2024年度 大学入学共通テスト 追試験「国語」の解答と解説です。全設問の正解と考え方を一問ずつ解説し、公式の解答PDFもあわせて掲載しています。大学受験の森が独自に作成した、無料で読める解説です。
解答
解説
2024年度 大学入学共通テスト追試験の国語は、大問4つ・解答番号1〜38で、満点200点・試験時間80分です。配点は第1問が50点、第2問が50点、第3問が50点、第4問が50点で、四つの大問に均等に振られています。
第1問は、漫画家手塚治虫の描いたキャラクターをめぐる二つの評論の読み比べです。【文章Ⅰ】は手塚自身のインタビューを引きながら「まんが記号説」を論じたもの、【文章Ⅱ】は記号論の枠組みでロゴと〈キャラ〉を比べたもので、図1(表情の一覧)と図2(記号のピラミッド)が添えられています。第2問は野呂邦暢の小説「鳥たちの河口」、第3問は室町時代の芸能である幸若舞『景清』、第4問は明代末期から清代初期の思想家である賀貽孫『激書』が素材です。第2問の最後には二人の生徒の文章の読み比べ、第3問の最後には同じ題材を扱った浄瑠璃『出世景清』との比較が置かれています。
この回でつまずきやすいのは、第1問の図2をめぐる設問と、二つの文章を重ねて答える話し合いの設問です。図2は、本文が指標・類像・象徴の三つの次元をどう規定しているかを一つずつ突き合わせないと、もっともらしい言い換えに引き込まれます。第2問は本文に行数が付されており、どこから回想に入りどこで現在に戻るかを先に押さえておくと、時間の展開を問う設問がそのまま解けます。第3問は助動詞と敬語の向き、第4問は反語と使役の句法が判定の決め手になります。
第1問
手塚治虫の描いたキャラクターについて論じた二つの評論の読み比べです。漢字、傍線部の理由と内容の説明、図2の読み取り、そして二つの文章を合わせて考える話し合いの場面が出題されます。
問1:正解ア③ イ③ ウ① エ② オ④
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(オ)のカタカナに相当する漢字を含むものを、各群の①〜④から一つずつ選ぶ設問です。
<考え方>
同音異字の組合せなので、まず傍線部の語を漢字で書き下してから選択肢に当てます。(ア)は「純粋」で、①は栄枯盛衰、②は推測、③は粋を尽くす、④は垂直跳びですから、「粋」を含む③。(イ)は「拘束」で、①は抗議、②は交渉、③は拘泥、④は巧妙ですから、「拘」を含む③。(ウ)は「隆盛」で、①は隆起、②は時流、③は建立、④は留意ですから、「隆」を含む①。(エ)は「提唱」で、①は発祥、②は合唱、③は無償、④は暗証ですから、「唱」を含む②。(オ)は曇りと並べて認知の悪条件を指しているので「薄明」で、①は博識、②は拍車、③は迫真、④は薄弱ですから、「薄」を含む④になります。
問2:正解③
<問題要旨>
【文章Ⅰ】の傍線部A「そこでは一人の人間の個別性はけっして存在しえない」について、筆者がそう述べる理由として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Aの直前に、パターン化された表情という記号があらかじめあり、そこに男女・民族・年齢などを示す別の記号が組み合わされて一人の人間が表現される、と述べられています。直後に引かれる手塚の発言では、キャラクターは自分にとって「単語」だと語られ、少し後では、まんがの絵は「お話をつくる道具」だと押さえられます。既成の類型の組合せであることと、物語を作る道具として使われることの二点がそろった選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
属性の組合せという前半は傍線部の直前に沿いますが、「任意」は組み合わせ方にかかる語で、人間集団にかかる語ではありません。任意の人間集団の特徴を体現したものだという説明は本文にありません。
②【誤】
デッサンによらない自己流の描き方や無機質という評は、手塚が自分の絵に向けられた評として語っているにすぎず、個別性が存在しえない理由としては述べられていません。
③【正】
類型化された要素とその組合せから成り立つという点が傍線部直前の説明に、物語を作り出すための道具として用いられたという点が「単語」「お話をつくる道具」という捉え方に対応します。
④【誤】
象形文字という言い方は、手塚が自分のパターンを説明する比喩として出てくるだけです。感情を単純な線の集合で表すことは、個別性が存在しえない理由になりません。
⑤【誤】
細部の具体的な描写の集積という説明が逆です。本文では細部は省かれ、既成の記号の組合せによって人間が表されると述べられています。
問3:正解③
<問題要旨>
【文章Ⅰ】の傍線部B「〈記号〉として設計されたことと、汎世界化は不可分の関係として手塚は理解していたのである」について、筆者がそう述べる理由を選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Bの直前の段落で、ことばには歴史的・文化的な意味づけがあり、それゆえことばは国民的なものの拠り所になりうるが、手塚はそれをいっさい廃した人工言語として自分の表現を規定した、と説明されます。続く段落では、まんがの記号性は文化や民族による意味づけに拘束されず、文化的固有性を拒絶した国際語としてあらかじめ意識されていた、とも述べられます。固有の歴史・文化から切り離したことと、国境を越えた受容とを結ぶ選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
使用言語を問わず消費されるという前半は近いのですが、手塚が廃したのはことばの歴史的・文化的な意味づけです。作者の個性の放棄は傍線部Bより後で別の論点として述べられるもので、汎世界化と結ぶ理由にはなりません。
②【誤】
定型をふまえた登場人物や物語を作ったことに普遍的価値の由来を求める説明は本文にありません。
③【正】
固有の歴史や文化と結びつかないまんが表現を追求したことが、国際的な広がりをもった受容と無関係ではない、という筋が、言霊を廃した人工言語・文化的固有性を拒絶した国際語という本文の説明に対応します。
④【誤】
作者の特権性の放棄は文章の最後で述べられる別の論点です。しかも読者を意識した作品作りを目指したという内容は本文にありません。
⑤【誤】
本文はジャパニメーションの国際的評価の高まりを、日本文化の世界化と結びつく動きとして距離を置いて扱っています。その発展を手塚の工夫の結果とする説明にはなりません。
問4:正解④
<問題要旨>
【文章Ⅱ】の図2「記号のピラミッド」について、(a)〜(e)の説明として適当でないものを選ぶ設問です。図2は三層のピラミッドの上層・中層・下層を(a)(b)(c)とし、その左右に向きの異なる二本の矢印を(d)(e)として示したものです。
<考え方>
本文はピラミッドの基層を、人間のコミュニケーション活動や「接触」によって規定される指標の次元とし、最上層を、社会的に確立された規約によって規定され言語とくに文字を典型とする象徴の次元としています。中間は、接触関係から離れて「いまここ」を超えて理解される一方で直観的な訴求力を保つ、イメージの次元である類像です。さらに、下から指標・類像・象徴と並ぶ向きは個体の成長や文化の進展の進み方に、それと逆向きは複製技術としてのメディアの変遷に対応すると述べられます。象徴の次元が「脱文脈的に理解される」ものとされ、「直観的」なのは指標の次元だとされている点が判定の決め手です。
<選択肢>
①【誤】
(a)は象徴の次元です。社会的に認められた約束事が共有されていれば場面や状況に関わらず機能するという説明は、コードが共有されている限りいつでもどこでも脱文脈的に理解されるという本文の記述に合っており、適当でないものには当たりません。
②【誤】
(b)は類像の次元です。その場限りの文脈にとどまらないという点と、それ自体の具体的なイメージを保つという点が、接触関係から離脱しつつ直観的な訴求力を保持するという本文の記述に合っており、適当でないものには当たりません。
③【誤】
(c)は指標の次元です。一回的な文脈における直接的な接触関係のなかで機能し、基層としてコミュニケーションの活動を下支えするという説明は本文の記述に沿っており、適当でないものには当たりません。
④【正】
(d)の向きの説明ですが、本文は言語・文字の次元を「脱文脈的に理解される」ものとし、「直観的」なのは指標の次元だとしています。文字までを直観的なメディアとまとめている点が本文と合いません。また本文はこの向きを、個体の成長や文化の進展が接触関係からイメージの獲得を経て言語・文字へ進むことに対応するものとしており、接触関係がメディアの運用を促して成長や進展をもたらすという因果では述べていません。
⑤【誤】
(e)は逆向きの矢印です。文字の複製である印刷術から、写真や映画を経て、テレビやデジタル技術へという順は、本文が述べるメディアの変遷の順そのものですから、適当でないものには当たりません。
問5:正解②
<問題要旨>
【文章Ⅱ】の傍線部C「〈キャラ〉は、そのような担保から切り離され、指標記号のレベルに接近したものである」が、どういうことかを説明する設問です。
<考え方>
傍線部Cの直前に、ロゴにしろ〈キャラ〉にしろイメージとして類像の次元に属するが、ブランド名を表す文字要素を洗練したものは象徴の次元に接してそれを担保としている、とあります。「そのような担保」はこの文字・言語による裏づけを指します。一方【文章Ⅱ】の初めには、〈キャラ〉はモノとの関係を断ち切って自立性を獲得し、作成した企業や登場する作品とは無関係に独自の発展を遂げるとあり、また〈キャラ〉は人称化されヒト化した形象で、傍線部Cの直後では〈顔〉的対象として人との接触を成り立たせると説明されます。ロゴ側に文字による裏づけの保持を、〈キャラ〉側に直接的な関係と企業・作品からの独立を置いた選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
〈キャラ〉が消費者と密接な関係を結ぶという方向は近いのですが、消費者が既存の企業イメージを更新できるという内容は本文にありません。
②【正】
ロゴを固有名を表す文字要素の洗練とし企業や商品との関係を保ち続けるものとする点、〈キャラ〉をヒトを想起させる形象として接した人との直接的な関係を生み、企業や商品と無関係に発展しうるとする点が、傍線部Cの前後の説明にそのまま対応します。
③【誤】
〈キャラ〉を情報伝達の道具とし、言語的制約を超えると説明しています。傍線部Cが言うのは言語による担保からの切り離しと指標性への接近であって、伝達の道具としての機能ではありません。
④【誤】
企業や商品とは別に独立したシンボルとして流通するのは、ロゴではなく〈キャラ〉のほうです。主体が入れ替わっています。
⑤【誤】
本文はロゴを、ブランド名を表す文字要素を洗練したものと規定しており、理念やイメージを象徴的に示した記号とはしていません。また〈キャラ〉についても、担保から切り離されて自立するという傍線部の中心が落ちています。
問6:(ⅰ)正解①
<問題要旨>
二つの文章を読んだ後の話し合いの場面で、空欄Xに入る生徒の発言を選ぶ設問です。Xは、【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】がそれぞれ何に基づく何を論じていたかをまとめる位置にあります。
<考え方>
【文章Ⅰ】は、手塚が歴史的・文化的な意味づけを廃した人工言語としてまんがの記号を設計したことと、その結果としての汎世界化、すなわち普遍性を論じていました。【文章Ⅱ】は、〈キャラ〉が象徴という担保から切り離されて指標記号のレベルに接近し、モノや企業・作品との関係を断って自立性を得ると論じていました。前半に人工言語的性質と普遍性、後半に指標的性質と自立性を置いた組合せを選びます。
<選択肢>
①【正】
【文章Ⅰ】を人工言語的性質に基づく普遍性、【文章Ⅱ】を指標的性質に基づく自立性とする対応が、それぞれの文章の論点に合います。
②【誤】
【文章Ⅰ】を固有性の話にしている点が逆です。【文章Ⅰ】は文化的固有性を拒絶した国際語だと述べています。また【文章Ⅱ】で自立性の根拠とされているのは類像性ではありません。
③【誤】
【文章Ⅰ】を固有性の話にしている点が本文と逆になっています。
④【誤】
【文章Ⅱ】が述べる親和性は、〈キャラ〉が〈顔〉的対象であること、すなわち指標的性質に由来します。類像的性質に基づくという説明は本文に合いません。
問6:(ⅱ)正解④
<問題要旨>
読み手によるキャラクターの受けとめ方を【文章Ⅱ】の〈キャラ〉の分析から考えようという流れを受けて、空欄Yに入る、【文章Ⅱ】に書かれていた内容を選ぶ設問です。
<考え方>
【文章Ⅱ】の後半は、〈キャラ〉が〈顔〉的対象であることを挙げ、人間は〈顔〉に対して認知的親和性を持つこと、認知の悪条件下では〈顔〉でない対象までも〈顔〉と認識してしまうことを述べ、そうした〈顔〉を、視線を引きつけずにはいられないものとしています。無条件の反応と、引きつけられてしまうことを言う選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
表情の模倣は生まれて間もない赤ん坊の例として挙がるだけで、〈キャラ〉に自らの姿を投影するという説明は本文にありません。
②【誤】
モノとの関係を断ち切ることは〈キャラ〉の性質として述べられるもので、〈顔〉のはたらきとして説明されてはいません。
③【誤】
本文が挙げるのは接触を確認する交話的なはたらきであって、〈キャラ〉と対話することができるとは述べていません。
④【正】
〈顔〉への認知的親和性と、視線を引きつけずにはいられないという本文の記述に対応します。
問6:(ⅲ)正解③
<問題要旨>
空欄Zは、手塚が読み手の思い入れを拒んでいたのにインタビュアーは思い入れを抱いていた、というずれを、二つの文章を合わせて説明する位置にあります。そのずれの表れとして最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
【文章Ⅰ】が述べていたのは、手塚のまんがの記号が歴史的・文化的な意味づけを廃した人工言語であり、文化や民族に拘束されずに広がるものだったということです。【文章Ⅱ】が述べていたのは、〈キャラ〉が指標の次元に接近し、その都度の一回的な文脈に埋め込まれた接触として受けとめられ、〈顔〉として人を引きつけるということです。脱文脈的に流通するように設計されたものが、受け手それぞれの文脈では親しみを呼ぶ、という形にすれば、手塚の意図とインタビュアーの反応は矛盾なく両立します。
<選択肢>
①【誤】
個性的な特徴という説明は、個別性はけっして存在しえないとする【文章Ⅰ】と合いません。日本固有の文化的な特徴という説明も、固有性を拒絶したという論と逆になります。
②【誤】
愛着の根拠を、対象の内側にある人間的な部分に置き換えています。【文章Ⅰ】は、表現された一人の人間がその感情も含めて記号の集積に還元されてしまうと述べており、記号に還元されない人間的な部分が残るという想定そのものを退けています。また【文章Ⅱ】が引きつけの根拠とするのは、対象が人間的な内実を持つことではなく、〈顔〉的な形象が指標的・交話的に接触を成り立たせることです。機械的という捉え方も両文章に根拠がありません。
③【正】
特定の文脈を超えて広く流通し得る性質が【文章Ⅰ】の人工言語性と汎世界化に、受容者がそれぞれの文脈で親しみを抱き得る性質が【文章Ⅱ】の指標の次元と〈顔〉への親和性に対応します。二つを兼ね備えているとすることで、手塚の意図とインタビュアーの反応のずれが説明できます。
④【誤】
ストーリーを構成する要素という前半は【文章Ⅰ】に沿いますが、〈キャラ〉は作品とは無関係に独自の発展を遂げると【文章Ⅱ】は述べており、作品を代表するものとして受けとめられるという後半が合いません。
第2問
野呂邦暢の小説「鳥たちの河口」の一節です。放送局を辞めて河口に通い鳥を観察・撮影する男のもとに、印刷会社の社長が写真集の話を持ちかけてきた日の回想が、現在の場面のなかに挟み込まれます。心情と行動の理由、時間の展開、表現の効果が問われます。
問1:正解④
<問題要旨>
傍線部A「男は鼻白んだ。」について、その理由として最も適当なものを選ぶ設問です。傍線部Aは、河口に現れた印刷会社の社長が男に声をかけた直後にあります。
<考え方>
傍線部Aの直前で社長は、会社を辞めてまで鳥の撮影に打ち込むのは見上げた生き方だ、と評しています。ところが直後の地の文は、会社を辞めたのは鳥のためではなかった、しかしそれを説明するのも億劫だった、と続きます。また二人の関係は、局の印刷物を請け負っていた縁で何回か顔を合わせた程度で、二人だけで話すのは初めてだったと記されています。それほどの間柄でない相手に、生き方まで言い当てたように語られたことが理由になります。
<選択肢>
①【誤】
あまり親しくない人物だという点は合いますが、直後の地の文が示しているのは、なれなれしさではなく、実際とは違う理解を示されたことです。
②【誤】
社長が声をかけたのは、男が湾口の漁船団を望遠レンズで見ていた場面です。鳥の観察を妨げられたことが理由として書かれているわけではありません。
③【誤】
社長が触れたのは退職の事実と生き方であって、職場の裏事情を知っているかのような言動はありません。
④【正】
多少面識があった程度の相手に生き方まで理解しているかのように言われ、しかし実際には鳥のために辞めたのではなかった、という直後の地の文に対応します。
⑤【誤】
社長が局で男のことを尋ねたのは事実ですが、傍線部の直前にあるのは生き方についての評です。生活を詮索されたことへの反応としては説明になりません。
問2:正解②
<問題要旨>
傍線部B「説明してもらいたい、と男はいった。」について、男の反応の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Bの直前で、社長が写真集を出したいと言ったのに対し、男は「それは結構だ」と如才なく相槌を打っただけでした。ところが社長が、出したいのはあなたの写真集だと言い直したため、話が自分のことだと分かって説明を求めます。礼を失しない程度の受け答えから、企画の中身を確かめる姿勢へ変わったところを押さえます。
<選択肢>
①【誤】
社長の本気度を疑っていたとは書かれていません。男が最初にしたのは如才ない相槌です。
②【正】
失礼にならない程度の応対から、自分の写真集だと分かって企画の内容を詳しく聞こうとする流れに合います。
③【誤】
写真集を出すことが長年の願望であり、それが実現しそうだと分かって戸惑ったという心情は、この場面には書かれていません。
④【誤】
社長の話に興味がなかったとまでは言えず、短く説明を求めただけの傍線部の言い方は、積極的に求めているという強め方とも合いません。
⑤【誤】
刊行の保証を得たと判断した段階ではなく、この後に印税や部数の話が続きます。興味を隠しきれないという説明も傍線部の言い方に合いません。
問3:正解②
<問題要旨>
傍線部C「砂丘の上を歩きまわりながらしゃべりつづけた。」について、ここでの社長の行動の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Cの直前で社長は、鳥は狂っているのだ、そしてだれも鳥の世界で起こっている異変に気づかない、と言い、地の文は社長が昂奮したと記します。時季外れのユリカモメや白鳥、コースを外れる鳥といった具体例も、そこまでに挙げられています。鳥の生態の変化が世間で顧みられないことに冷静でいられない、という筋で選びます。コウノトリの話や埋め立ての話、写真集の提案は、いずれも傍線部Cより後に出てきます。
<選択肢>
①【誤】
本文で挙がるのは渡りの時季やコースのずれであって、渡り鳥が増えているという話ではありません。
②【正】
鳥の生態に変化が生じていること、それがだれにも気づかれていないことへの反応として昂奮したという流れに合います。
③【誤】
コウノトリを見たという話も、生態系を保護する決意も、傍線部Cより後に置かれています。
④【誤】
写真集の企画を持ちかけるのは傍線部Cより後で、賛同を得る機会が来たことへの興奮という説明にはなりません。
⑤【誤】
地の文は昂奮したと記しており、焦りや困惑とは読めません。
問4:正解⑤
<問題要旨>
傍線部D「なんという芝居気たっぷりのせりふだったろう、と男はにがにがしく回想した。」について、社長についての男の受け止め方がどのように変化したかを選ぶ設問です。
<考え方>
回想されている場面で社長は、腕を上下にゆるく動かし、それを見た男は社長が鳥に化身したのかと一瞬いぶかります。続けて社長は広げた両腕で潟海を抱きとるような身ぶりをして陽気に叫びます。男は傍線部Dの直前で、その仕草を自分でもなぞっており、当時は引き込まれていたことが分かります。傍線部Dの「芝居気たっぷり」「にがにがしく」は、それを作り物めいたものと捉え直した現在の評価です。引き込まれた状態から、わざとらしいものと捉え直した、という変化でそろえます。
<選択肢>
①【誤】
自然のためのものでもあると説くひたむきさへの好感という前半も、自分の価値観を見せつけていただけという捉え直しも、本文の身ぶりの描写と結びつきません。
②【誤】
誠意に心ひかれたという前半は言えなくもありませんが、他人の人生に関わる場面でも自分の善意に酔うという自己顕示の評価は、「芝居気たっぷり」の言い換えとしてずれています。
③【誤】
思ってもいない出まかせだった、という嘘の指摘にすり替えています。傍線部Dが言うのは、せりふが芝居がかっていたということです。
④【誤】
会社の厳しい状況を隠す演技だったという説明は本文にありません。男が不渡りの噂を知るのは、その後の会見の経過を述べる部分です。
⑤【正】
鳥のような動きまで交えて強い思い入れを見せる社長の姿勢に引き込まれたこと、それを空疎でわざとらしい言動だったと捉え直したこと、その提案に同調してしまったことへの不快が、傍線部Dの前後の描写にそろって対応します。
問5:正解③
<問題要旨>
傍線部E「自分は群から脱落した鳥の一羽かもしれぬ。しかしまだ飛ぶことはできる。」について、このときの男の心情を説明する設問です。
<考え方>
傍線部Eの直前で、男は百日の休暇を有効に過ごしたと思い、水辺に墜落した鳥を思い出しています。その鳥は男が自宅で保護し、餌を食べない日もありながら傷が癒え身動きが活発になるまで回復を待っていたものです。傍線部Eの後には、明日から新しい生活のために都会へ出発することになる、と続きます。脱落したという意識と、回復した鳥に重ねて自分にもまだ力があると確かめる姿勢と、その先の出発の三つを含む選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
一人で鳥を見ていることへの疎外感は書かれていません。また、とどまることを知らない渡り鳥という比喩は、直前で思い出される墜落した鳥と結びつきません。
②【誤】
百日の休暇については有効に過ごしたと思っており、後ろめたさは読み取れません。
③【正】
仕事を辞めて河口に通う日々への挫折感と、傷ついた鳥がやがて回復したように自分にもまだ活力があるという確認、そして新しい生活へ向けた出発が、傍線部Eの前後の流れにそろって対応します。
④【誤】
写真集の企画が流れた後も男は河口へ通うのをやめず、初めからそれほど期待していなかったと記されています。喪失感や未練という説明には合いません。
⑤【誤】
孤独に生きることへのむなしさや、一人で生きる道を求めなければならないという言い聞かせは本文にありません。
問6:(ⅰ)正解④
<問題要旨>
本文の時間の流れの説明として最も適当なものを選ぶ設問です。本文には行数が付されており、どこで回想に入りどこで現在に戻るかが問われます。
<考え方>
冒頭から男は河口で焚火をしながら鳥を観察しています。13〜14行目で鳥を一通り調べ終えてノートに没頭し、そこに書かれた十一月一日の日付のページから、その日に訪ねてきた社長との場面へ移ります。63行目の「男はあの日」で、社長の身ぶりを今の自分がなぞる形になり、冒頭と同じ現在の時間に戻ります。
<選択肢>
①【誤】
61行目までを十一月一日の場面としますが、回想に入るのはもっと前の13〜14行目です。また63行目で移るのは都会へ出発する場面ではなく、冒頭と同じ現在の場面です。
②【誤】
7行目は現在の焚火の場面の続きで、ここから時間が戻るわけではありません。養殖場が移る以前のことは、板小屋の由来を説明するなかで触れられるにすぎません。
③【誤】
回想の契機は11行目ではなく13〜14行目のノートです。また63行目で戻るのは十一月一日ではなく、冒頭と同じ現在の時間です。
④【正】
ノートに没頭したことを契機に十一月一日の場面へ移り、63行目の「男はあの日」で冒頭の時間に戻るという構成に合います。
問6:(ⅱ)正解⑤
<問題要旨>
本文の展開において、男がどのように描かれているかを選ぶ設問です。
<考え方>
男は社長の言葉を思い返して芝居がかっていたと評し、会見が続かなくなった経過や不渡りの噂も淡々と押さえています。終盤では砂の上に書いた数字、残る退職金とその期限、百日の休暇を振り返り、自分を群から脱落した鳥になぞらえたうえで出発を決めます。自分についても他人についても距離を取って捉え直す姿が一貫しています。
<選択肢>
①【誤】
他者との関わりを通して人間の本質を受け入れていくという内容は本文にありません。
②【誤】
終盤で男は新しい生活のために出発することを決めており、周囲の状況に埋もれていくという説明には合いません。
③【誤】
これまでの生き方を悔いる記述はありません。
④【誤】
自然と人間の関係を語るのは社長のほうで、男はその言葉を芝居気たっぷりだったと突き放しています。
⑤【正】
社長との経緯と自分の百日を振り返り、どちらも冷静に捉え直したうえで出発を決める姿が、本文全体の展開に合います。
問7:(ⅰ)正解④
<問題要旨>
本文の表現や内容について考えをまとめる課題で提出された二つの文章のうち、Qさんの文章の空欄に入る語句を選ぶ設問です。Qさんは、括弧を使って男の心の中が示される二か所を取り上げています。
<考え方>
取り上げられているのは、潮流はいつか変わるものだという思いと、渡りの途中で鳥も翼を休めるのだという思いの二か所です。前者は板小屋が見捨てられた事情の説明でもあり、後者は渡り鳥の生態の説明でもありますが、同時に、勤めを辞めて境遇の変わった男自身と、百日を河口で過ごした自分の時間に重なります。事実の説明と象徴という二つのはたらきを言う選択肢を選びます。
<選択肢>
①【誤】
潮流や鳥の変化の説明という点はよいのですが、二か所が重ねられているのは人生の移ろいやすさではなく、男の置かれた状況と、自分の休息の意味づけです。
②【誤】
二か所はいずれも社長の人生を説明するものではなく、社長への理解の変化とも結びつきません。
③【誤】
男と社長の生活を説明する箇所ではありません。
④【正】
潮流や鳥の様子という事実の説明でありながら、男自身と男を取り巻く状況を象徴しているという二重のはたらきに合います。
問7:(ⅱ)正解③
<問題要旨>
Qさんの文章とRさんの文章の特徴を述べた文として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
Qさんは、括弧書きという表現を二か所取り上げ、そこから登場人物の心情が読み取れると述べています。Rさんは、社長の発言を二か所引きながら、渡り鳥の変化と鳥をめぐる状況の変化に触れ、自然環境の問題にまで読み手の思いが及ぶと述べています。着目する対象は違いますが、どちらも本文の具体的な箇所を根拠として示している点が共通します。
<選択肢>
①【誤】
Rさんが会話から取り出しているのは社会の問題であって、人間の内面ではありません。心情を重視しているのはむしろQさんのほうです。
②【誤】
Rさんは虚構世界と現実世界を対比してはいません。また二つの文章は着目点が異なり、類似した読み方とは言えません。
③【正】
Qさんは表現の具体例から心情を、Rさんは登場人物の会話から社会の問題を取り出しており、いずれも本文に根拠を明示した読み方になっています。
④【誤】
Qさんは多様な読み方の可能性を述べているのではなく、括弧書きから心情が読み取れることを述べています。Rさんも作品の価値を結論づけてはいません。
第3問
室町時代の芸能である幸若舞『景清』の一節です。平家の残党である悪七兵衛景清を捕らえよという命のもと、妻の阿古王が立て札を見て夫を売る決意をし、頼朝に手引きを申し出て、何も知らずに訪ねてきた景清に酒をすすめる場面が描かれます。最後に、同じ題材を扱った浄瑠璃『出世景清』の一節との比較が出題されます。
問1:正解ア④ イ⑤ ウ①
<問題要旨>
傍線部(ア)〜(ウ)の解釈として最も適当なものを、各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ設問です。
<考え方>
(ア)「所知を賜べ」の「所知」は所領・恩賞を指し、「賜べ」は「給ぶ」の命令形で与えよの意です。直後で頼朝が「たつて所知をば与ふべし」と応じ、砂金を下賜する流れからも確かめられます。(イ)「あらいたはしや」の「いたはし」は気の毒だ・いたわしいの意で、「あら」はそれを強める感動詞。落ちぶれた景清を前にした阿古王の嘆きの言葉です。(ウ)「ゆゆしくおはせしが」の「ゆゆし」はここでは立派だ・堂々としているの意で、続く「が」によって、供も付かず装いも褪せた今の姿と対比されます。
<選択肢>
ア①【誤】
金銀を貸せという意味ではありません。「所知」は所領・恩賞を指します。
ア②【誤】
計略を授けよという意味はありません。手引きの手立てはすでに阿古王自身が述べています。
ア③【誤】
借金の免除を求める場面ではありません。
ア④【正】
「所知」は所領・恩賞、「賜べ」は与えよという命令で、手引きの見返りを求める言葉にあたります。
ア⑤【誤】
「所知」を「知らせ」と取り違えた解釈です。知らせを送れという意味にはなりません。
イ①【誤】
無事を喜ぶ言葉ではありません。「いたはし」に安否を問う意味はありません。
イ②【誤】
信心深さを言う語ではありません。
イ③【誤】
「いたはし」に不快という意味はありません。
イ④【誤】
役に立たないという意味はありません。
イ⑤【正】
「いたはし」は気の毒だ・いたわしいの意で、夫の落ちぶれた姿を嘆く言葉になります。
ウ①【正】
「ゆゆし」はここでは立派だ・堂々としているの意で、直後の「が」によって今の姿と対比されます。
ウ②【誤】
不安という意味はなく、外出の様子を言う語でもありません。
ウ③【誤】
みすぼらしいのは今の景清の姿で、傍線部が言っているのは平家の世の姿です。意味が逆になります。
ウ④【誤】
「ゆゆし」には不吉・恐れ多いという用法もありますが、ここは供や装いの整った姿を受けており、気味悪く思うの意にはなりません。
ウ⑤【誤】
発言の様子を言う語ではありません。
問2:正解④
<問題要旨>
波線部a〜eについて、語句と表現に関する説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
dの「見慣れねば」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、已然形に「ば」が付いて確定条件になります。父を長らく見慣れていないので、という意味になり、二人の子が久しく父に会っていないことを示します。他は、aの「ばや」が話し手自身の願望、bの「候ふ」が聞き手への丁寧、cの「聞こし召す」が「聞く」の尊敬語、eの「さらば」が「然らば」から出た暇乞いの挨拶であることで切れます。
<選択肢>
①【誤】
「ばや」は話し手自身の願望を表す終助詞です。誰かに札を流してほしいという意味にはならず、阿古王が自分で流してしまいたいと思う場面です。
②【誤】
「候ふ」は丁寧語で、敬意は聞き手である頼朝に向きます。観音菩薩への敬意を示す語ではありません。
③【誤】
「聞こし召す」は「聞く」の尊敬語で、頼朝が話をお聞きになるという意味です。呼び寄せる意味はなく、阿古王を召し出すのはそれより前の場面です。
④【正】
「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、已然形+「ば」の確定条件。久しく父を見慣れていないので、という意味になります。
⑤【誤】
「さらば」は「然らば」から出た語で、ここでは暇乞いの挨拶です。動詞「去る」の未然形ではなく、二度と戻らないという決意を表すものでもありません。
問3:正解①
<問題要旨>
二重傍線部「思ひすましたる」とあるときの、阿古王の考えの説明を選ぶ設問です。二重傍線部は第1段落の末尾にあります。
<考え方>
第1段落で阿古王は、札を盗んで川に流してしまおうとした心を途中で引き返し、平家に領国は一つも残らず一味は夫だけなのだから、隠してもいずれ露見して討たれてしまう、と考えます。そのうえで、討たれた後に思いがけない苦労をするよりは、敵に知らせて景清を討ち取らせ、二人の子を世に立てて後の栄華に誇ろう、と結論づけます。隠し通せないという見通しと、子の将来という二点をそろえた選択肢を選びます。
<選択肢>
①【正】
かくまってもいずれ見つかるという見通しと、子どもたちの将来のために居場所を頼朝に知らせるという結論が、第1段落の独白にそのまま対応します。
②【誤】
自分に土地があり経済的に困らないという内容はありません。むしろ第2段落で恩賞として所領を求めています。
③【誤】
自分も同罪とされる危険を避けるためという説明は本文にありません。また子どもたちを売り渡すわけでもありません。
④【誤】
子どもたちに景清を討たせるという内容はなく、自分たちの潔白を示すことが目的でもありません。
問4:正解③
<問題要旨>
第3段落における景清についての説明として最も適当なものを選ぶ設問です。第3段落は、何も知らない景清が熱田から清水坂の宿所へ立ち寄り、酒をすすめられる場面です。
<考え方>
第3段落では、いとおしい子どもたちが並び、酌に立つのは妻だという有様に、景清は「いづくに心か置かるべき」と警戒を解きます。さらに、さし受けさし受け飲むうちに、これほど剛の者である景清も敵のことをはたと忘れ、明日は清水へ参ると言って寝所に移り、前後も知らず伏してしまいます。家族との時を喜び、すすめられるまま飲んで気を緩めた、という筋で選びます。
<選択肢>
①【誤】
熱田を発ったのは、明日が十八日だと思った日です。清水坂に着いたのはその日の暮れ方で、十八日の夕方ではありません。
②【誤】
妻子を守ることと敵を討つこととの間で迷うという記述はありません。本文にあるのは警戒を解いたということです。
③【正】
家族と過ごせるひとときを喜び、阿古王にすすめられるまま飲むうちに敵のことを忘れてしまった、という第3段落の描写に合います。
④【誤】
翌日の参詣を取りやめてはおらず、明日参るつもりだと言って休んでいます。観音の怒りに触れたという記述もありません。
問5:(ⅰ)正解④
<問題要旨>
同じ題材を扱った浄瑠璃『出世景清』の一節を読み、ワークシートの空欄Xに入る、十蔵と阿古屋の会話の内容のまとめを選ぶ設問です。『出世景清』には、『景清』に存在しなかった妻の兄十蔵が登場します。
<考え方>
十蔵は、果報は寝て待てだ、景清を討つか搦めて差し出せば勲功は望み次第という制札が立った、我らの栄華の瑞相はこの時だ、早く六波羅へ訴えて御恩にあずかろう、と言います。阿古屋はこれに対し、景清は自分の夫で兄にとっては妹婿、子は甥であること、平家の世には飛ぶ鳥も落とす身だったのに今は取るに足りない自分たちを頼っていること、日本に唐を添えて賜るといっても訴人にはなれないことを挙げて止めます。運が向いてきたから売り渡そうという十蔵と、落ちぶれて頼ってきた者は裏切れないという阿古屋の対で選びます。
<選択肢>
①【誤】
家の名誉や再興を説く言い方は十蔵の発言にありません。阿古屋も、落ちぶれたのは仕方がないと諦めているのではなく、頼ってきた夫は裏切れないと主張しています。
②【誤】
札に書かれていたのは、討つか搦めて差し出せば望みどおりの勲功が得られるということで、親族も罰せられるという内容ではありません。阿古屋も景清を主君とは呼んでいません。
③【誤】
十蔵は参詣のおかげで機会が来たとは言っていません。また阿古屋の「日本に唐をそへて賜るとて」は、どれほどの恩賞を積まれてもという仮定であって、日本にも中国にも非情な人はいないという意味ではありません。
④【正】
運が向いてきたから頼朝に売り渡して恩恵にあずかろうという十蔵の主張と、全盛期には並ぶ者のなかった景清が今は取るに足りない自分たちを頼っているのだから裏切れないという阿古屋の主張に、それぞれ対応します。
問5:(ⅱ)正解①
<問題要旨>
ワークシートの空欄Yに入る、『出世景清』が十蔵という新たな登場人物を加えた理由の説明を選ぶ設問です。
<考え方>
『景清』では、恩賞と子の栄華を計算して夫を売る決意をするのは阿古王自身で、第1段落の独白と第2段落の頼朝への申し出がそれにあたります。『出世景清』はその現実的で打算的な役割を兄の十蔵に移し、妹の阿古屋を、涙ながらに夫を守ろうとする側に立たせています。役割の移し替えによって何が描けるようになったか、という観点で選びます。
<選択肢>
①【正】
現実的で打算的な側面を十蔵に移したことで、阿古屋を、夫である景清を一心に救おうとする人物として描き出せるようになっています。
②【誤】
阿古屋は人は一代だが名は末代だと述べており、地位や名誉を捨てる人物としては描かれていません。また『景清』の阿古王も、権力に追従して卑屈になっているのではなく、自ら計算して申し出ています。
③【誤】
北野詣ではどちらにも出てきますが、信心深さが十蔵に移されたわけではなく、阿古屋が神仏に逆らう場面もありません。
④【誤】
札を先に確認する役が十蔵に移っているのは事実ですが、阿古屋は兄がもたらす情報に一喜一憂しているのではなく、正面から反対しています。
第4問
明代末期から清代初期の思想家である賀貽孫『激書』の一節です。禿翁が語った、港に入り込んで潮が引き動けなくなった大魚の話を受けて、筆者が豪傑と聖賢の違いを論じ、自在に姿を変える竜を引いて禿翁の生き方を評します。語句の意味、内容説明、返り点と書き下し文、指示語、解釈、全体の論評が問われます。
問1:正解ア① イ④ ウ⑤
<問題要旨>
波線部(ア)「不能去也」・(イ)「莫過此矣」・(ウ)「是以」の、ここでの意味として最も適当なものを、各群の①〜⑤から一つずつ選ぶ設問です。
<考え方>
(ア)は「去る能はざるなり」と読みます。港に入った海魚について、潮が引いた後の状態を述べている箇所ですから、主語は魚で、離れられなかったという意味になります。「不能」は不可能を表すので、「〜ざるをえない」とは訳せません。(イ)は「此に過ぐるもの莫し」で、「莫」と「過此」が組んで、これを超えるものはないという最上級の言い方になります。(ウ)は「是を以て」で、前に述べたことを理由として受ける形です。禿翁がひたすら泉海の魚であろうとしたことが原因で、乱れて禍いを受け安らかでない、という文脈になります。
<選択肢>
ア①【正】
「去る」の主語は港に入った魚で、「不能」は不可能。潮が引いて離れられなくなったという場面に合います。
ア②【誤】
「去」に追い払うという他動の意味はなく、「不能」も「〜ざるをえない」とは訳せません。
ア③【誤】
「去」に見捨てるという意味はありません。
ア④【誤】
「不能」は不可能であって、「はずがない」という打消の推量ではありません。
ア⑤【誤】
主語を人に取っています。ここは魚が去れなかったという文です。
イ①【誤】
「過」を時間を過ごす意味に取っています。ここは程度を超えるという意味です。
イ②【誤】
以前に現れたかどうかを言う文ではありません。
イ③【誤】
「この程度ではない」では、大きさの最上を言う「莫過此」になりません。
イ④【正】
「莫」と「過此」が組んで、これを超えるものはないという最上級の言い方になります。
イ⑤【誤】
「過」を通過の意味に取っています。ここは程度を超えるという意味です。
ウ①【誤】
「以」を場面を示す語と取っています。「是以」は理由を受ける形です。
ウ②【誤】
対象を限定する言い方ではありません。
ウ③【誤】
「是以」の「以」は手段ではなく、前に述べたことを理由として受ける用法です。
ウ④【誤】
時間の前後を示す言い方ではありません。
ウ⑤【正】
「是以」は前に述べたことを理由として受け、そのためにという意味になります。
問2:正解⑤
<問題要旨>
傍線部A「豪傑之士亦若是魚而已矣。」について、禿翁の考える「豪傑之士」の説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
傍線部Aの直前が、たとえに使われている魚の話です。海魚は港に入り込み、潮が引いて出られなくなります。数百人が斧を手に梯子で背に登り、数百石も斫り割いたのに魚は害を受けず、まもなく潮が満ちると身を翻し尾を振って悠然と去っていきます。大きいがゆえに身動きが取れず攻撃を受けるが、それを意に介さないという姿が、ここでの豪傑の像です。
<選択肢>
①【誤】
理想を断固として貫くという内容は魚の話にありません。魚は害を受けないまま悠然と去っています。
②【誤】
不遇に奮起して研鑽を積むという内容はありません。
③【誤】
堂々と反論するという内容はありません。魚は斫り割かれても何も返していません。
④【誤】
人々を心服させるという内容はありません。数百人は最後まで魚を割き続けています。
⑤【正】
大きいがゆえに港を出られず人々に攻撃されるが、害を受けず悠然と去るという魚の姿に対応します。
問3:正解④
<問題要旨>
傍線部B「不観之竜乎。」の解釈として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
「之を竜に観ざるか」と読み、「不〜乎」の形で反語的に相手の注意を促す言い方になります。直前では、豪傑が大を為しうることは知っても聖賢が大を為さずにいられることを知らない、と述べられ、直後には、竜が人となり虫となり葉となり梭となるという変化の例が続きます。竜を見ればわかるではないか、と促す形で訳します。
<選択肢>
①【誤】
打消のまま受け取っており、直後に竜の変化の例が続く流れに合いません。
②【誤】
「不〜乎」を単なる疑問と取り、見分けの話にしています。ここで問題になっているのは見分けではなく、竜に即して確かめよという促しです。
③【誤】
反語の形を肯定の推量に置き換えたうえ、内容も見分けの話になっています。
④【正】
「不〜乎」の反語的な用法で、竜のあり方に見てとれるではないか、と促す意味になります。直後の竜の変化の例へ自然につながります。
⑤【誤】
命令の意味はなく、見分けよという内容にもなりません。
問4:正解③
<問題要旨>
二重傍線部Ⅰ「彼」とⅡ「人」が、それぞれ何を指しているかの組合せを選ぶ設問です。
<考え方>
Ⅰ「彼」の直前は、竜が人となり虫となり葉となり梭となるという変化の記述です。大となり小となり、巻となり舒となる理由を自分のうちに持つ主体は竜ですから、Ⅰは竜を指します。Ⅱ「人」は、それに対して取るに足りない大小の形や巻舒のありさまで竜を推し量る側であり、最後の一文の「世人」につながります。
<選択肢>
①【誤】
Ⅰを聖賢としていますが、直前で変化を重ねているのは竜です。聖賢は竜にたとえられている側で、指示語が直接受けているのは竜です。
②【誤】
Ⅰを大魚としていますが、大魚の話は前半で終わっており、直前は竜の変化の記述です。Ⅱを禿翁とするのも、後に世人が禍いするという展開に合いません。
③【正】
Ⅰは直前で変化を重ねる竜、Ⅱは小大の形や巻舒の状で竜を推し量る世間の人々で、最後の「世人」につながります。
④【誤】
Ⅰを聖賢とする点が直前の文脈に合わず、Ⅱを禿翁とする点も後の展開に合いません。
⑤【誤】
Ⅱを筆者としていますが、筆者はここで、そうした人々の見方を批判する側に立っています。
問5:正解③
<問題要旨>
傍線部C「是豈知竜之為竜哉」について、返り点の付け方と書き下し文との組合せとして最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
「豈〜哉」は反語です。「竜之為竜」は「竜の竜たる」と読み、竜を竜たらしめているもの、の意になります。これを「知」の目的語とするので、全体は「是れ豈に竜の竜たるを知らんや」と読めます。直前で、人々が取るに足りない形やありさまで竜を推し量ると述べているのですから、それでは竜が竜である所以を知ったことにはならない、という否定の意味になります。返り点は、「竜之」を読んでから「為」の下の「竜」へ返り、最後に「知」へ返る形になります。返り点が同じでも書き下し文が異なる選択肢が並ぶので、書き下しの当否まで確かめます。
<選択肢>
①【誤】
返り点の形は正しいのですが、書き下しが「竜の之れ竜の為にするを知らんや」となっており、「為」を「ため」と読んでしまっています。「竜の竜たる」という読みになりません。
②【誤】
「知」の直前で返る形にしており、「竜之為竜」をひとまとまりの目的語として読めません。書き下しも「竜を知るは之れ竜たらんや」となり、反語の掛かり方が変わってしまいます。
③【正】
「竜之」を読んでから「為」の下の「竜」へ返り、最後に「知」へ返る形で、「是れ豈に竜の竜たるを知らんや」と読めます。反語の意味も直前の文脈に合います。
④【誤】
「為」を「なす」と読んで「竜の為すこと」とし、「知るの竜ならんや」と結んでいます。竜であるかどうかを問う文になってしまい、竜を竜たらしめているものを知らない、という直前からの流れに合いません。
⑤【誤】
「竜を知るの竜の為ならんや」と読んでおり、「為」を「ため」と取ったうえ、文末が〜のためであろうか、となります。知る対象が竜そのものになり、「竜之為竜」という句のまとまりが崩れます。
問6:正解②
<問題要旨>
傍線部D「使禿翁不為魚而為竜、世人安得而禍之也哉。」の解釈として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
「使」は使役で、ここでは「〜しめば」と読んで仮定を表します。「安得而〜哉」は反語で、どうして〜できようか、いやできない、という意味です。禿翁が魚ではなく竜であったとしたら、世の人々はどうして彼に禍いを加えることができただろうか、という形になります。実際には泉海の魚であろうとしたために禍いを受けた、という直前の文を受けています。
<選択肢>
①【誤】
仮定ではなく事実として竜であったことにしており、さらに反語を、危害を加えずにはいられなかったという意味に取り違えています。
②【正】
「使〜」の仮定と「安得而〜哉」の反語をそろえて、竜であったならば世の人々は危害を加えることができなかったはずだ、という意味になります。
③【誤】
仮定の中身が逆で、大魚であって竜でなかったならば、としています。本文は魚であろうとしたために禍いを受けたと述べています。
④【誤】
仮定を落として事実の説明にしており、しかも大魚でも竜でもなかったという内容は本文にありません。
⑤【誤】
「〜としても」という譲歩に取っており、反語で否定されるはずの結論をそのまま肯定してしまっています。
問7:正解①
<問題要旨>
筆者が禿翁をどのように論評しているか、その説明として最も適当なものを選ぶ設問です。
<考え方>
筆者は冒頭で禿翁を大を好む者と呼び、大魚の話を受けて、禿翁は誠に豪傑だと認めます。そのうえで、ただ豪傑が大を為しうることを知るだけで、聖賢が大を為さずにいられることを知らない、と続け、自在に大小や巻舒を変える竜を対置します。最後に、禿翁はひたすら泉海の魚であろうとしたために禍いを受けたと結びます。雄大さは認めつつ、一定のあり方にとらわれない境地を知らなかった、という評価になります。
<選択肢>
①【正】
大を好み実際に豪傑であったと認めながら、一定したあり方にとらわれない自在な境地を知ることはなかった、という点が、本文の論の運びに合います。
②【誤】
禿翁が自在な境地を目指していたとは述べられていません。目指していなかったからこそ、筆者は竜を対置しています。
③【誤】
禿翁は誠に豪傑だと明言されており、雄大さを体現できなかったという説明は本文と逆になります。
④【誤】
自在な境地を目指していたという前提が本文にありません。雄大さの追求こそが禿翁の姿です。
⑤【誤】
自在な生き方にあこがれていたという記述はなく、豪傑であったことは本文で認められています。
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