2025年度 大学入学共通テスト 追試験「国語」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2025年度の大学入学共通テスト追試験の国語は、200点満点・試験時間90分で、大問5つ・解答番号38か所という構成です。大問ごとの配点は第1問45点・第2問45点・第3問20点・第4問45点・第5問45点で、評論・小説・実用的な文章・古文・漢文がこの順に並びます。
第1問は、待ち合わせを「中間的なコミュニケーション」として捉え直し、渋谷駅のハチ公像が戦前から一九八〇年代にかけて意味を変えていく過程を新聞記事で追った評論です。第2問は野々井透「棕櫚を燃やす」の一節で、「みんなのふつう」になじめない姉と、職場の話を毎日する妹、二人を楽にする父の三人が描かれます。第3問は「本を読むときのデジタル機器の利用について」というレポートを書く場面で、電子書籍の利用状況を示す表1・表2、PISAの調査結果を示す表3・表4、国会図書館のデジタル化を伝える新聞記事の三つの資料と構成案が与えられます。第4問は『とりかへばや物語』、第5問は『淮南子』からの出題です。
この回でつまずきやすいのは、まず第1問問4です。「動物=ハチ公」という説は傍線部Cより前に戦前からの異説として紹介されているため、傍線部Cの後にある「対抗神話」という語につられると、新しい感性がその神話を生んだという誤った筋道を選んでしまいます。第3問は、表2に付された「電子書籍を読んだことがある人だけが対象・複数回答が可」という注が問1と問3の両方の決め手で、資料から言える範囲を超えないことが問われます。第4問は敬語の方向から主体を決める問4が要、第5問は「何為」「敢へて〜勿からんや」「無乃〜乎」という句法をそのまま知識として使えるかで差がつきます。
第1問
待ち合わせを「別の場所にいる複数の身体が、それぞれの場所以外の場所へ移動して場を共有すること」と定義し直し、社会秩序の成立をめぐる問題に接続したうえで、渋谷駅のハチ公像に託された意味の変化を新聞記事で追う評論です。漢字5問と、傍線部の理由・内容説明、表現上および構成上の特徴を問う設問が出ます。
問1:正解ア④ イ② ウ② エ③ オ②
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(オ)のカタカナの部分と同じ漢字を含む語を、それぞれ四つの選択肢から一つ選ぶ問題です。
<考え方>
選択肢に当てにいく前に、傍線部の語を漢字で書き下して確定させるのが速く確実です。順に「依拠」「偶然」「真剣」「滞留」「増殖」となり、あとは同音の候補のうちどれがその漢字を含むかを見るだけになります。同音異字の組合せなので、熟語を思い浮かべずに字面の印象で選ぶと外れます。
<選択肢>
ア=④
第1段落の「相手の期待にイキョしており」で「依拠」。①唯々諾々、②天衣無縫、③威風堂々、④旧態依然のうち「依」を含むのは④。
イ=②
共同体と近代社会を比べる段落の「出会いはグウゼンに委ねられる」で「偶然」。①遭遇、②土偶、③寓話、④一隅のうち「偶」を含むのは②。
ウ=②
昭和三〇年の新聞記事を引いた箇所の「シンケンなヒトミ」で「真剣」。①冒険、②剣道、③検挙、④謙虚のうち「剣」を含むのは②。
エ=③
最終段落の「複数の身体がタイリュウできる空間」で「滞留」。①帯びる、②貸す、③滞る、④怠るのうち「滞」を含むのは③。
オ=②
最終段落の「『空間の生産』のなかでゾウショクし」で「増殖」。①服飾、②養殖、③寝食、④物色のうち「殖」を含むのは②。
問2:正解①
<問題要旨>
傍線部A「はたして『会うことはいかにして可能か』。」とあるが、筆者がこのような表現で問いを投げかける理由を選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Aの直前と直後の二か所にあります。直前では、待ち合わせの成立が「期待の期待」というかたちで相乗化され、理論上は無限後退していく不安定な事態だと述べられます。直後の段落では、それが「社会秩序はいかにして可能か」という定式で知られる秩序問題に触れているとされ、さらに「コミュニケーションの本源的な不確定性」へとつながります。つまりこの問いの形は、相手が来るか分からない不安が、コミュニケーションの成立が保証されないという社会の問題と同じ構造にあることを示すために置かれています。
<選択肢>
①【正】
相手が来るかどうか分からない不安(傍線部Aの直前)と、自他相互のコミュニケーションの成立が必ずしも保証されていないという社会の問題(直後の秩序問題の段落)を結びつけており、この問いの形が置かれた理由の説明になっている。
②【誤】
「やむを得ず実践されてきた」が本文にない。本文は理論上の不安定さと、それでも日々人と会えているという事実を並べるだけで、やむを得ず実践されてきたとは述べていない。
③【誤】
期待と不安という感情の話にとどまっており、傍線部Aが秩序問題へ接続されている点を落としている。また「社会においても期待と不安を持ちながら人間関係を築いていかなければならない」も本文にない内容の追加。
④【誤】
本文は「信頼」を論点にしていない。述べられているのは相互の期待が無限後退するという不確定性で、人と人との信頼関係がなければ社会秩序が維持できないという因果は足された内容。
問3:正解④
<問題要旨>
傍線部B「待ち合わせという中間的なコミュニケーションは、すべての社会において同じように重要なわけではない。」とあるが、その理由の説明を選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Bの直後に置かれた二つの対比です。限定された活動パターンと閉じた活動範囲で成立する共同体では、メンバーの所在地や活動の時間的パターンを比較的容易に把握・予期できるため、待ち合わせの必要性はあまり高くないとされます。反対に活動が個別化した社会では、共通の指標をもとに予め時間と空間を合わせなければ出会いが偶然に委ねられるため、クロックタイムとランドマークを用いた待ち合わせが必要になると述べられ、段落末ではその裏返しとして遅れを逸脱とみなす規範が現れることにも触れています。
<選択肢>
①【誤】
住居や職場といった機能分化の話は傍線部Bより後の段落で別に扱われる論点であり、傍線部Bの直後が根拠にしている「把握・予期できるかどうか」「共通の指標」に触れていない。
②【誤】
共同体について「他の活動をともなった複雑なコミュニケーションとしての待ち合わせが行われる」としている点が本文と逆。本文は共同体では待ち合わせの必要性が高くないと述べている。
③【誤】
「移動を最小限にするため」も「訪問する方がより効率的」も本文にない。本文は中間地点という定義を示すだけで、効率の比較はしていない。
④【正】
前半は共通の指標で時間と空間を決め、その設定から外れない行動が必要になるという記述に、後半は互いの活動時間や活動範囲が予測できる共同体では必要性が低いという記述に、それぞれ対応する。
問4:正解④
<問題要旨>
傍線部C「しかし、戦後になるとハチ公神話にも変化がみられる。」とあるが、「ハチ公神話」の「変化」に関する説明を選ぶ設問です。
<考え方>
本文の時間の流れを崩さずに、変化の前と後を押さえるのが要点です。傍線部Cの直前では、待ち人が来るかこないかは分からないという長い不安と忍耐の経験が語られ、ハチ公像は「コミュニケーションの不確定性に耐える受動性」の空間的象徴とされ、神話をもっともらしく思わせていたのは「待つこと」のリアリティだったと述べられます。ここで見落としてはならないのが、ハチの胃から焼き鳥串が発見されたことを根拠とする「動物=ハチ公」説が、傍線部Cより前に戦前からの異説として既に紹介されている点で、傍線部Cの後でも本文はこの対抗神話が「この感覚の延長線上にある」と述べるだけで、新しい感性が対抗神話を作り出したとは書いていません。また「忠犬=ハチ公」神話の成立は昭和七年の投稿記事から昭和九年の銅像、その後の慰霊祭による象徴化という戦前の流れで、待ち合わせをする人びとがハチ公に重ねあわされるのは昭和三〇年・三五年の記事や投書、つまり戦後であり、本文は待ち合わせの意味がハチ公という象徴に「仮託されている」と書きます。したがって変化の中身は、忠義の物語が忘れられていくことと「待つこと」が執着へ反転することによって、神話の象徴性が薄れていったことです。
<選択肢>
①【誤】
「いとしや老犬物語」「ハチ公に変らぬ愛と真心」の記事が神話に真実性を与えたとするが、本文はそれらを神話のもっともらしさの内容を示す資料として引くだけで、記事が真実性を与えたとは述べていない。また若者の声が報じられて「神話の信頼性が疑われる」ことに帰着させる点も、本文が述べる「待つこと」の価値の反転を捉えていない。
②【誤】
本文が「執着」と呼ぶのは「待つこと」そのものであって、焼き鳥に対する執着ではない。焼き鳥の話は「なれていただけ」という習性の側の説明にあたるので、別の箇所の内容を混ぜてしまっている。
③【誤】
本文では「動物=ハチ公」説は焼き鳥串を根拠とする戦前からの異説として傍線部Cより前に既に提示されており、新しい感性が対抗神話を作ったとは述べていない。傍線部Cの後も「この感覚の延長線上にある」と書かれるだけである。また「忠犬=ハチ公」神話の成立は戦前、待ち合わせの人びととの重ねあわせは戦後で、本文は待ち合わせの意味が象徴に「仮託されている」とするので、重ねあわせが神話を作り上げたという順序も逆。「対抗神話」という語が本文にあるだけに選びやすい選択肢である。
④【正】
前半は、待ち人が来るかどうか分からない不安に耐える経験と、ハチ公像を「コミュニケーションの不確定性に耐える受動性」の象徴とする傍線部Cの直前の記述に対応する。後半は、「忘れられる美談」という記事で忠義の物語を知る人の数が減ったこと、および「待つこと」が美しさではなく執着とされて反転することに対応し、神話の象徴性が薄れるという帰結も、一九八〇年に渋谷駅南口にハチ公像に対抗してモヤイ像が設置されたという記述と同じ方向を向いている。
問5:正解②
<問題要旨>
傍線部D「待ち合わせは、不確定性と戯れるコミュニケーションとして消費されていったのである」とあるが、それはどういうことかを選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Dの直前にあります。一九八〇年代の新聞記事を受けて、待ち合わせ場所は記号的イメージの戯れを演出する舞台として量産され、「新しい/古い」や「オシャレ/ダサい」といった流行のコードによって意味付けされ選択されると述べられます。「戯れる」は不確定性に耐える側から、成否が不確かな時間そのものを楽しむ側へ転じたことを指すので、場所の量産・流行による選択・不確定な時間の享楽という三点がそろっているかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
「象徴的な意味を持った待ち合わせ場所が…意味付けし直される」が本文と違う。本文は、ハチ公以外の「どうということのなかった空間」が待ち合わせ場所として生産されると述べている。また不確定性と戯れるという点も落ちている。
②【正】
ファッション性や遊び心が演出された空間が次々と量産されること、流行のイメージによって選択された空間であること、そして待ち合わせの成否が不確定な時間そのものを積極的に享楽するようになったことが、いずれも傍線部Dの直前の記述に対応する。
③【誤】
「移動を最小限にする」「次の目的地」「遊ぶことまでを目的とする」はいずれも本文にない。商業地区の活性化には触れるが、待ち合わせの目的の変化としては論じていない。
④【誤】
「待つこと自体を楽しむ」では「不確定性と戯れる」の言い換えにならない。また「有名な待ち合わせ場所」に限定する点も、どうということのなかった空間が量産されるという本文の記述と合わない。
問6:正解④
<問題要旨>
本文の表現上および構成上の特徴として適当でないものを選ぶ設問です。
<考え方>
適当でないものを選ぶ形なので、本文が実際にやっていることを一つずつ確かめて消していけば残ります。新聞の見出しや記事の引用、前半での「待ち合わせ」の定義による焦点の整理、ハチ公像を軸にした時代順の記述はいずれも本文にあります。残る一つは、論者の名を挙げた議論について「ここでそれら全てに触れることはできない」と断っている点、および論旨が一本に収束している点と合いません。
<選択肢>
①【誤】
昭和三〇年・三五年・四三年、一九七八年、一九八六年の新聞記事や投書の見出しと本文が引用され、その時代の人びとの考えや感性を参照できるようになっている。本文が実際に行っていることなので、適当でないものには当たらない。
②【誤】
前半で「待ち合わせ」を、別の場所にいる複数の身体がそれぞれの場所以外の場所へ移動して場を共有することと限定し、訪問などと区別してから考察を進めている。適当でないものには当たらない。
③【誤】
古くから待ち合わせ場所として有名なハチ公像を例にとり、戦前の神話の成立から戦後の反転、一九八〇年代の記号化までを順に追っているので、捉え方の歴史的変遷が把握できる。適当でないものには当たらない。
④【正】
ホッブズ、パーソンズ、ルーマンらの議論には触れるものの「ここでそれら全てに触れることはできない」と断っており、提起した問いに対して複数の結論を並べてもいない。論旨は一本に収束しているので、「多様な結論を示している」は本文の構成と合わない。
第2問
野々井透「棕櫚を燃やす」(二〇二三年発表)の一節です。「みんなのふつう」の中にいると不安になる姉「私」と、施設の清掃の仕事や同僚のことを毎日話す妹の澄香、些細なことを「上出来じゃない」と褒める父の三人の暮らしが描かれ、語句の意味、傍線部の理由と心情、生徒のノートを使った読み取りが問われます。
問1:正解ア③ イ② ウ①
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(ウ)の語句の、本文中における意味を選ぶ設問です。
<考え方>
いずれも慣用的な言い方で、その場面だけの特別な意味に変わっているわけではありません。語の一般的な意味を先に確定させ、そのうえで前後の文がそれで無理なく通るかを確かめます。
<選択肢>
ア=③
「自分のふつうを優先し過ぎている(ア)きらいのある私」。「〜のきらいがある」は好ましくない傾向があるという意味なので③。①特色ある性質、②気まぐれな性格、④人目につく特徴はいずれも別の意味。
イ=②
主任の別居が話題になる場面の「電話のかけ違いが(イ)やたら多くなる」。「やたら」は程度がはなはだしいことを表すので②。①急には時間の急変、③確かには確信、④妙には不審の意で、程度の大きさを表さない。
ウ=①
父の「さもありなん」という構えを説明する箇所の「(ウ)はす向かい」。斜め前の意なので①。②真正面、③隣り合わせ、④背中合わせはいずれも別の位置関係。
問2:正解④
<問題要旨>
傍線部A「危険な装置のようで、呪いの文句のようだ」とあるが、「みんなの中にあるとされるふつうと呼ばれるもの」を「私」がそのように考える理由を選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Aの直前の一文にあります。みんなのふつうは、自分のふつうの一番外側を薄く剥ぎ取ってつなぎ合わせたような、すぐにでも破れそうな球体であり、脆いと知っているのにその中の方が安楽だと思えてしまうと述べられます。脆いのに引き寄せられてしまう点が「危険な装置」、そこから離れられなくなる点が「呪いの文句」に対応するので、二つの比喩の両方を説明できているかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
前半の「信頼できるものではないのに安心感を抱かせる」は本文に沿うが、後半の「少数派への優越感」は本文にない。むしろ「私」は、信念や誇りを持つことが誰かへの暴力につながるのではないかと恐れている。
②【誤】
「守られた世界にいるという心地よさ」は本文に近いが、「私」の「内向的な性質をより強める」という記述は本文にない。
③【誤】
「従うべき常識として受け入れることを強いる」も「感性を少しずつ鈍化させていく」も本文にない。本文が述べているのは強制ではなく、安楽に思えてしまうという引力である。
④【正】
「確かなものではない」がすぐにでも破れそうな球体に、「易きに流れる傾向を生み出す」がその中の方が安楽だと思えてしまうことに、「意識や行動を知らず知らずに制約する」が「呪いの文句」に、それぞれ対応する。
問3:正解③
<問題要旨>
傍線部B「澄香は仕事や同僚について、毎日のようにわたしたちに話した。」とあるが、澄香にとって話をすることにはどのような意味があるかを選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Bの直後の二文です。わたしたちに話すことが「世界を納得するための彼女の方法」であり、澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら進みたい人なのだと述べられます。続く段落では、聞き手が行ったことのない職場の様子まで細部まで思い浮かべられたことも書かれており、細かく話すことと肯定的な納得という二点がそろう選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
「仕事への熱意が維持できない自分を克服して」「愛着とこだわりを持とうとしている」はいずれも本文にない。話すことの目的は納得であって克服ではない。
②【誤】
「これまでとは違い今の仕事には興味をもって取り組んでいることを私や父に伝えようとしている」が誤り。話すことの目的は聞き手に伝えることではなく、自分が世界を納得することにある。
③【正】
仕事の内容や同僚の人柄を細部まで話すことと、今の自分の仕事や置かれている環境を受けとめて前向きに進もうとすることが、傍線部Bの直後の「世界を納得するための方法」「肯定的に納得しながら進みたい」に対応する。
④【誤】
「不満を取るに足らないものとして納得しようとしている」は、本文にない不満の存在を前提にしている。本文の納得は肯定的な納得であって、不満の切り捨てではない。
問4:正解③
<問題要旨>
傍線部C「水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪んで見えてくる」とあるが、このように世界を見る「私」についての説明を選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Cは、もともと「ぼやけた」世界が「さらに」歪むという二段構えなので、もとの状態とそれが強まる契機の両方を押さえます。もとの状態は冒頭近くにあり、あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると体温が低くなってきて「魚類になりたい」と思い始めるという記述です。水越しという比喩がここに対応するので、周囲との隔たりがもとからあり、それがさらに広がるという形の選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
「自分も興味を持とうと懸命になる」が本文と逆。「私」はあまり興味のないことを、それでも笑いながら話している。
②【誤】
出汁巻きたまごや忘れ物は、父が「上出来じゃない」と褒める例として出てくるもの。また物事を納得できなくなるのは澄香についての記述で、主体が混ざっている。
③【正】
興味のない話題でも周囲に同調しようとすることと、本来の自分から離れていく感覚が冒頭近くの記述に対応し、「もともとあった周囲との距離や隔たりがさらに広がる」が「ぼやけた世界がさらに歪む」という二段構えに合う。
④【誤】
「同僚の会社の批判を聞いていると」が誤読。本文は、何かを変えるのも変えないのも自分には関係のないことと思うために結局変わらないと批評している人の話を聞いているような、という比喩で「私」自身の働き方の姿勢を述べている。
問5:正解③
<問題要旨>
傍線部D「だから父のさもありなんは、澄香と私を楽にしてくれる。」とあるが、「私」が捉えている父の人物像と、その父に影響された「私」の変化の説明を選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Dの直前です。父が「さもありなん、そんなこともあるだろうさ」と言うと、くっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができ、執着していた気持ちを手放してしまえると述べられます。父の具体的なふるまいは、仕事が長続きしない姉妹を責めずに働き続けている点を認めることと、主任の別居を「それが主任さんたちのふつうなんでしょう」と受けとめることの二つで、この二つから導ける人物像を選びます。
<選択肢>
①【誤】
「物事を積極的に肯定しようとする」は、父の「さもありなん」という受けとめ方とずれる。また「私」の変化を「否定的な見方を省みる」とする点も、執着を手放すという本文の記述と合わない。
②【誤】
「主任と妻子についての話もさりげなく打ち切る」が誤り。父は話を打ち切るのではなく、それが主任たちのふつうなのだろうと受けとめている。「冷静に問題に向き合う」も本文にない。
③【正】
姉妹を非難せず、主任の暮らし方も特別視せず自然に受けとめるという二つの具体例から「人の様々な生き方をあるがままに受け入れる」人物像が導かれ、「とらわれる気持ちから距離をとる」が、隙間ができて執着していた気持ちを手放すという傍線部Dの直前の記述に対応する。
④【誤】
「勝手な期待や理想を押しつけない」は本文から直接は導けない。また手放されるのは「執着していた気持ち」であって、「とらわれていた自己像」ではない。
問6:(ⅰ)正解①
<問題要旨>
生徒のノートの前半をもとに、「『私』は、澄香が言うことを[ X ]。」の空欄に入るものを選ぶ設問です。ノートは、本文で丸括弧が付いている二か所、すなわち澄香の話の内容が本当かどうかを「私」が自問する言葉と、その話の出どころを澄香に帰す注記を取り上げています。
<考え方>
どちらの丸括弧も、澄香の話を地の文としてそのまま書かずに、いったん括り出して距離を置く働きをしています。前者は本当にそうなのかという疑いを示し、後者は自分が確かめたわけではないことを示します。したがって空欄には、鵜呑みにはしていないという内容が入ります。
<選択肢>
①【正】
二つの丸括弧が示しているのは、澄香の話を事実としてそのまま受け入れてはいないという態度。疑いを地の文には出さず括弧にとどめる書き方とも合う。
②【誤】
「冷静に分析している」が強すぎる。丸括弧は分析ではなく自問と注記であり、澄香の心の内を探る記述にもなっていない。
③【誤】
「三人で楽しむための手段として」という目的は本文にない。また「極力遮らずに聴いている」では、丸括弧が距離を置く働きを説明できない。
④【誤】
「疑いの念をもって聴いているわけではない」は、本当にそうなのかと自問する丸括弧の働きと逆になる。
問6:(ⅱ)正解④
<問題要旨>
ノートの後半をもとに、「毎日のように澄香の話を聴く『私』は[ Y ]。」の空欄に入るものを選ぶ設問です。ノートは、三人で語らうと昨日も今日も明日もなくなり生まれた順番や父と娘という関係も外れて鉱石のようになるという箇所、行ったことのない職場を細部まで思い浮かべられたという箇所、会ったことのないナバタメさんについて「これは私の想像だけど」と補って像を結ぶ箇所を挙げています。
<考え方>
挙げられた三か所は、時間や関係から離れた心地よさという点(一つ目)と、聞いた話に自分の想像を足して世界を作るという点(二つ目と三つ目)の二つにまとめられます。空欄にはこの二点の両方が含まれている必要があるので、どちらか一方しか言っていない選択肢は落とせます。
<選択肢>
①【誤】
「困難の多い日常」「心のよりどころとしていつも大事にしている」は、ノートが挙げた三か所から出てこない。
②【誤】
「没頭できる」は一つ目の箇所に近いが、「日常の尊さを自分の心に刻み込もうと意識している」は本文にない。
③【誤】
「自分のあるべき生き方が示されている」「隅々にまで注意を向けている」が本文にない。挙げられた箇所は想像を交えた受け取り方を示すもので、教えを受け取る姿勢ではない。
④【正】
「現実の時間や関係性から離れた心地よいもの」が一つ目の箇所に、「想像を交えて受け入れる」「自分の日常とは異なる世界を持ち得ている」が二つ目と三つ目の箇所に、それぞれ対応する。
第3問
「本を読むときのデジタル機器の利用について」というレポートを書く場面です。電子書籍の利用状況を示す【資料Ⅰ】(表1・表2)、PISAの調査結果を示す【資料Ⅱ】(表3・表4)、国会図書館のデジタル化を伝える新聞記事の【資料Ⅲ】と、レポートの構成案が与えられ、資料から何が言えるかを判断させます。
問1:正解②
<問題要旨>
構成案の本論1に関連して、【資料Ⅰ】と【資料Ⅱ】からそれぞれ何が分かるか・何を考察できるかを整理した(ア)〜(エ)の四つの文が示され、正しい組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
決め手は資料に付された注と表の作りです。表2には「電子書籍を『読んだことがある』と答えた人だけが対象となり、複数回答が可とされた」という注があり、複数回答なので「最もよく読むもの」は出てきません。よって(ア)が正しく(イ)は誤りです。【資料Ⅱ】の表3は紙とデジタル機器のどちらをより多く用いるかという回答の割合(日本は紙45.5%、デジタル13.2%など)、表4はその回答別の読解力平均得点なので、割合と読解力の関係を述べた(エ)が正しく、目的に応じた「使いわけ」までは分からないので(ウ)は誤りです。
<選択肢>
①【誤】
【資料Ⅰ】は(ア)で正しいが、【資料Ⅱ】の(ウ)が誤り。表3は二つの媒体を目的によって使いわける様子ではなく、どちらをより多く用いるかという回答の割合を示している。
②【正】
(ア)は表2の「読んだことがある人だけが対象・複数回答が可」という注に合い、(エ)は表3の回答割合と表4の回答別得点という資料の作りに合う。
③【誤】
(イ)も(ウ)も誤り。(イ)は複数回答のため「最もよく読むもの」が特定できず、(ウ)は表3が使いわけ方を示していない。
④【誤】
【資料Ⅱ】は(エ)で正しいが、(イ)が誤り。表2からは電子書籍で読んだと回答した割合(マンガは中学生82.9%・高校生83.3%など)は分かるが、その中で最もよく読むものは特定できない。
問2:(ⅰ)正解①
<問題要旨>
国会図書館にデジタルの資料がどれだけあり、どのように利用できるかを、【資料Ⅲ】に書いてあることにもとづいて図にまとめたとき、最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
【資料Ⅲ】は、特に力を入れているのがインターネットでの資料提供だとしたうえで、制限なしに誰でも読める60万点のほか、利用者登録をすれば入手困難な資料184万点が閲覧できると述べ、続けて館内のみ閲覧可能な資料も112万点あると書いています。三つはいずれもデジタルの資料で、インターネットで読めるものが60万点と184万点、館内限定が112万点という分かれ方になります。
<選択肢>
①【正】
「デジタルの資料」の枠の中に「インターネットで閲覧可能」(制限なし60万点・利用者登録が必要184万点)と「館内のみ閲覧可能」112万点が並ぶ形で、記事の区分と一致する。
②【誤】
112万点を「紙の資料」として枠の外に置いている。記事はこの112万点もインターネットでの資料提供を説明する流れで挙げており、紙の資料とは書いていない。
③【誤】
184万点を館内のみ閲覧可能なものとしている点が誤り。184万点は利用者登録をすれば閲覧できるもので、記事は個人のパソコンやスマホで読めるようになったとも述べている。
④【誤】
184万点を利用者登録をすれば館内で閲覧できるものとし、112万点を紙の資料としており、どちらも記事の記述と合わない。
問2:(ⅱ)正解④
<問題要旨>
国会図書館のデジタル化の取組みについて、これまでの状況とこれからの見通しを【資料Ⅲ】にもとづいて要約したとき、その内容として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
【資料Ⅲ】が述べているのは四点です。2000年前後から進んできたデジタル展開がコロナ禍で閉館を余儀なくされたのを機に一気に加速したこと、視覚障害者向けに全文テキストをダウンロードできるバリアフリーのサービスが既に始まっていること、4685万点超に及ぶ所蔵資料のデジタル化が重点策として進んでいること、そして書籍などと同様にデジタル資料の「収集と長期保存」もめざしていることです。これまでの状況と見通しの両方を、落とさず言い換えずに拾えているかで切ります。
<選択肢>
①【誤】
「バリアフリーのサービスとして所蔵資料のデジタル化も始まった」が誤り。バリアフリーのサービスは視覚障害者向けの全文テキストのダウンロードで、所蔵資料のデジタル化は別の重点策として挙げられている。
②【誤】
バリアフリーのサービスを「始まろうとしている」としているが、記事は既に「始まっている」と書く。また目標として挙げられた「収集」も落ちている。
③【誤】
「バリアフリーのサービスとして二〇世紀中の一〇〇万冊の書籍のデジタル化も始まった」が誤り。100万冊は2025年までの書籍デジタル化の目標で、バリアフリーのサービスとは別の話である。
④【正】
2000年前後からの展開とコロナ禍による加速、所蔵資料のデジタル化の進行、デジタル資料の収集と長期保存という目標、そしてバリアフリーのサービスの開始が、いずれも記事の記述どおりに含まれている。
問3:正解 23・24=②・④(順序不問)
<問題要旨>
構成案の本論3、すなわち本論1・2をふまえた自分の意見として空欄Xに書く内容のうち、適当でないものを①〜⑤から二つ選ぶ設問です。
<考え方>
資料から読み取れる範囲を超えていないかで切ります。表2は電子書籍を読んだことがある人だけを対象にした複数回答なので、紙で読む生徒との比較はできません。また【資料Ⅱ】にはデジタル展開の進み方についての情報がなく、表3ではデジタル機器で読むことの方が多い生徒がドイツ11.3%で日本の13.2%より低いので、読解力の高さをデジタル展開の先進性に結びつけることもできません。
<選択肢>
①【誤】
表2でマンガが中学生82.9%・高校生83.3%と最も高く、確認できる事実にもとづく提案になっている。適当でないものには当たらない。
②【正】
表2は電子書籍を読んだことがある人だけを対象にした複数回答なので、事典や辞典、図鑑を「紙で読む生徒が多い」ことは確認できない。資料から言えない内容なので、これが答えの一つ。
③【誤】
表4で「本をまったく、またはほとんど読まない」の得点はアメリカ465、日本458、ドイツ475、OECD平均456と、どの国でも他の三つの回答より低い。確認できる事実にもとづく提案なので、適当でないものには当たらない。
④【正】
【資料Ⅱ】にデジタル展開の先進性を示す情報はない。さらに表3ではデジタル機器で読むことの方が多い生徒がドイツ11.3%で日本13.2%より低く、読解力の高さを両国のデジタル展開に結びつける推論は成り立たない。これが答えのもう一つ。
⑤【誤】
【資料Ⅲ】に、絶版資料などの個人送信を認める著作権法改正を弾みにした形でビジョンが策定されたとあり、法整備と利用の拡大の結びつきは資料から言える。適当でないものには当たらない。
第4問
『とりかへばや物語』の一節です。女性であることを隠して男性として宮中で活躍していた女君が、権中納言に秘密を見破られて契りを結び、都から離れた宇治で若君を産んだのち姿を消した、その直後の場面で、残された乳母と権中納言が描かれます。語句の解釈、助動詞や敬語の理解、内容説明が問われます。
問1:正解ア③ イ③ ウ①
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(ウ)の解釈として最も適当なものを、それぞれ四つの選択肢から一つ選ぶ設問です。
<考え方>
古語の意味と、文末の助詞・助動詞の働きの両方を使って決めます。(ア)は係助詞「か」と推量の助動詞「む」の呼応、(イ)は動詞「あくがる」の語義と接続助詞「を」の働き、(ウ)は形容詞「をこがまし」の語義が決め手になります。
<選択肢>
ア=③
第1段落、思いもよらない隅々まで探し申し上げたのに、と続く箇所の「いづくにかおはせむ」。疑問の係助詞「か」に推量の助動詞「む」が呼応する反語で、どこにいらっしゃるだろうか、どこにもいらっしゃらない、の意になる。直後が「言ふかひなく思ひまどふ」と続くことにも合う。①は「いづくをか尋ねむ」の形なら成り立つ訳で、ここで「おはす」の主体が女君である点を捉えていない。②と④は「どなた」と人を問う形にしており、場所を問う「いづく」に合わない。
イ=③
第2段落、権中納言が自分のふるまいを振り返る箇所の「都がちにあくがれたりつる」。「あくがる」はさまよい出る・その場を離れるの意で、「都がちに」は都の方に多くの意。宇治に落ち着かず都へ出ていたということ。接続助詞「を」が順接に働き、だから女君はどれほど心細かっただろうという反省へ続く。①は「あくがる」を「飽く」と取った誤り。②は語義から出ない。④は実際に都へ出ていたという行動を、心の中の願望にすり替えている。
ウ=①
第3段落、人が「をこがまし」と見て思うだろうことにも思い至らず、足摺りまでしそうだ、と続く箇所。「をこがまし」は愚かしい・ばかばかしいの意なので①。②騒がしい、③おそろしい、④わざとらしいはいずれも別語の意味。
問2:正解③
<問題要旨>
波線部a〜dについて、語句と内容に関する説明として適当でないものを選ぶ設問です。
<考え方>
適当でないものを選ぶ形なので、文法の指摘と主体の取り方を一つずつ確かめます。aの「え…ず」は不可能、bの「けむ」は過去推量で、尊敬語「思す」が使われていることから主体は女君、dの「れ」は自発で、いずれも説明が合います。残るcは、直後が「かかる人を見捨てたまひけむ心強さこそ」と続く詠嘆の言葉なので、品詞と感情の向かう先の両方を確かめます。
<選択肢>
①【誤】
「え」は打消と呼応して不可能を表す副詞で、乳母が本当のことを言えない様子の説明として正しい。直前に、自分まで責め立てられそうだという理由も置かれている。適当でないものには当たらない。
②【誤】
「けむ」は過去推量の助動詞、「思し」は尊敬語「思す」の連用形なので主体は女君。権中納言が以前の女君の胸の内を想像している、という説明で正しい。適当でないものには当たらない。
③【正】
cの「あはれ」は、若君を見捨てた女君の気強さに向けられた詠嘆の言葉であって、「ふびんだ」という意の形容動詞でもなく、取り残された権中納言が自らを哀れんだものでもない。品詞と感情の向かう先の両方が本文と合わないので、これが答え。
④【誤】
「れ」は自発の助動詞で、女君の衣に残る香に触れて泣かずにはいられない権中納言の様子を表す。尊敬の「たまふ」が続くことからも主体は権中納言で、説明は正しい。適当でないものには当たらない。
問3:正解②
<問題要旨>
傍線部A「日ごろいかなるけしきか見えたまひし」という権中納言の問いに対して、乳母は女君の「けしき」をどのようなものであったと答えたかを選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Aに続く乳母の返答です。そのような気配は見えなかったと前置きしたうえで、権中納言の前ではさりげなく、一人でいるときは若君を目も離さず見つめながら人目を忍んで泣き明かしていたと述べ、世の中に恨めしくも心もとなくも思い申し上げている相手がいらっしゃるのだろうかと心苦しく拝見していた、と続けます。文末の「や…らむ」が乳母の推量であることを押さえると、女君に思いを向ける相手がいるらしい気配、という内容になります。
<選択肢>
①【誤】
「若君の世話もできないほど」が本文と逆。乳母は、女君が若君を目も離さず見つめていたと述べている。
②【正】
人目を忍んで泣き明かしていたことと、恨めしくも心もとなくも思う相手がいるのだろうかという乳母の推量に、それぞれ対応する。
③【誤】
心を痛めていたのは乳母の側で、女君が周囲への迷惑を気にしていたという記述はない。主体のすり替え。
④【誤】
乳母の返答は、そのような御気配も見えませんでしたと始まる。宇治を去るような気配は見えなかったと言っているので、強い意志があってためらいがないというのは正反対。
問4:正解③
<問題要旨>
傍線部B「見たてまつり嘆かる」とあるが、誰がどのように嘆いているのかを選ぶ設問です。
<考え方>
敬語の方向で主体が決まります。「見たてまつり」は謙譲語なので、見られている側が敬われる人物、すなわち直前で「沈み臥したまひぬる」と尊敬語が付いている権中納言です。したがって嘆いているのは、権中納言を見ている周囲の人々になります。嘆きの内容は、直前の「いみじくいとほしくわりなき」に対応します。
<選択肢>
①【誤】
嘆く主体を権中納言にしている点が誤り。謙譲語「たてまつり」があるので、権中納言は見られる側である。
②【誤】
主体の取り方が誤りである上に、泣いているのは若君ではなく権中納言。若君は事情を知らない笑顔を見せていたと書かれている。
③【正】
人が愚かだと見るだろうことにも思い至らず、足摺りまでしそうになって沈み臥す権中納言を、周囲の人々が「いみじくいとほしくわりなき」と見て嘆くという、敬語の方向と内容の両方に合う。
④【誤】
嘆きの向かう先を女君のふるまいにしている点が誤り。傍線部Bの直前で嘆かれているのは権中納言の様子である。
問5:正解④
<問題要旨>
本文の内容に合致するものを①〜⑤から選ぶ設問です。第1段落から第3段落までの出来事や心情について、段落を指定して述べた選択肢を吟味します。
<考え方>
段落ごとに主体と敬語を確かめていきます。第1段落で事情を聞いて目の前が暗くなり心が乱れるのは、尊敬語が重なっていることから権中納言です。第2段落では、女君が実は見慣れず不快に思っていたはずなのに、ちょっと見ればさりげなく穏やかだった様子を、見ても見ても飽きることなく素晴らしかったと回想します。第3段落では、脱ぎ捨てられた衣に残る香を引き着て泣き、愛らしさに満ちていた女君を恋しがって胸からあふれるような思いになります。
<選択肢>
①【誤】
第1段落で暗い気持ちになるのは乳母ではなく権中納言。尊敬語「たまふ」が重なっていることから分かる。
②【誤】
権中納言が乳母を疑うという記述はない。第1段落では、どうしたことか、日ごろどのような様子だったか、古里の方から訪ねてくる人はいたかと尋ねている。また第2段落の反省は、宇治に落ち着かず都へ出ていたことについてで、育児を任せきりにしたという内容ではない。
③【誤】
権中納言が女君を探すために宇治を去ろうとしているという記述はない。また第3段落に、女君が自分をひどく恨んでいたと知る場面もない。
④【正】
第2段落の、悩みを表に出さず穏やかだった様子を飽きることなく素晴らしかったと回想する記述と、第3段落の、香が残る衣を引き着て愛らしさに満ちた女君を思い出し思いを抑えられなくなる記述に、それぞれ対応する。
⑤【誤】
第3段落の「夢に見むだに」は、これほどのことを夢に見るだけでも覚めてからの名残は不吉であろうという仮定の話で、実際に夢に見たわけではない。また第2段落で女君の強情さにあきれているという記述もない。
第5問
『淮南子』からの出題です。禄を辞して家にいる段干木の村門の前を通った魏の文侯が、車上から敬礼した理由を御者に語り、のちに秦が魏への出兵を取りやめるまでが述べられます。語の意味、句法、空欄補充、理由説明、解釈に加え、別の書物に加えられた論評の趣旨も問われます。
問1:正解ア① イ④
<問題要旨>
波線部(ア)「何為」・(イ)「於是」の、ここでの意味として最も適当なものを、それぞれ四つの選択肢から選ぶ設問です。
<考え方>
どちらも漢文の定型表現です。「何為」は「なんすれぞ」と読んで理由を問い、「於是」は「ここにおいて」と読んで前の事柄を受けて結果を導きます。読み方を決めたうえで、前後の文がそれで通るかを確かめます。
<選択肢>
ア=①
御者が文侯に「君何為軾」と尋ねる場面。「何為」は理由を問う疑問詞なので①。文侯が「段干木在、是以軾」と、理由を示す「是以」で答えていることからも確かめられる。②は方法を問う形、③と④は内容や感嘆を表す形で、答えの形と噛み合わない。
イ=④
最終文「於是秦乃罷兵、輟不攻魏」。司馬庚の諫言を受けたことを承けて結果を導くので④。①は「ここに留まって」と場所の話にしており、「是」が直前の事柄を指す働きを捉えていない。②は感嘆、③は時間の早さで、いずれも前の事柄を受けて結果を導く働きを表せない。
問2:正解③
<問題要旨>
傍線部A「寡人敢勿軾乎」の解釈として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
「寡人敢へて軾すること勿からんや」と読みます。「敢へて…勿からんや」に文末の「乎」が付いた反語で、どうして敬礼しないでいられようか、つまり必ず敬礼する、という強い肯定になります。直前で、段干木は勢いや利益に走らず君子の道を抱いてわびしい路地裏に隠れ住み、その名声は千里に及ぶと述べられていることが、この結論を支えます。反語を打消や二重否定として処理しないことが分かれ目です。
<選択肢>
①【誤】
「敬礼するわけにはいかない」と敬礼を否定しており、反語を打消として読んでしまっている。文侯は実際に敬礼している。
②【誤】
「意味もなく敬礼しているわけではない」は二重否定の形で、反語が導く「必ず敬礼する」という強い肯定になっていない。
③【正】
反語を肯定に読み直した形で、直前の段干木への高い評価とも、実際に軾したという場面とも合う。
④【誤】
「敬礼したりする必要はない」は、なぜ敬礼するのかと問う御者の側の見方であって、文侯の答えとしては正反対。
問3:正解④
<問題要旨>
傍線部B「勢不若[ X ]尊、財不若[ Y ]高」の空欄X・Yに当てはまる語の組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は傍線部Bの直前に置かれた二組の対句です。段干木は徳において光り自分は勢いにおいて光る、段干木は義において富み自分は財において富む、と並べられています。そのうえで「勢は…の尊きに若かず、財は…の高きに若かず」と続くのですから、勢いと対比されるのは徳、財と対比されるのは義になります。よってXは徳、Yは義です。
<選択肢>
①【誤】
Xが義、Yが徳で、直前の対句の対応が入れ替わっている。勢いと並べられているのは徳、財と並べられているのは義である。
②【誤】
Xの「道」は直前の対句に現れない語。「君子之道」の「道」を当てはめても、勢いとの対比にならない。
③【誤】
Xの「道」もYの「声」もどちらも対句から外れる。「声」は「声施千里」の名声で、財と対比する形には置かれていない。
④【正】
Xが徳、Yが義で、「段干木光於徳、寡人光於勢」「段干木富於義、寡人富於財」という直前の二組の対句の対応にそのまま合う。
⑤【誤】
Xの徳は正しいが、Yの「声」が誤り。財と対比されているのは義である。
問4:正解②
<問題要旨>
傍線部C「段干木賢者」について、司馬庚がこのように言っているのはなぜかを説明する文として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
根拠は二か所にあります。文侯の言葉に、段干木は勢いや利益に走らず君子の道を抱き、わびしい路地裏に隠れ住み、その名声は千里に及ぶとあります。さらに傍線部Cのすぐ後に、その君が礼遇したことを天下に知らない者はなく諸侯に聞かない者はない、とあります。官位のない身のまま高潔に生き、しかも広く知られていることが「賢者」と呼ぶ根拠です。
<選択肢>
①【誤】
「困窮した民を独力で救済している」は本文にない。「窮巷」はわびしい路地裏で、段干木自身が隠れ住む場所を指す語である。
②【正】
勢いや利益を追い求めない点、民間で高潔な生き方を貫いている点、そして広く認められている点が、文侯の言葉と「天下莫不知、諸侯莫不聞」にそれぞれ対応する。
③【誤】
「諸侯に知られていない」が本文と逆。名声は千里に及び、諸侯に聞かない者はないとある。
④【誤】
「周辺諸地域との友好関係に尽力する」は本文にない。段干木は禄を辞して家にいる人物として描かれている。
⑤【誤】
「現在の君主を眼中に置かず」「古の君主の政治を理想とする」はどちらも本文にない。段干木が抱くのは「君子之道」である。
問5:正解①
<問題要旨>
傍線部D「挙兵伐之、無乃妨於義乎」の解釈として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
返り点に従えば「兵を挙げて之を伐たば、乃ち義を妨ぐること無からんや」となります。「無乃…乎」は「〜ではあるまいか」とやわらげて述べる反語の句法で、司馬庚が主君を諫めている場面なので、出兵すれば道義を損なうことになるのではないか、という内容になります。文末の「乎」を単なる疑問や打消の推量で処理しないこと、そして「妨於義」の妨げられる対象が義であることを押さえるのが要点です。
<選択肢>
①【正】
「無乃…乎」を「〜ではあるまいか」と取り、出兵が道義に反すると諫める内容になっている。この直後に秦が兵を罷める展開とも合う。
②【誤】
「必ずしも…にはなるまい」と打消の推量に読んでおり、諫める言葉になっていない。それでは秦が出兵をやめる理由にもならない。
③【誤】
「道義を知る国々に阻まれる」は本文にない。「妨於義」で妨げられるのは義であり、主語の取り方が逆になっている。
④【誤】
「魏に負けるのではないか」は勝敗の話にすり替えている。「妨於義」は道義を損なうことを言う。
⑤【誤】
「魏が道義を貫くのを阻むことはできない」も主語が逆。義を妨げるのは出兵する側である。
問6:正解④
<問題要旨>
本文と同じ内容の故事が別の書物にも記されており、そこでは「魏文侯可謂善用兵矣」という論評が加えられています。この論評の趣旨を説明する文として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
「魏の文侯は善く兵を用ふと謂ふべし」と読みます。ところが本文で文侯は一度も兵を動かしていません。兵を起こそうとしたのは秦の側で、段干木を礼遇した文侯のことが天下にも諸侯にも知れ渡っていたために、司馬庚の諫言を受けて出兵を取りやめました。つまり「善く兵を用ふ」とは、戦わずに他国の侵略を断念させたことへの評価であり、その手段が有徳者を敬う姿勢だったことになります。軍事力の強化や実際の戦闘を述べる選択肢は、この一点で落ちます。
<選択肢>
①【誤】
「民衆は将軍の命令によく従い」「軍事力の増強を達成した」はいずれも本文にない。本文で魏は戦っていない。
②【誤】
「魏の人々は周辺諸地域と盛んに交流するようになり」が本文にない。秦が出兵をやめた理由は交流ではなく、文侯が賢者を礼遇したことが広く知られていたからである。
③【誤】
「軍事力の増強にもたゆまず努めて」が本文にない。文侯が軍備を整えたという記述はどこにもない。
④【正】
有徳者を重んじる姿勢が広く天下に知られ、その結果、軍隊を動かすまでもなく秦に出兵を断念させたという筋道で、「善く兵を用ふ」という論評の趣旨に合う。
⑤【誤】
「身分に拘わらず有能な人材を抜擢する方針を表明していた」「知謀に長けた人物が多く集まる」はいずれも本文にない。段干木は官位のない人物のままで、登用されていない。
※ 本記事の解答・解説は当サイトが独立に作成したものです。公式の正解および配点は大学入試センターの発表をご確認ください。

