2023年度 大学入学共通テスト 本試験 国語 解答・解説

2023年度 大学入学共通テスト 本試験「国語」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。

目次
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解答

解説

2023年度 本試験の国語は、第1問から第4問までの4題構成です。解答番号は1〜37、満点200点、試験時間80分。配点は第1問50点・第2問50点・第3問50点・第4問50点で、4つの大問に均等に振り分けられています。

第1問は評論で、正岡子規の書斎にあったガラス障子を論じた文章Ⅰと、建築家ル・コルビュジエの窓を論じた文章Ⅱという二つの文章の読み比べです。第2問は小説で、梅崎春生『飢えの季節』。敗戦直後の東京で広告会社に勤める「私」が、理想の都市構想を退けられ、飢えの中で職を辞するまでが描かれます。第3問は古文で、源俊頼『俊頼髄脳』。皇后寛子のための船遊びの場で、歌よみの良暹が詠みかけた句に誰も連歌を付けられず、催しそのものが流れてしまう一話です。第4問は漢文で、白居易『白氏文集』。官吏登用試験に備えて自ら作った予想問題と、それに対する模擬答案という形式をとります。

この回は、四つの大問のうち三つで最後の設問が複数のテクストを突き合わせる型になっています。第1問は二つの文章が同じ引用文をどう切り取っているかの違い、第2問は本文と同時代の広告資料との共通点、第3問は本文と同じ作者の歌集の一節。いずれも本文を読めただけでは足りず、「どこまで引いたか」「どこが重なるか」を並べて確かめる作業が要ります。一方で第3問の問1・問2、第4問の問1・問3・問5は語義と文法・句法で機械的に決まる設問なので、ここを落とさないことが得点の土台になります。

第1問

窓を「視覚装置」として論じる二つの評論の読み比べ。文章Ⅰは病床の子規の書斎に入れられたガラス障子から説き起こしてル・コルビュジエの窓へ進み、文章Ⅱはサヴォア邸やスイス館の壁と窓から「動かぬ視点」へ進みます。両者が同じ引用文を別の切り取り方で用いている点が、最後の設問の焦点です。

問1:(ⅰ)正解ア① エ③ オ②

<問題要旨>

本文中の片仮名の傍線部ア・エ・オについて、同じ漢字を含むものを各群の①〜④から一つずつ選ぶ書き取りの設問です。

<考え方>

同音異字の組合せなので、先に傍線部の語を漢字で確定させてから各群に当てます。アは書物の「ボウトウ」で冒頭。①感冒だけが同じ「冒」で、②寝坊、③忘却、④膨張はいずれも別字です。エは心の「キンセン」で琴線。③木琴だけが同じ「琴」で、①卑近、②布巾、④緊縮は別字です。オは「ウトんじられる」で疎んじられる。②過疎だけが同じ「疎」で、①提訴、③粗品、④素養は別字です。

問1:(ⅱ)正解イ④ ウ③

<問題要旨>

傍線部イ・ウと同じ意味で用いられている熟語を各群の①〜④から一つずつ選ぶ設問です。各群とも同じ漢字を含む熟語が並ぶので、字ではなく意味で切ります。

<考え方>

イの「行った」は講演を実施するの意。①行進・②行列・③旅行の「行」はいずれも「ゆく」で、「おこなう」の意の「行」は④履行だけです。ウの「望む」は、壁で視界を限定してはじめて景色が見られるという文脈から、遠くを眺めるの意。①本望・②嘱望・④人望の「望」は「のぞみ・期待」ですが、③展望の「望」だけが「見渡す」です。

問2:正解③

<問題要旨>

文章Ⅰの傍線部A(子規が季節や日々の移り変わりを楽しむことができた、とある箇所)について、その内容の説明を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Aの直前の段落が根拠です。そこには、子規が寝返りさえ自分では打てなかったこと、そして味覚のほかは視覚こそが自身の存在を確認する感覚だったことが書かれています。「身体の不自由がどの程度だったか」と「見ることが生きている実感に結びついたこと」の二点がそろう選択肢を選びます。

<選択肢>

①【誤】

「絶望的な気分」「現状を忘れるための有意義な時間」はいずれも傍線部A前後にない説明です。ここで述べられているのは現実からの逃避ではなく、見ることが存在の確認になったことです。

②【誤】

「生きる希望を失いかけていた」「自己の救済につながっていった」は、救済という程度にまで踏み込んだ読みで、本文の記述を超えています。

③【正】

「寝返りも満足に打てなかった」が傍線部A直前の身体の状態に、「生を実感する契機」が視覚による存在の確認に、それぞれ対応します。

④【誤】

ガラス障子の働きは実際に庭の植物や空を見ることであって、「外の世界への想像をかき立てる」ことではありません。装置の働きがすり替わっています。

⑤【誤】

「作風に転機をもたらした」とありますが、俳句の作風の変化は本文で扱われていません。

問3:正解②

<問題要旨>

傍線部B(ガラス障子は「視覚装置」だといえる、とある箇所)について、筆者がそう述べる理由を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Bの直前の二段落が根拠です。そこでは窓について、縁が風景を切り取るフレームであること、外界を二次元の平面へと変えるスクリーンであることの二点が説明されています。「切り取る」と「平面化する」の両方がそろっている選択肢だけが残ります。

<選択肢>

①【誤】

「見る楽しみを喚起する」は装置としての働きの説明ではなく、傍線部Bの理由の説明になっていません。

②【正】

「室外に広がる風景の範囲を定める」がフレームに、「平面化されたイメージとして映し出す」がスクリーンに対応し、二点を過不足なく押さえています。

③【誤】

「切り離したり接続したりする」は本文にない働きです。問題にされているのは切り取りと平面化です。

④【誤】

「新たな風景の解釈を可能にする」の解釈という語は本文になく、傍線部Bの根拠になりません。

⑤【誤】

額縁状という語はプロセニアムの説明に用いられますが、絵画に見立てて鑑賞する空間へ室内を変える、というところまでは述べられていません。

問4:正解⑤

<問題要旨>

傍線部C(ル・コルビュジエの窓は確信を持ってつくられたフレームであった、とある箇所)について、その窓の特徴と効果の説明を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Cに続く段落と、そこに引かれるル・コルビュジエ自身の言葉が根拠です。彼は窓は採光のためにあって換気のためではないと述べ、囲い壁についても、四方八方に広がる景色は焦点を欠いてかえって退屈になるから、まず壁で視界を限定し、壁面を要所要所取り払って水平線の広がりを求めると説きます。「換気より視覚を優先」と「限定することでかえって広がりが得られる」の二点で切ります。

<選択肢>

①【誤】

カメラにたとえられているのは子規のガラス障子のほうで、本文の別の箇所の内容が混ざっています。「風景がより美しく見える」も述べられていません。

②【誤】

「居住性を向上させる」「生活環境が快適になる」は住み心地の話で、本文の論点ではありません。

③【誤】

アスペクト比の変化は、視界と採光を優先した結果として起こったと述べられています。これを目的とするのは因果の入れ替えです。

④【誤】

「効率よく配置する」「風景への没入」はどちらも本文にない要素です。

⑤【正】

換気より視覚を優先したこと、焦点の定まらない風景に限定を施すことでかえって広がりが認識されること、の両方が引用文の記述に対応します。

問5:正解③

<問題要旨>

文章Ⅱの傍線部D(壁がもつ意味は風景の観照の空間的構造化である、とある箇所)について、これによって住宅がどのような空間になるかを選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Dの直前に、視点と風景が一つの壁によって隔てられると同時につながれること、風景が一点から見られることが述べられ、直後の段落で住宅は沈思黙考や美に関わるものだと続きます。「壁で囲いながら開口部を設ける」「視点が固定される」「静かに思索する場になる」の三点がそろう選択肢を選びます。

<選択肢>

①【誤】

外光の調整という話にすり替わっており、傍線部Dの中心である視点の固定に触れていません。

②【誤】

「眺める自由が失われる」という否定的な把握にとどまり、直後で述べられる沈思黙考の場という結論につながりません。

③【正】

四周の大部分を壁で囲いつつ開口部を設ける構造、固定された視点、静かに思索をめぐらす空間、のすべてが本文の記述に対応します。

④【誤】

「風景を鑑賞するための空間」とありますが、本文が住宅について結論づけるのは鑑賞ではなく沈思黙考です。

⑤【誤】

「一箇所において外界と人間がつながる」という限定は本文にありません。また自己省察も沈思黙考の言い換えとしてはずれています。

問6:(ⅰ)正解④

<問題要旨>

二つの文章を読んだ生徒の話し合いのうち、同一のル・コルビュジエの引用文が文章Ⅰと文章Ⅱとでどう違うかをまとめた空欄Xに入る発言を選ぶ設問です。

<考え方>

二つの引用文を並べ、どこまでが共通でどこが違うかを確かめます。囲い壁が視界を閉ざすためにあること、四方八方の景色が圧倒的で退屈になること、もはや風景を眺められないのではないか、というところまでは両者に共通します。文章Ⅰはそのあと、壁を建てて視界を限定し、連なる壁面を要所要所取り払って水平線の広がりを求める、という箇所まで引きます。文章Ⅱはここを(中略)で落とし、北側・東側・南側の壁が「囲われた庭」を形成するという文につないでいます。落ちているのは壁に開口部すなわち窓を設ける意図のほうです。

<選択肢>

①【誤】

景色が圧倒的で退屈になるという部分は文章Ⅱの引用にも残っており、省略されていません。

②【誤】

どの方角の視界を閉ざすかは両方の引用に同じように書かれているので、二つの違いにはなりません。

③【誤】

文章Ⅰの引用で景色を限定するのは窓ではなく壁です。文章Ⅰ側の説明が本文と食い違っています。

④【正】

文章Ⅰが壁とそこに開けられた窓の効果まで引くのに対し、文章Ⅱは窓を設ける意図を省いて壁で囲う効果を前面に出している、という差を正しく捉えています。

問6:(ⅱ)正解②

<問題要旨>

文章Ⅰがなぜ正岡子規を取り上げたのかを説明する空欄Yに入る発言を選ぶ設問です。

<考え方>

文章Ⅰの構成をたどります。子規の書斎のガラス障子が視覚装置であったという話から、外界を眺めることのできる窓が建築・住宅で最も重要な要素だという一般化へ進み、そこからル・コルビュジエの窓の議論に移ります。子規の例が先に用意しているのは、住む人と風景との関係という論点です。

<選択肢>

①【誤】

文章Ⅰではル・コルビュジエが現代の窓のあり方まで歴史的に検討してみせると述べられるだけで、彼の建築論が現代の設計に影響を与えたという話ではありません。

②【正】

居住者と風景の関係という論点を、まず子規の日常でガラス障子が果たした役割として示した、という筋が文章Ⅰの運びに合います。

③【誤】

採光によって美しい空間を演出したという論点は本文にありません。また子規の芸術への効果も述べられていません。

④【誤】

本文のル・コルビュジエは窓を換気のためのものとは考えていません。換気と採光の考察という前提そのものが本文と逆です。

問6:(ⅲ)正解③

<問題要旨>

文章Ⅱと関連づけて文章Ⅰを読むとどう解釈できるかをまとめた空欄Zに入る発言を選ぶ設問です。

<考え方>

「文章Ⅱと関連づけて」という条件が決め手になります。文章Ⅱに固有の語は「動かぬ視点」と、住宅を沈思黙考の場とみる見方の二つ。この二語で子規の書斎を捉え直している選択肢を選びます。「視覚装置」「見るための機械」はどちらも文章Ⅰの中の語なので、条件を満たしません。

<選択肢>

①【誤】

文章Ⅱが礼拝堂や修道院に触れるのは、後期に宗教建築で主題が再び追求されたという文脈です。子規の書斎をそこに重ねる根拠はありません。

②【誤】

文章Ⅱが住宅に結びつけるのは、自らを消耗する仕事の時間ではなく、心の琴線に耳を傾ける瞑想の時間のほうです。

③【正】

動かぬ視点と沈思黙考という文章Ⅱの語で子規の書斎を捉え直しており、「文章Ⅱと関連づけて」という条件を満たします。

④【誤】

「見るための機械」も「視覚装置」もどちらも文章Ⅰの中の語で、これでは文章Ⅱと関連づけたことになりません。

第2問

梅崎春生『飢えの季節』の一節。敗戦直後の東京で、広告会社に応募して採用された「私」が、「大東京の将来」をテーマに練り上げた都市構想を会議で退けられ、食えない給料に見切りをつけて会社を去るまでが描かれます。問7では同時代のマツダランプの広告が資料として示されます。

問1:正解①

<問題要旨>

傍線部A(「私」があわてて説明した、とある箇所)における「私」の様子を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Aの前後で二点を押さえます。提出にあたって「私」がすこしは晴れがましい気持でいたこと、そして会長が下書きの意図と効用を正面から問いただしていること。自信をもって出したものを問われたことによる戸惑いと、理解を得ようとする姿勢がそろう選択肢を選びます。

<選択肢>

①【正】

自信をもって提出したこと、構想の主旨を会長に問いただされて戸惑ったこと、説明して理解を得ようとしていることが、いずれも傍線部A前後の記述に対応します。

②【誤】

構想は無理矢理に拵え上げたものだと書かれており、「張り切って作った」は事実と食い違います。「名誉を回復」も本文にない動機です。

③【誤】

「私」には街頭展に出す目的があり、その場で述べています。目的をイメージできていなかったと悟る場面ではありません。

④【誤】

都民の現実を見誤っていたという気づきは、傍線部Aの時点ではまだ起きていません。

⑤【誤】

この時点で会長が述べているのは意図と効用への疑問であって、テーマとの関連不足の指摘ではありません。

問2:正解⑤

<問題要旨>

傍線部B(だんだん腹が立ってきた、とある箇所)について、その理由を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Bの直前と直後の両方が根拠になります。直前で「私」は、戦時中に情報局と組んだ仕事も、戦後の文化国家建設の啓蒙も、結局は儲けのためで慈善事業であるはずがなかったと思い至ります。そして直後には、夢を侮蔑されたからでも会社の営利精神を憎むからでもなく、ただ自分の間抜けさ加減に腹を立てていたのだと明示されます。怒りの向き先が自分であることで選択肢が絞れます。

<選択肢>

①【誤】

嘆いているのは自分の浅ましさではなく、会社の性格を見誤っていた迂闊さです。

②【誤】

会社への反発を理由とする読みですが、会社の営利精神を憎むのではないと直後で明確に否定されています。

③【誤】

社員相互の啓発による競争を重視している、という内容は本文にありません。

④【誤】

自嘲の念では、腹が立ってきたという語の説明になりません。また飢えの解消を前面に打ち出した提案という把握も本文と異なります。

⑤【正】

情報局と提携していた会社が純粋な慈善事業をするはずもないと思い至らなかったこと、夢だけを詰め込んだ構想を誇りをもって出したこと、そして自分の愚かさに気づき始めたこと、のすべてが本文に対応します。

問3:正解⑤

<問題要旨>

傍線部C(自分でもおどろくほど邪険な口調で老爺にこたえていた、とある箇所)に至るまでの「私」の心の動きを選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Cまでの三点をたどります。老爺は立っているのも精いっぱいの状態であること、「私」はある苦痛をしのびながらその手を振りはらったこと、そして人目がなければひざまずいて、これ以上自分を苦しめないでくれと頼みたかったこと。頭を下げたいのは詫びるためではなく、この場から逃れたいからだという点が決め手です。

<選択肢>

①【誤】

人目を気にしていたのは「私」のほうで、老爺が人目をはばからないことにいら立ったのではありません。主体がすり替わっています。

②【誤】

頭を下げたい理由は許しを乞うためではなく、これ以上苦しめないでほしいという訴えのためです。

③【誤】

老爺に自分と重なるところを感じるのはそのとおりですが、「自分にはない厚かましさ」を感じたとは書かれていません。

④【誤】

「私」が述べたのは自分も一食ずつしか食べていないという事情であって説得ではなく、嫌悪感という心情も書かれていません。

⑤【正】

かろうじて立っている老爺、苦痛をこらえていたこと、なおもすがられて向き合うことから逃れたくなったこと、が傍線部C直前の記述にそろって対応します。

問4:正解①

<問題要旨>

傍線部D(それを考えるだけで身ぶるいした、とある箇所)における「私」の状況と心理を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Dの直前の段落が根拠です。食堂で「私」の心を去来するのは、たらふく食べる者から着たきりの者までの「構図」の列挙で、その中の一つとして、朝起きたときから食物のことばかり考え、こそ泥のように芋や柿をかすめている自分自身の姿が置かれます。そのうえで、こんな日常が続いた先にどんなおそろしい結末が待っているのかと結ばれます。「貧富の落差」「自分もその中にいるという自覚」「この先の自分」の三点で切ります。

<選択肢>

①【正】

周囲の貧富の落差から自分の惨めな姿が浮かぶこと、食物への思いにとらわれている自覚、農作物を盗むような生活の先にある将来、のすべてが傍線部D直前に対応します。

②【誤】

厳しい現実を直視できていないのではなく、直視した先の結末に身ぶるいしています。因果が逆です。

③【誤】

老爺と自分を重ねるのは問3の箇所であって、傍線部Dの説明にはなっていません。

④【誤】

二十日という記述は月末が近いことを示す文脈で出るもので、社会の構造から抜け出せないという話ではありません。

⑤【誤】

見つめ直しているのは社会の動向への認識不足ではなく、このまま続けた先の自分自身です。

問5:正解①

<問題要旨>

傍線部E(食えないことはやはり良くないことだと思う、という「私」の発言)について、その説明を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Eの前の場面で庶務課長は、実力次第で昇給させるということと、朝も定刻前に来て残業もしているのを知っていて期待しているということ、つまり将来の待遇と現在の評価を並べています。「私」はそれを受けず、一日三円では食えないという現在の一点だけを理由に辞意を告げます。このとき「私」の内にあるのは水のように静かな怒りで、発言も低い声でなされます。「将来の待遇・評価ではなく現在の飢え」と「静かな口調」の二点で切ります。

<選択肢>

①【正】

不本意な業務も受け入れてきたこと、将来の待遇改善や今までの評価ではなく現在の飢えが決め手であること、淡々と伝えていること、がすべて対応します。

②【誤】

「つい感情的に反論した」とありますが、水のような静かな怒りとともに低い声で述べており、口調の把握が逆です。

③【誤】

諦めからのぞんざいな物言いではなく、すでに辞める決心を固めたうえでの申し出です。

④【誤】

怒りの原因は一日三円という額であって、月給か日給かという支給形態そのものではありません。「ぶっきらぼうに述べた」も口調と合いません。

⑤【誤】

負け惜しみという評価は本文になく、実際に辞職を申し出るという行動とも結びつきません。

問6:正解④

<問題要旨>

傍線部F(ある勇気がほのぼのと胸にのぼってくるのを感じていた、とある箇所)における「私」の心情を選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Fの直前に、人並みな暮しのできる給料を期待していたが、それが絶望だとはっきり判ったこの瞬間、とあります。またその前の場面では、辞めたらどうなるかという危惧を意識しながら、自分の道を自分で切りひらくほかない、新しい生き方を求めるほかない、と考えています。「期待が断たれた」「不安は残る」「それでも新しい生き方へ向かう気力」の三点で切ります。

<選択肢>

①【誤】

会社の期待に添って生きるか自由に生きるか、という対比は本文の構図ではありません。

②【誤】

課長の言葉は期待が裏切られた側の材料であって、それを思い出して自信が芽生えるという流れにはなっていません。

③【誤】

昇給の可能性という課長の言葉を、「私」はありがたいものとして受け取っていません。

④【正】

人並みの暮らしができる給料への期待が断たれたこと、将来への懸念を抱えたまま新たな生き方を模索する気力が湧いてきたこと、が対応します。

⑤【誤】

ほんとうに期待していたのは課長よりもむしろ自分のほうだった、と本文は述べています。主体が入れ替わっています。

問7:(ⅰ)正解③

<問題要旨>

マツダランプの広告と、本文末尾に出てくる「焼けビル」との共通点をまとめた空欄Ⅰに入るものを選ぶ設問です。資料には、この広告が戦時中の文言の一部を削って戦後に掲載し直されたものだという補足が付されています。

<考え方>

二つのものの性格をそろえて考えます。広告は戦時中に作られたものが、文言を一部改めただけで戦後も使われ続けているもの。焼けビルは戦災を受けながら焼け残り、戦後もそのまま会社が入って使われている建物です。どちらも、戦時下に存在したものが終戦後の変化の中を生き延びている、という点で重なります。

<選択肢>

①【誤】

広告も焼けビルも、軍事的な圧力が残っていることを示すものではありません。

②【誤】

広告が呼びかけるのは物資不足への対応であって、人びとの生活態度に倹約の精神が保たれているという話ではありません。

③【正】

戦時下に存在した事物が、終戦に伴う社会の変化の中でも生き延びている、という共通点を正しく言い当てています。

④【誤】

補足にあるとおり、広告はむしろ戦時中の国家貢献にかかわる文言を削って掲載されています。方針が支持され続けているとは言えません。

問7:(ⅱ)正解②

<問題要旨>

本文の最後の一文に注目し、「かなしくそそり立っていた」焼けビルを何の象徴と捉えられるかをまとめた空欄Ⅱに入るものを選ぶ設問です。

<考え方>

手がかりを二つ重ねます。最後の一文で焼けビルは「飢えの季節の象徴」と言われ、しかも「かなしく」と形容されること。そして空欄Ⅰで確かめたとおり、戦時下のものが戦後も残るという構図が広告と共通すること。会社を辞めても飢えは終わっていない、という読みが筋になります。

<選択肢>

①【誤】

会社そのものの象徴に限定してしまうと、「飢えの季節の象徴」という本文の言い方と結びつきません。

②【正】

解消すべき飢えが会社を辞めた後も続いているという読みが、「かなしく」という形容とも、空欄Ⅰで押さえた共通点とも合います。

③【誤】

飢えた生活や不本意な仕事との決別を象徴するのであれば、「かなしく」という形容と噛み合いません。

④【誤】

勇気を得たことの象徴とするのも同様に、「かなしく」という形容と矛盾します。

第3問

源俊頼『俊頼髄脳』の一節。皇后寛子のために父・藤原頼通の邸内で催された船遊びで、庭に集まっていた僧のうち歌よみの良暹が句を詠みかけ、船上の殿上人たちがそれに連歌を付けようとして付けられないまま日が暮れてしまう話です。問4では同じ俊頼の歌集『散木奇歌集』の一節が併せて示されます。

問1:正解ア③ イ④ ウ②

<問題要旨>

傍線部ア〜ウの解釈として適当なものを、各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ語句解釈の設問です。

<考え方>

語義と、誰が何をしている場面かの両方で決めます。アの「さしまはす」は棹をさして船を回す意、「やうやう」は次第にの意で、管絃の道具を前に置いて船を動かし始める場面。イの「ことごとし」は仰々しい・大げさだの意で、良暹から句を託された傍らの僧が船のほうへ進み出る場面。ウの「かへすがへす」は繰り返し思う意の副詞で、句を付けられずに終わりそうなことを嘆く文脈です。

<選択肢>

ア①【誤】

「さしまはす」に池を見回すという意味はありません。

ア②【誤】

準備はすでに済み、人々が船に乗り分かれたあとの場面です。

ア③【正】

「さす」は棹をさす、「まはす」は回すで、船をしだいに漕ぎ回していく意になります。

ア④【誤】

人が集まるという意味は語に含まれていません。集まるのはこれより前の場面です。

ア⑤【誤】

管絃の具を前に置いた段階で、演奏が始まったとは述べられていません。

イ①【誤】

「ことごとし」に、たちまちという速さの意はありません。

イ②【誤】

同じく、焦っているという意味はありません。

イ③【誤】

歩み寄る先は良暹ではなく船のほうです。向かう相手が逆になっています。

イ④【正】

「ことごとし」は仰々しい・大げさだの意で、船に向かってもったいぶって進み出た場面に合います。

イ⑤【誤】

「ことごとく」と混同した解釈で、「ことごとし」の語義ではありません。

ウ①【誤】

字面に引かれた解釈で、副詞としての意味になっていません。

ウ②【正】

「かへすがへす」は何度も思い返す意の副詞で、つくづく・どう考えてもの意になります。

ウ③【誤】

連歌の文脈に引かれた解釈で、語義ではありません。

ウ④【誤】

船が引き返す場面ではなく、句を付けられないことを嘆く場面です。

ウ⑤【誤】

話し合うという意味は語にありません。

問2:正解③

<問題要旨>

波線部a〜eについて、語句と表現に関する説明として適当なものを選ぶ設問です。

<考え方>

助動詞の識別と敬語の方向で一つずつ落とします。aは形容詞「若し」の未然形に婉曲の「む」が付いた形で、「らむ」ではありません。bの「侍り」は丁寧語ですが、会話文中なので敬意は話し手からその場の聞き手へ向かい、読み手へではありません。cの「にや」は断定の助動詞の連用形に疑問の係助詞「や」が付き、下に「あらむ」が省かれた形で、作者が地の文に推量を差し挟む言い方です。dの「ぬ」は打消の連体形、eの「なり」は動詞「なる」の連用形です。

<選択肢>

①【誤】

aは「らむ」ではなく「若から」に「む」が付いた形で、意味も現在推量ではなく婉曲です。

②【誤】

bの丁寧語の敬意は会話の聞き手に向かいます。読み手への敬意とするのは誤りです。

③【正】

cの「や」は疑問の係助詞で、あらかじめ用意していたのだろうかという作者の推量を地の文に挟み込んだ表現になっています。

④【誤】

dの「ぬ」は打消の助動詞の連体形で、強意ではありません。人々の驚きを強調するはたらきもありません。

⑤【誤】

eの「なり」は動詞「なる」の連用形であって、推定の助動詞ではありません。

問3:正解⑤

<問題要旨>

本文の1〜3段落の内容についての説明として適当なものを選ぶ設問です。

<考え方>

主語と時間の前後を段落ごとに確かめます。宮司たちが紅葉で船を飾ったのは当日より前で、当日は人々が集まる場面から始まること。庭に集まった僧たちは船遊びがあると聞いて自ら集まったこと。良暹を船に乗せなかったのは後で人に言われるのを避けようという殿上人側の判断であること。そして良暹自身は笑って平伏するだけで、答えたのは傍らの若い僧であること。この四点を照合すると、残るのは一つです。

<選択肢>

①【誤】

船を仕立てたのは当日より前で、当日は人々が集まる場面から始まります。当日になって準備し始めたという時間関係が本文と異なります。

②【誤】

僧たちは船遊びがあると聞いて自ら集まっており、僧正が祈禱を中止して呼び集めたとは書かれていません。

③【誤】

乗船を見合わせたのは殿上人側の判断であって、良暹が身分を理由に辞退したのではありません。

④【誤】

連歌をさせようという案に対してもう一方の船の人々は難色を示しています。批判を避けるために連歌も行うことにした、という因果は本文にありません。

⑤【正】

良暹は目を細めて笑い平伏するだけで、傍らにいた若い僧が代わって答えた、という3段落の記述どおりです。

問4:(ⅰ)正解④

<問題要旨>

『散木奇歌集』に載る俊重の句と、それに俊頼が付けた句との、二つの句のつながりを説明する空欄Xに入る発言を選ぶ設問です。

<考え方>

教師が掛詞に注目せよと促しているので、どの語に二つの意味が重なるかを探します。俊重の句は、釣殿の下に魚が住んでいないのだろうか、と問う内容。俊頼の句は、うつばりの影が水底に見えている、という内容です。注で「うつばり」が屋根の重みを支える梁だと説明され、読みに「はり」が添えられており、ここに釣針の「針」が重なります。梁の影が釣針のように水底に映るから魚が寄りつかない、という理由づけになって二句がつながります。

<選択肢>

①【誤】

俊重の句を「皆が釣りすぎたせいで魚の姿が消えた」とするのは句の内容と異なり、俊頼の句も釣針が水底に落ちているという内容ではありません。

②【誤】

「うつばり」に「鬱」を掛けるという読みは、注の語釈からも二句のつながりからも導けません。

③【誤】

俊頼の句の「そこ」を「あなた」と取ると、梁の影という句の中心の語が働かなくなり、二句のつながりが説明できません。

④【正】

「うつばり」に「針」を重ね、梁の影が釣針のように水底に映るから魚が住まないのだ、という付け方で二句がつながります。

問4:(ⅱ)正解①

<問題要旨>

本文3段落で良暹が詠みかけた句がどういう句かをまとめた空欄Yに入る発言を選ぶ設問です。

<考え方>

句の置かれた場面と、句の中の掛詞の二つで決めます。場面は、紅葉を多く取り寄せて屋形を飾った船が池を廻っているところ。句の「こがれて」には、紅葉が色づく意の「焦がれて」と、船が漕がれる意の「漕がれて」が重なります。場に合わせて詠まれた句であることと、この掛詞の二点がそろう選択肢を選びます。

<選択肢>

①【正】

船遊びの場にふさわしい句であること、「こがれて」に「焦がれて」と「漕がれて」が掛かることの両方を正しく説明しています。

②【誤】

恋の句と読む根拠はなく、舞台も海ではなく邸内の池です。

③【誤】

「もみぢ葉」を寛子の美しさ、「御船」を藤原氏の栄華とする比喩の読みは、本文にも句にも根拠がありません。

④【誤】

マ行の音の重なりで響きを整えたという説明は、教師が注目させた掛詞という観点から外れています。

問4:(ⅲ)正解③

<問題要旨>

本文4・5段落の状況をまとめた空欄Zに入る発言を選ぶ設問です。

<考え方>

4・5段落の出来事を順に押さえます。誰も句を付けられないまま築島を一めぐりし、二めぐりして日が暮れること。船に積んだ管絃の道具も、かき鳴らす者のないまま終わること。庭に集まっていた人々は立ち去り、船を下りた人々も散り、宮司の用意も無駄に終わること。句を付けられなかったことが催し全体を流してしまった、という筋になります。

<選択肢>

①【誤】

船同士が言い交わすのは付けるのが遅いという催促で、良暹を指名した責任をめぐる言い争いではありません。

②【誤】

宴を中止すると決めたのではなく、句が付かないまま時間が過ぎて自然に流れてしまっています。

③【正】

その場で句を付けられず、時間が経っても池の周りを廻るばかりで、場をしらけさせたまま散会して催しが台無しになった、という4・5段落の流れどおりです。

④【誤】

念入りに準備したのは殿上人ではなく宮司です。また末尾は反省の場ではなく、人々が散り用意が無駄に終わる場面です。

第4問

白居易『白氏文集』から、官吏登用試験に備えて自ら作った予想問題と、それに対する模擬答案。予想問題は、君主は賢者を求め賢者は仕えたいと願うのになぜ両者が出会わないのかを問い、模擬答案はその隔たりの原因と、同類を手がかりに推薦させるという方策を述べます。

問1:正解ア① イ① ウ⑤

<問題要旨>

波線部ア「無由」、イ「以為」、ウ「弁」の、ここでの意味として適当なものを各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ語義の設問です。

<考え方>

文脈の中での働きで決めます。アは、臣下が力を尽くそうとしてもそれがかなわないという文脈にあり、「由」は手だての意。イは「おもへらく」と読んで、以下に自分の考えを述べ始める言い方。ウは「求賢有術、弁賢有方」という対句の一方で、賢者を求める術と並べて賢者を見分ける方法を言う箇所です。

<選択肢>

ア①【正】

「由」は手だての意で、力を尽くそうにもその方法がない、という文脈に合います。

ア②【誤】

原因の有無を論じている箇所ではありません。

ア③【誤】

意味の有無を問題にしている箇所ではありません。

ア④【誤】

伝承の有無は話題になっていません。

ア⑤【誤】

信用の有無は話題になっていません。

イ①【正】

「以為」は「おもへらく」と読み、これ以降に自分の見解を述べる語です。

イ②【誤】

同情を表す語ではありません。

イ③【誤】

実行するという意味はありません。

イ④【誤】

目撃するという意味はありません。

イ⑤【誤】

命ずるという意味はありません。

ウ①【誤】

弁償の意では、対句の「賢者を求める」と釣り合いません。

ウ②【誤】

弁護の意では、賢者を得る方法という文脈に合いません。

ウ③【誤】

弁解の意では、直後で述べられる同類を調べるという方策につながりません。

ウ④【誤】

弁論の意では、賢者を得るための方法という話になりません。

ウ⑤【正】

賢者を見分ける、という意で読むと対句が成立し、同類を調べて推薦させるという続きにも自然につながります。

問2:正解③

<問題要旨>

予想問題の傍線部Aの解釈として適当なものを選ぶ設問です。

<考え方>

二重否定を丁寧にほどきます。前半は「其の賢を求めんことを思はざるは無し」で、賢者を求めようと思わない君主はいないという全称。後半は「其の用を効さんことを思はざるは罔し」で、「効」は差し出す・尽くすの意ですから、自分の働きを役立てたいと思わない賢者はいないという全称です。前半・後半とも肯定の方向になることが決め手です。

<選択肢>

①【誤】

「賢者の仲間を求める」「無能な臣下を退けたい」はどちらも原文にない内容です。

②【誤】

後半は仕えたいという肯定の内容なので、「要請を辞退したい」では意味が逆になります。

③【正】

賢者を登用したいと思う君主と、自分の働きを役立てたいと思う賢者、という二つの全称を正しく訳しています。

④【誤】

後半を否定的に読んでおり、二重否定のほどき方を誤っています。

⑤【誤】

「称賛を得ようと思っている」「信用されたい」は、原文の「其の賢を求む」「其の用を効す」から離れています。

問3:正解⑤

<問題要旨>

傍線部Bについて、返り点の付け方と書き下し文との組合せとして適当なものを選ぶ設問です。

<考え方>

まず句法を決めます。「豈不以〜」は「豈に〜を以てならずや」という反語で、理由を示す「以」が、後に続く四つの句すべてを受けます。したがって読む順は、貴賤相懸・朝野相隔・堂遠於千里・門深於九重を読んでから「以」に返り、最後に「不」へ返る形。「於千里」「於九重」は一・二点で処理し、「以」と「不」はそれより外側の返り点で受けることになります。書き下し文の側で見れば、「〜を以てならずや」が末尾に一度だけ来るものが正解です。

<選択肢>

①【誤】

「以てならずして」でいったん切れており、「以」が最初の句だけを受ける形になっています。反語の結びも失われます。

②【誤】

同じく「以」が二つ目の句までしか受けず、四つの句をまとめて受ける形になっていません。

③【誤】

「堂は千里よりも遠きを以てならずして」と三つ目の句で切っており、最後の句が「以」の外に出てしまいます。

④【誤】

「深からずや」となっていて、否定の「不」が最後の句だけに掛かる形です。「豈不以」という反語の骨格が崩れます。

⑤【正】

四つの句をすべて「以」が受け、末尾を「以てならずや」で結ぶ形になっており、返り点もこの読み順と一致します。

問4:正解①

<問題要旨>

傍線部Cで、賢者を得る方法が「線」と「矢」にたとえられていることについて、この二つのどのような点に着目した比喩かを選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Cの直後の二文が根拠です。線は針があってはじめて通り、矢は弦があってはじめて放たれること。そして線や矢があっても針や弦がなければ、自力で目的の場所に至ることはできないと述べられます。焦点は、媒介となるものがなければ単独では働けない、という点にあります。

<選択肢>

①【正】

針・弦という媒介なしには単独で力を発揮できない、という点に着目した比喩です。

②【誤】

線と矢を互いに結びつける話はしていません。問題になるのは二つの関係ではなく、それぞれと媒介との関係です。

③【誤】

針や弦と絡み合うと力を発揮できない、では直後の記述と逆になります。

④【誤】

線と矢が助け合うという設定は本文にありません。

⑤【誤】

針や弦の助けがなくても発揮できる、では直後の記述と正反対です。

問5:正解③

<問題要旨>

傍線部Dについて、空欄Xに入る語と、その書き下し文との組合せを選ぶ設問です。

<考え方>

文の骨格をつかみます。傍線部Dを含む一文は、そもそも必ず同類によるのは〜だからである、という理由を述べて結ぶ構文です。その結びの直前に「若し類を以て求むれば」という条件が置かれているので、空欄にはこの条件を受けて肯定で結ぶ語が入ります。さらに直後の一文が、水は湿へ流れ火は乾へ向かうように同類は引き合うと述べているので、反語で打ち消す読みは成り立ちません。

<選択肢>

①【誤】

「類を以てせずして至る」では、同類によって求めれば同類が来るという論旨と食い違います。

②【誤】

「何ぞ〜んや」の反語では、直後で述べられる自然の理の説明とつながりません。

③【正】

条件を受けて「必ず類を以て至ればなり」と肯定で結び、理由を述べて終わる構文の結びにもなっています。

④【誤】

「誰か〜んや」も反語で、同類が引き合うという論旨と合いません。

⑤【誤】

「嘗て」では過去の一度の出来事になり、一般的な理を述べる文脈に合いません。

問6:正解④

<問題要旨>

傍線部E(自然の理なり、と結ぶ箇所)がどういう意味を表しているかを選ぶ設問です。

<考え方>

傍線部Eの直前に置かれた二つの例で決めます。水は湿ったところへ流れ、火は乾いたものへ向かう。どちらも似た性質のものどうしが引き合う例です。さらに直前の一文が、同類によって求めれば同類が来ると述べていることと重ねれば、同じ性質のものが互いに求め合うのが自然だという意味になります。

<選択肢>

①【誤】

水と湿、火と乾はいずれも性質の近いものどうしの組合せで、相反する性質のものの話ではありません。

②【誤】

互いに打ち消し合う、干渉するという話ではありません。

③【誤】

水や火が湿地や乾燥を作り出すという読みになっており、同類が引き合うという趣旨から外れます。

④【正】

性質を同じくするものが互いに求め合うのが自然だ、という趣旨で、直前の同類の議論とも一致します。

⑤【誤】

長所と短所があるという論点は本文にありません。

問7:正解④

<問題要旨>

予想問題の問いに対して、作者が模擬答案でどう答えたのかを選ぶ設問です。

<考え方>

模擬答案を二つに分けて読みます。前半は出会えない理由で、身分の隔たり、朝廷と民間の隔たり、そして君主のいる堂が千里よりも遠く門が九重よりも深いことが挙げられます。後半は方策で、それぞれの同類をよく調べ、その者たちに推薦させるだけでよい、と述べます。「隔たりゆえに見つけ出せない」という理由と、「同類を見極めて推挙させる」という方策の両方を備える選択肢を選びます。

<選択肢>

①【誤】

模擬答案の方策は推薦であって、採用試験を多く実施することではありません。

②【誤】

挙げられているのは身分や場所の隔たりであって心の離反ではなく、方策も君主の考えを広く伝えることではありません。

③【誤】

模擬答案はむしろ同類の集団を手がかりにせよと述べており、党派に加わらないことを見分けよという主張とは方向が逆です。

④【正】

隔たりゆえに君主が賢者を見つけ出せないという理由と、賢者のグループを見極めてその中から推挙してもらうという方策の両方に合致します。

⑤【誤】

門の深さは隔たりを示す比喩として挙げられているもので、門を開放して広く受け入れよという方策は述べられていません。

※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

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