2026年度 大学入学共通テスト 追試験「国語」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2026年度大学入学共通テスト追試験の国語は、200点満点・試験時間90分、大問は第1問から第5問までの5題、解答番号は1〜40の40か所です。大問ごとの配点は第1問45点・第2問45点・第3問20点・第4問45点・第5問45点で、現代文の3題(評論・小説・実用的な文章)で110点、古典の2題(古文・漢文)で90点を占めます。
第1問は、ミツバチの情報伝達を手がかりに、現代人が生きているだけでデータを提供させられている状況を論じた評論で、最後に人工知能を論じた【資料】との読み比べが加わります。第2問は大正期の小説で、内職に追われる姉が上京してくる弟を駅に迎える場面の心情と表現を問います。第3問は「午前中の調子を左右する要因」というテーマでレポートを書く生徒の立場に立ち、グラフ2つ・解説文2本・インタビュー記事1本を吟味する実用的な文章です。第4問は室町時代の歌論から歌の詠み方と本歌取りを扱い、第5問は『論語』の一句をめぐる二人の学者の解釈を比べます。
つまずきやすいのは、傍線部の設問で「本文に出てくる語がそのまま入っている選択肢」です。第1問問4や第2問問4のように、本文全体としては間違っていないのに傍線部そのものの説明になっていない選択肢が用意されており、語句が一致するかどうかではなく傍線部が何を指しているかで切る必要があります。第3問は選択肢の当否がグラフの数値で機械的に決まるので、主張どおりに数値を並べて単調に増減しているかを自分で確かめること。第4問・第5問は、歌論の主旨と敬語・語義、返り点と句法という判定の道具がはっきりしているため、現代文より確実に得点を積める大問です。
第1問
ミツバチが花畑の位置を仲間に伝える能力を手がかりに、最先端の技術のもとで生きているだけで情報を「生産」させられている現代人のあり方を論じた評論です。漢字、傍線部の理由・内容説明、表現の説明に加え、問6では人工知能を論じた【資料】との読み比べが問われます。
問1:正解ア③ イ④ ウ① エ③ オ②
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(オ)のカタカナを漢字に直したとき、それと同じ漢字を含むものを各4つの選択肢から選ぶ設問です。同音異字の組合せなので、先に傍線部の語を漢字で確定させてから選択肢を書き下して照合します。
<考え方>
(ア)は映画監督を指す語で「巨匠」。「匠」を含むのは③の意匠で、①は訴訟、②は温床、④は愛称。(イ)は登録された個体情報を使いこなす意で「駆使」。「駆」を含むのは④の先駆者で、①は供養塔、②は細工、③は口伝。(ウ)は群れをなして遠くまで出かける意で「遠征」。「征」を含むのは①の征服で、②は制定、③は帰省、④は要請。(エ)は生産の範囲を限定する語で「狭義」。「狭」を含むのは③の狭いで、①は競う、②は挟まる、④は恭しく。(オ)は自分自身に暴力を振るった結果を指す語で「破滅」。「破」を含むのは②の読破で、①は防波堤、③は派出所、④は覇権。
問2:正解④
<問題要旨>
傍線部A「真の存在価値だろう」とあるが、筆者がそのように述べる理由を選ぶ設問です。選択肢はいずれも「〜を強調することによって、〜についての議論へとつなげるため」という形をとっており、強調している内容と、そのあと実際に展開される議論の中身の両方が合っているかを見ます。
<考え方>
傍線部Aを含む一文の直前に、ミツバチは蜜を巣に運ぶだけでなく花畑の位置を仲間に伝える、という対比が置かれています。つまり強調点は、価値があるのは個々が運ぶ物ではなく群れで共有される情報のほうだ、という点です。そして傍線部A以降(20行目から38行目あたり)は、電子マネー決済や生体認証、街角の監視カメラ、無線接続によるスキャンへと話が移り、人間が丸裸にされる社会を論じていきます。強調点と後続の議論の両方が一致するものを選びます。
<選択肢>
①【誤】
「分業の形式によって得られた位置情報」としているが、本文は位置情報のおかげで効率が上がることを情報化された分業と呼んでおり、因果が逆になっている。また「個別の主体が果たすべき役割」は本文がこのあと展開する議論ではない。
②【誤】
本文は19世紀に動物の記号論的行動が知られていたら経済学の姿は変わっていたかもしれない、と一言触れるだけで、データ活用を経済学の問題として論じてはいない。一言の付言を議論の主題に拡大している。
③【誤】
直接の生産物より間接的に得られた情報のほうが有用だ、という前半は本文に沿う。しかし後半の「共同体における情報の有効利用」が、このあと展開される議論と違う。傍線部A以降で述べられるのは、情報をうまく使う話ではなく、人間がデータを提供する装置として組み込まれていく話である。
④【正】
「全体にとっての価値は個別に集めたものではなく共用された情報の方にある」が傍線部Aを含む一文の言い換えにあたり、「データに取り囲まれた社会についての議論」が実際にこのあと展開される内容と一致する。
問3:正解③
<問題要旨>
傍線部B「最先端のテクノロジーを身に着けたわれわれ現代人は、ミツバチやアリと本質的に同じものと化しつつある」の内容説明を選ぶ設問です。選択肢は前半で現代人のあり方、後半でミツバチやアリのあり方を述べる形になっており、両方が本文と合うかを確かめます。
<考え方>
傍線部Bの直前(36行目から38行目あたり)に、われわれは社会にデータを提供し続けるようそのように仕向けられ、装置の内部に組み込まれている、とあります。つまり現代人の側の要点は「無自覚のまま提供させられている」ことです。ミツバチの側は、第一段落で蜜を持ち帰るだけでなく情報を伝えるとされていたので、労働の成果物とは別に情報をもたらす点が対応します。
<選択肢>
①【誤】
データの提供を「社会への貢献となっている」と肯定的に言い換えており、仕向けられ組み込まれているという本文の把握から外れる。ミツバチ側も蜜の集積の話になっていて、両者をつなぐ情報という共通点を落としている。
②【誤】
現代人を「高度に分業化され緻密になった労働に従事させられている」としているが、傍線部Bの直前が問題にしているのは労働の細分化ではなくデータの提供である。現代人の側の説明がすり替わっている。
③【正】
現代人が毎日の生活のなかで無自覚に情報を提供させられている点、ミツバチが労働の成果物とは別に群れに有益な情報をもたらす点の両方が、傍線部Bの前後の記述に対応する。
④【誤】
「労働と生産に対する認識をこれまでとは大きく変質させた現代人」とあるが、本文の現代人は認識を変えたのではなく、気づかぬまま組み込まれている。主体の把握が逆になっている。
問4:正解①
<問題要旨>
傍線部C「それがどのようなものなのか、分身のメタファーを用いて提示してみよう」とあるが、筆者が分身のたとえを使って何を提示しているのかを選ぶ設問です。選択肢は「どのような現状について」「何のありようを」「何を例にして」の三つの要素からできています。
<考え方>
鍵は傍線部Cの「それ」が何を指すかです。直前に、われわれをわれわれたらしめているこの傷こそ「存在論的機械」と呼ぶものである、とあり、その「傷」はさらにその前の、自分であることの自明で自動的な過程が「私の身体」の内側に内蔵されているという暗黙の了解が実はあやふやである、という箇所から導かれています。したがって分身のたとえで提示されるのは、自明で自動的な自己了解の仕方に生じた亀裂・動揺です。例として挙がるフロイト(自分に似すぎた他人を見ると必ず不安になる)とポー『ウィリアム・ウィルソン』(つきまとう分身への怒り)も、分身に否定的な感情が向けられる物語として対応します。
<選択肢>
①【正】
「人間の存在と切り分けられない機械の登場」が、精神が断片化しそこに機械が象嵌されているという現状に、「自明で自動的な自己の存在への了解の仕方」に生じた亀裂や動揺が傍線部Cの「それ」=存在論的機械=傷に、「自身に似すぎているがゆえに分身に否定的な感情を向ける物語」がフロイトとポーの例に対応する。三つの要素すべてが合う。
②【誤】
「不気味の谷」や「違和感」は確かに本文の語だが、「自己の存在に似たものに対する……執着」が誤り。本文で執拗につきまとうのは分身の側であって、人間が分身に執着するとは述べていない。かかり先がすり替わっている。
③【誤】
「機械が人間の力をはるかに凌駕してしまっている」としているが、本文は人間を凌駕しかねないほどの高性能のロボットを作ってしまうと、という条件つきの可能性を述べている。可能性を既成事実に書き換えている。「劣等感」も本文にない。
④【誤】
末尾の、分身はオリジナルの本人の運命と本源的に縫い合わされている、という一文に引かれて選びたくなる。しかし「警戒心や危機感」は本文が一貫して用いる「不気味さ」「不安」とずれており、さらに提示の対象を「機械へ抱く感情」にすり替えてしまっているため、傍線部Cの「それ」=自己了解に生じた傷を説明できていない。
問5:正解④
<問題要旨>
本文の表現に関する説明として適当でないものを一つ選ぶ設問です。各選択肢が引用箇所の行番号を示しているので、その位置に戻って書かれ方を確かめます。
<考え方>
④が挙げる「見分けのつかない分身」は57行目で、その不気味さは1970年代のロボット工学、フロイト、そして近代の文学・映画によって語られています。本文が分身の不気味さを近代以降の問題として扱っているのに対し、④は「人間が近代より前から抱えてきた」と時期を広げています。加えて本文は比喩と例示によって提示するだけで、「論理的に証明」する体裁をとっていません。
<選択肢>
①【誤】
適当。1行目のミツバチの唸りと27行目のささやきは、昆虫の例示によって現代人のあり方を比喩的に示す働きをしている。
②【誤】
適当。15行目と16行目に想像上の怪物の名を並べ、現代社会の不安な状況を読者と感覚的に共有しようとしている。
③【誤】
適当。50行目から51行目の近代初期の思想家たちの議論を参照し、国家・社会と個人の関係を近代から現代へ連続する問題として展開している。
④【正】
適当でない。本文は分身の不気味さを近代以降の問題として扱っており「近代より前から」ではない。また比喩と例示による提示であって「論理的に証明」してはいない。
問6:(ⅰ)正解①
<問題要旨>
本文の続きにあたる【資料】を読み、【資料】が「人工知能」をどのようなものとして考えているかを選ぶ設問です。【資料】は、記録するだけのデータベースと、自ら学習する現在の人工知能を対比する形で書かれています。
<考え方>
【資料】が人工知能について述べていることは三点に整理できます。第一に、単なる蓄積ではなくデータ相互を自ら関係させて深層で学習すること。第二に、もはや昔日の「道具」ではなく、われわれを凌駕しえる「他者」であり「主体」であり「分身」であることを認める必要があること。第三に、環境に単に属しているのではなく、われわれと同じ「世界」を形成しうる存在であること。この三点に順に対応するものを選びます。第三点は「環境に単に属している」=受け身でそこにあるだけ、の否定なので、環境に働きかけて作り変える側だという言い換えになります。
<選択肢>
①【正】
「いまや自ら学ぶものとして成長している」が第一点、「もはや人間に使われるだけの道具ではなく」が第二点、「人間と同じく自らを取り巻く環境を作り変える存在」が第三点に対応する。【資料】の「われわれと同じ」=人間と同じしかたで、を「人間と同じく」が受けている。
②【誤】
「将来的に人間を支配しかねない超越した存在」が言い過ぎ。【資料】は「われわれを凌駕しえる一個の『他者』」と位置づけるだけで、支配については述べていない。程度・範囲の拡大にあたる。
③【誤】
「人間を補完する存在」が、【資料】が挙げる「他者」「主体」「分身」と正反対。また「ビッグデータを構築する」は、データ・リヴァイアサンはビッグデータによるデータベースではないと【資料】が否定した側の内容である。
④【誤】
前半の、集積という機械的な特徴だけでなく情報を結びつける力も身につけている、は第一点に合うので選びたくなる。決定的な難点は「人間とともにひとつの世界を作りあげていく存在」で、【資料】は「われわれと同じ『世界』を形成しうる」と書くだけで、人間と共同で作るとは述べていない。人工知能を「他者」「主体」「分身」、しかもわれわれを凌駕しえるものと位置づける【資料】に、協働者という枠組みは合わない。さらに④は、【資料】が「認める必要がある」と明示した、もはや道具ではないという論点を落としている。
問6:(ⅱ)正解③
<問題要旨>
本文と【資料】を合わせて読み、全体の趣旨として最も適当なものを選ぶ設問です。選択肢は前半で筆者が何を指摘しているか、後半で何を提示しようとしているかを述べる形になっています。
<考え方>
前半は本文(20行目から38行目あたり)の、日々の営為からあらゆる情報が収集されているという指摘に対応します。後半は【資料】末尾の、人工知能がもはや道具ではないことを認める必要があるという主張に対応します。この二つがそろっているものを選びます。
<選択肢>
①【誤】
「現代テクノロジーとの共存のヒント」を提出しようとしている、というまとめ方は本文にも【資料】にもない。
②【誤】
監視の現状の指摘は本文に沿うが、「情報の網の目から逃れうるのかという方法」は提起されていない。
③【正】
日々の営為から情報が収集されているという本文の指摘と、もはや単純な道具ではない機械に対して人間の認識を改める必要があるという【資料】の主張の両方に対応する。
④【誤】
「このデータをどのように利用していくかということを提案」が本文にも【資料】にもない。データの活用法ではなく、機械の位置づけを問い直すのが趣旨である。
第2問
大正期に発表された小説の一節です。内職の支払いが滞ってミシンを回収されたお絹のもとに弟の英二から上京を知らせる手紙が届き、上野駅で九年ぶりに再会するまでが描かれます。語句の意味、傍線部の理由・内容説明、心情説明、表現上の特徴が問われます。
問1:正解ア④ イ②
<問題要旨>
傍線部(ア)「にべもなく」・(イ)「すばしこく」の、本文中における意味を選ぶ設問です。語の一般的な意味だけでなく、その場面で誰のどの動作を指しているかを合わせて判断します。
<考え方>
(ア)は、お絹の相談に対して、考えるまでもないという顔つきでおえいが言い放った場面(23行目あたり)。「にべもない」は愛想がなく、そっけないという意味です。(イ)は駅で駅夫と赤帽の嘲笑を浴びた場面(64行目あたり)で、主語は英二。恥ずかしがりだから振り返るのが恐ろしかった、と続くので、笑われたことをすぐに察知したという意味になります。
<選択肢>
ア①【誤】
「あえなく」はあっけない、はかないの意で、物の言い方のそっけなさを表さない。
ア②【誤】
「そつなく」は手落ちがなく無難にの意で、むしろ愛想のよさに寄る。おえいの突き放し方に合わない。
ア③【誤】
「しがなく」は取るに足らない、つまらないの意で、態度を表す語ではない。
ア④【正】
「すげなく」は無愛想に、そっけなくの意で、「にべもなく」の言い換えとして正しい。
イ①【誤】
「しぶとく」はねばり強い、したたかの意で、察知の速さを表さない。
イ②【正】
「めざとく」はすぐに気づくの意で、嘲笑をただちに感じ取った英二の様子に合う。
イ③【誤】
「のぶとく」は太くて低い、ふてぶてしいの意で、恥ずかしがりだと書かれた英二の描き方と逆になる。
イ④【誤】
「あざとく」は抜け目がない、計算高いの意で、朴訥な英二の人物像と合わない。
問2:正解④
<問題要旨>
傍線部A「この仕事はお絹に、人知れぬ喜びを齎してくれた」とあるが、その理由を選ぶ設問です。まず「この仕事」が誰の何を指しているかを押さえます。
<考え方>
傍線部Aの直前に、一字一句を様々に延長して考えなければならなかった、ひとつながりの単語から色々な意味を汲みとらなければならない、と書かれています。「この仕事」はお絹が行うこの読み取りの作業を指します。汲みとる中身は、続く文に挙がる筍のことや父の様子、つまり家族と故郷のことです。したがって喜びの理由は、簡素な文面から工夫して読み取る作業そのものにあります。
<選択肢>
①【誤】
「ありありと感じられる」としてしまうと、一字一句を延長して考えなければならないという手間の要素が消える。傍線部Aの主語である「この仕事」の説明になっていない。
②【誤】
少ない言葉から想像を広げる、という前半は傍線部Aの内容に近い。しかし「日々のつらい労働を忘れさせる大切なひととき」は本文に書かれておらず、手紙は年に三度ほどしか来ないという設定とも合わない。
③【誤】
弟の習字や作文が少しずつ上達していく様子を実感する、という内容は本文にない。
④【正】
文字を書くことが必ずしも得意でない弟の簡素な文面から、家族や故郷の様子を工夫して読み取っていく、という説明が「この仕事」の中身と一致する。
問3:正解①
<問題要旨>
傍線部B「お絹は情けない顔をして」とあるが、その理由を選ぶ設問です。直前のおえいとのやりとりと、傍線部Bに続けてお絹が口にした内容から判断します。
<考え方>
お絹は困り果てて相談したのに、おえいの返事は考えるまでもないという調子で、何の助けにもなりません。しかもお絹は傍線部Bに続けて、夕方には上野に着くはずだと告げており、弟はすでに汽車に乗っていて止める手立てがない。この二つが重なった状態が「情けない顔」の理由です。
<選択肢>
①【正】
不安と焦りからおえいに声を掛けたこと、その返事が何の役にも立たなかったこと、弟がすでに出発していて手立てがないことの三点がそろっており、直前の場面と一致する。
②【誤】
「おえいを恨めしく思っている」が本文にない。おえいはこのあと、就職先の世話をしなければなるまいとひそかに思い巡らしている。
③【誤】
「念のため伝えておこう」ではなく、困って相談している。取り合ってくれない相手に告げる「申し訳なさ」も本文の記述と違う。
④【誤】
「虚栄心から素直に援助を求めることもできず」が誤り。お絹は実際におえいに話し掛けている。
問4:正解④
<問題要旨>
傍線部C「自働人形」が、停車場の人々のどのようなあり方をたとえた表現かを選ぶ設問です。傍線部Cの直後に三つの例が並べられているので、その三例に当てはまる説明を選びます。
<考え方>
三例はいずれも見せかけの誇示です。最も安い赤切符なのに二等待合室に収まっているハイカラ令嬢、ネクタイの品評を体中で皆に求めている若い男、芸者を連れた旅行を人々に知らせたがっている禿茶瓶。どれも、実質はともかく他人の目に映る自分を飾っている。中身のない人形というたとえが指しているのは、この空虚さです。
<選択肢>
①【誤】
「他人の思わくばかりで動いている」という本文の語に最も近く見えるので選びたくなる。しかし①は同調、つまり他者が生み出した価値観や流行に従う話にしてしまっている。三例はいずれも流行に従っているのではなく、他人からどう見られるかを求めて自分を飾っているのであって、方向が違う。また「自身の本来持つ美感や信念」は本文に根拠がない。
②【誤】
「金銭的余裕から一見得意げ」が、最も安い赤切符という設定と矛盾する。「周囲に誰かがいないと行動を起こすことができない」も本文にない。
③【誤】
装飾品や同行者の誇示という指摘は三例の一部に当たるが、「横着な」(怠慢でずうずうしい)あり方は本文のどこからも出てこない。
④【正】
「自分をよく見せようとしている」が三例すべてに、「それが自己の内面と結びつかない」が赤切符と二等待合室の落差に、「他人からの羨望のみを意識して」がネクタイの品評や芸者連れの誇示に、「空虚な」が中身のない人形というたとえそのものに対応する。
問5:正解②
<問題要旨>
傍線部D「英二はもう玩具ではない」の内容説明を選ぶ設問です。傍線部Dの直前でお絹が思い描いていた弟の姿と、汽車から降りてきた実際の弟の姿を対比して考えます。
<考え方>
傍線部Dの直前(46行目から52行目あたり)で、お絹は弟の子供姿の幻を思い浮かべ、それが中学生の姿へと変わり、その姿を自分の「偶像」と呼んで、小綺麗な二階を借りて楽しい巣を営むはずだったと考えています。ところが現実の英二は山車を担ぐ若い衆で、お絹は二人が別れて九年たっていることを忘れていた。玩具ではないとは、思い通りに扱える存在ではなくなったということです。
<選択肢>
①【誤】
「ともに暮らしていけそうな相手ではなくなっている」は、玩具ではないという言い方の説明になっていない。傍線部Dが述べているのは同居の可否ではない。
②【正】
あどけない子供・愛らしい弟という像に自身の理想を重ねていたこと、現実の彼が十分に成長した若者だったこと、もはや自分の思い通りにできる存在ではなくなったことが、傍線部Dの前後と一致する。
③【誤】
「地元で中学校へと進学し」と考えていた、が誤り。お絹は弟を呼び寄せて上級学校に通わせようとしていたのであって、地元での進学を想定してはいない。
④【誤】
帽子は思い浮かべた子供姿の幻の中の描写であり、再会した英二がそれをかぶっていないことを問題にしているのではない。「心が通わない」も、末尾の、互いの心の底に湛えている愛情を信じていたという記述と矛盾する。
問6:正解④
<問題要旨>
傍線部E「二人は、逐い立てられるように、駅から出た」とあるが、ここでの英二とお絹の心情の説明を選ぶ設問です。傍線部Eの直後に、二人がそれぞれ何を気に病んでいたかが書き分けられています。
<考え方>
傍線部Eの直後(73行目から75行目あたり)に、二人とも駅での出来事を気に病んでおり、そのうえ英二は田舎訛りを笑われないかと心配し、お絹は弟の品定めをしていることに気づかれないかと恐れていた、とあります。お絹は駅夫らの下卑た根性を憎み、弟をかばう身構えまでしたのに、自分も弟の帯を見咎める目を持っていた。この後ろめたさが押さえどころです。
<選択肢>
①【誤】
英二が言葉の訛りを笑われることを懸念しているという前半は本文どおり。しかしお絹の側を「英二の気持ちが態度の端々から伝わってくるため、声を掛けるのをためらっている」としており、品定めを気づかれることへの恐れという本文の記述と入れ替わっている。
②【誤】
帯に込められた父の思いを、お絹はまったく知らなかったと本文は明示している。英二が帯を笑われて胸を痛めているという記述もない。
③【誤】
お絹は敵意のある眼で睨み返しており、「冷静を装っている」とは言えない。「自分自身もいつも田舎者に厳しい目を向けている」も本文にない一般化。
④【正】
駅での嘲笑を引きずって都会の人々の視線に萎縮している英二、嘲笑の態度を憎みながら自分も同じような視線で弟を見ていると自覚して後ろめたさを感じているお絹、という組み合わせが傍線部Eの直後の記述と一致する。
問7:正解 19・20=①・③(順序不問)
<問題要旨>
本文の表現上の特徴についての説明として適当なものを、6つの選択肢から二つ選ぶ設問です(解答の順序は問いません)。各選択肢が引用箇所の行番号を示しているので、その位置に戻って確かめます。
<考え方>
この文章はお絹の視点を中心に進みますが、26行目から27行目のおえいの内心と、71行目から72行目の帯にまつわる父の思いは、いずれもお絹が知り得ない事柄です。後者には、お絹はそれをちっとも知らなかったからという断りまで添えられており、語り手が視点の外から書いていることがはっきりします。34行目から35行目では都会の乗物の音が微かな唸りとして、しかも別の世界の音として描かれ、直後に答えの出ない思考の空回りが続くので、音を意識する余裕がない状態が示されます。
<選択肢>
①【正】
26行目から27行目と71行目から72行目は、どちらもお絹の認識の外にある事柄で、彼女の認識によらない俯瞰的視点からの記述にあたる。
②【誤】
33行目の足の痛みの箇所は、自分の窮状に没入して痛みに気づかない状態を示すもので、「弟への気遣い」を強調しているわけではない。「躍動的」という評価も当たらない。
③【正】
34行目から35行目は、都会の音に囲まれた日常と、このとき音を意識する余裕がない状態の両方を示唆している。
④【誤】
48行目から49行目の汽車の描写は、待ちきれないお絹の焦れを映すもの。「お絹の思いとは無関係に時間が流れてしまう現実の残酷さ」という説明は方向が逆である。
⑤【誤】
50行目・51行目で人々が無機的に描かれるのは、自分には何の関わりもない人々として映っているからで、「関心の強さ」とは正反対である。
⑥【誤】
「奴凧」が繰り返されるのは事実だが、お絹はこのあと帯を替えられないかと聞きたくてたまらなくなっており、「ほほえましく見つめる」は心情と合わない。
第3問
「午前中の調子を左右する要因」というテーマでレポートを書く生徒Aさんの作業に沿った大問です。高校生の朝食と仮眠に関するグラフ2つ(【資料Ⅰ】)、朝食と仮眠についての解説文(【資料Ⅱ】【資料Ⅲ】)、大学生へのインタビュー記事(【資料Ⅳ】)、Aさんの【メモ】を材料に、資料の読み取り・分析・使い方・現状整理が問われます。
問1:正解 21・22=①・④(順序不問)
<問題要旨>
【資料Ⅰ】〜【資料Ⅲ】から読み取れることの説明として適当なものを、6つの選択肢から二つ選ぶ設問です(解答の順序は問いません)。図1は朝食摂取と午前中の調子の関係、図2は学校から帰って夜寝るまでの30分以上の仮眠と午前中の調子の関係を、それぞれ「よくある/ときどきある/あまりない/ない」の4区分の割合で示した帯グラフです。
<考え方>
帯グラフの設問は、選択肢の言い分どおりに数値を並べてみれば機械的に決まります。図1の「ない」は毎日食べる16.5%/ときどき食べる10.0%/あまり食べない8.2%/食べない11.8%。図1の「よくある」と「ときどきある」の合計は52.9%/67.4%/73.3%/68.3%。図2の「ない」は仮眠がよくある13.2%/ときどきある11.4%/あまりない12.7%/ない21.6%。「〜につれて」と単調な変化を主張する選択肢は、この並びが実際に単調かどうかで切れます。
<選択肢>
①【正】
図1の「ない」は毎日食べる層が16.5%、食べない層が11.8%で、前者のほうが大きい。
②【誤】
図1の「よくある」と「ときどきある」の合計は52.9%→67.4%→73.3%→68.3%で、朝食をとる頻度が低くなるにつれて単調に大きくなってはいない。
③【誤】
図2の「ない」は仮眠の頻度が低い順に21.6%→12.7%→11.4%→13.2%で、頻度が高くなるにつれて大きくなってはいない。
④【正】
図2で仮眠が「よくある」と答えた層の内訳は30.5%・35.0%・21.3%・13.2%で、そのなかでは「ない」の13.2%が最も小さい。
⑤【誤】
【資料Ⅱ】は、主時計をリセットさせるのは強い光であるとし、朝食は主に肝臓の末梢時計をリセットするのに大事な働きをしていると述べる。朝食がほかの末梢時計や主時計の始動に影響するとは書かれていない。
⑥【誤】
【資料Ⅲ】は、夕方に寝ると脳の疲れが回復し眠気が減ると述べており、疲れた脳の回復という点では夕方の仮眠を否定していない。短い昼寝のほうが回復に効果があるという比較は読み取れない。
問2:正解③
<問題要旨>
【資料Ⅰ】〜【資料Ⅲ】に関する分析として適当でないものを一つ選ぶ設問です。各選択肢は、資料から何が言えて何が言えないかを述べ、だからその組み合わせだけでは結論づけられないと結ぶ形になっています。
<考え方>
資料に何が「書かれていないか」を主張する選択肢は、実際に書かれていないかどうかで切ります。③は【資料Ⅲ】に夜の眠りが浅くなる原因の記述が確認できないとしますが、【資料Ⅲ】は、夕方に寝ると脳の疲れが回復し眠気が減るため夜の眠りが浅くなる、と原因をはっきり述べています。
<選択肢>
①【誤】
適当。図1で毎日食べる層にも「よくある」「ときどきある」が合わせて52.9%、図2で仮眠が「ない」層にも合わせて49.6%あり、必ずしも午前中の調子がよいわけではないことが確かめられる。
②【誤】
適当。【資料Ⅱ】は朝食で体内時計が動き始めることを述べるだけで、朝食が午前中の調子の向上に直接つながるとは書いていない。
③【正】
適当でない。【資料Ⅲ】は夜の眠りが浅くなる原因を、夕方に寝ることで脳の疲れが回復して眠気が減るためと明示している。
④【誤】
適当。【資料Ⅱ】は朝食と体内時計のリセット、【資料Ⅲ】は夕方の仮眠と夜型化を扱うが、朝食と仮眠の関係そのものは両方を合わせても埋まらない。
問3:正解②
<問題要旨>
Aさんが追加した【資料Ⅳ】(新聞部員Xによる大学生Yへのインタビュー記事)を、レポートにどう用いるかという方針を選ぶ設問です。インタビューという資料の性格に合った使い方かどうかも判断の対象になります。
<考え方>
【資料Ⅳ】でYは、朝食支援を利用する前は生活が不規則で朝の調子もよくなかったが、毎日朝食を食べられるようになって午前中の調子もよくなったように思う、と述べています。これは図1(朝食摂取と午前中の調子の関係)を裏づける個別の事例として使えます。一人の体験談なので、一般的な因果や体内の仕組みについての「根拠」にはできない、という点も同時に押さえます。
<選択肢>
①【誤】
肝臓の末梢時計がリセットされないことの「根拠」に一人の体験談は使えない。【資料Ⅳ】はそうした仕組みに触れてもいない。
②【正】
午前中の調子もよくなったように思うというYの発言を、朝食と午前中の調子が関係している「事例」として図1に添える使い方であり、資料の性格にも合っている。
③【誤】
図2は仮眠と午前中の調子の関係を示すグラフで、朝食摂取が仮眠を抑制することを示す資料ではない。またYは早起き・早寝・睡眠時間の確保という経過を語っており、朝食摂取だけの効果とは言えない。
④【誤】
前半の、朝食支援だけでは生活リズムを整えにくいという読み取りは【資料Ⅳ】から可能。しかし【資料Ⅲ】と結びつけて「生活リズムの改善には適切な仮眠が必要である」ことの根拠にはできない。Yは午後の眠気がなくなったと述べており、仮眠が必要だとは言っていない。
問4:正解④
<問題要旨>
Aさんが作成した【メモ】の(ア)〜(エ)のうち、正しい内容のものの組合せを選ぶ設問です。正しいものが二つ、誤った内容を含むものが二つあります。
<考え方>
(ア)は、【資料Ⅳ】を入手したことで高校生と大学生の比較を通して両者にとっての重要性の変化を指摘できるようになったとしますが、【資料Ⅳ】は大学生一人へのインタビューで、そのような比較はできません。(エ)は、結果として午後の仮眠も考慮しなければならないとわかったとしますが、仮眠は【資料Ⅰ】図2として最初から検討の対象に入っており、あとから判明した事柄ではありません。残る(イ)は【資料Ⅰ】をきっかけにテーマを定めて資料を集めた経緯と構成案がこれからという段階に、(ウ)は朝食と仮眠以外の要因の資料がまだない現状に、それぞれ合っています。
<選択肢>
①【誤】
(ア)を含む。【資料Ⅳ】は大学生一人への聞き取りで、高校生と大学生の比較はできない。
②【誤】
(ア)を含むため不可。(ウ)は正しいが組合せとして成り立たない。
③【誤】
(ア)と(エ)の両方を含み、二つとも誤った内容を含んでいる。
④【正】
(イ)はテーマ設定から資料の精査までの経過と、構成案をこれから作るという段階に、(ウ)は朝食と仮眠以外の資料がまだない現状に合っている。
⑤【誤】
(イ)は正しいが(エ)を含む。仮眠は当初から検討対象であり、「結果としてわかった」ではない。
⑥【誤】
(ウ)は正しいが(エ)を含むため不可。
第4問
室町時代の歌人正徹の歌論『正徹物語』から、歌の詠み方について述べた三つの箇所(文章A・B・C)を読みます。語句の解釈、文章A・Bの内容、文章Cで了俊が語った内容に加え、問4では藤原定家の本歌取りの和歌(【資料】)を生徒が分析します。
問1:正解ア② イ① ウ③
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(ウ)の解釈を選ぶ設問です。語義に加えて、(イ)は敬語、(ウ)は誰から誰への何であるかを押さえる必要があります。
<考え方>
(ア)は文章A、どれほど骨を折っても位が定まっているので上から見れば、と続く箇所。「さしたる」はこれといった、特別なの意で、「ことも無き」+「なり」と続くので、特にどうということもないという意味になります。(イ)は文章B、意味の通らない歌を詠んだ初心者に人が尋ねる場面。「何を」+「あそばす」(するの尊敬語)で、答えが、自分にもわからない、であることからも、何を詠んだのかを問う形です。(ウ)は文章C末尾、了俊が摂政殿の仰せ(注に「貴人の言葉」)を持ち出して言う言葉。「いかめし」は威厳がある、おごそかだの意で、その内容は、そうあってはならないという厳しい戒めです。
<選択肢>
ア①【誤】
「かつてそのようにさせた」という使役の内容は原文にない。
ア②【正】
「さしたる」=これといった、に「ことも無き」が付いた形で、特にこれというほどのこともないの意。
ア③【誤】
「心にこうと決めた」は「さしたる」の語義から出てこない。
ア④【誤】
「自らそのようにした」も語義に合わず、原文にない主体を立てている。
イ①【正】
「何を」に「あそばす」の尊敬が付いた形で、何を詠んだのかを尊敬して問う言い方。自分にもわからないという答えともつながる。
イ②【誤】
「なんとひどい詠みようではありませんか」は非難の感嘆で、「何を」という疑問の形に対応しない。
イ③【誤】
「どのような詠み方を」は方法を問う言い方で、「何を」と対応しない。
イ④【誤】
「どうして」は理由を問う言い方で、「何を」と対応しない。
ウ①【誤】
「ありがたい」は御恩の側の含みで、「いかめし」の訳になっていない。また摂政殿は了俊を取り立てたのではなく厳しく叱っているので、「お引き立て」も場面に合わない。
ウ②【誤】
「いかめし」に荒々しいという意味はない。恩として語り継ぐ文脈で用いる語としても不自然。
ウ③【正】
「いかめし」の威厳がある、おごそかだの意を「畏れ多い」が受け、内容が厳しい戒めであることを「ご忠告」が受けている。
ウ④【誤】
「重苦しい」は否定的な評価で、常に持ち出して恩と呼ぶ文脈に合わない。
問2:正解④
<問題要旨>
文章A・文章Bの内容に関する説明を選ぶ設問です。二つの文章それぞれの主旨を押さえ、両方に対応しているものを選びます。
<考え方>
文章Aの冒頭は、初心のうちはそれほど深く掘り下げて考え込まなくてもよい、さっぱりと気楽に詠み慣れるべきだ、という趣旨。文章Bの末尾は、初心のときはまっすぐ向き合って一首がすっきりと理屈の通るように詠むべきで、その位に至らないまま達者のまねをすればおかしなことになる、という趣旨です。この二つを両方言い当てているかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
自分の実力に見合った歌を詠めという点は文章Aに沿うが、「名声を高める」は原文にない。また文章Bの内容に触れていない。
②【誤】
趣深い歌を詠むのは歌を得た者であって初心者ではない。初心者が時に幸運に趣深い歌を詠む、という話に読み替えている。
③【誤】
文章Bの主旨は、理屈の通る歌を詠むべきだということ。達人に向かって理屈を説明すべきだとは述べていない。
④【正】
余計な工夫をせずさっぱりと詠むという文章Aの趣旨と、筋が通るように詠むこと・達人の域に至らないうちは模倣をしないことという文章Bの趣旨の両方に対応する。
問3:正解③
<問題要旨>
文章Cで、了俊が正徹に語った内容に関する説明を選ぶ設問です。選択肢が引用する語句がそれぞれ誰の言葉なのかを見分けることが要になります。
<考え方>
文章Cの流れは、若い頃の了俊が、出来のよくない句を多く出すよりは数が少なくても本意の連歌をと考えて句数を減らしていた、それを摂政殿が聞き及んで書状の余白に返事を書き、そうあってはならないと述べたうえで、初心のうちはできるだけ多く気軽に作っていけば自然に上手になると説いた、というものです。摂政殿が否定したのは、句数を減らして少数の良い句を作ろうとする了俊の練習の仕方です。
<選択肢>
①【誤】
句数を少なくしたのは了俊が自分でそうしていたことで、摂政殿はそれを聞き及んだ側。「摂政殿に提案した」は主体の取り違え。
②【誤】
良い連歌を作ろうとして句数を減らしているという部分は、了俊の事情を摂政殿が書状に引き写したもので、摂政殿の指導内容ではない。
③【正】
摂政殿は、句数を減らして少数の良い句を作ろうとする了俊の練習の仕方を、そうあってはならないと否定して注意している。
④【誤】
摂政殿は、一句二句を磨いて自分では良い連歌と思っても上の者の目には初心の段階にすぎないと述べたのであって、初心者が熟考すると混乱してますます悪い句になるとは言っていない。
⑤【誤】
多く気軽に作っていけば自然に上手になるという趣旨で、自分のところへ多くの句を持ってくるよう命じたのではない。
問4:(ⅰ)正解③
<問題要旨>
生徒Sさんの【ノート】の空欄Xに入る、文章Aの解釈とそれに基づく【資料】の分析を選ぶ設問です。【資料】は『古今和歌集』の恋歌(和歌Ⅰ)と、それを本歌取りした藤原定家の二首(和歌Ⅱは『続後撰和歌集』春歌下、和歌Ⅲは『続拾遺和歌集』恋歌三)からなります。
<考え方>
文章Aが本歌取りについて述べる注意事項の中心は、上手の位になってから、恋や雑の歌を季の歌にし、季の歌を恋や雑に取りなし、句の置き所を変えるなどして心を別のものに詠みなす、という一節です。【資料】でこれに当たるのは、恋歌である和歌Ⅰの語句を複数取り込みながら春歌に変えている和歌Ⅱ。なお文章Aは初心者が句の置き所を変えること自体を禁じてはおらず、わずかに置き所を変えても心は同じままだと述べているので、そこを禁止に読み替えた選択肢は外れます。
<選択肢>
①【誤】
複数の語句を本歌から取り入れること自体を上級者だけの技法とする記述は文章Aにない。
②【誤】
文章Aは、上古も本歌を取ることを重んじたと述べるだけで、どの時代の歌を本歌にすべきかを指示していない。
③【正】
和歌Ⅱが恋歌である和歌Ⅰの語句を複数用いながら春の歌に変えていることは、上手の位になって恋・雑を季にするという文章Aの一節に対応する。
④【誤】
和歌Ⅲが「いかにせむ」を上の句へ移していること自体は事実だが、文章Aは初心者が句の置き所を変えても心は同じままになると述べるにとどまり、置き所を変えることを避けるべきだとは述べていない。
問4:(ⅱ)正解③
<問題要旨>
【ノート】の空欄Yに入る、【資料】の和歌を本歌との関係に注目した分析を選ぶ設問です。文章Aが、初心の人が本歌を取ると心は同じものになると述べていたのに対し、定家の場合はどうかを見ます。
<考え方>
和歌Ⅲは、和歌Ⅰと同じ恋歌の部立にありながら、結びを相手への恨みに置き換えています。つまり同じ恋の歌の枠内でも心がそのままではない、という形で定家の手際が確かめられます。選択肢は、和歌に書かれていない内容を足していないかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
和歌Ⅱは春歌で、二人の仲が世間に知られたという恋の内容は含まれていない。本文にない情報の追加。
②【誤】
恋の心を取り除いて春の歌にしたという結論部分は妥当だが、埋もれ木がこれ以上沈んだら困る、という内容は和歌Ⅱのどこにもない。
③【正】
和歌Ⅲが、世間に知られる不安から相手への恨めしさへ重点を移していることを押さえ、同じ恋の歌でありながら内容に変化が加えられていると説明している。
④【誤】
和歌Ⅰは恋歌で、季節を詠んだ歌ではない。また和歌Ⅲの、まだわからない、という句を失恋の未経験と読むのも当たらない。
第5問
『論語』の「己に如かざる者を友とすること無かれ」という一句について、蘇軾の見解(【文章Ⅰ】、朱熹『論語或問』による)と王夫之の見解(【文章Ⅱ】、『船山遺書』による)を並べた出題です。語の意味、「而」の用法、返り点と書き下し、二者の主張の対比が問われます。
問1:正解④
<問題要旨>
【文章Ⅰ】の波線部(ア)「如」について、ここでの意味と同じ意味で用いられる漢字を選ぶ設問です。
<考え方>
波線部(ア)は、必ず己に勝る者を得てはじめて友とするならば、という仮定の節を導いています。読み下せば「如し」で、仮定の「もし」。同じ意味を表す漢字は「若」です。
<選択肢>
①【誤】
「並」は「ならびに」「ならぶ」で並列・並置を表し、仮定の意味をもたない。
②【誤】
「初」は「はじめ」「はじめて」で時間の初めを表す。
③【誤】
「唯」は「ただ」で限定を表す。
④【正】
「若」は「もし」と読んで仮定を表し、「如」と同じ用法をもつ。
問2:正解イ④ ウ①
<問題要旨>
【文章Ⅱ】の波線部(イ)「固」・(ウ)「凡」の、ここでの意味を選ぶ設問です。副詞の語義を、前後の句との呼応で確かめます。
<考え方>
(イ)は、自分の偏りに近い者であれば、と受けて、己に及ばないのだ、と結ぶ箇所。「固」は「もとより」と読み、もともと・元来の意です。(ウ)は、己に等しいと見なす者は、と受けて「皆」己に及ばない者だ、と結ぶ箇所。「凡」は「およそ」と読んで全体を総括する副詞で、下の「皆」と呼応します。
<選択肢>
イ①【誤】
「実際に」は事実の強調で、「固」の「もとより」という語義に当たらない。
イ②【誤】
「おのずと」は自然にそうなる意で、「自」などが担う語義。
イ③【誤】
「結局は」は帰結を表し、元来という意味にはならない。
イ④【正】
「固」は「もとより」で、もともとの意。自分の偏りに近い者は元来己に及ばない、という文意に合う。
ウ①【正】
「凡」は「およそ」で、下の「皆」と呼応して全体を総括する。すべて、が適切。
ウ②【誤】
「やはり」は予想との一致を表し、「凡」の総括の働きに当たらない。
ウ③【誤】
「おそらく」は推量で、「皆」と断定して結ぶ文意に合わない。
ウ④【誤】
「いくらか」は程度を限定する語で、「皆」と矛盾する。
問3:正解②
<問題要旨>
二重傍線部a〜cの「而」の用法が順接か逆接かを判定し、その組合せを選ぶ設問です。aは【文章Ⅰ】、bとcは【文章Ⅱ】にあります。
<考え方>
aは、必ず己に勝る者を得て、そのうえで友とするならば、という箇所で「而して後に」の形。時間的な順接です。bは、自分の偏りに近い者を取って、そして友とする、という箇所で、動作を継起させる順接。cは直前に「雖」があり、賢さの点では己に及ばないとはいえ、しかし皆己に勝る者なのだ、と転じます。「雖」と呼応する逆接です。順接・順接・逆接の組合せを選びます。
<選択肢>
①【誤】
aを逆接とするが、aは「而して後に」で順接。組合せとして成り立たない。
②【正】
a順接・b順接・c逆接。「而後」の順接、動作を継起させる順接、「雖」と呼応する逆接という判定に一致する。
③【誤】
bを逆接、cを順接とするが、bは動作を継起させる順接、cは「雖」と呼応する逆接で、どちらも判定が逆である。
④【誤】
a・bを逆接、cを順接とし、三つすべての判定が合わない。
問4:正解⑤
<問題要旨>
【文章Ⅰ】で蘇軾が、『論語』の一句を文字通りに解釈して行動すると問題が生じると考えている、その問題の説明を選ぶ設問です。
<考え方>
【文章Ⅰ】末尾が根拠になります。波線部(ア)「如」が導く仮定の節で、必ず己に勝る者を得てはじめて友とするならば、と置き、その帰結として、己に勝る者もまた自分を友としないだろう、と述べます。相手も同じ基準で選ぶのだから、自分より優れた人と友になれなくなる、という不都合です。
<選択肢>
①【誤】
優れた人とばかり友になる、では不都合になっていない。これは仮定の内容そのもので、帰結ではない。
②【誤】
劣った人と友になれなくなるのは、この一句を守れば当然そうなること。蘇軾が指摘する矛盾ではない。
③【誤】
同水準の人とばかり友になるという帰結は、末尾の一文から出てこない。
④【誤】
同水準の人と友になれなくなるという帰結も述べられていない。
⑤【正】
己に勝る者もまた自分を友としない、という末尾の帰結に一致する。自分より優れた人と友になれなくなる、という不都合が生じる。
問5:正解①
<問題要旨>
【文章Ⅱ】の傍線部A「交相為勝」の説明を選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Aの直前に、人の気質には互いに勝劣があるとあり、動と静、剛と柔という対句が並べられています。「交」は「こもごも」で互い違いに、「相」は「あひ」。つまり対になる性質が、それぞれ別の面で相手にまさるということ。傍線部Aに続く対句(相手の動で自分の静を振るい、相手の静で自分の動を節し、相手の剛で自分の柔を輔け、相手の柔で自分の剛を抑える)も、双方が互いに相手の足りない面を補い合う関係を具体化しています。
<選択肢>
①【正】
相反する性質が、ある面では一方、別の面ではもう一方がまさるというように、それぞれ優れた面をもつという説明で、「交相」の語義と直後の対句に一致する。
②【誤】
一方が他方に対して優れるという関係が定まっているとするが、それでは「交」=互い違いに、が生きない。
③【誤】
共存してこそ初めて優れたものになる、という条件は原文にない。傍線部Aは両者の優劣の関係を述べたものである。
④【誤】
動いている時は静止していない、という排他の説明にしており、優劣を論じた傍線部Aの趣旨から外れる。
問6:正解②
<問題要旨>
【文章Ⅱ】の傍線部B「彼無能益而相奨以益偏」について、返り点の付け方と書き下し文の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Bの直前が、自分の偏りに従って友を選べば、自分にはすでに一方に偏った長所があるのだ、という内容。したがって傍線部Bは、その相手には自分に益するところがないまま、互いに奨め合って、いっそう偏っていく、という意味になります。返り点は「無」が「能益」の二字を返って読む形で、無二能益一。「而」以下は上から順に読み、「益」は「ますます」と読む副詞として下の「偏」にかかります。この二つがそろっているものを選びます。
<選択肢>
①【誤】
「奨」まで返って「無」で受けるため、互いに奨め合うことまで否定してしまう。直後に、これを己に如かざる者と言う、と結ばれる文意に反する。
②【正】
「無」が「能益」の二字を返って受け、「而」以下は順に読んで「以て益(ますます)偏る」となる。相手には益するところがなく、互いに奨め合っていっそう偏る、という文意に一致する。
③【誤】
「彼は無能にして」と読み、「無」を「能」と結んで能力の欠如そのものの意にしてしまっている。また「相」を助けるの意に読んでおり、互いにという副詞の働きを外している。
④【誤】
「相」まで返って「無」が受ける形で、否定の範囲がずれる。こちらも「相」を助けるの意に読んでおり、互いに奨め合うという文意を取り損ねている。
問7:正解③
<問題要旨>
『論語』の一句をめぐって、【文章Ⅰ】の蘇軾と【文章Ⅱ】の王夫之がそれぞれどのような考えを示しているかを選ぶ設問です。選択肢は前半で蘇軾、後半で王夫之を説明する形になっています。
<考え方>
蘇軾は【文章Ⅰ】冒頭で、世の見識の浅い者は己に及ばない者を見下して友とするのを楽しみ、その結果みずから満足して日々に損なわれていく、だからこの言葉で戒めたのだと述べます。王夫之は【文章Ⅱ】中盤で、相手の動で自分の静を振るい、相手の剛で自分の柔を輔けるといった対句を並べ、賢さの点では己に及ばないとはいえ皆己に勝る者なのだと結びます。前半と後半の両方が合うものを選びます。
<選択肢>
①【誤】
蘇軾の側を「他者にしばしば無関心である」ことへの戒めとしており、みずから満足して損なわれていくという【文章Ⅰ】の指摘と違う。
②【誤】
優れた者を避けることへの戒めは【文章Ⅱ】冒頭の指摘で、蘇軾の側の説明に混入している。また王夫之を、同じ性質の者と友になれば優劣は重要でないとまとめるのは、同じ偏りの者は己に及ばないという【文章Ⅱ】の結論と逆である。
③【正】
蘇軾の側は、思慮の浅い者が今の自分に満足して堕落していくことへの戒めとする点、王夫之の側は、異なる性質の者が自分の足りない面を補えるので一面的な優劣ではなく性質の違いを重視すべきとする点で、両方が原文に対応する。
④【誤】
蘇軾の側の「自分の損得のみを考えて行動する」が【文章Ⅰ】にない。王夫之の側は単一の基準で判断すべきでないという点が近いが、前半が合わないため不可。
※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

