2021年度 大学入学共通テスト 本試験 国語 解答・解説

2021年度 大学入学共通テスト 本試験「国語」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。

目次
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解答

解説

2021年度(令和3年度)大学入学共通テスト本試験「国語」の全4大問・解答番号1〜38について、解答と考え方をまとめました。試験時間80分・200点満点、各大問50点の配点です。

センター試験から共通テストへ移行した最初の年度で、「複数の文章・資料を関連づけて読む」という新方針が全大問に貫かれています。第1問は生徒のノートと芥川「歯車」、第2問は発表当時の新聞批評、第3問は『千載和歌集』の別の返歌、第4問は詩と『韓非子』——いずれも本文だけでは答えが決まらない設計です。

なお、漢字問題が五択から四択になった点、第1問に段落番号が振られ構成を追いやすくなった点も、この年度からの変更です。

※ 著作権に配慮し、本文(問題文)の引用は行っていません。問題冊子をお手元にご用意のうえお読みください。

第1問 評論(香川雅信『江戸の妖怪革命』)

妖怪観の変容を、フーコーの「アルケオロジー」の手法で読み解く評論。共通テスト最大の新形式である「ノート」問題(問5)がここに置かれ、本文と生徒のノート、さらに別資料(芥川龍之介「歯車」)を突き合わせる設問が出ました。配点50点。

問1 漢字(解答番号1〜5・各2点) 正解 ③①②③①

<問題要旨>
傍線部(ア)〜(オ)に相当する漢字を含むものを、各群の①〜④から一つずつ選ぶ。共通テストでは五択ではなく四択になりました。

<考え方>
(ア)ミンゾク=民俗 → ③ 公序良俗(①所属/②海賊/④継続)
(イ)カンキ=喚起 → ① 召喚(②返還/③栄冠/④交換)
(ウ)エンヨウ=援用 → ② 救援(①沿線/③順延/④円熟)
(エ)ヘダてる=隔てる → ③ 隔絶(①威嚇/②拡充/④地殻)
(オ)トウエイ=投影 → ① 意気投合(②倒置/③系統/④奮闘)

四択になったぶん一問あたりの正答率は上がりますが、(ウ)の「援用」のように評論特有の語が傍線部に選ばれています。読解と並行して語彙も確認しておきたいところ。

問2 傍線部A(解答番号6・7点) 正解 ①

<問題要旨>
「民間伝承としての妖怪」とは、どのような存在か。

<考え方>
第3段落が根拠です。人間は日常的な因果の了解に基づいて現象を認識し未来を予見しているが、時たまそれでは説明のつかない現象に遭遇する。それは通常の認識や予見を無効化するため、心に不安と恐怖を喚起する。この意味論的な危機に対し、それを意味の体系のなかに回収するために生み出された文化的装置が「妖怪」だった——。

これを一文にまとめたのが①「人間の理解を超えた不可思議な現象に意味を与え日常世界のなかに導き入れる存在」。

⑤「意味論的な危機を人間の心に生み出す存在」は因果が逆。妖怪は危機を生み出すのではなく、危機に対処するために生み出されたものです。

問3 傍線部B(解答番号7・7点) 正解 ②

<問題要旨>
「アルケオロジー的方法」とは、どのような方法か。

<考え方>
第7段落の定義をそのまま拾います。フーコーの言うアルケオロジーとは、思考や認識を可能にしている知の枠組み(エピステーメー)の変容として歴史を描き出す試み。人間は認識に先立って「客観的に」存在する秩序そのものに触れているのではなく、ある枠組みを通してはじめて事物を認識する。そしてその枠組みは時代とともに変容する。

正解は②。

①「考古学の方法に倣い、その時代の事物の客観的な秩序を復元して描き出す」は、本文が明確に否定している「客観的に存在する秩序」を持ち込んでおり誤り。「考古学」は訳語にすぎず、方法そのものではない点にも注意です。

問4 傍線部C(解答番号8・7点) 正解 ②

<問題要旨>
「妖怪の『表象』化」とはどういうことか。

<考え方>
二つの時代を対比して整理します。
中世——妖怪の出現は「凶兆」と解釈され、神霊からの「言葉」を伝える一種の「記号」だった。
近世——「記号」は人間が約束事のなかで作り出せるものとなり、妖怪は名前や視覚的形象で弁別される「表象」=キャラクターとなって、完全にリアリティを喪失し、娯楽の題材へと化していった。

したがって②「神霊の働きを告げる記号から、人間が約束事のなかで作り出す記号になり、架空の存在として楽しむ対象になった」が正解。

「記号」という一語が中世と近世で意味を変えている——そこを押さえられるかどうかがこの設問の分かれ目です。

問5(ⅰ) ノート1の空欄(解答番号9・5点) 正解 ④

<問題要旨>
Nさんが本文の1〜18段落に見出しをつけて整理した【ノート1】の、空欄Ⅰ(1〜3段落)・Ⅱ(4〜5段落)に入る語句の組合せを選ぶ。

<考え方>
段落ごとの役割を言語化します。
Ⅰ(1〜3段落)——第1段落で問いを立て、第2段落で「フィクションとしての妖怪という領域自体が歴史性を帯びたもの」と述べ、第3段落で民俗的心意からの発生を説明。核は妖怪に対する認識の歴史性。
Ⅱ(4〜5段落)——第5段落が「妖怪に対する認識がどのように変容したのか。そしてそれは、いかなる歴史的背景から生じたのか」と、本書全体の問いを明示。

両方を満たすのは④。

③もⅡは同じですが、Ⅰを「娯楽の対象となった妖怪の説明」とする点が誤り。この三段落の主眼は説明ではなく歴史性の指摘です。

問5(ⅱ) ノート2の空欄(解答番号10・11・各3点) 正解 ③④

<問題要旨>
近世から近代への変化をまとめた【ノート2】の空欄Ⅲ・Ⅳに入る語句を、それぞれ四つの選択肢から選ぶ。

<考え方>
Ⅲ(近世に現れたもの)=③ 視覚的なキャラクターとしての妖怪
第14段落——妖怪は「言葉」の世界から切り離され、名前や視覚的形象によって弁別される「表象」となり、キャラクターとなって完全にリアリティを喪失した。

Ⅳ(近代に認識されるようになったもの)=④ 不可解な内面をもつ人間
第17段落——謎めいた「内面」を抱え込んだことで「私」は私にとって「不気味なもの」となり、未知なる可能性を秘めた神秘的な存在となった。妖怪はこのような「私」を投影した存在として現れる。

ノート2の一文は「近代の妖怪は近世の妖怪にはなかったリアリティを持った存在として現れるようになった」と結ばれています。近世で失われたリアリティが、近代に「私」の内面を通じて回復する——この筋が見えれば、Ⅲ・Ⅳは一続きに決まります。

問5(ⅲ) 資料と結ぶ(解答番号12・8点) 正解 ②

<問題要旨>
Nさんが出典『江戸の妖怪革命』を読んで作成した【ノート3】の空欄Ⅴに入るものを選ぶ。芥川龍之介「歯車」のドッペルゲンガーの一節が引かれている。

<考え方>
「歯車」の一節を丁寧に読みます。
・「第二の僕、——独逸人の所謂 Doppelgaenger は仕合せにも僕自身に見えたことはなかった」(=自分では見ていないので、ひとまず安心)
・しかしK君の夫人と、故人となった翻訳家が第二の僕を見かけていた(=心当たりのない場所で目撃されていた)
・「死はあるいは僕よりも第二の僕に来るのかも知れなかった」(=もう一人の自分に死が訪れるのでは)

この三点をそのまま並べたのが②。そして「これは、『私』が自分自身を統御できない不安定な存在であることの例にあたる」という結びが、本文第17段落の「『私』は私にとって『不気味なもの』となり」と噛み合います。

引用文と本文の両方に照らして選ぶ——複数の文章を関連づけるという共通テストの狙いが最もはっきり出た設問です。

第2問 小説(加能作次郎「羽織と時計」)

病気で休職した同僚W君から贈られた羽織と時計。その二つの品が、かえって「私」とW君を遠ざけてしまう——という心理小説。問6では発表当時の新聞批評(宮島新三郎)を資料として読ませ、評者と異なる見解を選ばせるという新形式が登場しました。配点50点。

問1 語句の意味(解答番号13〜15・各3点) 正解 ②②①

<問題要旨>
傍線部(ア)〜(ウ)の本文中における意味として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>
(ア)「術もなかった」=② 手立てもなかった
「術(すべ)」は手段・方法。貧乏な「私」には礼服を用意する方法がなかった、という文脈です。

(イ)「言いはぐれて」=② 言う機会を逃して
動詞に付く「〜はぐれる」は「〜しそこなう・機会を失う」。③「言うのを忘れて」では、その後もずっと打ち明けられずにいる「私」の心理が説明できません。

(ウ)「足が遠くなった」=① 訪れることがなくなった
「足が遠のく」と同義の慣用句。②「時間がかかるようになった」は字面に引かれた誤りです。

問2 傍線部A(解答番号16・6点) 正解 ③

<問題要旨>
「擽ぐられるような思」とあるが、それはどのような気持ちか。

<考え方>
状況を二つに分解します。
・妻は羽織を「よくそれでも羽織だけ飛び離れていいものをお拵えになりましたわね」とほめ、結婚の折に自分で誂えたものと信じている。
・しかし実際はW君から貰ったもので、「私」は言いはぐれたまま打ち明けていない。

ほめられるうれしさと、事実を告げていない後ろめたさ——この二つが入り混じった落ち着かなさが「擽ぐられるような思」です。正解は③。

「擽ぐる」という語のくすぐったさ・居心地の悪さを、単一の感情ではなく相反する二つの感情として説明できているのは③だけです。

問3 傍線部B(解答番号17・7点) 正解 ①

<問題要旨>
「何だかやましいような気恥しいような、訳のわからぬ一種の重苦しい感情」とはどういうことか。

<考え方>
「羽織と時計――。私の身についたものの中で最も高価なものが、二つともW君から贈られたものだ」——この一文が出発点です。

貧しい「私」にとって、それらは自分には到底釣り合わないほど立派な品。しかも時計は自ら希望したわけでもなく、W君が同人たちから醵金までして贈ってくれたもの。感謝の念と同時に「或る重い圧迫」を感じざるを得ない——つまり、自分を厚遇しようとするW君の熱意を過剰なものに感じてとまどっているのです。正解は①。

②「自ら希望した時計にも実はさしたる必要を感じていなかった」は本文にない事実の追加。④⑤は「体裁」「見返りへの期待」など、W君の側の意図を歪めています。

問4 傍線部C(解答番号18・8点) 正解 ①

<問題要旨>
「私はW君よりも、彼の妻君の眼を恐れた」——「私」が「妻君の眼」を気にするのはなぜか。

<考え方>
手前の事実を並べます。
・W君は病気が再発して社を辞め、パン菓子屋を開いたが店は従妹が支配し、W君自身は寝たきりで生活苦にある。
・「私」は転職や結婚を経て、一度見舞わねばと思いながら久しく無沙汰を続けてしまった。
・その無沙汰に自責を感じれば感じるほど、かえって訪ねるのが億劫になる。

そこへ、羽織と時計という恩恵的債務が重なる。看病を続けてきた妻君の眼に、自分の冷たさを責められるように感じるのです。正解は①。

④「妻君の前では卑屈にへりくだらねばならないことを疎ましくも感じている」は、W君夫妻への反感を読み込みすぎ。「私」の感情はあくまで自分に向いた後ろめたさです。

問5 傍線部D(解答番号19・8点) 正解 ⑤

<問題要旨>
「私は少し遠廻りして、W君の家の前を通り……態と其の店に餡パンを買わせた」——この行動をどう説明するか。

<考え方>
傍線部の直後に理由が書かれています——「実はその折陰ながら家の様子を窺い、うまく行けば、全く偶然の様に、妻君なり従妹なりに遇おうという微かな期待をもって居た為めであった」。

そして妻には「原っぱで子供に食べさせるのだから」と口実を告げている。羽織の出所をずっと誤魔化してきたため、今さら本当のことは言えないのです。正解は⑤。

①「かつてのような質素な生活を演出しようと作為的な振る舞いに及んでいる」、③「せめて店で買い物をすることによって、かつての厚意に少しでも応えることができれば」はいずれも本文の説明とずれます。傍線部の直後に理由が明示されているタイプなので、確実に取りたい一問。

問6 資料との対照(解答番号20・21・各6点) 正解 ④・④

<問題要旨>
発表当時の新聞批評【資料】(宮島新三郎『師走文壇の一瞥』1918年)を読み、(ⅰ)評者の意見の説明と、(ⅱ)評者とは異なる見解を選ぶ。

<考え方>
(ⅰ)解答番号20=④
評者は「羽織と時計とに執し過ぎた」ことを「小話臭味の多過ぎた嫌い」と表現し、もしそれを取り去って「『私』の見たW君の生活、W君の病気、それに伴う陰鬱な、悲惨な境遇を如実に描いたなら、一層感銘の深い作品になったろう」と述べます。
つまり——挿話としてのまとまりを優先した結果、W君の生活や境遇の描き方が断片的になった。これが④です。

(ⅱ)解答番号21=④
本文中の「羽織と時計――」は43行目と53行目に現れます。とくに53行目は「併し本当を言えば、この二つが、W君と私とを遠ざけたようなものであった」と続く。
W君の厚意が皮肉にも自分を遠ざける結果になった——その経緯を「私」が切ない心中として吐露している、と読むのが④。評者が「執し過ぎ」と否定的に見た繰り返しを、逆に作品の核心として積極的に評価する読み方であり、設問の「評者とは異なる見解」という条件に合致します。

批評文を読んで賛成・反対を判断させる設問は、資料の主張を一文で要約してから選択肢に当たるのが鉄則です。

第3問 古文(『栄花物語』)

藤原長家が妻を亡くし、その亡骸を法住寺に移す場面から始まる一節。問5では『千載和歌集』に載る別の返歌と読み比べるという複数資料形式が採られました。人物関係図が問題冊子に示されているのも共通テストならでは。配点50点。

問1 語句の解釈(解答番号22〜24・各5点) 正解 ④③①

<問題要旨>
傍線部(ア)〜(ウ)の解釈として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>
(ア)「えまねびやらず」=④ 表現しつくすことはできない
「え〜ず」は不可能。「まねぶ」はそのまま言葉にして伝えること、「〜やる」は最後まで〜する。直前に「いへばおろかにて」(言葉にすると不十分で)とあるのが決定的なヒント。

(イ)「めやすくおはせしものを」=③ 感じのよい人でいらっしゃったのになあ
「めやすし」は見た目が感じよく好ましいさま。直前に「顔かたちもよりはじめ、心ざま」と並ぶので、容貌だけを指す④「見た目のすぐれた人」では狭すぎます。

(ウ)「里に出でなば」=① 自邸に戻ったときには
「里」は宮中や寺に対する自邸。今は法住寺に籠っているので、邸に帰ったら絵物語を取り出して慰めにしよう、という文脈です。

問2 傍線部A(解答番号25・7点) 正解 ①

<問題要旨>
「『今みづから』とばかり書かせたまふ」——長家がそのような対応をしたのはなぜか。

<考え方>
直前に「よろしきほどは」とあるのが鍵です。「よろし」は「すばらしい」ではなく並一通り・悪くはない程度の意。つまり、さほど深い関わりのない相手に対しては、という限定。

そうした人々からのおくやみには「今みづから(そのうち自分で)」とだけ書かせる——丁寧な返事をする心の余裕がなかったのです。正解は①。

④「いくらか時間ができた時には、ほんの一言ならば返事を書くことができたから」は、「よろしきほど」を時間の余裕と読み違えたもの。古語「よろし」の語義一つで正誤が分かれます。

問3 傍線部B(解答番号26・6点) 正解 ①

<問題要旨>
「よくぞもてまゐりにけるなど、思し残すことなきままに、よろづにつけて恋しくのみ思ひ出できこえさせたまふ」の語句や表現に関する説明を選ぶ。

<考え方>
事実関係を整理します。妻が長年書き集めていた絵物語は、数年前の火事ですべて焼けてしまった。その後あらためて集めたものを枇杷殿(妍子)へ持参したところ、たいそう喜んで納められた——だから焼けずに残った。

「よくぞ……ける」はその行為を振り返って「そうしておいてよかった」としみじみ思う感慨。正解は①。

⑤「『させ』は使役の意味」とありますが、「思ひ出できこえさせたまふ」の「させ」は最高敬語(二重敬語)の一部であって使役ではありません。助動詞の識別を問う、よくできた誤答選択肢です。

問4 登場人物の説明(解答番号27・6点) 正解 ⑤

<問題要旨>
この文章の登場人物についての説明として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>
亡き妻についての記述を拾い集めます——「手うち書き」(字を書き)、「絵などの心に入り、さいつころまで御心に入りて、うつ伏しうつ伏して描きたまひし」(絵に熱心で、最近まで熱中して描いていた)、「顔かたちもよりはじめ、心ざま、めやすくおはせし」(容貌も気立ても申し分なかった)。

三点すべてを備えるのが⑤。

①「『大北の方』だけは冷静さを保って人々に指示を与えていた」は本文と逆で、大北の方も「またおしかへし臥しまろばせたまふ」と取り乱しています。誰についての記述かを一つずつ確認する——人物の多い古文では、これが最も確実な解き方です。

問5 『千載和歌集』との読み比べ(解答番号28・29・各8点) 正解 ③・⑥

<問題要旨>
【文章】を読み、和歌X(進内侍の弔問歌)・Y(『栄花物語』での長家の返歌)・Z(『千載和歌集』での長家の返歌)について適当なものを二つ選ぶ。

<考え方>
三首の関係を整理します。
X(進内侍) 悲しさをかつは思ひも慰めよ誰もつひにはとまるべき世か
 → 誰もいつかは必ず死ぬのだから、一方では心を慰めなさい。
Z(『千載和歌集』の返歌) 誰もみなとまるべきにはあらねども後るるほどはなほぞ悲しき
 → 確かに誰も留まれはしないけれど、先立たれた今はやはり悲しい。
Y(『栄花物語』の返歌) 慰むる方しなければ世の中の常なきことも知られざりけり
 → 慰めようがないので、世の無常ということも実感できない。

③が正解——ZはXの論理にひとまず同意(「とまるべきにはあらねども」)したうえで、それでも今は悲しいと訴える。逆接「ども」の働きがそのまま選択肢の構造になっています。

⑥が正解——Yを詠んだ後、本文は「かやうに思しのたまはせても、いでや、もののおぼゆるにこそあめれ、まして月ごろ、年ごろにもならば、思ひ忘るるやうもやあらんと、われながら心憂く思さる」と続きます。無常など分からないと詠みながら、そう詠めたこと自体が分別のある証拠ではないか、いずれ忘れてしまうのではないか——という内省。【文章】末尾の「長家が内省を深めてゆく様子が描かれている」と正確に対応します。

二つの返歌の論理構造の違いを掴むこと、そして和歌の後の地の文まで読み切ること。この二点が要求された、共通テストらしい設問です。

第4問 漢文(欧陽脩の詩と『韓非子』)

詩(【問題文Ⅰ】欧陽脩『欧陽文忠公集』)と散文(【問題文Ⅱ】『韓非子』)という二つの文章を並べ、どちらも「御術」=馬車を操縦する術を主題とする、という設計。二文章を関連づける問3・問6が新形式の核です。配点50点。

問1 語の意味(解答番号30・31・各4点) 正解 ①⑤

<問題要旨>
波線部(ア)「徒」・(イ)「固」のここでの意味と最も近い意味を持つ漢字を選ぶ。

<考え方>
(ア)「徒」=① 只
「伯楽は其の外を識るも、徒に価の千金なるを知るのみ」——伯楽は外見を見分けるが、ただ値打ちが千金だと知るだけだ。副詞「徒(ただ)に」=むなしく・ただ〜だけ。②復(また)③当(まさに)④好(よく)⑤猶(なお)とは別語です。

(イ)「固」=⑤ 本
「此の術固より已に深し」——この術はもともとすでに奥深い。「固(もと)より」=本来・元来。①強②難③必④絶はいずれも「固」の別の語義(かたい・かたく)に引きずられた誤答です。

漢字一字の意味を別の漢字で置き換えさせる形式。訓読したときの読み(ただニ/もとヨリ)から逆算するのが最短ルートです。

問2 語句の解釈(解答番号32〜34・各5点) 正解 ⑤③④

<問題要旨>
波線部(1)「何」・(2)「周」・(3)「至哉」のここでの解釈を選ぶ。

<考え方>
(1)「何」=⑤ なんと
「毛骨何ぞ蕭森たる」——毛なみと骨格はなんとひきしまって美しいことか。詠嘆の「何ぞ〜たる」。④「どうして」(疑問・反語)では、名馬を讃える詩の冒頭として意味が通りません。

(2)「周」=③ あらゆるところに
「九州も周く尋ぬ可し」——中国全土をくまなく巡ることができる。「周(あまね)く」=すみずみまで。

(3)「至哉」=④ このような境地にまで到達できるものなのか
「至れる哉 人と馬と 両つながら楽しみて相侵さず」——人と馬が互いに侵すことなくともに楽しむ、この究極の境地よ、という詠嘆。詩の結びとして、具体的な速さ(⑤)や距離(①)ではなく到達した境地そのものを讃えていると読みます。

問3 二文章を結ぶ空欄X(解答番号35・6点) 正解 ②

<問題要旨>
【問題文Ⅰ】の傍線部A「馬雖有四足、遅速在吾〔X〕」の空欄Xには、【問題文Ⅱ】の二重傍線部(a)〜(e)のいずれかが入る。Xに入る語を選ぶ。

<考え方>
【問題文Ⅱ】の該当箇所——「凡そ御の貴ぶ所は、馬体(a)車に安んじ、人心(b)馬に調ひて、而る後以て速きを進むること可くして、遠きを致す可し」。御術で重んじられるのは、馬の体が車に馴染み、人の心が馬と調和することだ、というのです。

【問題文Ⅰ】の傍線部Aは「馬に四足有りと雖も、遅速は吾が〔X〕に在り」——馬に四本の足があっても、速いか遅いかは自分の〔X〕次第。続く句が「六轡は吾が手に応じ、調和すること瑟琴の如し」と、まさに調和を歌っています。

したがってX=(b)心、正解は②。

①(a)体は馬の側の語、④(d)先・⑤(e)臣は後半の襄主とのやりとりの語。二つの文章に共通するキーワードを探すという、この大問全体の設計を象徴する一問です。

問4 返り点と書き下し(解答番号36・6点) 正解 ④

<問題要旨>
傍線部B「惟意所欲適」の返り点の付け方と書き下し文との組合せを選ぶ。

<考え方>
書き下し文 惟だ意の適かんと欲する所にして
返り点 惟 意[レ]所[レ]欲[レ]適

構造を分解します。「所欲適」=適(ゆ)かんと欲する所。「意の」がその主語にあたり、「惟だ」が全体を限定する。つまり「ただ心の行きたいと思う所へ」。

直前の句が「東西南北 高きに下るも山と林とに与いて」、直後が「九州も周く尋ぬ可し」ですから、行き先が心のままであるという読みが文脈に合います。正解は④。

「所〜」(〜するところ)は下から返って読む形。「所」の直後の動詞をまとめて名詞化すると考えれば、返り点の形は自然に決まります。

問5 傍線部C(解答番号37・6点) 正解 ⑤

<問題要旨>
「今君後則欲逮臣、先則恐逮于臣」の解釈として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>
書き下すと——「今君は後るれば則ち臣に逮ばんと欲し、先んずれば則ち臣に逮ばれんことを恐る」。
・後れれば → 私に追いつこうとする(欲逮臣)
・先んじれば → 私に追いつかれることを恐れる(恐逮于臣)

この対比を正確に訳したのが⑤「あなたは私に後れると追いつくことだけを考え、前に出るといつ追いつかれるかと心配ばかりしていました」。

ポイントは「于」一字。「逮于臣」の「于」が受身を示し、能動(逮臣)と受身(逮于臣)が対になっています。ここを読み落とすと①②のように両方を能動に取ってしまいます。

問6 二文章の総合(解答番号38・9点) 正解 ③

<問題要旨>
【問題文Ⅰ】と【問題文Ⅱ】を踏まえた「御術」と御者の説明として最も適当なものを選ぶ。

<考え方>
二つの文章が言っていることを並べます。
【問題文Ⅰ】——伯楽は馬の外見を見て値打ちを知るだけだが、王良は馬の性質を見抜く。良馬にはすぐれた御者が必要だ。「馬に四足有りと雖も、遅速は吾が心に在り」「人と馬と両つながら楽しみて相侵さず」=馬と一体になること。
【問題文Ⅱ】——「人心馬に調ひて、而る後以て速きを進むること可く」。そして襄主が三度とも負けた理由は「先後の心は臣に在り。尚ほ何を以てか馬に調はん」=勝負相手に気を取られて馬と調和できなかったから。

この二点を合わせたのが③「すぐれた馬を選ぶだけでなく、馬と一体となって走ることも大切である。襄主のように他のことに気をとられていては、馬を自在に走らせる御者にはなれない」。

①「馬を手厚く養う」④「厳しく育て、巧みな駆け引きを会得する」⑤「型通りの練習」は、いずれもどちらの文章にも書かれていません。二つの文章の共通主張を一文で言えるか——それがそのまま答えになる設問です。

※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

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