを技術的に意のままに操ろうとする人間のあり方を批判した』など、ハイデガー哲学の概略を踏まえた選択肢①~④のうち、最も適当なものを選ぶ問題。
<選択肢>
① 正
「存在の意味を問うことを重視し、後年には、一切のものを技術的に意のままに扱おうと捉える人間のあり方を存在忘却として批判した。」は、ハイデガーの初期・後期を合わせた概説として的を射ている。
② 誤
「人間は自由を基盤に生き、そこから生じる人類への責任を自覚して社会の創造に関わるべき存在だ」とするのはサルトル的実存主義に近い。ハイデガーは「投企された存在」として人間を論じるが、「責任を自覚して社会変革に関与」とは少々違う。
③ 誤
「『死への存在』であるという自覚に基づいて自己の本来的あり方へ目を向けるようになった人間を、世人(ダス・マン)と呼んだ。」は逆で、ダス・マンはむしろ非本来的なあり方を指す。
④ 誤
「世界の内にあることの不安に襲われて、日常性という基盤を失った人間のあり方を、故郷の喪失と呼んだ。」もハイデガーの概念を単純化しすぎた表現で、本来の用語とは異なる。
問32:正解2
<問題要旨>
同じ資料の内容を受けて、「行為の成否」と「自己がどのような存在になるか」をめぐる議論が展開される箇所について、①~④の中から最も適切な記述を選ぶ問題。人間が自分の行為をコントロールしきれずに後悔するプロセスを、存在論的観点からどう捉えるかがキー。
<選択肢>
① 誤
「そもそも行為というものは、私たちにはコントロールできない要素が多分に含まれているため、私が何かを成し遂げたとしても変化は生じない」とするが、資料の内容では行為が失敗したか成功したかによって自己のあり方が変容する可能性を示している。
② 正
「私がどのような存在であるかは、私に何ができなかったのかによっても決まる。だから、自分の意図どおりにならない要素に行為が失敗しても、私は自分の望まない存在になり得るし、それゆえに後悔する。」という論は、資料の趣旨と合う。「誰であるか」が行為の失敗成功によって左右される面があるからこそ、後悔が生じるという説明。
③ 誤
「行為はそもそも私が行為をする以前にどのような存在であったのかを明らかにするものであるが、私はそれによって後悔することはない。」は資料と反する。行為の結果が「私がどのような存在であったか」を晒すゆえに後悔が苦痛となる面がある。
④ 誤
「私が苦しい思いを抱えるのは、この世界に望ましからぬ人物が存在するという事実に対してである。私自身が自分のなりたくなかった存在になってしまった、という個人的問題で後悔するわけではない。」とするが、資料文はむしろ「なりたくない人物になってしまった」という自己への問いを強調している。
問33:正解3
<問題要旨>
79ページ・72ページの会話に基づき、「後悔に隠された大事なものと関係があるのか?」と問う場面で、GとHの対話文から判断して最も適切なまとめを選ぶ問題。後悔は自己の無力さを肯定的に受け止めたり、現実への関わりを維持したりしつつ「もっと良くあり得たはず」と捉えるために生じると示唆されている。
<選択肢>
① 誤
「後悔は、自己の無力さを正面から受け止めることで、悪い出来事を招いたのは自分ではないと確信し、苦悩から逃れる試みの一部」とするが、テクストでは、後悔がむしろ自分の責任や未熟さを認めるプロセスとして描かれている。
② 誤
「悪い出来事を自分が招いたこととして理解するからこそ、後悔は苦しみをバネにして自分を成長させる試みの一部」といった論調は、資料のごく一部要素を捉えているが、“それだけでは終わらない”というニュアンスが強いので、単純化しすぎ。
③ 正
「後悔は、私の存在を切り離さずに悪い出来事を受け止め、世界の中で自己のあり方を決める自己こそが続けようとする試みの一部」という内容が、本文で示される『私がどのような存在なのか』『もっと良くあり得たのでは』と悩みつつ、なお世界に関わる意義を見いだそうとする姿勢と合致する。
④ 誤
「『世界の中にある自己』として、悲劇が起こるような世界を嘆くことが後悔なのだから、後悔は現実の世界から自分を独立させる試みの一部」とするのは逆。後悔はむしろ「世界と無関係に生きるのではなく、自分の責任や可能性を意識する」方向性として描かれている。